第15話 フォレングス城防衛戦
「馬鹿野郎どもが」
ティ・エの苛立ちは激しいものだった。
何しろせっかくのチャンスが台無しになったのである。
「見ろ、奴らはすでに防備を固めてしまったぞ! 奇襲のはずがなんと言うことだ!」
「しかし姉御。獲物を前にしたら追いたくもなるでしょうが」
「口答えしてんじゃないよ! 時間を無駄にしやがって! 遊んで満足した奴らは男も女も疲れちまってるじゃないか! これから戦おうって時に何をしていやがるんだ! ほら! 良いから武器を持ちな! 城攻めだよ!」
罵倒を浴びた蛮族達は一斉に城への道を進む。
そして城の防衛部隊は一斉に武器を構え、遠くより来たる敵の接近を待ちかまえていた。
「来たぞ! クロスボウ隊! 良く狙って矢を放てよ!」
勇ましい声はウロドの次女、イルバ・フォレングスのものである。
本来なら姫と言う、戦場に出る立ち位置にない彼女であったが、それでも戦列に参加して指揮を取ることにもなったのは彼女の強引さに他ならない。
この危機的状況を、自分の力を試す絶好の機会と捉えて指揮官に名乗りを上げたのだ。
特に今は、ヒィスリードをはじめ、際立って優秀な指揮官がミューエル救援隊に参加してしまったと言う人手不足の経緯もあり、彼女を止めることの出来る人物など今のフォレングス城にはいなかったのである。
しかし、女であるイルバが指揮を取ることに不安を覚えた騎士や兵がいなかったわけではない。
だが、イルバは日常的に兵の訓練に参加し、それらの中で行われた模擬戦での指揮でも驚異的な勝率を誇っていると言う、その実績からフォレングスの兵の間でも才能が評価されていた傑物たる人物であった。
今回の危機に際しても、彼女の指揮ならば従いたいと言う兵が続出していたのも事実である。
父親からは勇敢さを。
母からは美しさを受け継いだ、強き女性。
いつ誰が呼んだのか、つけられたあだ名が『フォレングスの姫騎士』であった。
その母親譲りの、銀の色が入った短い髪が風でなびいて、天からの光を僅かに反射した。
彼女にとっては初の実戦ではあるが、その風は追い風である。
遠くから聞こえてくる蛮族達の雄たけびの中、戦士達は個々の心の内で戦闘意識を高めていった。
「ひきつけろ! まだだ! まだ……」
誰もが自分の心臓の鼓動を聞いた。
近づきつつある蛮族のおたけびすらも次第に遠のき、戦いに臨む緊張感が兵たちを包んでいる。
そして、ついにその射程に蛮族が侵入し、戦端が開かれた。
「……今だッ! 射てッ!」
イルバの合図と共に正確無比な矢が放たれた。
金属の光が一斉に空を走る。
蛮族達は武器を振り回し、また、その身をかわしてそれらを防ごうとしたが、それでもクロスボウの直線的な矢は強烈なスピードで蛮族の生命を奪いにかかった。
先頭を走っていた幾人かの蛮族達が倒れ、兵士達はその初撃が成功したことを確信する。
だが、戦闘は始まったばかりだ。
イルバ・フォレングスの空気を裂くような咆哮が続く。
「弓兵! 休む間を与えるな! 絶え間なく矢雨を降らせてやれ! クロスボウ隊は矢の装填が済み次第、狙いを定めて次の矢を奴らの体に届けて差し上げろ! 連携を上手く取れよ!」
クロスボウの直線的な矢と、曲射を交えた弓矢の猛攻である。
上手く連携を取り、攻撃の間隔は時間を空けずに蛮族たちを襲った。
だが、それでも侵攻を止めることは出来ない。
何しろ、蛮族の進撃はその身体能力の高さから来る猛烈な速さでもって迫って来ているのだ。
彼らは間もなく城へ到達しようとしていた。
――
一方その頃、工房ではウィリアムが新兵器の起動に取り掛かっていた。
「ミカ、ラズ、いつでも出れるようにしてくれ!」
「はい!」
返事をしたミカは、戦争に参加するという自分の運命を皮肉げな思いで見つめている。
「口ではアキラを止めてたくせに、なんで私、戦争の手伝いをしているんだろ。私も戦わなきゃいけないって、そんなの……」
ミカの心はぐちゃぐちゃだった。
守りたい人たちがいる。
自分に優しくしてくれたフォレングスの人々。姫たち。
彼女達を守ることの出来る力が、自分にあるとウィリアムは言った。
そして、それは真実であるのだろう。
力があるのなら戦わなくてはならない。
戦わなければ、みんな死んでしまう。
今と言う状況の中で、自分だって危険に晒されているのだ。
だが、それでもミカの本能は戦うことを否定したがっていた。
そのジレンマに堪えきれなくなって、ミカはアキラの名を心の内で呼ぶ。
ミカの霊力は、接近しつつあるアキラを感じ取っていたのだ。
その距離はもう、ずっと近くなっている。
間もなく城に到着する頃だろうか。
だがしかし、会いたいと思う反面、アキラのことを思うとどうも胸がざわついた。
