第39話 閑話7 多種多様な種族



――――学園地上支部キャンパス敷地内、女子寮-S第1棟。



 地上において学園に通う者は、その住まいにおいて大きく2種類に別れる。すなわち、“ 寮住まい ” か “ 通学 ” かである。




「うーあー…お、終わんない…。あー、もう、買い物いけないじゃーん、せっかくの休日なのにぃー!」

 彼女、悪魔人族デーモンのクリッデ=ケレスレスは “ 寮住まい ” だ。


 もともと魔界で生まれた彼女だが、両親のニューフロンティア精神のおかげで物心つく前から地上にて安穏とした家庭の中、平和な日々を過ごしてきた。


 しかし厄介な事に親は彼女を学園に放り込むや否や、地上の住まいを売り払った上で超長期の冒険旅行に出かけてしまったのだ。結果として学園の生徒になるにあたり、彼女は寮に入らざるを得なくなった。


 両親曰く、地上にて一族最高の住処すみかを見つけ出すための旅、などと興奮気味にご高説垂れていたが、一人娘を放っておいてそれはどうなのかとレスは常々思い返しては、自分の両親に呆れ果てる。


 …もっとも、きっちりと学費や小遣いを送ってきてくれているので、大して文句があるわけでもないのだが。



「えーと、あと6冊…うげぇ…お、多すぎる。絶対、1回生向きの量じゃないってコレは…」

 机の横に詰まれた本は、いずれも種族生態に関する書物だった。しかも1冊の分厚さたるや、百科事典2冊分はあろうかというほどである。

 それを読破し、レポートにまとめ、試験日に提出する――――それが “ 種族生態講義 ” の進級試験内容だった。


 レポート提出形式の試験を課す講義は、時間をかけられる上に事実上、答案を調べる事が出来るに等しいため、多くの1回生がこぞって受講している。レスもそんな安易な考えで受講した生徒の一人だった。

 ちなみに受講していない生徒には試験指定日にペーパーテストが出される。


 もともと学問に自身のないレスからすれば、時間をかけられ、十分に調べる事の出来るレポート試験を選べると聞かされては、当然の事ながら受講せざるをえない。

 もっとも、それが浅はかな考えであった事を今、身に染みて理解している真っ最中なのだが。



「進級試験まで半年以上あるから楽勝ー、なんて思ってた過去のアタシを殴りたい……」

 机の上に広げたノートに顔面を埋めて唸る。


 勤勉じゃない者にとってこの圧倒的な量は読むだけでも辛すぎる。レスはそんな事をブツブツ呟きながら、今度は盛大にため息を吐いた。



「あー…まぁ、最悪…、親が帰って来れば中退って話だしー…無理に進級しなくてもいいしー…」

 彼女が学園に通うことになったのは、両親が旅行で不在にするがゆえだ。要するに、親どもは自分達が居ない間の子供の面倒は、あくまで学園に見てもらおうという腹積もりで放り込んだのであって、我が子レスに対して進級を期待するプレッシャーをかけてくる事もない。


 それはそれで気楽でいいのだが、学園に通い始めた直後、そうもいかなくなった。



 コンコン


 彼女の部屋の扉をノックする音に続いて、くぐもった声が聞こえてくる。


『レス、レポート進んでる?』

「あーん、ペンシルー。助けてよぅ~、もう頭が燃え上がっちゃいそーだってー」

 学園にて出来た親友の存在が、レスを進級に向けて突き動かしていた。

 

 別に進級できなかったからといって、会えなくなるわけでもないのだが、受けられる講義に差異が生じてくるため、時間的なすれ違いが増えてしまう。

 しかもペンシルは勤勉でマジメな学生だ。まず確実に進級するだろう。

 ちなみに彼女は本講義を受講しておらず、進級試験の際にはペーパーテスト組となるが、レスと違って勤勉な文学少女のペンシルは、余裕で合格するに違いない。


 そんな大切な友人と少しも疎遠にならないために、レスは進級に向けて日々修学に勉めることを求められていた。



「あー、まだ半分以上残ってる?」

 ペンシルが入室と同時にまず目に飛び込んできたのは、積まれた分厚い書物だった。一緒に借りにいったので借りた書物の冊数も種類も知っているため、書籍のタワーの高さだけで現在の進捗状況が理解できる。


