その仮面は私であるか

ナガカタサンゴウ

文化祭実行委員

「いやー、だからなぁ」

 完全に酔っている先輩が肩を組んでさっきと同じ話をしている。もう三回目だ。

「はは、そっすね」

 私は苦笑いで答える、これも三回目だ。

 先輩といっても学年は同じである、この酔いまくりの先輩は二浪の末に夢破れて平凡な我が大学に来て、更に一年留年をした年齢的先輩で学年的同級生だ。


 かく言う私も他の者と比べれば年齢的先輩である。

 私は浪人生活を心に決めて勉学に勤しんだが夏頃にその決心は崩れ去り安全圏である我が大学に入った中途半端な一浪であり留年生である。

 むしろ半浪の留年生と言うべきか。

 つまり私と先輩は現在二年生にあたる

 皆は先輩の事を大先輩と呼び私の事を先輩と呼んでいる。


 さてさて今共に呑んでいる数人のメンバー、大学らしく華々しい、または熱いサークルのメンバーかと聞かれればそうでは無いと答えよう。

 この集まりは近々行われる文化祭の実行委員である。

「中々に華々しいでは無いか」そんな意見は笑止千万、笑い飛ばしてやろう。

 我が大学の文化祭は中々に規模が大きくそれを纏める実行委員はとても面倒らしいのだ。つまり押し付けられたわけである。

 そんな押し付けられた奴ら数人が集まっているのが今のメンバーである。


「えあー、だかぁらにゃあ」

 先輩はもう呂律が回っていない、そろそろ寝る頃だろう。



 先輩を宥めつつ先輩の枝豆をちょびちょび食べていると後ろから天使の声がした

「トウヤさん?」

 そこには天使がいた。

 天使って誰かって? 天使は天使だ。


 私は水を一気に飲み干す。

 失礼、少し酔いが回っていたようだ。


 彼女は天使では無い、もちろん人間だ。

 彼女は私たちと同じく実行委員を押し付けられた一人。

 彼女は実行委員の中で私の事を名前で呼ぶ唯一の同学年生で、私が片思いをしている相手だ。


 私はコップを机に置いて天使、いや想い人に返答する。

「やあ、君も呼ばれたのかい?」

「いえ、ある人と待ち合わせをしています」

「へえ、女友達かな」

「いえ」

「なっ……」

 私は衝撃を受けた。

 彼女が男と待ち合わせ、まさか交際関係にある人が……

 一人ショックを受けていると彼女は訂正した

「その、交際とかでは無くてちょっとした知り合いなのです」

「知り合い……そ、そうか知り合いか」

 冷静になれ、私。動揺を抑えよ。


 心の中で深呼吸。


 私は高校、大学と進んできてある技を身につけた。

 それは心の仮面をつける事、大袈裟に言えば感情を切り離す事だ。

 いちいち気持ちを相手に伝えていたのでは厄介な事になる。

 そんなの誰でもやっている? そこらへんのヤツと一緒にして貰っちゃあ困る、私のは天下一だ。

 まあ、最近はソレを使う機会も減っている気がするのだが……


 と、まあそんなわけで動揺を切り離した私は彼女との話を再開する。

「飲み会える知り合いとは良いな」

「トウヤさんも皆さんと呑んでるじゃないですか」

「まあ、そうだが」

 そこで会話は少し途切れる、彼女が私の顔をじっと見つめる。

 これは彼女の癖、何かを考えているときは何か一点をみる癖だ。


 しかしこう見つめられると心臓に悪い、心の中で深呼吸。

 ……追加でもう一度しておこう。


 彼女は私を見つめるのを止めた。

「トウヤさんもどうですか?」

「ん?」

「トウヤさんも一緒に呑みませんか?」

 なんと、彼女の方から誘ってくれた!

