16】イマイチなサッカー部員からの提案 -3
「見かけた? お前が? 沢瑠璃さんが?」
「……? 二人ともだよ」
「どんな感じに?」
「どんな感じって……僕か沢瑠璃さんが見つけて、沢瑠璃さんが追いかける、みたいな。……ねえ、なんか聞きたいことあるの?」
理塚くんが聞いてくることの意図がよく分からず、でもその質問の向こう側に本当の意図があるような気がして、それを問い質してみる。けれど、理塚くんは笑って顔を横に振った。
「いや、ちょっと気になって聞いてみただけだよ。ああ、そうだ」
理塚くんが何かを思いだした声を上げた。
「今日オレ、部活休みなんだよ。そんで放課後、時間持て余し気味でさ。今日だけだけど、良かったら猫……おでん探し、付き合わさせてくれよ」
僕はついきょとんとしてしまう。そんな提案が理塚くん、というより僕以外の他の人から上がるとは想像していなかったからだ。それは沢瑠璃さんがクラスの皆から気にすらとめられなかったという前歴からできあがった偏見のようなものだったけど。
僕は微笑む。誰かが加わるイコール沢瑠璃さんとの二人だけの時間が減るということだけど、その一方で沢瑠璃さんに気をとめる人がいることは純粋に嬉しかった。
「分かった、じゃあ聞いてみるね」
僕はポケットからスマホを取り出すと、沢瑠璃さんへSMSで『おはよう』から始まるメールを飛ばした。理塚くんのことは知らないはずだから、友だちという言葉にしてある。
沢瑠璃さんはメールすることを忘れるときもあるけど、返信は基本的に早い。見てさえいてくれれば返事も早いだろう。
「返事が来るまでちょっと待ってね」
そしてスマホを元のポケットにしまい直すと。
理塚くんが、なにやらニヤニヤしている。なんで笑ってるのだろうといぶかしみ、そしてその理由に、つまり僕の沢瑠璃さんへのメールに対するものだとほどなく気づくと、理塚くんがメールの『メ』を発音すると同時に道路の脇へ設置されていた空き缶用ゴミ箱の上蓋を外していた。
「待て織野、缶!? 缶はいくらなんでもないだろ、喉に詰まるって! いやゴミ箱から取り出さなくていいよ! いや中の残り汁いちいち捨てる気遣いもいらねぇよ!」
「いや理塚くん、僕が考えるに要は入射角度だと思うんだ」
「缶のか!? 缶の喉に対する入射角度のことを言ってんのか!? 悪かった、オレが悪かった!」
理塚くんの謝罪の本気度合いが見えたので、僕は渋々と缶を元のゴミ箱へ捨てた。それなりにちゃんとした缶を選んだつもりなので、渋々だった。
お前そこで缶を選ぶか普通、とブツブツ呟く理塚くんと登校を再開する。
すると、スマホの着信音が鳴った。
「あ、多分沢瑠璃さんだ」
「……お前さ、そのトイレを流す着信音どうにかなんないか」
理塚くんを無視してスマホの画面を見ると、案の定沢瑠璃さんからの返信だった。……だったけど。
「沢瑠璃からはなんて?」
返事の中身を尋ねてくる理塚くんに、黙ったまま画面を向けた。
『拒否。手下は二人もいらない』
「……織野。お前は、手伝わさせてもらってる立場なのか?」
「……そういうつもりはないよ。今のところ実害がないから何も言ってないだけで」
「そうか。強制労働を課せられてるわけじゃねぇんだな?」
「手下と呼ばれることを忘れてたくらいだから、労基署へ訴えることは今のところ何も」
「……そうか。まあ仮に訴えたとしても、雇用契約書も入退勤時間を示すものもないから短期解決は難しいよな。と言うよりそんな話じゃないよな」
拒否。
なかなかに心の距離を置いた言葉だ。オーケーの返事が来ることも多少期待していただけに、ちょっと、というかなかなかに残念だった。だからと言って、おでん探しは彼女の案件であり、理塚くんの言葉ではないけどこちらは手伝う側だから、彼女の意向を無視して理塚くんを連れていくわけにもいかない。
「理塚くんごめんね」と伝えると、理塚くんは「正直、オーケー来るほうが意外と思ってたから気にすんな」と笑った。
――僕らはその後そのまま登校したわけだけど。
なんでもないはずのこの一件、提案されて尋ねてみて断られてそれを伝えることで終わったただそれだけの一件が、これから起こる出来事のきっかけになったことを、この時の僕が知る由はなかった。
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