第83話 御影山流体術
◆ ◆ ◆
3カ月前。
俺は地下帝国から中級エリアに上がると、喫茶店のマスターの元でアルバイトをするようになった。
アルバイトをしながら今まで自分に足りなかったものを考え、辿り着いた答えが力、武術だ。
大切なものを守る為には力が必要だ。俺はいつもここぞという時に力が足りず、何かを失ってきた。
新国家の下級エリアでは彼女のこころを。
地下帝国では俺の作戦に乗ってくれた協力者を。地下帝国で初めて出会った
俺に力があったら変わっていたかもしれない。だが過去はもう変えられない。
だからこれからの未来、俺は大切なものは自分の手で守ることに決めた。
喫茶店で集めた情報の中に有力なものがあった。中級エリアで有名な道場があるというのだ。
俺は早速その道場に向かった。
有名な道場と聞いていたが、建物の外見はとても立派なものではなかった。木造の古びた小さな道場だった。
「
入り口に立てかけてあった看板の文字が薄れていたがそう書いてあった。
「どうしたの? うちの道場に何か用ですか?」
中から俺の肩より背の小さい少女が出てきた。幼い顔つきだ。ショートカットで目がくりっとしている。
少女はそのくりっとした目を細めて俺の顔をまじまじと見る。不審者を見るような目だ。
「あ、あの怪しい者じゃないからね。ちょっと体術を教わりたくて。中に先生がいるのかな?」
俺は少女にそう言って道場の中を覗いた。
しかし、先生らしき人物は見当たらない。それどころか中には20代ぐらいの女が1人しかいなかった。
すると少女が「ごほんっ」とわざとらしく咳払いをした。
「目の前にいるでしょ」
「えっ?」
「だから目の前にいるでしょって言ってるの」
少女が上目遣いで俺を睨む。
「えっ! もしかして道場の先生、ですか?」
「最初から言ってるでしょ。うちの道場に何か用? って」
どうやら俺はとんでもなく失礼なことをしてしまったようだ。俺は全力で頭を下げた。
しかし、この少女の見た目はどう見ても小学生ぐらいだ。
「まぁいいわ。でも体術を教わりたいって、ここは剣術をメインに教えてる道場なんだけど。それに誰かれ構わず教えたりしてないの。君のような高校生にはきつすぎて無理だと思うけど……」
少女は俺の体を観察してそう言った。
足先から頭まで隅々観察されるのはなんだか恥ずかしかった。
「体術は教えてもらえないんでしょうか?」
「教えられないこともないけど他をあたった方がいいと思うよ。その体じゃきつすぎてうちの道場にはついてこられないから。君と同じようにうちの道場を訪ねてきた人はみんな途中で逃げ出すのよ。君もきっとそれと同じ部類だと思う」
少女は淡々とそう話した。
そうまで言われたらここで引き下がる訳にはいかない。
「俺はその人たちとは違います。その人たちとは覚悟が違う」
「何よ覚悟って……」
道場に戻ろうとした少女が足を止めて振り返った。
「俺は大切なものを自分の手で守る為に武を学びたいんです。だから途中で放り出すようなことは絶対にしません」
少し間があり少女が小刻みに何度か頷いた。
「ふーん、いいわ。中に入りなさい。うちが体術を教えてあげる」
少女について行き道場の中に入った。道場の中は外見と比べたらまだ綺麗だった。しっかり手入れがされているみたいだ。
道場の隅には先程外から見えていた若い女がストレッチをしていた。
「
「分かりました!」
少女はストレッチをしていた風佳にそう言うと道場の中央に正座をした。
そして口を開いた。
「まずは自己紹介ね。うちは
「新田はやとです。歳は17です」
俺より年上だったのか。これは驚いた。
「はやとね。分かったわ。うちのことは道場の中では師匠って呼びなさい。外では別に名前でいいわ」
「はあ……」
「返事ははい! 基本でしょ」
「はい!」
「いいわ。最初に軽くうちの家系について説明するわね。うちの先祖に
「教科書に載ってるあの御影山武蔵ですか!?」
「そう。その武蔵よ。彼は刀を扱うのが上手くてね。簡単に言うと天才だったの。だけどとある戦で怪我をしてから戦場に出ることはなくなったわ」