 なんと嬉しい事だろうか。……しかし駄目だ。

 私は周りで酔い潰れている仲間達を見た。 彼らを送れるのは私くらいだろう。

「すまない、私は先輩達を送らなければならない」

 彼女は少し残念そうに……いや、勘違いかもしれないが彼女は残念そうにした。

「そうですか、優しいのですね」

「いやいや、仕方なくだよ」

「……ではそろそろ」

「うむ、人を待たせてはいけないからな」

 ぺこりと頭を下げて彼女は店の奥に行った。 呑み相手の男とやらを見てやろうと思ったが人が多くて見えなかった。



 先輩達を送った私は道中自販機で水を買って一気に飲みほした。

「ふう」

 今日は彼女と楽しめるチャンスだったのだが……不幸であった。

 ん? 親密になるチャンスじゃないのかだって? そんな事は考えていない。

 私は彼女との今の関係が気に入っている、それ以上を望むと言うのも野暮というものだろう。



 それから数日後、高校に比べてやけに長い一コマ一コマをしっかり、いやそこそこ受けた放課後。私は実行委員に顔を出していた。

「今日は門の制作をすんぞー」

 実行委員のベテラン、四回生で三年生の大先輩が我ら実行委員に指示を出した。

 この私からする大先輩、皆からは「オオさん」と呼ばれている。

 大大先輩である事からオオさんと呼ばれているが本名は小野田小次郎といい、むしろ「ショウさん」である。

 因みにこの前ベロベロに酔っていた先輩は「ダイさん」と呼ばれ、私は「センさん」と呼ばれている。

 今現在実行委員にいる留年生はその私を含む三人である。我ながら情けない。



「門作りなら技術部に任せるべきだ」

 などと愚痴りながら私達は作業室で文化祭の門作りを始めた。

「すみません、用事があって遅れました」

 しばらくして我が想い人がやってくる。

「今日は門作りだよ」

 ダイさんが彼女に告げた。

「ならわたしは色を塗ります」

 と彼女は腕まくりをして倉庫からペンキを取り出した。



「おお、上手いな」

 オオさんの感嘆の声が気になってそっちを見ると私の年齢的後輩である水島がいともたやすく、そして綺麗に木を切っていた。

「それに比べてお前なんだそれは」

 言われて私は自分の手元を見る。うむ、ガタガタである。

 水島と同じ作業のはずなのだが私の方が悪いのは一目瞭然である。

 オオさんに続いて数人が水島を褒めて私を軽くけなした。

 まあいいやと作業を続ける私にダイさんが来た

「お前後輩に負けてここまで言われて悔しく無いのか」

「え?」

「だからそんなに言われたらやってやるー、みたいなのは無いのか」

「特に無いですけど」

 ダイさんがわざとらしく溜息をつく

「お前本当に運動系だったのかよ….…」

 そう、私は高校の時野球部だったのである。そして水島もまた同じ高校の同じ野球部だった。

 少しその頃の話をしよう。



 我が高校の野球部は部員が極端に少なく私は何故か空いていた適当なポジションについていた。

 そこに来たのが水島である。

 別に水島が特別優秀だったわけでは無い。しかし私よりは優秀であった。

 故にそのポジションは水島の物となり私はベンチの守り人となった。その時私はとても悔しがった気もするが……気のせいだろうか。

 まあ、そんな経緯もあり私はよく水島と比べられるのだ。

 しかし人は人、私は私、水島は水島なのだ。どうとでも言え。

 と、仮面を被るまでも無い事案をスルーして私は次の作業に取り掛かった。



「結構長引きましたね」

「確かにもう暗いな」

 彼女と二人夜道を歩く、他の皆は私達が片付けてる間に帰ってしまった。

「もうすぐ秋ですね」

「そうだな、寒くなってきた」

「文化祭、楽しみです」

「うむ」

 そんな他愛も無い会話をしながら私はふと彼女との出会いを思い出していた。



  彼女と出会ったのは彼女が入学して、つまり私が留年してすぐの事だった。

 その時の私はクラスにも馴染めず今とは全然違う性格だったような気がする。

 何事にも関心を示さずにただただボーッとしていた、そんな性格だっただろうか。

 その前の年も経験した入学歓迎のイベント、在学生が学校紹介などを面白おかしくするのだがそんな物いらない私は無駄に広い中庭でボーッと寝転んでいた。

「何をしているんですか?」

「……ん?」

 誰もいなかったはずの中庭にいつの間にか人がいた。

 赤い髪留めをしたショートカットの少女、後に我が想い人となる彼女が立っていた。

「特に何もしていない」

「入学歓迎説明はいいんですか?」

 私は彼女のポケットからはみ出している新品の学生証を見た。

「私は留年した身だからな、君こそいいのか? 新入生だろう?」

「いいのです、説明は要りません」

 説明が要らないほどこの学校を知る熱心な新入生か……

 いや、そんな真面目な人が説明をサボってこんな中庭にいるのはおかしいだろう。

 私は久々に人に関心を示した。

 私は彼女と少し話をしてみる事にした。

「何故説明が要らないのだ」

「面白く無いからです」

「面白く無い?」

「何も知らずに経験するのが面白いじゃないですか、あらかじめ説明されては面白さが半減です」

 面白い事を言う少女だ

「しかし大学生活の中で必要な説明もあるだろう」

「誰かに聞けばいいのです」

「知り合いでもいるのか?」

「いません」

「え?」

 知り合い無しでそんな行動をするつもりなのか。 私は驚いて彼女を見た、するとパッチリと目があった。

 しばらく私を見つめていた彼女は思いついたように口を開く。

「よかったら、教えていただけませんか?」

「……私がか?」

「はい」

 そう言って彼女は微笑んだ。



「トウヤさん?」

 彼女に呼ばれて脳内回想から意識を戻す。

「どうした?」

「今日はおばあちゃんの家なのでバスなんです」

 と彼女はバス停を指差した。ちょうどバスが近づいて来ている。

「そうか、ならここで」

「はい、ではまた」

 バスに乗り込んだ彼女を見送って私は一人最寄り駅へ歩き出した。

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