第85話 体術と剣術

「そこまで! 風佳の勝ち!」


 道場に弥生の声が響いた。


「くそっ、また負けた」


「次はうちと勝負だよ」


「はい!」


 今日は御影山流体術の練習から始まった。

 基礎トレーニングはすでに終わらせ、ある程度の型も1カ月かけて弥生から教えてもらった。

 普通の人ならここまで来るのに3カ月以上はかかるらしい。

 俺は道場で練習が終わった後もマスターの喫茶店の裏庭で自主練習をするなどして練習量を増やしていた。

 それと少しは武術の才能があったみたいだ。


 それでも風佳や弥生にはまだ1度も勝てていない。

 風佳の多彩な戦術の前にあと一歩のところで届かず、弥生には完全に力負けしていた。

 小さい体から繰り出してくる一撃一撃が尋常じゃないほど重いのだ。

 なぜそんなに攻撃が重いのかとこの前聞いたら、体の捻りを利用していると言っていた。

 弥生に教わりながらその体の捻りを利用し力を一気に押し出す打撃を練習しているが、まだ自分のものになるには時間がかかりそうだ。

 しかも弥生はその打撃を常に同じポイントに当ててくるのでダメージの蓄積が速い。

 それに加え身長が小さく素早いので、こちらの攻撃がなかなか当たらない。


「そこまで! 師匠の勝ち!」


「だあーーー」


 俺がぺたりと地面に這いつくばる。


「まぁ、動きは良くなってきてるんだけどねー。なんだろ。なんか入り込めてない時があるっていうか。風佳もそう感じる時ない?」


 弥生が審判をしていた風佳に聞いた。


「そうですね。はやとは一瞬どこかで必ず集中が欠ける瞬間がありますね。その時に隙が生まれるので攻め込まれるんじゃないのかと。頭で考えすぎてるんじゃない?」


 風佳の言う通りかもしれない。

 相手の行動を先読みしようとしてあれこれ考えすぎてしまっているのかもしれない。


「そうかもしれないです」


「考えることも大事だけどさ、一回何も考えないで感じるまま戦ってみたらいいんじゃない。うちは目を閉じたまま戦えるし」


 弥生がそう言って目を閉じてゆっくりと開いた。


「えっ!? 本当ですか! そんな、目を閉じてだなんてどうやって……」


「相手の呼吸、足音、体が動いた時に発生する風とか色々得られる情報はあるわ。でもはやとは目を閉じて戦ったりしなくていいから。ただ相手から得られる情報はいくらでもあるってことは覚えておいて。それを無意識に感じられるようになれば後は体が勝手に動くわ」


「分かりました」


 数分休憩をはさんでから剣術を教えてもらうことになった。

 だが本物の刀を使う訳ではない。新国家では所持が認められていない為、竹刀を使って教えてもらう。


「まず初めに御影山流剣術の歴史から説明すると、御影山武蔵は剣術の天才でそれはもう強かったそうよ。戦に行けなくなってからは刀を作り続け、その中での最高傑作に自分の名前を付けたことは有名で——」


 また弥生による御影山武蔵の自慢が始まった。

 御影山武蔵が作った最高傑作、名刀・武蔵むさしは日本の二大名刀として有名だ。

 ちなみにもう一本の名刀は藤原獅子丸ふじわらのししまるが作った名刀・獅子丸ししまるだ。

 そんなことを頭で考えていると弥生の自慢もそろそろ終わりそうだった。


「それで刀を使う上で一番大切なのが、剣先まで体の一部だと思うことよ」


「はい。分かりました」


 弥生から竹刀を渡された。


「それじゃあ基礎から始めましょう」


 それから1カ月半の間、体術の特訓と剣術の特訓が並行して行われた。

 体術は弥生のような重い一撃が繰り出せるようになることと相手の動きを体で感じることを中心に特訓した。

 剣術は基礎となる形から連続技、それと刀と体が一体となるように反復で練習を行った。


 新国家内で不定期に開催される選別ゲームではプレイヤー同士武器を使用して殺し合うようなものが多いことが中級エリアで情報を集めている際に分かった。

 そういったゲームに選ばれた時に剣や刀が無くても棒状のものなどで代用すれば剣術とまではいかないが何かしらの応用が利くだろう。

 武器が無い場合は体術を使えばいいのでその場合も対応可能だ。



 そして中級エリアにやってきて3カ月が経ったある日。


「今日の練習はこれで終わり!」


「ありがとうございました」


 剣術の練習で使っていた竹刀を片付け、帰る準備をする。


「はやと君は明日も来るんでしょ?」


「はい。またバイトが終わったらですけど」


「はやと君のバイト先に遊びに行こっかなー」


「風佳が行くならうちも行っていい?」


 話を聞いていた弥生が俺に顔を近づけてきた。


「いいですよ。マスターも店の常連さんも師匠と風佳さんの話をしていたので喜ぶと思います」


「午前中は用事があるから午後に一緒に行こうか風佳」


「はい分かりました!」


 弥生と風佳が荷物をリュックに詰め込み背負った。

 俺もリュックを背負い靴を履いて道場から出た。


「また明日!」


 弥生が手を振った。

 弥生は道場の戸締りなどがあるから少し残ってから帰るそうだ。


『「失礼します」』


 俺と風佳が弥生にそう言い道場を後にした。

 もう外は真っ暗だ。


 次の日の午後に弥生と風佳が喫茶店に遊びに来てくれると言っていたが、次の日俺と2人が喫茶店で会うことはなかった。

 そう。その日の朝、久し振りに選別ゲームが開催されることが発表され、俺も将軍ゲームに選ばれたのだ。


 いつ日常が壊れるかは誰にも分からない。

 だが、俺はその壊れた時の為に準備をしてきたつもりだ。今度こそ俺の手で仲間を守る。たとえ自分の身を滅ぼすことになっても。

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