act.2  サーブ・グランチャーズ

 アジトへ戻ったグランチャー達を、一人の細身の男が腕組みしながら出迎えた。

 年の頃は二十代半ば、薄汚れた作業服をだらしなく着こなし、ぼさぼさの髪にやる気のないまなざしの端から涙をちょちょぎらせて、大あくびをかました。

「どこもぶつけなかっただろうな。……ふぁ~……」

 疲れきった身体で偽装車両から降りてくる面々を眺め、いきなり彼が憎まれ口をたたく。

 それに反応したのはグループ一の熱血漢、ヴィゲンだった。

「てめえ、人ごとみてえに言いやがって」仏頂面のまま彼へと近づき、目線一つ高いその顔を手のひら一枚分手前まで押し出した。「命からがら帰って来た俺らに、お疲れ様の一言もねえのか」

「命からがらだと」

 ちゃんちゃらおかしいとばかりに、ふふんと鼻で笑い飛ばす。

 それがヴィゲンの癇に障ったようだった。

「てめえ、何がおかしい」

「別におかしくて笑ったわけじゃない。おまえらがあまりにも滑稽だから、それがおかしかっただけだ」

「おかしいんじゃねえか!」

「俺はおまえらが確実に逃げられるルートを見つけて、ネシェルに伝えておいたはずだ。それで捕まったのならともかく、こうして無事帰ってこれたんだから、おまえらこそ俺に礼の一つも言うべきなんじゃないのか」

「なんだと、てめえ!」

 ヴィゲンが彼の胸倉を両手でつかみ、そのつま先が上がるほど締め上げる。

「自分だけ安全な場所でのんびりしてやがって、少しくらい手伝おうとか思わねえのか。同じ組織にいるのに、俺らの姿を見て何も感じねえのかってんだ」

 センターから分かれた銀色の長髪はその見た目に反してかなりのマッチョ体型だった。サイズで言えば、目の前の彼より二まわりほどでかい。

 だが宙ぶらりんになるほど締め上げられてもなお、苦しそうな顔もせずに、彼は嫌らしく笑ってみせたのだった。

「同じ組織ってったって、俺はおまえらと違ってフリーの逃がし屋だからな。一回ごとの契約でそっちのランセンに雇われてるだけだ。仕事がない時は、よそのグループの逃がし屋もやらなきゃならん。向こうが先に依頼をしてきた時は、こっちの仕事を断るだけだ。そうだったよな、ランセン」

 そう言って彼が、リーダーの方を向く。

 ランセンと呼ばれた髭面の偉丈夫は曇った表情で二人のやり取りを眺め、ゆっくりと、そうだ、と言った。

「な」

 彼ににやりとされ、ヴィゲンがさらに沸騰する。

「でもよお、ランセン。よそじゃあ逃がし屋だって組織の一員なはずだぜ。人が足りない時にフリーを雇うようなことはあっても、専属の逃がし屋がいないグランチャーなんて、うちくらいじゃねえか。そんなのでいいのかよ」

「問題ない」

「はあ!」

「それだけ彼が優秀だということだ。実際、クフィルがうちの逃がし屋を引き受けてから、俺達は一度だってヘタを打ったことがない」

「そりゃそうだが!」

「そういうことだ」クフィルと呼ばれた青年が、にやりと笑ってヴィゲンの両手を開いた。「第一、逃がし屋の俺が一緒に行動してたら、もし何かトラブった時、いったい誰がおまえらを逃がす」