どうにも嫌な予感だった。
彼の位置が近づいてくるにつれ、それは大きくなって来ているのである。
もしかすると彼にも危険が迫っているのかもしれない。
彼が危険に晒されているのだとしたら、なんとしても助けたい。
自分に力があるのならば。
……あの幼馴染は昔から頼りない男の子だった。
良く虐められていて、自分が助けに入った。
その時だってアキラは泣いていただけで、自分からは仕返しをしようだとかそういうことを考える人間では無かったのだ。
今、圧倒的な暴力が迫ってきている。
もし、アキラがそれにさらされたなら、あっという間にやられてしまうのではないんだろうか。
先ほどの、ゲブゲ・フォレングスに迫られた自分のように。
ミカは力あるものの振るう暴力が恐ろしく、また、それと戦うことを強いられているアキラの身を、ひたすらに案じていた。
「よし、まずはラズからだ。少しで良い、霊力を同調させてみてくれ」
「やってみる」
その一方、ミカの隣では同型の発明品の中でラズラビラがウィリアムの指示で起動準備に取り掛かっていた。
だがしかし、それは順調には言っていなかった。
本来なら、難なく起動すると言う場面。その発明がラズラビラの霊力によって命を吹き込まれると言うその直前に、彼女が苦しみのうめき声を上げて呼吸を荒げたのだ。
それを察知したウィリアムがすかさず声をかける。
「ラズ、どうした?」
「……ッ。戦っている戦士達だ。彼らの想いが、霊力を通して、私に迷いを生ませている」
ラズラビラは、苦境に立たされている戦士達の、必死の想いを感じていた。
彼らの眼前に、強大な、逆らうことの出来ない暴力が迫って来ている。
それはかつて彼女の経験した、自分の力だけではどうしようもなく止めることの出来ない悪意に似ていた。
どんな懇願も無力化し、抵抗することも出来なかった一方的な力の気配。
ラズラビラの脳内で、毎日のように聞いていた男の声が響き渡る。
『ラズラビラ、抵抗するんじゃない。助けてくれる奴なんていないんだぞ。面倒をかけるな。……てめぇ、また殴られたいのか? ほら、四つんばいになって、尻をこっちに向けるんだよ』
呼び起こされているのはラズラビラの、完全なるトラウマだった。
『……フッ、フッ、へへ、良いぞ、やっぱり親子だな。顔は似てないのに中の感触は母親そっくりだ。良いな? そろそろ出すぞ』
押し付けられる腰と、
自分の体の奥を突かれる時のおぞましさ。
その生臭さい臭気が、ラズラビラの胸を満たす。
だが、それでも、今は過去を跳ね返さなければならない。
立ち向かわなくては……!
「ラズ! 大丈夫なのか?」
ウィリアムの声で、ラズラビラの意識は現実に帰還した。
「……大丈夫だ。行ける」
ラズラビラは心を強く持って、甦りつつあった自分の恐怖を必死に振り払った。
すぐそばにいるウィリアムのことを考えると勇気が湧いてくる。
当のウィリアムは、ラズラビラを心配するでもなく、その状態に理由づけをしていただけだが、それでもかまわない。
「霊力感応の機能が敏感すぎるのか。それともラズの霊力が強くなっているのか」
「そんなことはどうでも良い! 大丈夫だ! ウィル、私は、戦える! 少し動かすから、問題ないか、私の二本足をチェックしてくれ!」
ラズラビラは立ち上がると、再び準備に取り掛かった。
――
そうしている内に城壁での戦いは激化の一途を辿っていた。
「鉤爪だ! 奴ら、城壁を登って来てやがるぞ!」
「石を落とせ! 煮え湯を降らせろ!」
城の防戦はその過激さを増していく。
そして、城の抵抗をくぐり抜けた最初の何人かが、ついに城壁を上り切った。
蛮族の侵入である。
「ひるむな! 剣を取れ!」
剣戟の音がところどころで響き始めた。
しかし、歩兵同士の白兵戦ならば圧倒的な身体能力を有する蛮族に分があるのだ。
兵士達は果敢に立ち向かったが勝つものは少なく、次第にフォレングスの敗色が濃くなっていく。
「女だ! 珍しいぞ! 騎士どもの中に女の戦士がいるぞ!」
「女の指揮官か! なまっちょろい民族のくせになんと生意気な!」
蛮族達は、男に混じって激しく剣を振り回しているイルバの姿を見て口々に叫んでいた。
「あいつは生かして捕らえたいな! 可愛い顔してやがるのにたいしたもんだ!」
「遊びがいがありそうだぜ!」
そうして城壁に上った蛮族達はイルバを目指して、次々と集結していった。
だが、姫騎士は怯まない。
「来い、蛮族共! 我が名はイルバ・フォレングス! フォレングスを治めるウロド・フォレングスの次女にして、この城を守る勇敢な戦士である! 戦いたいものは名乗りを上げて前に出よ!」
しかし、その名乗りに応えるものはいなかった。
