第53話折れない心
「……」
頑強な朱色の肉体には複数の傷痕がつき、全身血まみれになっていた。
銀と金のドール、レミとミル。
スペックレベル6の実力は伊達ではない。
如何に高位の鬼となったルカリデスであっても一対二では部が悪いのは当然だ。
というより、未だこの状況で殺りあえる状況を維持し続けている方が異常であった。
巨体がふらつく。
血を流しすぎている。
その自覚はあった。
ルカリデスとしてもじり貧であることは理解しているが、それがどうしたと言わんばかりに攻撃の手を止めることをしない。
高速の乱打。
それをレミが受け、ミルが魔術を構築する時間を造る。
ルカリデスがミルを先に潰そうとしても初手を逃すとレミと即座にスイッチしてしまう。
その連度の高さにルカリデスは手玉に取られてしまう。
レミとミルは相手の強さを十分認めていた。
頑強な肉体には生半可な攻撃が通らず、速さはレミにも迫る速度、腕力に関して言えば元の種族特性の影響もあり、この場において最強だ。
だからこそ、確実に相手の体力を削り、じわじわと追い詰めているのだ。
振るう剛腕をレミが涼しい顔で受け止める毎にルカリデスは怒りを高めていく。
それにより、更に速く、固く、強くなっていく。
もっと、速くだ。とルカリデスは力を欲する。
それに呼応して加速する速さにミル自身、驚かざるを得ない。
相手の体力は既につきかけており、減速し始めても可笑しくないはずなのに、寧ろ速度は上がるばかり。
この男の評価は『異常』の一言に尽きた。
「なんだよこれっ」
予想だにしていなかった危機的状況に呂利根は困惑していた。
只の逃げ出した魔族の残党狩りだと思っていたのに、蓋を開けてみたら、レミとミルが苦戦する相手、それに自分の速さについて来れる相手。
勇者レベルの魔族、つまり、副師団長クラスの魔族がこの場に複数いるのだ。
話と違うと呂利根が思ってしまうのも仕方の無い話であった。
呂利根は限外能力が強力な半面、身体能力は勇者の中でも低い部類に分類された。
だとしても、常人を消し飛ばすほどの膂力を持ち合わせているのだ。
そこらの魔族が相手になるはずがなかった。
だが。
「君さあ!うっとおしいんだけど!俺の邪魔をしやがってさあ!」
「お前はここで死ぬべきだ、呂利根」
この竜人、芽愛兎は速度、力で呂利根に劣るモノの技術でそれを補っていた。
結果、硬直した状態が長く続いていた。
芽愛兎は自分の身体能力が他の勇者と比べて大きく劣ることを理解していた。
だからこそ、小手先の技術を磨いてきたし、格上相手の立ち回りといった事を学んできた。
一方、呂利根は強力な限外能力にかまけ、自分が戦闘に出ることも訓練をすることもしてこなかった。
もし、呂利根がしっかりと戦闘訓練を受けていたら芽愛兎は数分も持たずに殺られていただろう。
その事に内心感謝しつつ芽愛兎は双剣を振るう。
この男をこのチャンスで殺さなければと。
ルカリデスに援護を拒絶されたとき、芽愛兎は自分が呂利根を相手しろと言うことだと解釈したのであった。
普段なら呂利根を守護する二人の人形。
今、それが傍にいない。
これは格好のチャンスであることは明らかであった。
それに。
「動きが固いな」
今まで自分に匹敵する実力者と真っ向から闘いあう事が無かった呂利根としては自分の死がかかっている闘いというモノは経験した事が無かった。
だから、その動きは恐怖で固く、ぎこちないモノになっていた。
なるべく傷を追わないように立ち回る。
その考えが見抜かれた事に呂利根の顔が屈辱で歪む。
「黙ってろっ糞っ!」
怒りにより、更に単調になる攻撃。
自分がびびっていたという事実を隠すかのように威勢良く振るった一撃。
それは明らかな隙だ。
その隙を、芽愛兎は見逃さない。
芽愛兎は探るように自分の腰裏に手を当て、ナイフを呂利根に投擲した。