 ぐぬぬぬ、と口をゆがめ、ヴィゲンが怒りに打ち震える。

 それを鼻で笑って、クフィルは運転手を務めてきた少女の方へと振り返った。

「ネシェル、整備を手伝ってくれ」

 クフィルに言われ、ジロリと目線だけを差し向けるネシェル。

「いや」

「はあ!」

 今度はクフィルがあっ気に取られる番だった。

 そのありえない表情を一瞥し、ネシェルは完全に仮面を外して、背中まであるブロンドを風になびかせた。

「整備は逃がし屋の仕事でしょ。私はグランチャーだから」

「冷たいこと言うなよ。俺達仲間だろ」

 するとゆるりと背中を向け、ネシェルが小さな声を押し出した。

「あんたは私達の仲間なんかじゃない」

「……」

 崩壊するクフィルの後ろで、腕組みのヴィゲンが嬉しそうに高笑いするのだった。


 サーブ・グランチャーズはその日も大奮戦だった。

 規模は小さいが、とらわれの花嫁を救い出すために単体のチームだけで特攻する。

 髭面の偉丈夫ランセンも、自慢の髭を仮面の下に隠して襲撃者に徹していた。

「何としてでも花嫁を救い出すぞ!」

 抱えるエモノは、協定で定められたボールガンと呼ばれるこん棒のような空気銃だった。

「くそ、こんなおもちゃで何やってんだ、俺達は」

 ヴィゲンのぼやきに、チーム一の大男ドラケンが反応する。

「ぼやくな、ぼやくな、俺達がこれを使っている限り、奴らだってそれ以上のオーバーキルはしてこない。それに無駄に怪我人を出さないための協定でもあるから、な!」

 近づいた一人を丸太のような腕で殴り飛ばした。

「だがよ、戦争ごっこやってんじゃないんだぞ。当たったってすぐ立ち上がれるような武器じゃ、らちがあかねえだろ、……うわ!」

 セレブレーターの放った拳大の中空ゴム弾が目の前をかすめ、ヴィゲンが大きくのけぞる。

 直後に、その狙撃手の額にゴム弾がヒットし、彼は背中から倒れて動けなくなった。

「もっとしっかり狙って。正確に当てなきゃ意味ない」

 振り返るヴィゲン。

 そこには仮面をつけボールガンをかまえる小兵の姿があった。

「おい、ネ……」

 思わず名前を呼びかけ、ヴィゲンが口をつぐむ。

 それがネシェルであることに気づいたためだった。

「こんなとこで何やってんだ、おまえ! エスケープの準備はどうなってんだ!」

 それを受け、二人目のセレブレーターを昏倒させてから、不敵に振り返るネシェル。

「グリ……、……ッペンに変わってもらった」真横から飛びかかる別の一人を、ブラインドショットで華麗にしとめる。「私がいた方が戦力になるはずだから」

「……」

 言葉もないヴィゲン。

 実際そのとおりだった。

 ネシェルは女でありチーム最年少でもあったがその狙撃技術はピカ一で、元セレブレーターのヴィゲンも舌を巻くほどの腕前だったのだから。

「さあ行くぞ、みんな」

 ランセンの声に呼応して全員が前を向く。

「何としてでも、リングの交換を阻止するんだ。忌まわしき婚礼の儀から花嫁を救い出すぞ」

 その時だった。

「出たぞ! ダブルエックスだ!」

「!」

 ランセン達を置き去りにし、警備のセレブレーター達が一斉に場内へと引き返していく。

 振り返り空を見上げるネシェルの視界に、圧縮エアを放出しながら舞い上がる小型のカイトがシルエットとなって消えていった。


 ヴィゲンはボールガンをかまえたまま、眼前の人物を睨みつけていた。

 ランセンの指示ですべての武装が解除される。

 それからこの約束の地で、怪盗ダブルエックスは花嫁をランセン達に引き渡したのだった。

 じっとその目を見据えたまま花嫁を預かるランセン。

 周囲のメンバーも含め、自分に注目する複数の目もものともせず、WXは赤い仮面越しににやりと笑ってみせた。

 深々と礼をし、紺碧色のマントを颯爽とひるがえす。

 その後ろ姿をネシェル達は黙って見守るだけだった。

 何も付け加える必要はなかった。

 目の前でWXに手を振る、幸せそうな花嫁の笑顔を見てしまっては。




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