第206話 祖母から孫へ

—1―


9月4日(火)午前7時45分


 ペアを組んでいない人がもう村には残っていなかった。と、いう事実を伝えるべく、奈緒と一緒に家に戻ってきた。

 帰ってきてすぐにおばあちゃんに呼ばれたので、声がした畳の部屋へ。


「おじいさん、もうすぐわたしもそっちに行きます。そっちに行ったらまたのんびりとお茶でも飲みますか」


 仏壇の前に座って優しく語りかけるおばあちゃんの姿を、私と奈緒はやや後ろから黙って見ていた。

 畳の温かい匂いが私たちを包む。私はこの匂いが好きだ。


 本来であれば学校に行く時間なのだが、選別ゲーム中なので学校は休みだ。


「凛……」


 おばあちゃんがゆっくりと振り返り、体をこちらに向けた。

 普段なら腰が痛くて苦痛の声を漏らすのに、今はどちらかと言えば穏やかな表情をしている。


「凛、凛は奈緒ちゃんのことをどう思ってるんだい?」


 おばあちゃんから突然の質問。

 私は少し考え、頭の中で言葉をまとめてから口を開いた。


「えっと、奈緒はいつも元気で、その元気が周りにいる人を明るくさせる……太陽……のような存在かな。それでいて、調子が良くてどこか抜けているように見られやすいけど、実は繊細で、人の気持ちをしっかり考えられる人、かな」


「なんか恥ずかしいねー」


「私も自分で言ってて恥ずかしかった」


 私と奈緒が視線を合わせて笑い合った。

 私が奈緒のことをどう思っているのか、直接伝えたのは初めてかもしれない。普通に過ごしていればこんな機会はなかなかない。


「そうかい、そうかい。じゃあ、奈緒ちゃんは凛のことをどう思ってるんだい?」


「そうですね。凛花は、本をたくさん読んでるから知識が豊富で、私が知らないことをいっぱい教えてくれますね。一時期、うんちく先生なんて呼んでいたこともありました」


「あったねー、そんなことも」


 確か小学4年生ぐらいの時に奈緒からそう呼ばれていた。

 しかし、私はその言葉の響きが嫌だったのですぐにやめてもらった。今思えば懐かしいな。


「それと凛花は明るくて芯がしっかりしているというか、ぶれない何かがあるというか、すみません、上手く言葉に出来なくて」


「ううん、大丈夫だよ。それで?」


 おばあちゃんが首を振り、笑顔で奈緒に訊いた。


「私に持っていないものを多く持っているのが羨ましいし、凄いって思います。もちろん私の魅力も凛花に負けてないんですけどねっ」


「それ普通自分で言う?」


 やっぱり奈緒はいつもの奈緒だった。

 でも、奈緒が私のことを羨ましいと思っているということにはビックリした。

 私が奈緒に憧れを抱いていたものと似たような感情を奈緒が持っていたなんて。思ってもいなかった。


 おばあちゃんは、そんな私と奈緒のやり取りを楽しそうに見ていた。


「2人とも小さい時から見てるからね」


 おばあちゃんが赤ちゃんを抱く仕草をした。


「2人ともこんなに立派に育って、なんだか感慨深いよ。凛、奈緒ちゃん」


 おばあちゃんの穏やかな、とても優しい声が私たちの名前を呼んだ。

 私と奈緒は、ほぼ同時に背筋を伸ばした。

 さっきまで笑ってこちらを見ていたおばあちゃんの顔が真剣な表情に変わっていたからだ。


「友達は一生の宝だから大切にしなさい。それと、人間は1人では生きていけないからね。凛も奈緒ちゃんもその優しい心をいつまでも持ち続けるんだよ」


「うん」


「はい」


 私が頷き、奈緒が真っ直ぐな目でおばあちゃんを捉えていた。


「わたしからはこれで終わり。凛、奈緒ちゃんとペアを組みなさい」


「おばあちゃん……」


「命は受け継がれていくものだとわたしは思っているからね。わたしの想いもきっと2人が受け継いでくれると信じてるよ。そう言うと、少し重たいかな?」


 おばあちゃんがそう言って笑うと、畳に手を置いて足に力を入れた。


「いててててっ」


 ふらついたおばあちゃんを私と奈緒で支えた。


—2―


9月4日(火)午前11時59分


 運命の時間。

 村人全員が集会場に集まっていた。


「凛花のおばあちゃんが」


「うん……」


 私の左手と奈緒の右手には手錠がはめられ、鎖で繋がれている。

 成人男性の力でも引きちぎることは無理そうだ。


「時間になりましたね」


 政府選別ゲーム課の織田が腕時計から視線を外す。


「今回の脱落者は、万丈目和子まんじょうめかずこさんになりました」


 織田が言い終えると、織田の部下の清水の先導の元、家にいたはずのおばあちゃんが運ばれてきた。

 おばあちゃんを運ぶスーツ姿の男たちは、私たちの横を通り過ぎ、そのまま山を下る道へと入って行った。


 ここに集まった時点で、誰もが今回の脱落者はおばあちゃんだということを理解していた。ここにいないのはおばあちゃんだけだからだ。


 おばあちゃんを運ぶ男の姿が見えなくなって数分、突然銃声が5発鳴り響いた。


「おばあちゃん!!」


 私の叫び声が山に溶けて消えていく。

 今までのおばあちゃんとの思い出が涙と共に溢れてきた。まるでダムが決壊したかのように、次から次へと溢れ出て止まらなかった。止めようとも思わなかった。


「凛花……」


 奈緒が私の背中をさすってくれた。

 ぐしゃぐしゃな顔で奈緒を見ると、奈緒の顔にも涙が伝った跡があった。


「それでは、次のゲームです」


 この男は何の感情も持っていないのか。冷酷な織田の声に怒りが込み上げてくる。


「今から次のゲームが書かれた紙をお配りします。尚、次回のゲームから連絡事項は、村に設置されている2箇所の掲示板に張り出しますので、そちらをご確認ください。張り出す時間等はまだ未定なので、こまめにチェックするよう重ねてお願いします」


 織田が業務連絡のように淡々と説明を済ませると、A4用紙を配り始めた。

 私も織田から1枚受け取る。


【選別ゲーム2:9月5日(水)午前0時00分までに、村の中に隠した宝箱を見つけ出せ。宝箱の数は全部で8つ。宝箱を見つけられなかったペアは脱落となる】


 ペアを組ませた次は宝探しか。つくづくふざけてる。

 この場にいるのは手錠で繋がれた22人で、11組みのペア。

 ということは、少なくとも今回のゲームで6人が脱落するということになる。


 ここから選別ゲームは加速し、激しさを増していく。

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