第8話完膚なきまで叩き潰してあげるよ
書物庫で対峙し合う僕と鎌瀬山。
さて、情緒不安定な鎌瀬山を散々煽った結果がこれだ。
鎌瀬山の手には二メートルは越える大鎌。一方僕は無手だ。
そして、ここは書物庫。
こんな狭い空間で鎌瀬山の『空間移動』を相手するのは流石に分が悪い。
まあ、慌てるような状態ではない。そもそもこれは予定通りの結果だ。
書物庫で本を読み漁って分かった事だが、僕の称号はどこにも記載されていなかったつまり、最悪称号さえバレなければ問題ないということだ。
だから『理想郷』は使える。
まあ、後の事を考えるのならなるべく使いたくないが。
「行くぞォオラァ!」
鎌瀬山は僕の考えがまとまる前に勢い良く飛び掛かってくる。
優秀な限外能力があるのに関わらず、わざわざ接近戦に持ち込むのは馬鹿に見えるが僕が一般人だと考えているなら、当然の行動といえる。
「気が早いなぁ」
『理想郷』
頭の中で思い浮かべるそれは直径100㍍はある円形の闘技場。
制限はモニュメントの破壊不可。あらゆる武器,魔法,能力での攻撃は無効。
これだけで十分だろう。
さあ、
「ようこそ、僕の世界へ.......」
空間の歪みはひびを世界に作り出し、空間全体をひび割れが侵食する。
ひな鳥が卵からかえる様にポロポロとひびが剥がれたそこに広がるのは新たなる世界。
一時だけ。
世界を虚実に、想像を現実に。
それが僕にだけ許された力。
「はあッ!?なんだよこれッ!?」
これが僕の能力『理想郷』。
創り出すは一時だけの世界。
僕自身が想像、構築した世界を現実に顕現させる力。
そこで定められた条件、制限は物理法則すら無視され遵守され、僕であろうと破る事は出来ない。
鎌瀬山は僕が能力を使えるだなんて想像だにしてなかったようで動揺を隠せない。
「そんな驚かないでよ。図書館で流石に暴れる訳にはいかないでしょ?」
「てめえ、能力ねえって嘘ついてやがったのか!」
「嘘? いや違うよ。本当にあのときは能力が無かったんだよ。君たちが訓練している間に突然手に入れたんだ。どうやら、能力は後天的に身に付くらしい」
平然と嘘をついていく。ここで正直に言ってしまうとこの後鎌瀬山が英雄王や幼女さんに言ってしまったら僕があの場で嘘をついていた事がバレてしまうからだ。
なるべく彼らには信頼されておく必要がある。下手な事で不興や不信感を買うべきではないだろう。
まあ、鎌瀬山より僕の方が圧倒的に信頼されているだろうから誤魔化しようはいくらでもあるだろう。
「ちッ、面倒くせえ! まあ、いいどうせ戦闘系の能力じゃねえんだ俺の相手じゃねぇ!」
鎌瀬山は自分に言い聞かせるように吐きすて、
大地を蹴り僕との距離を一瞬で詰め、数十キロはあるだろう大鎌を片手で軽々と振るい襲い掛かってくる。
その目は自分が負けるはずがないと確信し、過虐的な顔を浮かべている。
僕を痛め付けてそのあとどう後始末を付けるのか?
英雄王や幼女にはなんて言い訳をするのか?