「そんなのが俺に当たると思うかっ」
その攻撃は呂利根になんなく避けられる。
直後、呂利根の目にナイフと芽愛兎を繋ぐように紐が伸びているのを捉える。
なんだこれは?と呂利根は一瞬警戒を露にする。
芽愛兎にはその時間だけで充分だった。
瞬時にナイフが方向を反転させる。
繋ぐように伸びる紐は編み状に広がり呂利根を逃がさないように捉える。
「なっ!こんなものっ!」
慌てて身体を真横にずらしながら、自分に纏わりつく網をぶち破る。
芽愛兎の腕にそのダメージがフィードバックする。
「っ……避けたか」
自分の想定より強い。
ふいをつく形での攻撃も強引に避けられてしまうことを把握した芽愛兎は相手との力の差を甘く見ていた事に気付く。
この膠着状態が続けば、不利なのは自分達だ。
ルカリデスが殺られるまでに呂利根を倒さなければならない。
呂利根の攻撃を避けつつ、どうにかして突破口が無いか思考する。
そんな事を考えていると呂利根が剣を止め、話しかけてきた。
「君さぁ、俺を嘗めてるだろぉ?なあ?」
「?」
芽愛兎は呂利根の指摘に疑問符が浮かび上がる。
呂利根は力で言えば格上、嘗めてる処か此方は全力だ。
なぜ、そう感じたのかと思わずにはいられない。
「分かるんだよねぇ。そういう奴向こうに沢山いたからさぁ。平然とした顔でナチュラルに俺を見下す馬鹿がさぁ!」
呂利根の剣撃が加速する。
芽愛兎にはよく分からないが日本にいた頃のコンプレックスを燻らしているようだった。
呂利根からしたら、小手先の技だけで自分よりも劣る下等生物に平然とした顔で完璧に受け流されているという事実が許せなかった。
実際は致命打を入れる隙が無いだけだが、呂利根には小馬鹿にされ、遊ばれているように思えたのだ。
それが呂利根の子どもの頃の記憶を刺激した。
「君のその顔をよぉ直ぐに歪めてやるからなぁ」
振るわれる乱撃。
打開策を思考しつつ、呂利根のその乱雑な剣を確実に流す。
最後の大振りの一撃を流されたことで僅かにバランスを崩した呂利根のその隙に芽愛兎が双剣を叩き込もうとする。
しかし、瞬間芽愛兎の身体がふらつく。
「つぅっ!」
ミルに打ち込まれた一撃のダメージによるもののせいだ。
それがこのタイミングで強い頭痛として出てしまった。
この明確な隙。逃すはずがない。
「くくく、隙だーらけだ」
そこに呂利根の剣が迫った。
「しまっ!」
血飛沫が舞う。
竜鱗を貫き肉を裂き、骨を断たれた。
咄嗟に身体を後ろに仰け反らしたことで致命傷を避けることは出来たが、戦闘続行は厳しいと言えた。
折れた肋骨を押さえながら、息を整える芽愛兎。
その姿を見て、呂利根は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「くくく、君のその苦しそうな顔がようやく見れたよ。散々僕を舐めた報いさ」
呂利根が近寄ったのを見て、芽愛兎は離れなければと後方に下がろうとするも動きに先程までの俊敏さはない。
これでは避けられない。そう思ったが、剣では無く、拳が飛んできた。
拳が芽愛兎の腹に直撃する。
「かはっ……」
前屈みに倒れこむ。
その垂れた頭を呂利根が勢いよく踏みつける。
「うっ」
「はははっ!どんな気分だい? ちなみに僕は最っ高の気分だ!自分を嘗めてた奴を地べたに這いつくばらせた時の快感は堪らないないんだ」
「っぅ!」
身体を起こそうと力をいれても呂利根の脚はびくとも動かない。
胸からは血がこぼれ落ちる。
「君さぁなんか言ってみてよっ」
その傷口に蹴りを打ち込まれ。
激痛が走る。
「___っ!」
「痛くてそれどころじゃなかったかぁごめんねぇ」
いつでも殺すことが出来る余裕があるからこそ芽愛兎をいたぶっているのだ。
自分よりも下の者にだけ高圧的なその態度は人としての底が知れる。
弱気者をいたぶり、虐げる。
