第9話 実相 7月25日
――お兄ちゃん。朝だよ。
ん…?なんだよ、まだ眠いんだよ…。
――早く起きてよ、お兄ちゃん。
もう少し寝かせてくれ…。昨日は遅くまでプロット書いてたんだよ…。
――いいから起きなよ!遅刻するよ!
分かったよ…。起きればいいんだろ……。
――もう学校行くからね?私の方が遠いんだから遅刻しちゃう…!
今何時だ…?
時間を確認するべく上体を起こし、見慣れたテーブルの上に置いてあるいつもの時計に視線を向ける。
時刻は7時45分。そろそろ自宅を出発する時間だ。
まずい、このままでは遅刻確定ではないか。
愛美め、起こすならもっと早く起こしに来てくれ。
……愛美?
愛美!
いつの間に愛美が!?
ついに元の世界に戻ってこれたのか!?
愛美!待ってくれ!
部屋を出ようとする愛美。
その背中を追いかけようとするも体が上手く動かない。
まるで自分の体と意識の間でラグでも発生しているかのように、思った通りに動作しない。
おい、愛美!
声を発しているつもりが、ただただ吐息が漏れるばかりで空気は振動してくれない。
愛美には、届かない。
次第に愛美は部屋を出て行ってしまう。
「愛美!!」
がばっと起き上がり、我に返る。
真夏とはいえ、尋常ではない汗をかいていた。
テーブルに目をやる。見慣れないテーブル。
いや、見慣れたと思っていた、見慣れないテーブル。
改変後の世界で、当たり前のように俺の部屋にあるそれには時計が置いてある。
時刻は午前5時過ぎ。
「夢オチかよ…」
ベタ過ぎる展開に思わず自嘲の声が漏れる。
愛美の夢を見るなど、いつぶりだろうか。
少し前までは何の変哲もない日常だったはずの光景。
それが今では、夢でしか見ることのできない幻と化している。
「愛美…」
ぼそりと呟く。
なんということだろうか。
消失した団長を探すどこかのやれやれ系主人公の如く、俺は愛美に会いたくなっていた。
― ― ―
「ふぅ。さっぱりした」
ぐっしょりだった汗をシャワーで流し、自室の扇風機にあたる。
時刻はまだ6時前。
今日はいよいよ1学期授業最終日。今日を乗り越えれば、明日はいよいよ終業式がやってくる。
早めに寝たのと、汗を流すためにシャワーを浴びたことによりすっかり目が覚めた。
「父さんか…」
昨夜の母さんとの話を思い出す。
父さんは行方不明。何か重要な実験をする予定があったらしい。
父さんの失踪と愛美の出生についての因果関係は不明。
失踪当時、愛美は既に生まれているはずだった。
つまり、父さんが失踪したことが愛美が存在しない直接の原因ではないことになる。
「分からんことだらけだ…」
今朝の夢は、いつかの俺の記憶だろうか。
妹が、寝坊した俺を起こしに来る。
なんというベタなラノベ展開。
“妹を持たない人”からしたら、さぞ羨ましいシチュエーションだろう。
「そういや…」
ふと、何かが引っかかる。
今朝見た夢。学校の支度を終えた愛美が俺を起こしに来る。
これ自体、珍しいと言えば珍しい。
俺の記憶が確かなら、俺が愛美に起こされるほど寝坊することは殆ど無かった。
だがそんなことではない。
もっとこう、決定的に何かが違う。
夢の内容を鮮明に思い出せる。それもこの違和感を加速させている要因の1つかもしれない。
改めて初めから思い出してみようか。
愛美はなんと言っていた?
朝だよ、と。
早く起きろ、と。
遅刻するぞ、と。
私の方が遠いんだから、と。
……ん?
「私の方が遠い…?」
どういう意味だ?俺と愛美は同じ高校に通っていた。愛美の方が遠いということはない。
いや待てよ。
夢の中で愛美が着ていた制服。うちの学校のものではなかった。それどころか、見たことのないものだった。
ただの夢と言ってしまえば簡単だ。だが心のどこかで、何者かが警鐘を鳴らしているような、そんな感覚が拭いきれない。
いずれにせよ、ただの夢として片づけてはいけない。そんな根拠のない自信が、胸の中に渦巻いてきた。
― ― ―
「おっはようさん、涼!」
「おう啓祐。おはよう」
今朝の夢について結論が出たわけではないが、登校の時間を迎えてしまっていた。
啓祐とはだいたい毎朝一緒になる。そうして他愛もない話をしながら通学路を歩くのだが、今日は重要な話がある。昨日の椎名さんだ。
「啓祐。昨日喫茶店行ったよな?」
「んあ?喫茶店?椎名さんとこのか。それがどうしたんだ?」
よし、ここまではいい。問題はこの後だ。
「えっと…。収穫はどんな感じだったっけ?」
「収穫なー。いやー、お前のおかげで最高の収穫があったぜー」
満足顔の啓祐。収穫があった?やはり俺の記憶とは違うようだ。
「あーっと…。俺何やったんだっけ?」
「まぁ、お前っつーか、椎名さんがやってくれたんだけどな」
「ん?」
どういうことだ?
いかにもなんのことか分からないという表情をしていると、怪訝そうな顔をされた。
「覚えてないのか?どうした?」
「あぁ…。どうだったっけと思ってな」
いくらなんでも昨日のことを覚えていないとは言いづらい。
「どうも何も、椎名さんがお前の制服にコーヒーこぼしちまって、お詫びしたいからって連絡先を交換したんだろ?で俺がそれに便乗したと」
「なるほど」
蓋を開けてみればなんてことのない理由だった。
しかし疑問なのが、どうしてこのような過去改変が起こったのか。理由が謎すぎる。
まさか椎名さんもタイムリープすることができ、何らかの理由で過去に戻って俺にコーヒーをかけた…?
考えられるとすれば連絡先が欲しかった?
なぜ?分からない。謎は深まるばかりだ。
「そういや、お前から返事が来ないって椎名さん言ってたぞ。返してないのか?」
「あ、あぁ」
うかつに返事をしてはいけないような気がして送りそびれていた。
後で当たり障りのない返事を出しておくか。
「ちゃんと返してやれよ?よっぽど怒らせたのかって心配してたぞ」
「悪い」
椎名さんは啓祐の想い人だ。あまり悪く言うのは気が引ける。
しかし黛さんの言うとおり、なんだか怪しい気がするな。過去にどういった手が加えられたのかは分からないが、その結果が俺と椎名さんの連絡先の交換だった。
もしかしたら、過去改変を行っている人物は1人ではないのかもしれないな。
仮にそうだとすると、話は今まで以上に複雑になってしまう。頭が痛くなりそうだ。
「ん?」
その時、不意にスマホが振動した。
椎名さんあたりが追撃のメールをよこしたかと思いつつ見ると、例のアプリからの通知だった。
「未来メールを受信しました…?」
「なんだそれ?」
「えっ」
しまった。今まで見たことのない通知につい声に出してしまった。
「いや、別になんでもねーよ」
「ふーん。まっ、ちゃんと返事出しとけよな!」
「おう」
軽く流しスマホを確認する。このアプリが機能しているのを見るのはタイムリープの時以来だ。普段はうんともすんともいわない。
アプリを開くと確かに、受信ボックスに新着メールが1通届いてるようだった。早速開封してみる。
「なんだこれ…?」
「今度はどうしたー?」
受信メールにはたった一言、こう記されていた。
―― 今何時?
「何それこわっ」
「なんなんだ…?」
得体のしれないアプリが、再び俺たちに謎を届けてくれた。
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