第61話 エンジェルキーパーゲーム

「こころを、こころをどうした!」


「あー、あの女か。知らんわ。いつの間にか逃げられたんや」


 玲央れおはリードを2本握っている手を顔の高さまで上げると首を傾げた。リードの先は若い女2人の首輪に繋がっていた。


「お前さえ、お前さえいなければ」


「なんだ? あの女まだお前のところに戻ってねぇーのか?」


「あぁ、連絡も取れなくなった。全部お前のせいだ」


 コイントスのことを思い出し、力が入って歯を食いしばった。


「ふっ、いなくなった女のことなんてとっとと忘れちまえよ。それより今はゲームだ」


 玲央は女のリードを引っ張り、空いていた俺の向かいの席に移動した。


「椅子!」


 置いてあった椅子をどかして玲央が女にそう言うと女2人が四つん這いになった。玲央がそこにどっしりと座る。


「プレイヤーが4名揃いましたのでゲームを始めたいと思います。テーブルの印の部分にスマホを置いて下さい」


 玲央を1度睨んでからスマホをテーブルに置いた。玲央は楽しそうに笑みを浮かべながら女の胸を揉んでいる。


「皆さんのポイント数があちらのモニターに表示されます」


 テーブルの脇に設置されている小型モニターにそれぞれのポイントが表示された。俺は63ポイント、右隣の気弱そうな男が35ポイント。名前は那須なすと表示されていた。左隣のクールそうな女が108ポイント。名前はあんと書かれている。そして玲央が210ポイントだ。


「なぁ、どうせやるならハードなやつやらねぇか? ディーラー、そうゆうの無いんか?」


「もちろんございます。全ポイント賭けのゲームというものがいくつかありますけどそのゲームを行うには当然ながらプレイヤー全員の了承が必要になります」


「そりゃいいじゃないか。お前らそれやろうぜ!」


「私は何でもいいわ」


 左隣に座っているあんが興味無さそうにそう言った。


「ぼ、僕は嫌だよ。そんなゲームして負けたら脱落じゃないか」


 見た目通りおどおどした那須がゲームの参加を拒否した。


「逆にお前が勝てばとんでもねぇーポイントが貰えるぞ。だろ?」


 玲央がディーラーに答えを求める。


「はい。プレイヤーに命を賭けて頂く分、勝利者の報酬も普段の10倍から100倍にまで跳ね上がることがあります」


「100倍……」


 ディーラーの説明を受け、怯えていた那須の目の色が変わった。どうやら参加するようだ。


「お前は?」


「俺はこのゲームに勝ってお前を地獄に叩き落とす!」


「ふっ、面白い」


「全員の承諾があったのでゲームを始めたいと思います。賭けるポイントはそれぞれ持っている全ポイント。その為、敗者は脱落となります。ではトランプの方を配りますね」


 ディーラーがトランプをシャッフルし均等に配った。


「見てもいいんか?」


「どうぞ。数字のペアがあったらテーブルの真ん中に出して下さい。ババ抜きと同じです」


 裏向きになっているトランプを見てペアを探す。と、ここで俺は自分の運の無さを恨んだ。ジョーカーが手札にあったのだ。とりあえず顔に出ないよう必死に堪える。

 ディーラーが何のゲームをするのかまだ言っていないがババ抜きと同じ工程を踏んでいるのでババ抜きの可能性がある。ジョーカーを持っているとバレたらゲームをする上で不利になるだろう。

 ジョーカーを無視してペアを捨てていく。手札はジョーカーを含めて8枚残った。


「ほぉ、7枚か」


 玲央の手札は7枚のようだ。相変わらず笑みを浮かべている。


「それではゲームを発表します。皆さんにはで戦ってもらいます」


「何やそれ?」


 玲央を含む全員が首を傾げた。エンジェルキーパーゲームなんて聞いたことがない。


「ここでの専用ゲームです。ルール説明はありません。ですがそれではゲームに支障が出ますので1つだけ、ババ抜きのような感じで進めて頂ければ大丈夫です」


「はっ? なんやその訳わからん説明は。まぁ、でもそれもそれで面白そーやんけ」


 玲央はあくまでゲームをどこまでも楽しむようだ。

 それと比べて俺たち3人は難しい顔をしていた。ゲームに参加してしまった以上ここで降りることはできない。もう勝つしかないのだ。


「はやと様から時計回りで引いていってください」


「は、はい」


 こうしてエンジェルキーパーゲームが始まった。

 時計回りなので左隣の杏から1枚引く。6のペアが揃った。

 1ターン目は玲央以外ペアが揃った。特に何か起きる訳でもなく淡々とゲームが進んでいった。


 3ターンが終わり俺の手札は4枚になった。だがまだジョーカーは持っている。早いところ那須に引かせなくては。


「なんかあんまし面白くねぇーな」


 玲央の手札の数は全然変化していない。強運の持ち主も不調の日があるのだろうか。


「はぁー、はぁー」


「あの、大丈夫ですか」


 那須の呼吸が荒くなっていたので声を掛けた。


「ありがとうございます。残り3枚なので緊張しちゃって」


 ただプレッシャーを感じていただけらしい。もう少しで上がれるかもしれないという喜びと負けたら脱落するという恐怖とが手札が減る度にどんどん大きくなっていく。

 気が付けば俺たちのテーブルを囲むようにギャラリーが集まっていた。カジノでも全ポイントを賭けたゲームはそうそう行われないらしい。


「おい、早く引けよ」


 玲央に促され4ターン目に入った。ここにきて俺から玲央までが手札を順調に減らした。

 次は那須が俺のカードを引く番だ。俺の手札はあと3枚。うち1枚がジョーカー。俺の何らかの思いを感じたのか那須はなかなか引こうとしない。1枚ずつじっくりと観察している。時々俺の顔を見て様子を窺ってくる。


「よし、決めた。これだ!」


 声を震わせながら手にかけたのはジョーカー。ようやく俺の元からジョーカーが動いた。

 那須が引いたジョーカーを見て目を細める。そして、ゆっくりと俺を見た。よくもやってくれたなという顔だ。


「えっ?」


 が、すぐに那須の姿がそこから消えた。

 椅子の下がぱたんと開き那須が椅子ごと落ちていった。テーブルに置いてあったスマホの部分も同じくぱたんと開き突然出現した穴に落ちていった。少ししてぐしゃっと何かが潰れる音がした。


「キャー!」


 杏の悲鳴が徐々にギャラリーに伝染していきカジノ中にどよめきが起きた。

 俺は胃液がぐっと込み上げてきたがギリギリのところで飲み込んだ。

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