第110話 公国編 Ⅳ 『眠りの従者』
「先代龍王エルテリゴ・グラスプリオ。さっき私の透明化がバレたように、アイツには惑わす系の能力は効かないっす」
「エルテリゴの能力は?」
「……幻を現実にする能力、と噂されてるっす」
「めんどくさい能力だな」
クルルカを抱きながらナマクリム要塞内を移動中、彼女からエルテリゴに関しての情報を聞き出していたが、どうも芳しくない。
幻を扱う戦闘スタイル。
特質的な系統の能力は自らで能力紹介をどこかでしてくれない限りは奥の手が無限に出てくるびっくり箱みたいなもの。
恐らく、クルルカが知らないことから同じ龍人族の中でも手の内を明かしてはいないのだろう。
腕力を強化するだとか、目や感覚で感じてわかる能力じゃない分、どうにも概念的な力の対処はめんどうくさい。
事前知識がない分、初見殺しの能力が来てしまえば手遅れになってしまう。
「はぁ……」
思わずため息をついてしまう。
エルテリゴのこともそうだが、今の公国の状況。
防衛戦……というのはどうにも得意ではないのだ。
守るべき弱者がその傍で足を引っ張ていて、頼りにすべき味方側の戦力が乏しい。
「ぐぁ……このっ!!」
「脆い、脆いぞ人族!!」
僕の行く先には、折れた剣でかろうじて龍人の爪を防ぎ、壁に追い詰められた公国兵士。
周りには、他の公国兵士が五人ほど倒れこみ血溜まりを作っていた。
「邪魔だ!!」
「げぴっ」
龍人の首を手刀で吹き飛ばし先を急ぐ。
公国兵士がその場でへたり込み、僕に対してなにかお礼のようなものを言っているがどうでもいい。
六対一でも蹂躙される……これを見る限り公国兵士は何の役にも立たないだろう。
「相変わらず旦那はえぐいっすね……あいつ笑顔のまま死んでるっすよ」
「笑顔のまま、自らの失態に気づかないならいいんじゃない?」
「なむなむ~」
窓から外の広場を見る。
低位冒険者らしき風貌の一団が、龍人族の集団に蹂躙されていた。
公国兵士が、龍人族の集団に蹂躙されていた。
他の広場では、その逆も然り。
高位冒険者と思わしき氷雪系の能力を使う女性が龍人族相手に圧倒していたり、王国騎士が刃を衝撃波に代えて龍人族を切り裂いている。
やはり、この場でこちらの戦力に成り得るのは増援できた高位冒険者と王国騎士ぐらいか。
まだ公国に来たばかりで公国側の戦力が、増援がどの程度いるかわからないのがもどかしいが……戦況を見る限りは一瞬で瓦解して崩壊するようなものでもないだろう。
「今の戦況は大分こちらが悪い……かな?なら、こちら側に大きな戦力を投入すればこの状態も瓦解する」
「旦那ぁ、どこに向かってるんです?」
「なに、呑気に眠っている僕の従者を起こしに行こうかと思ってね」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
洲桃ヶ浦蜜柑。
彼女は僕がある家族の借金を肩代わりする代わりに受け取った物・・だ。
他人の家族を奪うなんてなんと酷いことをするものだ、なんて思うかもしれないけれど蜜柑をかねの代わりにとして引き合いに出したのは……。
恐らく蜜柑があのまま家族の下に居ればいずれ僕ではない誰かに売られることは間違いない。
蜜柑の容姿は整っている方だ。
彼女にとっても、どこぞの変態に売られるよりかは僕の庇護下で従者でもやって居ることの方が幸せだろう。
洲桃ヶ浦家は僕が介入した時点で、かなり現状は酷いものだった。
日夜非合法のギャンブルで0か100かを競う荒れ狂った両親。
蜜柑は碌な世話もされずに、自宅に軟禁されゴミを食べて育ち。
それを僕がわざわざ介入して……蜜柑の実兄である洲桃ヶ浦甘夏とお互いの命を担保にした『ギャンブル』で打ち負かし蜜柑を手に入れた。
まぁ、その時に蜜柑の両親も知らないところで勝手に負けてマイナスになっていたから手切れ金として僕が彼らの借金を払ってあげたという話なんだけど。
