いくつかのショートストーリー
KK
ネタバレ!ダメゼッタイ
「あの……ですから…そろそろ僕は帰りますので、本を返していただけますか…?」
僕は尋ねた。はにかんで手を差し出してみるも、寡黙な男は嫌そうに眉を顰めた。胡座をかきながら読書する姿勢には、数ミリも動かないと言わんばかりの気魄がある。寡黙な男の足元に置かれたもう一冊の本はもう既に読み終えた物のようだ。
なかなか返事がないことに少々苛ついた僕は、男に近寄ってどこまで読み終えているか聞いた。
「日本の近現代史(下)……の今どのへんですか?」
そう言って本を覗きこむも、男は嫌がるように体勢を変えた。
少しの沈黙が二人の空気を支配する。そろそろここを出ないと僕は帰れなくなってしまう。時間ばかり気になってそわそわする僕を横目に男は溜息を一つ吐いた。
この日ここに僕がやってきたこと、この寡黙な男に会えたこと、初めは奇跡のように感じていた。しかし、うかつだった。会う前から父達から聞かされ知ってはいたものの、やはりこの男の態度には苛立ちを覚える。
持ってきた本に興味を持たれてすっかり離さなくなってしまった。
「あの……ですから…今すぐ出ないと帰れなくなるので、僕の本…返してくれますか?」
再度尋ねた。
そして、これみよがしに男の足元に置かれた上巻を拾い上げ、帰宅モードへと促す。
焦りと苛立ちが悪意を揺り起こす。歴史のシナリオはノンフィクション。史実は明白だ。二つの思考が押し問答のように平行線を辿っていき、とうとう耐えられなくなった僕の喉が結末を吐き出した。
「それ最後、日本はアメリカに負けるんですよ…。」
その瞬間、男は戦慄の目を僕に向けて戸惑いの声をあげた。
「え?ちょ、な、え…?ほんと…?そんなんどこに書いてあった?」
「アメリカに原爆を二回投下されて…日本は降伏するんです。」
悪意から出た言葉を取り消すことができたら人をどれほど傷つけずに済むだろうか。しかし勢いは止まらなかった。
「8月6日に広島と…8月9日に長崎…。」
強引な帰宅動機を僕はネタバレという形で吐いてしまった。男の推理は深く迷宮入りした。
男は投げやるような口調で取り乱した。
「もー何で今それ言っちゃうかなあ!!…生きる目的無くなったよ!!」
歴史は二度と変えられないのに、僕は外の景色がふと気になった。
「これからどうすりゃいいんだよ!!…お前のせいだぞ、もう!!!…おい未来人!!!」
「もう無理です…。ほら、遠くにB-29が見えますよ、おじいちゃん。」
おわり
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