返って来たのは雄たけびと、悪意を持って振るわれる武器の数々である。
相手は蛮族なのだ。
「貴様らに戦士としての誇りは無いのか!」
イルバは迫り来る殺意をかわしながらも勇敢に戦っていた。
人を斬るのも今回が始めてではあるが、彼女の太刀筋に迷いは無い。
剣を取ると男よりも勇ましく、敵の流血を求めて戦えるのが、このフォレングスの二番目の姫なのである。
血濡れになって激しく戦うその姿に、敵も味方も感心せずにはいられなかった。
イルバはすでに蛮族を十数人返り討ちにし、付近にいた戦士達を勇気付けては城壁の蛮族を駆逐しようと善戦している。
周囲の兵士達も、彼女を守るために死にもの狂いで立ち向かっていった。
その気勢に蛮族達は近づくことが出来ない。
次第に兵士達は形勢を立ちなおし、反撃を始めた。
だが、それはイルバの周辺だけである。
長く続いている城門の上では多くの兵士が倒れ、その侵入は止めようが無い状態にまで悪化していた。
このままでは不味いとイルバが蛮族を打ち倒しながらも思考を巡らせる。
と、その時、城壁から騎馬の一隊が城に近づいてきたのが見えた。
フォレングスとネイフィス家の旗印。
まさしくヒィスリードの救援隊である。
「ヒィスリードが戻って来たぞ! 彼らが戻ってくればまだ勝機はある! ひるまずに戦え!」
しかし、彼女の叫びはむなしく響き、蛮族達は次々と城内に侵入してくる。
彼女の周囲にも蛮族が増え、再び敗色が濃くなっていた。
「もう持ちません! イルバ様! 城内に脱出を!」
「何を言うか! まだ負けてはいない! 私はまだ戦えるぞ!」
「お早く! ここは命に代えても食い止めます! イルバ様、どうか……!」
騎士の一人が兜を脱いだ。
戦場の中のその無防備さに、イルバがハッと気を取り戻す。
すでに城壁の上はイルバ達の部隊以外には、まともに戦っているものがいなかった。
骸となっているか、これからその命を弄ばれながら殺されるためにうめき声を上げている者たちだけだったのだ。
壊滅状態である。
「……しかし、お前達を見捨てろというのか!」
「イルバ様……お慕い申しておりました。あなたを守って戦い、死ぬのなら本望です」
「お前……」
イルバの前で膝を付く一人の騎士。
「分かった。だが、簡単に生を投げ出すことは許さぬ! 折を見て、お前も生きている者を連れて脱出しろ! 誰一人として見捨てるな!」
「ハッ! 必ず! 姫様、どうかご無事で!」
イルバが僅かに残った退路へ向かう。
騎士はそれを見届けると、剣を掲げて蛮族を防いでいる戦士の列に加わった。
「……姫様を死なせるな! なんとしても退路を確保するのだ!」
しかし奮戦はむなしく。
ついにイルバと共に戦っていた兵士達は一人残らず血しぶきを上げて散った。
イルバは城壁から逃れることには成功したが、さらなる追撃の手に絡め取られようとしている。
そうして城門も破られ、城内は大混乱の図となった。
すでに一部の人々は死を覚悟し、その身に起こるだろう残酷な仕打ちを想像し、震えていた。
勝利を確信した蛮族達は次々と城内に降り立ち、殺戮を欲しいままにすると思われていた。
だが、その時。
城の敷地の隅に立てられていた工房。
その物資の搬入搬出口が大きな音を立てて開かれ、蛮族達は一斉にその方向を見やった。
城の空気が変わる。
「何だ! 何が起きた!」
突然現れたのは圧倒的な存在感である。
それから放たれている、プレッシャーにも似た不快な感覚に蛮族達は思わず足を止めてしまったのだ。
直接その姿を見ていない者も、続いて起きた地を揺るがすほどの振動で何事かとその方角に気を取られずにはいられなかった。
「なんだ? あれは?」
蛮族達が騒ぎ、一斉に警戒する。
工房の中から、ウィリアムが作ったという発明品が姿を現したのだ。
「ラズ。頼んだぞ。ミカの二本足もすぐに出させる」
「ああ! ウィル、私があんたを守ってやるよ、絶対に!」
もはや彼女も、トラウマなどと言っている場合ではない。
なんとしてもこの場所を守らねば。
ラズラビラの心はウィリアムへの愛しさで満たされていた。
同時に、敵の残虐さに対する憎しみが混ざりこむ。
ラズラビラが本能的に忌み嫌っている感情。
一方的な力の差で押さえつけられることへの憎悪。
『痛いのは最初だけだよ。すぐに自分でも欲しくなるくらい良くなるからな』
……ふざけるな! 絶対に、絶対にこの人をあんな目に遭わせたりしない!
ラズラビラがウィリアムの全てを想い、心にそう強く念じた次の瞬間、彼女の霊力が城全体に浸透していくかのように、その場の空気を塗り替えていった。
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