その後の蜜柑の両親の行方は知らない。きっとどこかで野垂れ死んでるんじゃないかな。
結局は、蜜柑の所有権を本人が知らないところで勝手に賭けて僕が勝ち取ったというだけの話だ。
……そういえば、『ギャンブル』でナイアガラに落下した洲桃ヶ浦甘夏の死体は結局最後まで見つからなかったな。
「まったく、僕が働いているのに従者の君が呑気に寝ていてどうするんだか」
蜜柑が保管されていると言われていた部屋。
その部屋の中心に位置していたのは巨大な氷。
その中には、静かに眠るように目を閉じた蜜柑がいる。
氷に触れる。
ひんやりとしたその表面にに冷たさを感じ、同時に蜜柑の心臓の鼓動も微かながら伝わってくる。
まるで琥珀のようになってしまっているけれど、蜜柑の命は無事なようだ。
命を取るつもりはなかった……不動が間に合わなかったら蜜柑も連れていかれていただろう。
幼女と違い『第六黙示録』に関係しない蜜柑の用途はわからないけれど……まぁ、連れていかれればきっと蜜柑の命はもう無かったんだから不動には不本意ながら感謝しておこう。
「封印魔法か……流石竜王と言ったところかな」
魔族と人族……一般的な人類が扱えるまで簡略化し、魔素を用いて術式を展開することでようやく扱える魔術。
それを超えた人智を超越せし権能。
術式を用いず、原典で扱うことが出来る魔術の最奥――『魔法』。
それは、初代勇者達。初代魔王達。世界をすべた魔獣の王達。
恐らく、人族と魔族と魔獣が対等に渡り合い、最も争いが激しかった黄金期。
人族魔族各々が『魔法』を生み出し、争いを激化させ第一次の大戦は魔獣の王達の絶滅……と言った結果で終わった。
「それで残った魔族と人族が何世代にも渡って争い続けている訳だよ」
「へー。そんな歴史があったんすね!!私は知らなかったですよ旦那」
「この世界では一般常識っぽいけど?」
「私は部族の長の娘とはいえ勉強なんてしたくないですよ。自由気ままに何にも縛られずに生きたかったんです。だから私は勘当されてルルリナに次期長を任せたのに……」
ルルリナ・ナーシェリア。
わざと失脚したクルルカに代わって部族の次期当主として担がれ……グラハラムに囚われてしまったクルルカの妹。
透蜃族の長。
クルルカの話だと各部族の長の娘は特殊な役割を持っているみたいで、グラハラムの下へと集められ、『第六黙示録』の代償に使用されてしまうらしい。
尤も、必要な数は数人のため、各部族は競って戦果を立て自分たちの娘は見逃してもらおうと躍起になっているんだとか。
俗にいう、一般国民の徴兵みたいなものかな。
「だから私も実家から神遺物を盗んでグラハラムにアピールしに行ったり、色々な情報を城から盗んだり、もしもの時に少しでも交換材料になることを探してたんですよ。……結局、帝国に潜り込んで直ぐに旦那に見つかっちゃいましたけどね」
クルルカがてへへ、とわざとらしく笑みを振りまいてこちらを見る。
神遺物の効果を解き、一糸纏わぬ姿に大事なところを尻尾で隠した装い。
確かに、こんなのが部族の次期長じゃ何をしてでも失脚させたくなるね。
「それは君がまぬけだっただけだよ。数ある勇者の中で最悪である僕を選んでしまうなんてね」
「え?旦那は結構当たりの方だと思ってますけどね私は」
「何を言っているのさ」
クルルカの答えに、僕は思わず問い返してしまう。
僕と出会い、僕と出会ったからこそ、クルルカは僕の奴隷として、所有物として酷使されてきた。
クルルカに与えた任務は紛れもなく最悪なものだった筈だ。
「あっれー?もしかして旦那照れちゃってます?最愛の配下に褒められちゃって照れイタタタタ!!ダメ!!角はダメ!!とれちゃう!!とれちゃうから~~!!」
生意気にも僕をおちょくったクルルカの角をいつぞやみたいに引っ張る。