「うんー…分量多すぎてまとめきれないよー。でもレポート適当にするわけにいかないしさー…」

 レポート提出型の試験内容はいたって単純だ。指定された書籍を読み、その内容をわかりやすくまとめたレポートを提出するだけ。

 もちろん試験の合否はそのレポートの出来栄え次第だが、それだとレポートの写し合いが横行してしまうためか、ちょっとばかり意地悪な仕組みが組み込まれている。


「うーん…じゃあ、私も何冊か手付かずのものから、重要なところを抜粋してみるよ。少しは内容把握しやすくなるし、時間も短縮できるんじゃないかな」

 まずレポートを書く上で、指定された書籍というのが問題だった。


 これらの書籍は完璧なものではなく、かなり古い学術が未成熟な頃に出版されたものばかりなのだ。穴だらけの情報や理論がその分厚いページのほとんどを埋め尽くしている。


 新事実や現在の常識となっている部分が含まれていない上、現在では間違いとされている誤りだらけの内容が多くを占めている。

 そうした部分を自分が持ちえている正しい情報なり、非指定の書物などから調べたり、推論や分析などで穴を補完しつつ、まとめあげるという事が絶対的に必須とされていた。


「あ、ありがとぉ~、持つべきものは親友だよ~っ」

「大げさだよ、レス。でも最後はちゃんと自分の頭に入れとかないと、試験パスできないんだし、がんばらないとダメだよ?」

 そしてもう一つの問題が完成したレポートを提出する時だ。

 同講義の試験をくぐりぬけた先輩達の助言によれば、どうやら種族生態講義の教授は、レポートの出来もさることながら、提出時に無作為に投げかけた質問に対してレポート作成者がどれだけ答えられるかを試してくるのだという。


 レポートを読めばわかるような問いから、レポート内容の範囲外の問いまで、種族生態に関するあらゆる質問、それにどれだけ答えられるかが、合格の鍵なのだという。


 つまり同講義においては、他人のレポートを写すことを禁じる事はしていない。けれども作成されたレポートの内容について熟知し、かつレポートに未記述の範囲の質問が投げかけられても答える事が試験合格には求められる。