弥生が自分の先祖について話し出した。
今から700年ほど前、何代も前から争いを続けていた御影山軍の因縁の相手
戦の名前は確か御影山の戦いだ。御影山軍が拠点にしていた御影山という山で起きたことからそう呼ばれている。
当時の藤原氏の当主、
この戦で御影山軍当主、御影山武蔵は片足を失った。
一方、攻め込んだ藤原獅子丸も片目を失う重症を負った。
2人の名前は覚えやすくて今でもこの時代のことはよく覚えている。
「その戦以降、戦場に行くことができなくなった武蔵は鍛冶屋として自分で刀を作るようになったわ。鍛冶屋としての才能を認められて殿様から依頼がくることもあったそうよ」
「そうなんですか」
弥生は自慢気に御影山武蔵の凄さを約10分もの間話した。
弥生は触れなかったが、御影山武蔵が鍛冶屋として認められた頃と時を同じくして藤原獅子丸も鍛冶屋として世に名前が出始めたのだ。
そう、2人はどこまでいってもライバルだったのだ。
「っと、ごめん。話がだいぶ逸れちゃった。それで、武蔵が書き残した御影山流剣術と御影山流体術ってのがあるんだけど、そんなにはやとが体術を学びたいなら先に体術の方を教えるわ」
「はい! お願いします」
「多分無理だと思うけどそれについてこれるようだったら剣術の方も教えてあげるから」
「はい!」
「それじゃあ、風佳!」
弥生がストレッチをしていた風佳を手招きして呼んだ。
「まずははやとの実力を知っておかなくちゃね」
「実力も何もないと思うんですけど」
俺はこれといって武術を教わったことがない。
「いいの。風佳はここに通い始めて2カ月経つわ。女だからって手加減しないで全力で倒しにいきなさい」
「全力でって言われても……」
俺がそう声を漏らすと横で弥生に睨まれた。
「分かりました。やります。やらせて下さい」
「うちが審判をするから早くそっちに行って」
弥生に手で促され、風佳と距離を取って向き合った。そして、一礼すると模擬戦が始まった。
俺は風佳の様子を窺いつつ徐々に距離を詰めていき、右の拳で風佳の頭に殴りかかった。
しかし、風佳は大きく体を動かすことなくそれを簡単にかわした。そしてすぐさまがら空きになった俺の右腹に蹴りを入れてきた。
「ぐふっ」
右腹を手で押さえ風佳に向き直る。
すると今度は風佳が接近してきた。そして素早く右足を振り上げ俺の横腹を狙う。
しかし俺も2度同じ攻撃は受けない。左腕で攻撃をガードするべく待ち構える。だが、俺の左腕に衝撃がこなかった。
「フェイントか!?」
そう気付いた時にはもう俺の体は宙に浮いていた。
風佳は俺の体を手で掴むとそのまま背中から自分の方向に倒れ込むようになり、俺の腹を右足で蹴り後ろに吹き飛ばしたのだ。
俺は顔面から豪快に地面に着地した。
「そこまで!」
弥生が右手を上げて模擬戦の終わりを告げた。
「あ、ありがとうございました」
風佳が手を差し出し立たせてくれた。
「あっ、鼻血出てる」
風佳にティッシュをもらい鼻に詰めた。
「大体実力は分かったよ。血が止まったら基礎トレーニングを始めるから。はやとはしばらく基礎トレだけね」
弥生が俺と風佳の前に立ちそう言った。
「分かりました」
「風佳は今日のメニューを始めよっか。はやとは血が止まるまで隅で見てて」
「はい」
俺は道場の隅に移動した。
風佳はこの道場に通い始めて2カ月と言っていたが、相当の実力者のように感じた。
それが風佳の才能なのか、弥生の教えが上手いのか。
2人の練習する姿を見て、そのどちらもだということが分かった。弥生の指摘も的確だし、風佳は即座に言われたことを修正していた。どうりで強いはずだ。
俺も早くあれぐらい強くならなくちゃ。いや、あれを超えるぐらいにならないと。
俺はその日から毎日道場に通いアルバイトが終わってから寝る間も惜しんで特訓を重ねた。
初めの頃は喫茶店のマスターが心配するほど俺の体はぼろぼろだったが、次第に心配されることもなくなっていった。
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