イタイイタイと涙目で無様にも懇願するクルルカを見て、呆れる。
この能天気さのせいで、恐らく自分が受けた任務の理不尽さもなにもかもを理解していないのだろう。
僕はクルルカの生死などどうでも良かった。
呂利根との戦闘で生き残っているのがクルルカじゃないほかの誰かでも全然かまわなかった。
きっと彼女は勘違いしているし、させてしまったのだろう。
自分が勇者の庇護下にあるということを。
だから立派にも、僕に対して交渉を仕掛けられた。
まったく、自分が物語のヒロインになっただんて勘違いをしてしまっているんじゃないかな。
まぁ、そう思いたいなら思っているといいよ。
クルルカに利用価値がある限り、君を利用してあげるからさ。
「君の能天気さは呆れを通り越して羨ましくなってしまうよ」
「私が能天気ですって!!こんなに思慮深いのに!!痛い!!角引っ張らないでー!!」
喚くクルルカの角を引っ張って無理やり黙らせる。
まったく、クルルカと会話しようとするといつもこうだ。
話が能天気なほうへ向かわされてしまう。
涙目になって角が無事かどうかを確かめているクルルカから視線を反らして蜜柑を見る。
「本来は君がクルルカに代わって僕の隣にいないといけないのに……どうしたって君は公国に来たんだろうね」
疑問だった。
不動と英雄王、幼女、蜜柑が公国へと増援に駆け付けたと聞いた時は一瞬耳を疑ったけれど、行ってしまったものは仕方ない、と切り捨てた疑念。
いつも通りの蜜柑ならば公国に行くことはないだろう。
蜜柑はそういった場合には絶対に僕に判断を仰ぐ。
表面上は取り繕ってはいるけれど、蜜柑にとっては『勇者』の責務などどうでもいい。
蜜柑はただ僕の隣に居られればそれでいい筈だ。
これは自信過剰でも自惚れでもなく。
蜜柑にとって僕の存在は何よりも重い事は揺るがない事実だからだ。
思えば、召喚当初の英雄王も様子がおかしかった。
思慮深い彼とは思えない即断即決。
いくら英雄王が正義を体現した存在であったとしても、ああいった行動に出ることはあり得ない。
どちらかと言えば鎌瀬山の方がテンションが上がってやりそうなヘマだ。
助けを乞う者の素性を一欠けらも調べずに、その手を取ってしまう愚行なんて。
「王国も一度浄化しないといけないかな、これは」
「あのー……旦那の口から勇者とは思えない言葉が出て驚愕なんですけど……」
「だから、僕は勇者なんかじゃないって」
「……?」
疑問符を浮かべているクルルカを無視して僕は氷柱へと触れる。
『魔法』の解除。
『魔法』は魔術の最奥だ、なんて言われているけれども。
所詮は、魔素を極限まで練り上げ上質にした魔術の一種だとでも思えばいい。
魔素量が、魔素の素質が違うから、そこに至るまでの道があまりにも遠すぎるから、常人には超常現象に見られがちだけど……僕から視れば大したものでもない。
一度、グラハラムの魔素量はクルルカの首輪で体験済みだ。
ならば、僕に解けない道理はない。
「『魔法』……初めて触れてみたけど、所詮こんなものか。それとも『魔法』にも階梯はあるのかな。あっけなさ過ぎて後者を望むよ」
数秒の静寂。
瞬間的に光りだした氷柱にクルルカは、ぐわああああ、なんて言って目を抑えながら転がり周る。
まったく、いつまでコントしてれば気が済むんだか。
氷柱は光と共に溶け出して、水浸しになったベットの上に残ったのは横たわる蜜柑だけ。
瞬間、閉じられていた瞳はカッと開き蜜柑は上体を起こす。
自分の手を見て、自分の体を触れて、一瞬恐怖に怯えた瞳をして、それも直ぐに戻って。
……やっと思考が追い付いて来たのだろう。
「おはよう。僕の可愛い従者」
「太郎……様?」
僕を見て、蜜柑の瞳が揺れた。
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