第209話 絶望

—1—


9月4日(火)午後1時55分


 清と健三の背中を押すように、強い風が吹いた。

 それは、2人を援護するかのようだった。


 清と健三は、木々の間を走り抜け、スーツ姿の男2人にぐんぐんと迫る。

 一方、スーツを着ている2人のうちの1人、瘦せ型でひょろりと背の高い男が、腰から拳銃を引き抜き正面に構えた。


「健三、右に回るぞ!」


「おう」


 ペアになった2人は、手錠で繋がれている為、自由に動くことは出来ない。

 なので、その弱点を補うべくお互いに声を出してカバーしていた。


 清が戦いの場所を山の中に選んだのには、慣れている分逃走しやすいという理由の他にもう1つある。


 それは、政府の人間が所持している拳銃の射線が通りにくいということだ。村の中など、開けた場所だと清と健三は格好の的になってしまう。


 しかし、山の中であれば話は別だ。


 政府の織田のように離れた距離から頭を撃ち抜くほどの技術があれば、山の中でも圧倒的に不利だが、全員が全員そうである可能性は極めて低い。

 清はそう結論を出した。


「く、くそっ、木が邪魔をして狙いが定まらない」


 瘦せ型の男が焦りの声を漏らす。

 拳銃を構えた腕が、清と健三の姿を追ってはいるものの、木が2人の姿を遮り、引き金を引くタイミングがなかなか訪れないようだ。


 清と健三が政府の人間との距離を詰めると、さすがにスーツ姿のもう1人の男も拳銃を構えた。

 体格が良く、がっしりとしている。柔道やラグビーをやっていたような体つきだ。

 だが、男はその体格に似合わず、拳銃を握る手が震えている。少し迷いがあるようだ。


「対象者が襲ってくるなんてマニュアルにはないぞ。撃っていいのか?」


「何言ってるんですか。撃たないとこっちが殺られますよ」


 ひょろりとした男が体格のいい男にそう答え、拳銃を握る手に力を込める。

 次の瞬間、乾いた銃声が鳴り響いた。


「ちくしょー、もう撃ってきやがった」


「うおーーー!」


 弾は清と健三には当たっていなかった。

 健三が叫び、自分を奮い立たせる。


 やはり銃の腕はそれほどでもないようだ。

 どれだけ立派な武器を持っていようと、使用者の腕が二流や三流であれば本来の実力が発揮されることは無い。


 そして、接近戦であれば銃よりナイフなど、刃物の方に分がある。

 ナイフを片手に交番に襲撃し、銃を所持した警察官を殺した例なども過去にはある。


 清と健三は、態勢を低くして政府の人間に向かって突っ込んだ。


「ふぐっ」


 最後まで撃つか撃たないかで悩んでいた体格のいい男が、瘦せ型の男を突き飛ばして清と健三を受け止めた。

 男の腹と右腕にナイフが突き刺さる。

 

「ぐあああーーっ!! うがぁっ!」


 男は断末魔ともとれる叫びを上げ、力を振り絞って、清と健三を横に投げた。

 鈍い音を立てて転がる2人。地面に散らばっていた落ち葉が宙に舞うほどの威力だった。


「近藤さん、大丈夫ですか?」


 瘦せ型の男が体格の良い男、近藤の元に駆け寄る。


「いてぇ、いてーよ。血が……こんなに血が流れちゃ……まだ死にたくない……うっ」


 近藤が刺された箇所を左手で押さえるが、出血が止まる様子はない。

 思ったよりも刺し傷が深かったようだ。特に腹の傷が酷い。


「よくも、よくも近藤さんを……許さない!」


 仲間が刺された怒りと、次は自分が刺されるかもしれないという恐怖が男を支配する。

 瘦せ型の男が清と健三に銃口を向け、躊躇する素振りも見せず次々と撃ちだした。


「清、片方を行動不能にすることは出来たし、目的は達成したと言ってもいいだろ。後は山を下ろう」


「そうだな。いくら銃の腕が無いといっても、でたらめに撃たれちゃまぐれで1発くらい当たっちまうかもしれないしな」


 ここまでは清の計画通り。

 後は山を下って、どこか町の中にでも行って人混みに紛れれば完璧だ。


 だが、大抵物事がうまく進んでいる時に限って予想もしていないようなことが起きたりするのだ。


—2―


9月4日(火)午後2時22分


 山を下る清と健三は、ほとんど同時に足を止めた。


「嘘……だろ……」


 木の陰から見えた光景に清が言葉を失った。


「なんだよこの数……」


 健三も目の前に広がっている光景に開いた口が塞がらない。


「途中棄権は認められないって、初めから逃がす気なんてないじゃんかよ」


 清と健三が見たもの。

 それは、山の中腹をぐるっと1周取り囲むように配備された大量のスーツ姿の男女の姿だった。


 そのスーツ姿の男女は、背丈よりも高い、2メートルは余裕でありそうなフェンスの向こう側に立っている。


「あんなフェンスいつからできたんだよ……」


「これも選別ゲームが始まってから作られたのか?」


 フェンスの向こうに見える政府選別ゲーム課の人間。清と健三にとっては敵だ。その敵の数は数え切れない。


 無線を使い誰かと連絡を取っている者、拳銃の手入れをしている者、フェンスの周りを歩いて確認して回る者。

 それぞれに役割が与えられ、それを実行しているようだ。


 清と健三がナイフを見つめてから顔を上げる。

 ナイフだけではとてもあの包囲網を突破することは難しいだろう。

 それどころか政府の人間の前に辿り着く前にフェンスに上っているところを撃たれて終わりだ。


「くそっ、ここまで来たっつーのに」


 清がナイフを地面に落とした。


 これだけのリスクを冒して2人が味わったのは絶望だった。選別ゲームの最中に村から一切出られないという事実。

 改めて思い知らされた。選別ゲームには強制参加で拒否権はない。そして、途中棄権が認めらないということを。


「この地獄から解放されるにはゲームをクリアするしかないってことか」


 健三がナイフを木に刺し、顔を引きつらせる。

 自分で声に出して思ったのだ。解放される方法はたったそれだけ。単純明快だ。

 だが、それが何よりも難しいということに。

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