 なので、結局はキチンと勉強して理解を深めておかなければならない、という仕掛けなのだ。


「わかってるよぉ、この分厚い本が薄くなるってだけでも超助かるしっ」

「薄くなるわけじゃないって…。それじゃあ私はこの一番下から取り掛かっていくから、レスは上から消化していってね?」

「オッケーであります、ペンシルたいちょーどのー、エヘヘッ」




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【 ゴブリン(小亜人)族 】


 極めて小柄であり、その身長は70~120cmほどである。

 四肢は細く、頭部が大きめであり、頭髪はない。

 基本細身の個体が多く、太古の遺跡には “ 餓鬼 ” としてゴブリンが

 描かれた遺本が出土した事もあるが、これは後に考古学的解釈の誤りで、

 似た概念とゴブリンの特徴が似ていたがゆえに

 学者達が同一視してしまったミスである。


 肘や膝は常に曲がっており、完全に真っ直ぐに伸ばす事はできないらしく、

 その立ち姿は、常時少しかがんでいるようなものになる。

 個体によって体色に差があり、紫や薄緑、黒や茶色などと様々。

 このあたりは遺伝による先天性であると思われる。


 知能は基本的に低く、会話もカタコトの言葉遣いが多い。

 しかし、ゴブリンには容貌や身体の作りが異なるもう1種類が存在する。


 それは四肢は太く、短足胴長で、ガッシリとした体格と筋力を持っており、

 前述のゴブリンとは違って、四肢は真っ直ぐに伸び、しかと直立可能である。


 これといった分け方を示す称はないが、仮に前述のゴブリンをノーマルと仮称するならば、後述は本レポートにおいては “ ハード ” と仮称する事とする。


 ゴブリンの歴史を振り返るとハードが現れ始めたのは、まだ比較的近代の事であり、ノーマルから進化した個体と考える事ができる。


 しかしながらハードは、ゴブリンの歴史において危機に瀕した際に頭角をあらわし、種族を救っているとおぼしき文献も残っており、ノーマルの進化・発展種ではなく、種族の栄光や保守を担う上位種として産まれ出る、働き蜂と女王蜂のように役割別に生態が変化するような、ゴブリン族特有の生態である可能性もあるという仮説もある。

 とはいえ、ハードもその能力はピンキリであり、ハードであるからといって常にノーマルより優れている個体ばかりではないらしく、むしろ優れた個体は統計的に見てもごく少数に留まっている。


 ゴブリンの男女比率は非常にオスに偏っており、である。

 しかしながら、非常に高い繁殖力を持ち、ゴブリン族の人口は数多の種族の中でも上位に位置する。

 その理由は高い懐妊率と、異種族メスとの交配におけるゴブリン出生率の高さにあると思われる。

 しかし、不思議な事にそれはノーマルのみに当てはまる事であり、ハードは少し事情が異なる。

 ハードにおける交配成功率は低く、同種族・異種族にかかわらずノーマルと比較しても子供の数が少ない傾向にある。

 またノーマルはその男女比を補うためか、メス1体に対してオス数体がつく逆ハーレムを形成するケースが散見されているが、ハードは1:1の男女関係を築く事が圧倒的に多い。(逆にオス1:メス複数のハーレムを築いた例はあるが、それも極めて稀なケースとしてしか記録に残っていない)


 生物にとって、種の繁栄の根幹である繁殖は極めて重要にも関わらず、ゴブリンにおいては優れている可能性が高いハードが、ノーマルよりも子孫を残せていない事実は、非常に不可思議であるが、その答えは彼らの社会性にあると推測する。


 ゴブリン達は、互いを卑下したり特定の個体を持ち上げたりする差別や区分け的な事を同種族内で行う事が少なく、仲間意識やコミュニティ性が強い傾向がある。

 そのため、種族内での上下関係はシンプルな長とそれ以外で別れており、他種族に見られるような何段階にも別れた階級制度は存在していない。そのため、非常に安定した種族社会を構築しているといわれている。


 以上の事から、優秀な個体がその能力を遺伝させた子孫を残した場合、そのゴブリン社会の安定が崩れることになるのではないだろうか。

 それゆえ、ノーマルに比べて優秀な可能性を持つハードの方が子孫を残し辛くなっているのではないか、と推測するものである。

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「…っと。ふぅ、これでまだ1冊のうちの4分の1って…あーうー…、き…きっつー…」

 ペンを置くと、レスは椅子の背もたれに身を投げるようにもたれかかる。全身から力をぬきつつ、部屋の天井を見上げた。


「何いってるの。まださっきから5分くらいしかたってないよ? ほら、がんばれがんばれー」

「わかったよー、うー…」



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【 オーガ(大亜人)族 】


 頭髪がなく、体色も似通ったタイプが多いなどゴブリン族と共通点を持つが、その体躯は大きく、平均身長は200cmから250cmとも言われる。

(オーガは魔界本土と地上では平均データが異なっている点がいくつか見られる)