きっと彼はそんな事微塵も考えてないのだろう。
只、只、これから僕をどういたぶってやるかとしか頭に無いのだ。
だから。
残念だ。
君はどこまでも道化にしかなり得ない。
大鎌な先端が僕の肩に当たる。
悪いけど、武器での攻撃は許可していないんだ。
そのまま僕を、貫いていただろう大鎌は僕に触れた瞬間、不自然のように勢いが停止した。
「なぁッ!」
理解できない現象がおき驚愕の声を挙げる鎌瀬山。
定めた制限は世界の法則、理に等しい。
この世界の中では君の大層に掲げてる武器は全くの役立たず、寧ろ邪魔にしかならない。
それに気づかない事には僕の相手足り得ない。
「あれ? どうしたの?」
笑う。嘲笑う。
鎌瀬山を更に怒らせようと嘲笑が混じった僕の言葉。
しかし、鎌瀬山は意外にも乗ってこず、警戒した様子で後ろに跳び距離をとる。
と同時に大鎌が僕の背後から降りかかる。
がルールにより定められた法則により物理法則を無視し不自然に切っ先が身体に触れた途端停止する。
「あぁくそッ!他にも能力があるのかよッ!面倒くせえ」
そう吐き捨てる彼を見て及第点は与える。
直情的で考えなしの性格だと思っていたが、いや、現にその通りなんだけど、馬鹿みたいに繰り返すだけではなく、現状の不条理に考えを持てるぐらいの頭はあるんだね。
「意外に冷静だね、もっと直情的に来るかと思った」
「うるせえ、すぐその余裕ぶっ壊してやるッ!」
そう言って何度か、大鎌が視界外から迫り来るが、僕に触れた途端、速度、加速度あらゆる物理的運動が0となり、停止する。
鎌瀬山はその現象が納得いかないのか不自然に停まった大鎌に思いっきり力を込めているみたいだったが、微動だに動く事はない。
やがて、諦めたのか鎌瀬山の攻撃が止まった。
が、そう思った直後、彼の周囲に次元の切れ目が開かれる。
それを見て半ば感心してしまう。
ふうん、意外と考えてるんだな。
彼の能力の欠点は発動速度だ。
始点と終点の二点の座標を決め、空間を繋ぎ合わせるこの工程には一瞬一瞬の戦闘では致命的なほど時間がかかる。
だから始点を自分の周りに予め固定した状態にすることで残りは終点を決めるだけで瞬時に空間が繋がるようにしたのだろう。
「エーゼルハルトでも裁ききれなかった連撃受けてみろやッ!」
そう自信満々に良い放つ彼は大鎌を高速で振るい始める。
360度全方位からの斬撃か、確かに普通なら対応出来ないだろう。
だけどさあ、意味がないんだよ。
肩、腕、膝、腹、首、四方八方から迫りかかる斬撃。
それら全ては僕を殺すに十分な威力を誇る一撃だろう。
けど、だからこそ、意味がない。
全ては無効化され、僕の前で停止する。
「悪いけどこの程度の力じゃ僕に傷を付けることは出来ないよ」
僕の言葉を聞いてか。鎌瀬山は吠える!
「うるせえッ!アァ、ならこれでどうだぁッ!」
赤く半透明などろどろとしたモノ、それが大鎌から零れるように溢れだす。
それは一種の呪いのように見えた。
禍々しく歪むそれは、他の拒絶を示しているように思える
赤く半透明などろどろとしたモノ、それが大鎌から零れるように溢れだす。
それを僕に向かって振りかぶると同時。
紅い斬撃の軌跡が僕に襲い掛かかった。
しかし、結果は先程と変わる筈がない。
翳した手に紅い斬撃が触れた途端、霧散し消えていった。
「······く、そっ!」
吐き捨てるかのように悪態をつく。
どうやら、彼の相当自信があった技だったようだ。
まあ正直、僕も一瞬避けるか迷ったレベルの一撃だった。
『理想郷』の能力は確認自体はしていたが、どれほどまで耐えられるかなど分からない点があったからだ。万が一制限すら上回る一撃であったとしたら致命傷を負っていたかも知れなかった。
だから、保険に手を翳し、『傲慢』を使う用意をしていた。
結果として、今の一撃をもったとして制限は破れない。
それが分かっただけでもこの戦闘に意味があった。
それにしても今のがもし書物庫で使われてたら、城が二つに割れてたと思うほどだった。
勇者のスペックの高さを改めて感じるよ。
「アァァッ!」
鎌瀬山の叫びと共にまた、全方位から斬撃が迫り来る。
当然。それらは全て僕を傷をつけることはできない。
しかし、速度が更に上がったのか大鎌の軌跡すら目で捉えることが出来ない。
「おお、凄い凄い。速くて全然見えないよ........ってあれ?」
違和感に気づく。
