結の終  ヘタクソな笑みに魅せられて

 意識を内へ内へと潜らせる。

 アサシンさんが決死で時間を作ってくれている。

 そんな時に鏡花がすべきことは、心配するでも彼を失うのを恐れるでもない。

 敵を倒す術を得ること。

 未だ何のアテもない。でもあの人がチャンスをくれた。信じてくれた。だからやってみせる。

 経験、伝聞、書物、夢想、預言、何でも構わない。引っ張り出す。


 どうしても自己犠牲サクリフィーチョに思考が行ってしまう。確かにアレなら妖怪=予知男に対抗出来るかもしれない。でもそれで得る勝利のために浅間真翔ヒーローが命を張る価値があるだろうか?


 彼は鏡花に何を求めているんだろう? 

 鏡花は馬鹿で、才能なくて、すぐ周りが見えなくなって、でもddsが大好きで、浅間真翔が大好きで……


 あれっ? もしかして鏡花ってアサシンさんと似てる?

 だって彼は、馬鹿真面目で、バテリアに恵まれてないのに前しか向いていなくて、ddsが大好きだからこそ頑張ってきた人。

 そうなるとアサシンさんも鏡花のこと……大好き、なんですね……。


 そう。だから彼は大事な鏡花を助けるために、一人で理不尽な暴力を受け止めている。

 そんな主人公(ヒーロー)を助け返して初めて鏡花は彼のプロポーズを受ける資格を得るのです。

 主人公(ヒーロー)の嫁は主人公(ヒロイン)じゃないとダメだから!


 故にサクリフィーチョなんてもってのほかだ。後ろ暗い決着はハッピーエンドにそぐわない。

 だからそれ以外の手段、別の秘剣捻出法はなかっただろうか?


 確か、儀式リテュアーレというのが犠牲サクリフィーチョに並んで有名な手法。

 鏡花はやり方知らないけど、時間と労を費やすことで、己の限界を超えた秘剣の行使が可能になるっていう方法……

 これって、もしかして自己暗示じゃないですか? その考えに至ると腑に落ちることがあった。

 鏡花がサクリフィーチョが使えた理由。古い伝承に力を求めて、信じ切って、実際に故障しちゃうような思い込みの激しい馬鹿なんて鏡花ぐらいです。

 あれもきっと、代償を払っている事を拠り所にして、通常だと引き出せない領域の力を無理やり引き出してるとかなんでしょうから。


 いっちょやってみますか、リテュアーレってやつを。普通は時間がかかるってのはそれだけで致命的な欠点だけど、鏡花にはあの人がくれた時間があるから。

 勿論正式なやり方は知らない。でもそれがどうした! いつだって鏡花の前に道なんてなかった。ただ浅間真翔がいただけだ。

 それに宿敵を倒す必殺技を出すのに必要な儀式ならば決まっている。かっこよく切り口上を述べるに限る!