 またゴブリンとは違って四肢は太く、太く強靭な筋力を持ち、見た目相応の体力とパワーに恵まれている。


 しかしながら、その知能はゴブリンよりも優れている個体が多く、幅広い職について社会の様々な分野にて貢献している者が多い。


 オスは腹が大きく、太った容貌をしているが、この出腹は単なる贅肉の塊ではなく、皮下は厚い筋肉の壁であり、その奥には4~5つほどの巨大な精巣が詰まっている。

 このため、オーガのオスは繁殖時においては他に類を見ないほど多量におよぶ精液量を有する反面、精嚢が体の内にあって常時温められるせいか、精液量に含まれる精子量が少ない傾向がある。

 その結果として、オーガのオスはその圧倒的な精力に対して、繁殖率がまったく伴っていない。それが理由かはハッキリしていないが、ゴブリン族と比べるとオーガ族の人口は明らかに劣っている。


 一方で、オーガ族のメスは、その体型や容姿は人間種の女性に近しいものがあり、身長こそ平均で180cmと大柄ではあるものの、オスほどの体格ではない。

 それでもそのほとんどが筋骨隆々としており、巨躯のオスすら吹き飛ばしてしまう個体がそれなりにいる程、生まれもったパワーに恵まれている。

 古い学者の仮説によれば、繁殖時においてオスの精力と体重に潰されてしまわぬよう、高い体力と力を必要とした進化の結果であるという。


 なお、オーガ族の男女比率は、と意外にもやや女性に傾いており、古い時代より交流のあるゴブリン族に対し、オーガ族のメスが繁殖の手助けをした事例も数多く記録に残っている。

 あるいはゴブリン族の中にあって、ハードという個体が産まれるようになったのは、オーガ族の遺伝が関係しているのかもしれない。


 また、オーガ族のメスはその他の種族とも交配を行っている記録が多数存在しており、太古の昔からオーガ族は他種族との交流が盛んであった事を裏付けている。

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「うーん、分類の順番も難しいよ…。ねー、ペンシルならこういうの書く順番とかはどうするのー?」

 種族によっては亜人とも獣人とも分類される場合がある。

 何せ万を越える種族が存在しているのだ。いかにその中の代表的な種族のみを抜粋したとしても、種族分類に関しては複数に分類可であったり、いまだ分類の扱いで学者同士でもめているようなケースも少なくない。


 彼女らのような学生にしてみればいい迷惑だ。


「私はあまりその辺は深く考えない…かな。生態別に書くと思う」

「生態別?」


「うん、例えば獣系の生態の獣人種なら、同じ獣系の生態を持つ種族と一まとめにしたりとか。亜人系って人間種に近い点が多いでしょ? だから同じ人間種に近い種族に思い切ってカテゴライズしちゃうとかね」

「あー、そっか。それいいかも! 種族 “ 生態 ” 講義のレポートなんだし、それいただきっ!」

 喜色を浮かべて書物のページをめくる手を早める友人に、ペンシルは軽く微笑みながら、自分も本に目を落として筆を持つ手を再び動かしはじめた。




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【 ドウジ(和鬼・童子)族 】


 オーガ系に近しい種族だが、頭髪があり、体色もオーガ種よりも濃い。

 また、オーガ系のオスに見られるような出腹がなく、比較的引き締まった腹部をしているいる他、角が生えているなど、外見上の差は一目瞭然である。


 オーガ系種族よりも気性が荒く、好戦的な者が多いが、同時に理性的でもあり、知能も高い。

 また、オーガは体色差は個人差であるのに対し、ドウジ族は血脈による遺伝性による部分が大きいため、体色の色別に種族名がより細分される。

 例えば赤い体色のドウジ族は “ レッド・ドウジ ”、青い体色ならば “ ブルー・ドウジ ” といった具合である。

 こうした違いがあるせいか、時折ドウジ同士の争いが起こり、過去にはたびたび種族内で戦争を起こしていた時代もあった。

(ドウジ族の史記によれば同時代を、戦色時代、などと記述されている)