僕のこの能力は武器での攻撃が無効化されるといっても何かが当たる感覚だけは残る。
今、鎌瀬山の攻撃は目で捉えることが出来なくなるほど速くなっているのにも関わらず、先程までの攻撃と比べても一秒間に当たる回数が殆ど変わっていない。
「あーどうなってるんだこれ?...........ん?ああ、そういう事か」
直ぐ、結論に至る。
これが聖鎌ジャポニカの能力ということか。
速すぎて見えないんじゃなくて、鎌自体が見えなくなっているというわけだ。
鎌瀬山の能力と合わさるの不可視の刃が突如360度から襲い掛かって来るわけか、かなり凶悪だな。
これに対応できる人がいるんだろうかというレベルの初見殺しの技だ。
これも驚かされた。
ふむ、意外と鎌瀬山への評価を改める必要があるかもしれないね。
だとしても彼のしていることに意味もなく価値もない。
「もう意味ないし終わりにしない?」
鎌瀬山が終わりにするはずが無いと分かっているにも関わらず、僕は優しい提案をしてあげる。
「くそくそくそくそくそくそくそくそくくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそがァァッ!」
それに対して鎌瀬山は僕の言葉は聞こえてないのか。それとも聞いてもなお納得出来ないのか。
彼は攻撃の手を休めない。
表情には最初の頃の余裕を無くしていた。只、必死な顔だ。
「くそ、くそ、くそ、何だよっ、その能力ッ......反則だろッ..........どう勝ってて言うんだよ......」
続く連撃の中、こぼれ落ちたそれは、弱音だった。
仕方ない話だ。
彼から見たら僕の能力は自動的に相手の攻撃を無効化する無敵な力に見えて、自分では手も足もでない相手に感じているのだろうから。
実際に手や足が出たら流石に僕も対応しなければならないとは知らずに。
ふう、そろそろ良いかな。
はっきり上下関係を教えておかないとこの先もまた絡んでくる事は目に見えていたので僕は彼の心をへし折る為に、あえて手を出さず実力差を見せつけた。
これで物分かりの悪いこいつにも十分理解できただろう。
「じゃあ、いい加減僕からいくね」
その宣言と共に僕は斬撃の暴風雨の中、ゆっくりと一歩一歩、足を進めていく。
それを見た鎌瀬山は身体を震わす。
眼には完全に怯えが浮かんでいた。
「俺は、俺は、俺はぁァァ」
大きい声を挙げて自分を鼓舞しているのか。端は自暴自棄になっているのか。まあ、どっちにしろ。
その姿は端からみて滑稽なのに変わりはない。
「わからず屋だなぁ、君じゃ僕には勝てないっていうのに」
「てめえにだけは負けねえ......てめえにだけはッ!」
子どものように喚き散らす鎌瀬山。
彼も既に無意識下では敵わないと気付いている。
けど、彼の自我がエゴが敗けを許さない。
執念だけが増大した鎌瀬山のその姿。
それは、余りにも惨めだった。
「はぁ、そこまで惨めだとむしろ哀れだね」
もう声をあらげる事しか出来ない彼は只々叫ぶ。
「うるせえェェェッ!」
「そう怒らないでよ......只事実言っただけだろ?」
以前鎌瀬山に言われた言葉をそのまま返す。
ちょっとした意趣返しのようなものだ。
「俺をそんな目で見るんじゃねぇェェェ! 俺は強いんだッ!勇者なんだっ! 見下してるんじゃねえぞ」
そんな鍍金が完全に剥がれた鎌瀬山の言葉を聞き、溜め息が漏れる。
君の目には僕がどう映っているのだろうか。
人を塵あくたと同じようにしか見てない冷酷非道な男にでも見えているのだろうか。
全く遺憾だな。
僕は君をうっとおしいと感じているんだ。塵より上だ。
そうだな。
子バエが顔の前を飛ぶと苛つくだろ?そんな感じだ。
虫を見下すやつなんていない。だから僕は君を見下す以前に、
「興味がない」
数十㌢まで顔を近付け、彼に現実を告げてやる。
その言葉に鎌瀬山は息を飲む。
それと同時に鎌瀬山の腹に拳を撃ち込んだ。
その一撃は悪の体現者である僕の圧倒的膂力の為、紙人形のように簡単に吹っ飛んでいく。
石造りの闘技場の壁に身体全体を強く打ち付けられる大きく咳き込む鎌瀬山。
訓練をしていたと言っても余り痛みには慣れていないようで地べたを這いずり回る。
「ーァ、ごはっ、はっ、はっ、くそぅくそぅ..............こっちでも俺は、お前に、何も、勝てないのかよ.........なんでだよ........ふざんけんなよ........」
