第201話 村に迫る危機

—1—


9月3日(月)午後5時45分


 タエと平治から貰った野菜を母の真登香まどかに渡すと「今日の夕飯はきゅうりとトマトのサラダに決まりね!」と、張り切った様子で台所に立った。


 さすがにビニール袋いっぱいに入っていたので、サラダだけということは無いと思うけど、母はあまり料理が得意ではないから不安だ。


「えっと、2巻は確かここにあったはず……」


 自室の本棚からさっきまで読んでいた本の2巻を手に取ると、ベッドに腰掛けた。

 本を太ももの上に置いて目を瞑り、手を組む。

 そして、手のひらを天井に向けながら、腕を天井の方向に伸ばして、息を吐きながらゆっくりと左右に倒れる。


「んーっ」


 左右に1回ずつ倒れたら背筋を伸ばして本を読み始める。これが私のルーティンだ。

 この一連の動作を行うことで、本の中に広がる無限の世界にスッと入ることが出来る。


「凛花! 克也くんと小町ちゃんが来たわよ!」


 読み始めたところだというのにまたしても邪魔が入った。今日はついてないみたいだ。


「今行く!」


 しおりを挟んで本を閉じ、ベッドの上に置いた。

 玄関に行くと、阿部克也と小町の兄妹が待っていた。制服を着ているということから、2人とも高校の帰りだということが分かる。


「どうしたの?」


 靴を履き、引き戸を閉める。


「凛花に新しい本を持ってきたんだ」


 短髪で笑顔が爽やかな好青年、高校3年生の克也から本を受け取った。

 表紙には炎を吐く竜の姿が描かれていた。


「えっと、これは竜が出てくるファンタジー小説の続きね。やった! 続きが気になってたんだ。ありがとう克也くん」


「図書室で借りたやつだから1週間後までだけど大丈夫か?」


「うん。今別なのを読んでるけど、1週間もあれば読み終わると思う」


 本は村の外でしか手に入れることが出来ない為、克也がこうして度々本を届けてくれるのだ。

 私にとって克也は、優しい兄のような存在だ。


「お兄ちゃん、行こう」


 私と克也のやり取りをつまらなさそうに見ていた小町が克也の袖を引っ張る。

 小町は、克也の2つ年下の高校1年生。ソフトテニス部に所属している。

 髪型はポニーテール。整った顔立ちで、スカートの中から伸びているすらっとした足は、部活でだろうか、小麦色に焼けている。


「そんなに急がなくてもいいだろ」


「でも、みんなに声かけなきゃでしょ?」


「そうだな。分かった。小町は先に大吾の家に行っててくれ」


「了解」


 右手に大きな紙袋を持った小町が、大吾の家の方向に走って行った。


「高校生にもなってはしゃぎ過ぎだっての。悪いなバタバタしちゃって」


「ううん、大吾くんの家で何かするの?」


「いや、違うんだ。高校の帰りに行き着けの駄菓子屋があるんだけど、店主のおばあちゃんから花火が大量に余ってるから在庫処分を手伝ってくれないかって頼まれたんだ。小町が持ってた紙袋の中身が花火だ」