 戦闘力はかなり高く、戦闘技術もオーガやゴブリンなどに比べると遥かに高い。しかし、近接戦闘に特化しているフシがあり、魔法技術などはあまり見受けられない。


 人間種に近い繁殖性があり、概ね安定した人口を保っているが、その好戦的な気性が災いしてか、人口減少の理由として戦死によるものが多く、絶対数がなかなか増加しない。

 結果として、種族領土の繁栄と守りに従事する者が多くを占め、今日の地上や魔界本土においても、その姿を広く見かける機会は少ない。


 好戦的ではあるが、一度認めた相手であれば、異種族であろうと気さくに交流する同志同好を大切にする者が多い。排他性の薄い種族のように思えるが、他種族や他のドウジ血統とは子供が生まれにくいのか混血種が少なく、今日でも高い純血性を保っている。

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 ………沈黙のままにそれぞれの作業を進め続けておよそ20分。不意にペンシルが本を閉じた。


「レス。こっちは1冊終わったよ」

「ええー、もう1冊終わったの!? …こっちはこの1冊終えるのに2時間もかけたのに…」

「抜粋するだけだからね、はい、これがその抜粋分のメモ。でもあくまで私から見て重要だと思う部分だから、時間ある時に全文読んでおいたほうがいいと思うよ」

 そういって差し出されたメモ用紙を、レスは仰々しい仕草で受け取る。


「へへぇー、ありがとうございやすぅ、ペンシル様ぁ~」

「クスッ、それって前に読んでた “ ジダイゲキ ” って本の?」

 過去の遺跡の出土品から、文化に関するものは今日までに随分と書籍化による復刻が試みられている。『ジダイゲキ』も古い映像とそれにまつわる資料品から、新たに書籍として甦った1冊だ。


 もっとも現在では数多の書物の中に埋もれ、滅多に読まれる事のない書籍の1冊と化しているが。


「そそ。けっこー面白かったよー。ペンシルも今度読んでみたら? オススメだよっ」

 レスは稀にそんな “ 骨董品 ” を見つけてくる。本人は意識していないらしいが、面白そうなものを発掘する嗅覚が鋭いのかもしれない。


「はいはい、わかったから、そのまま話込もうとしないで。まずは目の前の事を片付けようね」

「うーあー…、せっかく現実逃避しようとしてたのにぃ。ペンシルの意地悪ー」

 


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【 リザード(蜥蜴人)族 】


 一般的にはリザードマンと呼称する事が多い。

 文字通り、蜥蜴が二足歩行して生活しているような種族で、知能もそれなりに高いが、独自の文化や民間伝承による知恵などを活用した、やや原始的な生活や文明を現在も継続している部族が存在する。

 とはいえ、リザードマンの社会の全てがそうであるというわけではなく、単純に自然の多い環境を住処としている部族にのみに限った話であり、他種族と同じ地にて同じ文化レベルの生活を営むリザードマンも多い。


 オーガと同程度には一般社会に広く進出しており、種族領土に篭る者は少なく、主に古いしきたりや考え方を重んじるような者が引き篭っている状態にある。


 卵生で多産であるため、人口も多い。

 低位の種族の中では、能力のバランスに優れ、その水準も高い。そのため数多の職に就いており、リザードマンを見かけない地は種族領土のような特殊な環境以外ではないだろうとまで言われている。


 一方で、優れた雑兵と評価をする上位者に私兵として雇われ、使い潰されるという話も多く、現在でも何かしらの理由で捕らわれたリザードマンが、そうした使い捨て戦力としての私兵を欲する貴族などに買われており、違法な商売としてその片棒を担いでいる闇商人が、根強く存在し続けているという。

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【 ドラゴマン(竜姿亜人)族 】


 一見すると、ドラゴンニュート(竜亜人)族やドラグーン(竜人)族と見間違うような外見をしているが、実はドラゴン系種族ではなく、リザードマン系種族から枝分かれした亜種である。リザードマンの発展である事を誇りとし、自らをドラゴンリザードなどと称してリザードマンに対してエリート意識をむき出しにしているような一派もある。