「どうしたの?手加減したから立てるでしょ?なんで立ち上がって攻撃してこないの?」
そういいながら倒れ込んでいる鎌瀬山に近づいていく。
一度、手で払ってもハエが消えないなら潰そうと思うのが普通だ。
だけど、ここで面倒なのは物理的に潰してしまったら英雄王たちに流石に言い訳しきれないという所だ。
だから、
完膚なきまでに潰してやるんだ君の精神を。
「く、来るなぁ........。俺に近寄るんじゃねぇ.......」
その言葉は弱々しくとても先程までの自信満々の様子など微塵も感じられない。彼の強きだった心はたった一撃で壊れてしまうほど柔く脆いものだった。
「はあ、楽しいなぁ。小さいこどもが虫をバラバラにする気持ちがわかるよ」
彼に理解出来ない恐怖というものを刻み込むために。あえて、恐怖を煽る。
多少無理をするかもしれないけれど、楽しみのためだ、試しのためだ、恐怖を刻むためだ。
多少の代償は厭わない。
発動。
『理想郷』上書き。
追加制約。物理的損傷は無効とし、痛覚のみ感じるものとする。
これで物理的に殺してしまうことはない。
恐怖を植え込むのに打ってつけだ。
終わりがないこと、終着点がないことは時として何よりも残酷だ。
終わらない苦痛を埋め込もう。
終わらない恐怖を刻みこもう。
情けない面をした鎌瀬山の胸ぐらを掴み強引に起きあがらせる。
「ほら、起きなよ。戦いはこれからだろ?」
そういってそのまま彼を優しく壁に押し付け、振るわれるのは、圧倒的暴力。
先程までの手加減とは比にならない。
十全足る化け物である僕の筋肉を全開に使い、音すらも置き去りにして鎌瀬山の身体に叩き込む。
ふむ、しかしながら全力で殴っても傷一つ付かないってのはなんか不思議な感じだ。
「ーアギ、ガァッ、グゥ、や、やめ」
痛みに顔が歪んでいく鎌瀬山。
腕で身体を庇うように隠し、身体は縮こまっていく。
それをみて殴るのを辞める。
「気分はどう?」
と優しく語りかける。
すると顔を腕で守りながら怯えた様子で懇願してくる。
「ひっ、もう、し、ないから.....許して、くれぇ」
涙、鼻水を溢し汚れたその顔には既に戦意はなく、ただ弱者が強者に媚びる様だった。
「そうか、そうか。反省したのかぁ。ならしょうがないなぁ」
優しい言葉。終わりの暗示。鎌瀬山の怯えたその瞳に安堵が微かに浮かぶ。
けど、僕は彼の思いに反して後頭部を掴みこむ。
「ーえっ?」
彼の疑問に僕は笑顔で返す。
その瞳に安堵が消えた。代わりに浮かんだのは絶望。
直後、全力で壁に頭を叩きつけた。
「ガァァァァァァァァァッ!?」
絶叫が闘技場内で木霊し響き渡る。
もし、この世界で無かったら顔面粉砕し、目も当てれない状態になっていたのは予想がつく。
けど、ここで手を緩めてしまうほど僕は甘くない。
壁に顔面を押し付けたまま、高速で円を描くように闘技場を疾走する。
「ア、リャガァァナァェァァァァァァァァ」
言葉にもなっていない痛そうな声だ。流石にもう辞めて上げてもいいかと頭を過るが、直ぐにその考えを振り払う。
敵対する可能性があるんだ。ここで確実に潰しておかなければならない。
だから、
そこに僕の感情が入る余地はない。
走るのを辞め、頭を離してあげる。
「どう。さっきよりもっと反省した?」
鎌瀬山は余りの痛みに軽く白目を剥いて、意識が定かでなくなっているみたいでワンテンポ遅れて答える。
「ーーーあ.......じ、だ.....じまじだからぁ.....」
辛うじて答えたそれは彼の満身創痍さを物語っていた。
そして、それを見て僕は思った。
まだ、いけそうだな。
「じゃあ、もう少し反省しようか」
頭を壁に叩きつける。轟音とも言える音だけが響く。
僕はそれを何度も繰り返す。
途中で鎌瀬山が何かを言っていたが、それも無視をする。
数十回を過ぎた所で叩くのを辞める。
「どう? 僕にはもう逆らわない?」
「ざ、がらい、まぜん。もう···」
。
「そっかぁー。、じゃあ、許してあげるよ。今回君が僕に突っかかってきた件は」
髪を思いきり掴み闘技場中心に投げつける。
その飛ぶ方向に先に回り込み。
そして、飛来する鎌瀬山を上段蹴りで地面に叩きつけた。
「これでね」
はあ、疲れた。
僕は世界を閉じた。
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