芽愛兎の最も嫌いな人間そっくりだ。
そして、そいつに手も足も出ない自分は此方に来ても何も変わっていないのだと唇を噛みしめ、実感する。
ああ、こいつには勝てないのかと思った瞬間。
「ふ、ふざけるな……です……」
そんな自分にへどが出た。
一瞬でも諦めてしまおうかと思った自分が許せなかった。
身体はまだ動く。だというのに何諦めようとしてるのですか。
もう諦めるのは嫌なのでは無かったのですか。
芽愛兎は自己に問いかける。
自分が何なのかを。
私は、勇者。
諦めるのは勇者なんかじゃないのです。
闘う事を恐れず、抗うことを諦めず、人々に平穏を与えるべく存在。
こんな奴に此処で負けるわけにはいかないのです。
ふらつきながらも立ち上がる。
血は止まらない。
「……まだ、立てたんだねぇ」
「……」
芽愛兎に喋る余裕も動く余裕も無かった。
だが、彼女は諦める事を辞めた。
たとえ死ぬとしても自分の願いに憧れに一歩でも近づけたなら本望だと思えた。
だから、最後まで抗うことを選択した。
瞳にはまだ闘志が宿っていた。
その選択に呂利根は苛立った。
「君馬鹿だよね……雑魚なら大人しく媚びてれば良いのに」
自分とは違うその生きざまを見せられ、自分の滑稽さを、弱さを理解してしまう。
その事を誤魔化そうと矢継ぎ早に喋りとおす。
「強者に逆らうのが格好いいと思ってる? 馬鹿馬鹿馬鹿。最っ高に馬鹿だからねそれ。強い奴に逆らって何になるんだぁ?なぁ?雑魚は頭を垂れて俺の事を崇拝しておけばいいだよっ」
この男の考えを否定しなければと躍起になる。
「そうだ!もし、今君が地べたに這いつくばった謝るなら見逃してあげてもいいだよ?ねえ?ねえ?死にたいの?もしかして死にたがりやさん?」
強者と弱者は生物が二匹いれば出来上がる構図だ。
関係が完全なイコールになるはずもなく、どちらかが必ずし強い。
それは人間関係にもいえる事だ。
同じ役職だとしてもそこには力の差というものが存在する。
同学年の学生だとしても腕っぷしの強さ、要領のよさ、頭の良さ、人望の深さ。
そういったもので強者と弱者に分けられる。
とりわけ、日本では呂利根福寿は弱者に分類される人種であった。
陰気で気味が悪い。頭が良くなければ、運動も出来ない。
虐められるのは当然の流れと言えた。
嗜虐的な笑みを浮かべ殴る同学年の男達に媚びへつらい、へらへらと笑っていた。
逆らうことが怖くて何も出来ず只言われるがままに従った。
そんな自分が虐められていることを分かっているのに誰も助けてくれない糞みたいな社会を目の当たりにして、呂利根は理解した。
強者は何をしても許され、弱者は何をされても仕方がないのだと。
この考えに至った彼がどういった行動に出たか。
それは自分より弱いやつを探すことであった。
その結果彼は幼女趣味に走るようになった。
幼く可憐で自分の力で屈服させられることが出来る存在。
彼には非常に魅力的な存在に見えた。
この時点で呂利根は人としての常識を失っていた。
登校中の小学生を拐い、暴力を振るい、犯した。
彼はその時、天にも昇る気持ちであった。
他人を蹂躙する快感。
殴ると怯えるその瞳に興奮を覚え、泣き叫ぶ少女の声を聞いていると安心することが出来た。
既に彼は狂っていた。
そして異世界に来て自分が勇者になったとき、彼は最高に興奮していた。
誰もが自分にかしずき、怯え、従う。
自分は本当の強者になったのだと。
もう、誰にも媚びへつらわなくていいのだと。
だから、目の前の男が気にくわなかった。
自分が強者であるはずなのに、折れないその瞳を見て、自分とは違う強さを持っている事を理解してしまって悔しくて。
「あぁもう! 君さぁ死ねよっ」
呂利根はなげやりに剣を投げた。
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