「影の眩しさに焦がれ、翔る我は昼間の夜光虫」


 自分に言い聞かせる様にポツリポツリと口に出す。


「分不相応委細承知! 然れど許容出来ぬ。彼の影が踏まれることだけは決して!」


 無意識に語気が強くなってくる。そして体の中に熱く込み上げてくるものを感じる。闘う力が育っている。


「なれば隻脚の羽虫の身なれど、竜となりて、仇なすその悉くを打ち払わん」


 副会長をしっかり見据えその周囲に意識をやる。口はもはや自然に動き、生まれた言葉は自然に胸に溶け、燃料のように鏡花を熱くする。


「これより鏡花は浅間真翔の盾であり、牙となる。狼藉終わりだ。もうお前に未来は選ばせない!」


 その一言で副会長の動きがピタと止まる。厳密に言えばその一手と言うべきだけど。

 彼はアサシンさんの方に振り下ろそうとしていた拳を静かに下ろした。対するアサシンさんは満身創痍でほくそ笑む。どうやら間一髪で間に合った。


 こちらに向き直った副会長が、小首傾げて聞いて来る。


「私に選ばせないと言ったか?」


「そうです。その眼の能力は未来視。それも恐らく自分が行動を起こす前にその結果が分かっちゃうような便利なやつです」


 だから陰陰金の罠も看破出来た。

 口で言いつつ、頭はフル稼働させる。仕込みはまだ終わっていない。


「だから都合が悪くなる行動を回避できる。未来が選べる。そうでしょう?」


 だから何だ、そんな憮然な態度を鏡花渾身のドヤ顔で応じる。


「でももう選べませんよ。未来は全部潰してしまいました。チェックメイトです」


「なっ!?」


 彼は小さく声を上げ、視線忙しく動かす。今や彼は陰引金(ヒドュントリガーズ)に包囲され、首を動かす自由すらない。


「チェスって止めささなくても勝敗が決まるんですよね。降参しません?」


「ハッ、これだけの大技を使うのにどれだけ体を犠牲にした? 未来がないのは貴様の方だろう。でもまぁ、無責任な浅間真翔なら喜んでくれるさ。良かったな」


 吐き捨てるように言ってくる皮肉も的外れ過ぎて何も刺さらない。


「今回使ってないんですよ、サクリフィーチョ。アサシンさんに禁止されて。」


 ポカンと口を開ける副会長。うん、いい間抜け顔です。ドヤり甲斐があります。


「彼の尽力が作った時間で仕込ませてもらいましたよ。お陰で鏡花は概ね無傷です。」


「っ貴様、私が気を抜いている間に罠を……そんな風に勝ちを拾って恥ずかしくないのか」


「ぜーんぜん。鏡花結構好きなんですよ、兎と亀」


 そこで小さく指を鳴らす。

 彼を包囲している不可視の罠が一斉に励起し、可視光を纏いだす。


「鏡花は亀さんの方ですから、もう時間はあげません。とっくに積みです副会長!」


 手を前に大きく開き、出来立てホカホカの技名を力いっぱい叫ぶ。


クインタプル・トゥエルブ・陰引金ヒデュントリガーズ ・ 開花の宴フラワーフェスタ!」





 明寺が必殺技名を叫ぶと、同時に爆音と柔らかい彩色の光が会場を満たした。空気の振動を介して威力の壮絶さが伝わってくる。


 爆音は止み、光の檻から解放された天野は静かに、地に伏した。

 一拍置いて、試合終了の鐘が響き、アリーナには明寺鏡花の勝利を告げるアナウンスが流れる。

 ただその放送内容などとても聞き取れない。それほどまでに大きな歓声が彼女の勝利を讃えたからだ。


 終わった。そう思うと安心からか一気に力が抜けて膝が折れてしまう。


「お疲れ様です。兄さん」


 倒れかけた僕の体を支えてくれた偉皆が笑顔で向けてくる。


「あぁ、死ぬかと思ったよ。社長は?」


「流石に避難して貰いました。ゴネられたので少し首をトンッとしましたが……」


「んっ、ありがとう。社長には僕から謝っておくよ」


「ところで兄さん、明寺さんは最後の大技どうやったんです? サクリフィーチョではないんですよね?」


「分からないけどサクリフィーチョじゃないよ。約束したし、それにほら!」


 キックボードで空を飛びながら、観客席をハイタッチしながら巡る明寺に視線を投げる。


「あんなに楽しそうだしね」



 そんな和やかなムードを切り裂く様に、怒声とも悲鳴ともとれる叫び声が響いた。


「ハヤク、ワタシヲハコベェ!」


 直ぐに明寺は声の主、天野の元に近づくが彼はバタバタと地を這うのみで立ち上がる力はもう無いようだ。

 それより彼はなんと叫んだ? [早く私を運べ]ってまさか!


「マズイ! みんな避難しろ!」


 あらん限りの大声で呼びかける。しかし時既に遅し、金属が曲がる音が耳を突き、視界に影が落ちた。


 数多の銃弾、地震の如き振動といったダメージの蓄積により、アリーナに設置された大型モニターを支えていた柱が今、折れた。


 その巨大な質量が倒れる先には天野は勿論、数百人の観客。そして明寺がいた。

 明寺は乗っていたキックボードを放り出し、片手を前に構えて目を瞑った。

 彼女はあれをやる気だ。止めろと叫びたい。でも出来るはずがない。人を見殺しにしろと言うのと同義だから。でも明寺は……

 何も出来ず、伝えるべき言葉も、感情の置き場も分からない。それなのに時間はゆっくり流れ、彼女の手から光が放たれた時も僕は声にならない悲鳴を垂れ流すだけだった。


 光はアリーナ中の眩しく照らした。数秒待って目が慣れてくると、見えたのは穴の開いた天井のみで落下物は跡形もなく消し飛んだらしかった。

 そして数百人の命を救った英雄ヒーローは倒れこんでいる。


「明寺? おい明寺!」


 必死で呼びかける。彼女は今何を犠牲にした? まさか生命維持に関わる器官を? 否定したくて声を張り上げる。


「なぁ明寺。返事してくれ! 鏡花!」


 張り上げた声にピクと彼女の指が動き、ゆっくりゆっくり彼女が体を起こす。

 きょろきょろと周りを見回し、僕と目が合うとこちらに歩いてくる。右足を引きずりながらゆっくりゆっくりと。

 ほぼ僕の真下の場所で立ち止まる。俯き気味のため表情は見えない。


「明寺、君は……」


 何を失ったんだ? そう聞こうとした声は途中で止まり、息を飲む。

 明寺の髪が光りだした? いや違う、明寺の髪から色が抜けていく。

 明寺の髪はみるみるうちに雪を思わせる様な白に移り変わる。


「髪の……色素?」


「えぇ! 似合いますか?」


 未だ俯いたままの明寺が、恥ずかしそうに早口で聞いてくる。


「ハハハッ 君は……馬鹿だなぁ」


 安心したら笑えてきた。体の震えはまだ止まらない。彼女が傷つくのが、みんなの犠牲になるのが怖くて仕方なかった。

 それがどうだ? 明寺は今、髪色を気にして恥ずかしがっている。なんて幸せな未来に落ち着いたんだろう!


 流石に明寺が膨れているのを感じ、フォローを入れる。


「いや……よく似合っているよ、本当に」


 明寺は決心を固めるように一拍置き、尋ねてくる。


「ねぇ、アサシンさん? 鏡花は主人公ヒロインになれたかな?」


 そう言って彼女は顔を上げて僕を見た。

 顔を真っ赤にしてそれでも懸命に微笑んでいる。

 そんなヘタクソな笑みを見せられて、僕は――――

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