「あー、あれが。いっぱいありそうだね」


「それでさ、小町と2人で話して今日の夜に花火大会でもやろうかってなったんだけど、凛花も一緒にやらないか?」


「うん! あっ、私はいいんだけど、お母さんがなんて言うか……ちょっと確認してくるね」


「ああ」


 台所で鍋をかき混ぜていた母に訊くと「いいじゃない楽しそうで。ただ、気を付けるのよ」と、あっさり許可が下りた。

 いつもなら「夜は暗くて危ないからダメ」と、すぐに却下するのに、どういう風の吹き回しだろうか。


 玄関を出ると克也が小石を蹴って待っていた。


「どうだった?」


「大丈夫だった! 何時からやるの?」


「そうだな……7時30分に集会場の前集合にするか」


「分かった。じゃあまた後でね」


「おう」


 家の中に入り、壁にかかっている時計を見る。

 時刻は、6時2分。約束の時間まではまだ時間がある。自室に戻り、読みかけの本を読んで時間を潰すとしよう。


—2―


9月3日(月)午後7時25分


 約束の時間が近づき、集会場に向かうことにした。家を出るとき「みんなで飲みなさい」と、母に持たされた缶ジュースが重い。


 集会場は、古い日本家屋が並ぶ、村の中心にある。

 月に1回開かれる会議や村のイベントで使われることが多い集会場だが、それ以外はあまり使われていない。

 村の中心にあるので、遊ぶときなど、待ち合わせ場所として目印にされることが多い。


「なんか騒がしいわね。この声は茂夫さんかな?」


 集会場から村長の工藤茂夫の怒気を孕んだ声が聞こえてきた。

 普段温厚な茂夫が怒鳴っているのは珍しい。というか初めて聞いた。


 よほどのことがあったに違いない。

 私は缶ジュースを抱えて集会場まで走った。


「凛花!」


「克也くん、これは一体何の騒ぎ?」


 集会場の前には、村長の工藤茂夫を含む大人6人が、黒いスーツを身に纏った30代ぐらいの男女2人と口論をしていた。

 スーツ姿の男女は見たことがないので、この村の人間ではない。


「私たちが来た時には、村長たちがあの2人と言い合いをしてたの。そこにパパとママが場を落ち着けようと間に入ったけど、あの様子じゃダメだったみたいね。凛花、それ何?」


「あっ、お母さんがみんなで飲みなさいって。はいっ」


「ありがと」


 克也の代わりに状況を説明してくれた小町に缶ジュースを渡した。克也にも1本渡した。


「ヤッホー。どったのコレ?」


 親友の早坂奈緒が気の抜けた挨拶と共に現れた。どうやら奈緒も花火大会に誘われていたようだ。


「俺たちにもよく分からん。とりあえず立ってるのもあれだし、ベンチに座って解決するのを待とうか」


 克也の提案で集会場の前に設置されているベンチに座ることになった私たち。

 大人の揉め事は、収まるどころか熱を帯びていく一方だ。これは思ったよりも長引くかもしれない。


「もーらいっ♪」


 奈緒がビニール袋の中から缶ジュースを1本取った。


「ぷはーっ、夜に飲む炭酸は最高だね!」


「もう、奈緒はいっつもそうなんだから」


 奈緒は私より学年が1つ上だけど、生まれた時からの付き合いだから先輩後輩みたいな壁はない。

 それで言ったら克也も小町も本当に小さい頃からの付き合いなので、友達というよりは家族に近い関係だ。


 奈緒は明るくて、調子が良くて、誰からも好かれる性格をしている。

 これだけ長く一緒にいるけど、欠点らしい欠点が思い浮かばない。

 奈緒のようになりたいと、ちょっとだけ憧れていたりもする。


「何考えてるの凛花?」


「ううん。何でもないよ」


「へーんなの!」


 奈緒がベンチに両手をついて空を見上げる。

 空にはいくつもの星が光り輝いていた。月柳村は家も少なく、街灯もあまり無いので、夜になると星や月が良く見えるのだ。


「ですから何度も説明してるじゃないですか! 村人を全員ここに集めてください!!」


 一段と大きい女性の声にようやく場が静まった。


「落ち着け、清水。すみません、部下が失礼しました」


 スーツ姿の男が頭を下げた。


「遅い時間だということは重々承知しております。ですが、そこをなんとかお願いできないでしょうか」


「急に村に入り込んで、村人を全員集めろ、集めろとしつこく何度も何度も。どこの馬の骨かも分からん連中の指示には従えん。それにこの時間では、年寄りはとっくに寝ておるわい」


 村長が指示には従えないと、男に反発する。

 確かに、急に村にやって来て、今すぐ全員出せという方が無理がある。


 村長の言葉に男は口をきゅっと閉じたが、すぐに開いた。


「どこの馬の骨……これは失礼しました。順序が間違っていました。私は日本政府選別ゲーム課から参りました、織田と申します。先ほど無礼を働いたのは、私の部下の清水です。どうかお許しください」


「日本政府じゃと……」


「今回、ここ月柳村が選別ゲームの対象に選ばれましたので、私共がゲームの進行をするべく参った次第です」


 織田がそう言い終えると、集会場の周りから黒いスーツ姿の集団、約50人が姿を見せた。


 この村で一体何が始まろうとしているの?

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