 姿形ばかり威勢がよいが、その能力はリザードマンに劣る個体が多いため、ドラゴンニュート竜亜人ドラグーン龍人パチモン似せ者と影口を叩かれる事も多い。

 容姿にしても劣化版といった感じで、尻尾や羽もないためよく見ればすぐにわかる。

 現在でも、その容姿を利用した詐欺や恐喝事件がちょくちょく発生しており、そうした少数の悪人のせいで、今日におけるドラゴマンの種族イメージは、かなりネガティブに偏っている。


 リザードマン同様、卵生のため人口は多いが、個体能力差が小さく比較的安定しており、突出した個体が生まれる事は稀である。

 種族としては安定しているといえるが強い個体が生まれない事もあって、他種族との生存競争が激しい時代においては数を頼みとした悲壮な人海戦術によって、なんとか種の滅亡を免れてきたという暗い歴史を持つ。

 そのためか生存意欲…特に繁殖行為においては愉悦享楽の感情よりも、子孫を作るという意識が強く出やすい傾向にあり、いわゆる遊び目的の交尾をあまり行わない。

 結果、確実かつ安定的に子孫を増やしており、記録から見る種族人口の増減推移の安定さは、数多の種族の中でも目を見張るものがある。

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「ねー、そういえばペンシルってさー」

「なーに、もう集中力途切れたの?」

「そ、そんなんじゃないってー! 不意に気になった事があってさ」

 言葉から感じる情感が怠惰によるものではないと理解すると、ペンシルは顔を上げてレスの方を伺った。


「ほら、ペンシルってヴリトラーダ巨竜蛇人族じゃん? ヴリトラーダって、蛇なのか竜なのか、どっちになるんだろうって思ってさー」

 事実、異なる生態要素が混成している種族は多く、こうした学術面でその種族の話をすると学者達が議論を紛糾させる事が多い。

 それだけ現在の種族カテゴライズは多岐に渡りすぎているのだ。何せ過去を辿ってみても一番古い魔界の記録ですら、存在する種族数は8000種に上るとある。


 進化や変異による亜種の出現と生態独立化に、異種族間における多様な混血子孫とその系譜などによって、正式に種族として認められているだけでも今日の種族数は1万を超えるに至っているのだ。


「うーん、お父さんから蛇寄りの種族っていう風に小さい頃、聞いた事はあるけれど…」

 言いながらペンシルは自分の尻尾を見返す。表面の鱗の付きかたや尾先の形状を確認したり、いろいろと動かしてみたりした。


「でも、蛇系種族みたいに、尻尾でとぐろを巻いたりする事はできないし…」

 翼もあるが飛行能力という点でいえばお粗末なものだ。

 もっともそれは地上の大気の成分による抑制がかかっている結果であり、ペンシル自身の飛行能力は地上以外であれば実は相当なレベルなのだが、本人がそれを知る機会はしばらくはないだろう。


「はぁ~、難しいよねー。講義でもさー、混血の場合、両親の種族に分類すべきか、あるいは子を新種として認めるべきか否か、ってテーマを掲げてさー…。一人一人に、お前はどう考える! なんて問うんだよ教授? んなのわかるわけないって」

「うーん、私達の一番古い先祖にあたるっていうアスラ様って方は、今の私達とは全然違うお姿をしておられたって言うから、その話にあてはめると…蛇でも竜でもなく、アスラ様の外見特徴から分類されないといけない、っていう可能性も出てきちゃうし…」


 レスはハッとする。

 自分で振っておいてなんだが、こういう話をしはじめるとペンシルは深く考察や分析、推察をはじめてしまう勤勉な学生特有のクセを発揮してしまうのだ。


「あーん、もういいじゃん。頭こんがらがっちゃう! そいつはそいつで、そういう種族ってことでさー。どこに分類されるべきっ、とか言うのがおかしーんだよ! あれだよあれ! いつかペンシルが読んでた大昔の人間種のさ、発掘されたっていう本の復刻写本! えーと…」


