(3)
玲奈は涙よりもずっと頭が良かった。テストでは必ず90点以上をとった。それを喜ぶ両親の顔を見て、玲奈も嬉しそうだった。
両親はそんな玲奈に私立を薦めた。そのまま公立に進むなんてもったいないと。玲奈は初め乗気ではなかった。仲の良かった友達もいるのに、わざわざ彼らと離れて違う学校に進む事に抵抗があったのだ。だが最終的に玲奈は私立に進む事に決めた。両親を喜ばせたい。自分の気持ちとそれを秤にかけた時、そんな優しさが勝ったのだろう。そして結果、玲奈は難関と言われる私立に見事合格した。
幸せな瞬間だった。両親も涙も、玲奈の頑張りを心から喜んだ。皆の笑顔に玲奈も照れくさそうに笑いながらピースして見せた。
だが、幸せは一瞬だった。
中学に通い始めてまもなく、玲奈の表情が変わり始めた。最初は慣れない環境でうまくいかない事もあるのだろうと深くは考えなかった。しかし日に日に、目に見えて玲奈は弱っていった。
さすがに心配になって涙は玲奈に声をかけた。
「玲奈、大丈夫?」
良くない事が起こってる。それは明らかだった。
でも。
「大丈夫だよ」
玲奈は満面の笑みでそう答えた。
今思えば、それが引き金になってしまったのかもしれない。
その一週間後、玲奈は帰らぬ人となった。
訳も分からず唐突に訪れたあまりにも大きな悲劇。涙は悔やんだ。
大丈夫かだって? 大丈夫じゃないからこそ、その言葉が出たのだ。
大丈夫な人間に、人は大丈夫かなんて尋ねない。
そんな何の助けにもならない言葉だけかけて、自分は本当には差し出すべき救いを玲奈に向けてやれなかった。
彼女を見殺しにした悔恨。そして涙の中には、どうしてこんな事になったんだという疑問が泉のごとく湧き起こっては散らばり、また湧き上がった。 その答えは、玲奈の遺書の中に全て込められていた。
そこに書かれた内容は今でも一言一句覚えている。
頭に血が上るという表現があるが、そんなものじゃない。全身の血の流れが全て脳に向かい、破裂してしまいそうな程の怒りだった。
遺書の中には玲奈の受けた痛みが刻まれていた。
悪魔どもの心無い罵声や仕打ち。
彼女の優しい心が壊れていく過程がまざまざと綴られていたその内容に、すぐに涙達は学校に直訴した。玲奈は殺されたのだと。
だが、学校側の対応は開いた口がふさがらない、呆れかえるような対応だった。これだけ明確な証拠と玲奈の死があるにも関わらず、学校は真っ向からイジメを否定した。玲奈が周りの言動を湾曲に受け取って勝手に自分を追い込んだのだと、意味不明な解釈をさも真実のようにのたまった。よっぽどお前達の方が言動や目の前の事実を湾曲しているじゃないかと涙達は怒り狂った。
結局全てを有耶無耶にされイジメに関わった人間も分からず、一人の命よりも自分達の体裁や地位を優先した学校は、玲奈の死をただの過去として倉庫の奥底にしまって封をした。
全てを憎んだ。彼女を死に追いやった加害者も、非を認めなかった学校も。そして本来なら辿る必要のなかった道を渡らせた両親も。
あまりにも多すぎる憎しみの矛先は涙自身をも壊し、彼女が死んだこの土地にいる事すら耐えられなくなった。そして気付けば涙は生きる為の水商売を覚え、毎日を過ごすようになった。
「今でも犯人が誰か分かれば、親子共々殺してやりたいと思う事がある。でも、誰が玲奈を死に追いやったのか全く分からない」
「……」
「今でもそいつらがのうのうと生きてると思ったら、馬鹿らしい世界よね。死ぬべき人間が平然と生きてて、死ぬ必要のない優しい人間がこの世から除外されて。一生許さない。許せるわけがない」
ゆうは涙の話を黙って真剣に聞いていた。その顔を見てつい昂ぶった感情がすっと引いていった。
「ああ、ごめんね。思い出すと、つい」
涙は取り乱した自分を繕うように髪先をくるくると指で弄んでみたが、ゆうの表情は変わらずまっすぐだった。そしてぽつりとこう言った。
「僕と一緒だね」
あまりにも感情のない声だった。
一緒とはどういう意味か、その意味をちゃんと知りたいとも思ったがそれでもおおよその見当はついた。そして、ゆうの心に巣食う闇の一端を垣間見た気がした。
この子を守る。そんな使命感が強まった。
失った玲奈の命が、ゆうの中にあるように感じた。
「あなたは、玲奈とは違う」
「え?」
分かっている。
この子は玲奈じゃない。
だからこそ、今度は守る。
「ゆう君は、生きてる」
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