第236話 規格外の強さ

—1—


9月5日(水)午後5時24分


 第2回救出作戦の協力者として由貴を迎え入れることに成功した太郎は、娘の小町と共に集会場の倉庫の前に立っていた。


「ちょうどいいものがあったわよ」


 そう言って倉庫の中から姿を見せた由貴。

 手には、斧と鎌を持っている。


「それがちょうどいいものですか?」


 太郎が由貴の手に握られている斧と鎌に目を向けてそう言った。


「はい、斧は太郎さんで鎌は小町ちゃんです」


 太郎と小町が由貴からそれぞれ斧と鎌を受け取る。


「私はこの槍です」


 由貴が倉庫の前に立て掛けていた園芸支柱を手に取ると、太郎と小町の間を抜け、学校の方へ歩き出した。


「由貴さん、これ何に使うんですか?」


 両手で鎌を大事そうに持っている小町が由貴に訊いた。


「なにって決まってるじゃない。これで敵を殺すのよ」


「殺すって……」


「なにを躊躇うことがあるのかしら? 敵を殺せば私たちが生き残る確率が上がるのよ。全員殺せばその時点でゲームも終わるわ」


 由貴の言っていることは正論だ。

 新ルールのせいで午後6時から泥棒の逃走範囲はかなり縮小される。ゲーム終了時刻の午後7時まで逃げ切ることはほぼ不可能に近い。


 捕まるのを待つだけなら戦った方がマシかもしれない。

 由貴の言った殺すという表現は少し残酷に聞こえるが、捕まった泥棒のことを助けようとしている太郎や小町だって、結果的に警察チームの全員を切り捨てると言っているようなものだ。


 結局、政府の人間に殺させるか自分たちの手で殺すかの違いでしかない。


『ここで新ルール追加のお知らせです。エリアの制限を設けます。午後6時以降に学校の敷地外へ出た方を脱落とします。泥棒も警察も午後6時までには、学校の敷地内に入るようお願いします』


 集会場に設置されているスピーカーから織田の放送が流れた。

 時刻は5時30分。エリア縮小まで残り30分だ。


「分かりました由貴さん。俺も覚悟を決めます」


 太郎の言う覚悟とは、人を殺す覚悟だ。


「パパ」


「小町は自分の身を守るためにそれを使うんだ。警察チームの人たちも残り時間が少なくなって何をしてくるか分からないからな。親が子供に言うセリフじゃないと思うけど、万が一ってこともある。その時には相手を殺してでも生き残れ。小町には生きていて欲しいんだ。分かってくれ」


 小町の肩に太郎が手を乗せて力強くそう言った。


「分かった。でもなるべく使わないように頑張るから」


「話は終わった? 時間が無いから早く行くわよ」


 太郎と小町の様子を見ていた由貴が2人に背を向けて歩き出した。

 その後を太郎と小町が走って追いかける。


 由貴の手には槍、太郎の手には斧、小町の手には鎌。

 人を殺すことを覚悟した3人が武器を取り、戦いの地へと歩みを進める。


—2―


9月5日(水)午後5時52分


 黒い雲が月柳村全体を覆っている。

 いつ雨が降り出してもおかしくない空模様だったが、とうとうパラパラと降り出してきた。


「雨だ」


 小町が手のひらを空に向けて雨粒を受け止める。


「降ってきたわね。でもこのくらいの雨なら問題無いわ。むしろもっと強くなってくれた方が視界が悪くなるから私たちにとっては都合がいいわね」


 堂々と学校のグラウンドに足を踏み入れた太郎と小町と由貴。

 グラウンドの脇に生えている木の陰を由貴が先頭になって突き進む。狭い道なので由貴、小町、太郎の順番で1列になっている。


 この位置からではまだ体育館は見えない。


「由貴さん、待ってください。正面から行くんですか?」


 歩くスピードを緩めず、どんどん体育館の正面入り口に向かう由貴に太郎が慌てて訊いた。


「ええ、私たちは武器も持っているし、襲われても平気よ」


 前方を槍で突くような仕草を見せて由貴がさらりとそう言った。


「そんな」


 大胆な由貴の作戦に太郎の口が開いたまま固まる。

 それでも由貴と小町は、止まる素振りすら見せずに進んで行くので太郎も足を止めることが出来ない。


 数分足を進めると、由貴が手のひらを上げてしゃがみ込んだ。それに合わせて小町と太郎も姿勢を低くする。


「見張りは克也くんだけみたいね。あっ、気付かれたわ」


 草陰から頭をひょっこりと出した由貴がそう言い、2人に合図を送ることなく急に飛び出した。


「ちょっと!」


 小町と太郎も僅かに遅れて由貴の後を追う。

 見張りをしていた克也が小町と太郎の存在に気付き体育館の中に入って行った。


「太郎さんはこれを体育館の中に投げて下さい」


 由貴がリュックの中から投げるのに手ごろなサイズの石を取り出し、太郎に渡した。

 石には何やら紙が巻かれている。


「小町ちゃんもどんどん投げて」


「は、はい」


 由貴たちがいるところから体育館までは約5メートル。

 体育館の1階はコンクリートの壁に覆われているため、2階の窓に向かって石を投げなければならない。


『予告した時間になりましたので只今から新ルールを発動します。学校の敷地外に出た方は脱落になります』


 そうこうしている内に新ルール発動の午後6時になった。


「おらっ!」


 放送が終わると同時に太郎が2階の窓に向かって石を投げつける。

 簡単に窓が割れ、体育館の床に石が当たる音が響いた。

 小町もそんな父の姿を見て、地面に転がった紙付きの石を次々と投げ入れた。


「来たわね。太郎さん、小町ちゃん武器を取って」


 正面の入り口から頭に赤いバンダナを巻いた小太りの男、国竹が出てきた。


「やっと来たな! お前たちで最後だ」


 威勢よく吠えた国竹だったが、由貴たちが手にしている武器を見て動きを止めた。


「太郎さんと小町ちゃんは私が合図するまでそこを動かないで」


 由貴が体育館の入り口前で固まっている国竹の元に走りながらそう叫んだ。


「馬鹿が! 例え武器を持っていようと女1人が相手なら俺に勝ち目がある」


 国竹が戦闘態勢に入り、向かってくる由貴に対して構えた。

 一方、由貴は槍を前の方に軽く投げ、リュックの中に手を入れると、金具の引き金が付いた筒を取り出した。


 筒の先を国竹に向け、走りながら引き金を引く。

 すると、筒の中から網が飛び出し、国竹のことを捕らえた。


「うお、くそっ、なんだこれ」


 国竹が網から抜け出ようともがいている隙に由貴は自作の槍を拾い上げる。

 そして、流れるような動作で体全体を使って勢いをつけ、国竹に向かって思いっ切り槍を投げ込んだ。


「ぐああああーーーー!!」


 園芸支柱の先端に固定されていた包丁が腹に刺さり、国竹が酷い悲鳴を上げる。

 由貴は、激しい痛みでうずくまっている国竹の傍まで行くと、ゴミを見るような目で国竹を見下ろし、槍を引き抜いた。


「7人目」


 赤い眼鏡をくいっと上げ、由貴が誰にも聞こえないボリュームで呟いた。

 それと同時に体育館の鉄の扉が全て開放された。


 ドロケイ終了まで残り53分。

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