「それって…もしかして、“我、思う故に我あり ” の?」

「そー、それ!! 自分は自分! それで完璧じゃん」

 勢い任せに話を変えようとするレスに対し、ペンシルは苦笑する。


「だいぶ意味が違うと思うけど…レスらしい考え方だね。でも、だからって種族生態講義のレポートは書かないといけない現実は変わらないよ?」

「うぐっ! …わ、わかってるよぉ…むー」

 ブツブツ言いながら机に向かいなおすレスを見届けると、ペンシルも再び本に目を落とした。



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【 ドラゴンニュート(竜亜人)族 】


 二足歩行するドラゴンといった容貌で、ドラゴン系種族の中では最も文明的な社会性と生活を築いている。

 その体躯はドラゴンと比べると小さく、大きいものでもオーガと並ぶ程度であり、平均身長は180cm~200cmほどである。


 プライドや気位を尊ぶ気質が多いドラゴン系種族と比べると、俗っぽい者が多く、いい意味で他種族との交流や社交性に富んでいる傾向が強い。それゆえか、ドラゴンやドラグーン龍人といった近親種族とは反りが合わない事もあり、過去には激しく憎悪しあい、互いを滅ぼさんと争った時代もあった。


 ドラゴン同様、長生きではあるが子宝に恵まれにくく、人口はあまり多くはない。それでもドラゴンやドラグーンに比べると社会に馴染み、少数とはいえ珍しいとは言わせない程度には数が存在している。

 異種族間による混血者にしても、ドラゴン系種族の中では最多である。ドラゴン系種族は遺伝的にも強い種族であるがゆえに、異種族と交わる事に抵抗感が少ないドラゴンニュートは、混血の血筋であっても色濃くドラゴンニュート族の血を残している事がほとんどである。

 そうした事も手伝って、人口という意味でいえばドラゴン系の中でもっとも繁栄している種族といえるだろう。

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「う~っ、あーっっ! も、限界~っ。ペンシル、町いこ町! 狭い部屋を飛び出そうっ」

「まだ途中なんでしょ? いいの?」

 だがそろそろ言い出すだろうと予測していたのか、ペンシルは軽く息をつきながら微笑みを浮かべる。これでも出会った当初に比べれば、レスの集中力は格段に増した。半年ほど前ならば、最初の5分で “ この状態 ” になっていたのだから。


「いい! だってドラゴン系種族の次は、あの獣人系種族が控えてるんだよっ。超多い、多すぎるっていう、あの! だから今日はここまでっ、区切りよくやったほうがやりやすいじゃん?」

「はいはい、じゃ、再開しやすいように片付けておかないと。後で困るのはレスなんだからね?」


「わかってるって! えーと、こっちの本はこっちに置いといて、レポートは上に重し乗せといて…と、あ、ペンシル。その本はこっちに置いといてー」

 遊びに行くと決まれば、随分と手際よく片付けるレス。

 同じくらい手際良く勉強もがんばれば苦労はないだろうにと思うもペンシルは口には出さず、言われたとおりに本を置いた。



「よぉーっし、これでオッケー。たまりにたまったストレス、ぶちまけるぞぉー!」

「ぶちまけるんだ…って、あ、ちょっとレス、鍵、鍵! 部屋に鍵するの忘れて行っちゃダメだって!」


 なおこの後、町から帰って来たレスは、ドラゴン族およびドラグーン族についてまとめた後、友人がヴリトラーダであるにもかかわらず、それ以外のドラゴン分類の種族をすっかりすっぽ抜かしてしまう。


 そしてレポート提出時に教授から5時間近くに渡ってこっぴどくツッコミの嵐を喰らうハメになるのだが、持ち前の調子の良さと苦しい急場しのぎの回答を連発。

 なんとか乗り越えて種族生態講義の進級試験をパス合格する事が出来たのは、また別のお話。




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