第23話 決戦

 その塔は可愛いハムスターの形で彩られた優しくも不気味さを感じさせるものだった。

 巫女さんキラーはそのモニュメントの前で炎を炊いて何かの儀式をしていた。

 近づいてきた三人に気づき、彼女は手を止めて振り返った。

 霊的な儀式の神秘性を高めるためだろう。仮面の下の彼女の唇には朱が引かれ、薄く化粧をしているようだった。

 彼女が重みを感じさせる声で告げる。


「巫女は止めろと警告したはずだが」

「わたし達がそれに従うとでも思ったの?」

「あんたの目的は何なのよ」

「……」


 舞火と天子が挑発し、有栖は無言で相手を見る。

 退く気の無い三人の姿を見て、巫女さんキラーは呆れたようだった。


「ここを見て気づかないか? 霊達の楽園を築くのだよ」

「霊達の楽園?」


 遊園地では霊達が好き放題に遊びまわっている。

 見る人が見ればそれは確かに楽園のように見えるかもしれないが、もしもこの霊達が結界の外へ出て町へ向かえばどんな被害が出ることか。

 有栖には容易に想像することが出来た。

 巫女さんキラーの話は続く。


「楽しそうに見えるだろう? 今この地では霊大祭を行っているのだ」

「霊大祭?」


 舞火と天子が聞いたことがないという顔をしたので有栖は説明することにした。


「例大祭というのは由緒ある日に行う神社のお祭りのことです。エイミーさんの言っていたわっしょいわっしょいはうちではやりませんが、例大祭はうちの神社でも春と秋に行っています。でも、これは……」


 言いよどむ有栖の説明を巫女さんキラーが引き継いだ。


「それは神社の祭りだな。わたしの行っているのは霊達の祭り、霊大祭だ。いずれ、この地に集まった霊力によって悪霊の王が目覚める時、祭りは最高潮を迎えることだろう」


 舞火と天子は警戒する。


「何かやばそうな奴がいるようね」

「じゃあ、阻止するしかないか」


 有栖はもちろんのこと舞火と天子も感じ始めていた。何か下級の霊とは違う、大きな力が地下から目覚め始めているのを。

 戦いの構えを見せる三人に巫女さんキラーも応戦の構えを見せた。

 黄金の錫杖が三人に向けられる。


「お前達のようなひよっこ巫女に、わたしの術がしのげるかな?」

「しのぐ?」

「叩き潰すだけよ!」


 戦いが始まる。空気が張り詰める。

 巫女さんキラーが笑みを浮かべ、舞火と天子は挑む機会を伺っている。

 これも祭りの一環だ。

 霊力と霊力のぶつかり合いはそれだけでも儀式を進める力となる。

 有栖は力を使おうかと思案したが、まだその時ではないと判断した。

 懐にしまったお守りから、そう意思を感じることが出来た。

 舞火と天子はすぐには仕掛けなかった。相手の巫女退散ビームを警戒しているのだ。

 裸にされるのはもちろんご免だが、それ以上にこんなに霊の多い場所で無力化されるのが問題だった。

 戦えないのも駄目だが、悪霊達を気持ちよくぶっ飛ばせなくなるのも問題だ。

 警戒していると巫女さんキラーは笑ったようだった。


「そう恐れることはない。巫女でなくなったとしても、お前達はわたしが守ってやる。ここでともに霊の楽園を見守ろうではないか」

「誰が何を恐れているって」

「その偉そうな態度が気に入らないのよ」


 舞火と天子は敵の隙を伺うが、それが見えない。

 巫女さんキラーは錫杖を向けたまま余裕の笑みを浮かべて立っている。

 敵には余裕がある。じっとしていても祭りは進められていく。

 時間が経つほどに状況が不利になるのは明白だった。

 有栖は切り札を使う時が来たのかと思った。

 だが、その前に舞火が動いた。

 構えていた箒を下ろして、隣に世間話のように言った。


「やっぱりあの手しかないわね」

「あの手?」


 舞火の言葉に天子が答える。舞火の作戦はこうだった。


「あなたが壁になっている間に、わたしがあいつをぶっ倒すのよ。やっぱりこれが一番簡単でしょ。というわけで天子、裸になってビームを受けてきなさい」


 舞火は天子の肩を軽く押した。

 天子は憤慨して言い返した。


「ふざけんな! なんであたしが引き立て役なのよ。舞火が壁になりなさいよ。その隙にあたしがあいつをぶっ飛ばすから。これが一番の作戦よ」

「それじゃ、わたしが面白くないじゃない」

「あたしに面白いことをやらせろって言っているのよ」

「ちょっと二人とも」


 有栖にはなぜ二人が急に言い合いを始めたのか分からなかった。この案はここに来る前に相談して却下したはずだ。それに、


「ククク」


 困惑する有栖の耳に巫女さんキラーの笑いが届いた。

 有栖はそちらを見る。

 笑いを収め、巫女さんキラーは言った。


「せっかくの名案だが、わたしに聞こえていては意味がないぞ。どちらが壁になって向かって来たとしても、わたしにはもう迎撃の準備が取れている」


 確かに巫女さんキラーの言った通りだった。どれほどの作戦でも相手に知られて対策を取られては意味のないことだった。

 巫女さんキラーは言う。


「仲の良いことは結構だが、うかつだったな」


 そんな彼女に、舞火と天子は向かい合った。


「聞こえていいのよ。これは聞かせるために言ったんだから」

「あなたの言った通り、あたし達は仲が良いのよ」

「なに?」


 舞火と天子は喧嘩などしていなかった。

 そのしてやったような自信に満ちた態度と意思の強い瞳に違和感を感じた時、巫女さんキラーの手に何かが取りついた。


「な、なんだ」


 それは顔も隠すほど伸びきった長いぼさぼさの黒い髪、頭には三角の布を付け、白い着物を着た……一言で言うと幽霊だった。


「ゆ……幽霊!?」


 さすがの巫女さんキラーも驚いたようだった。幽霊はその手から黄金の錫杖をもぎ取り、有栖達のところに走ってきた。

 有栖も内心でびびったが、舞火と天子は快く彼女を迎えていた。


「よくやったわ」

「それでこそあたし達の後輩ね」

「えへへえ」


 幽霊が得意そうな声をもらす。

 その頃には有栖も彼女の正体が分かっていた。


「な、何者なのだ、お前は」


 分からないのは巫女さんキラーだけだった。

 幽霊はそちらへ振り返り、得意げな笑みを浮かべた。


「フフー、問われたならば答えなければいけませんね。ニッポンの様式美的に!」

「なに?」


 戸惑う巫女さんキラーの前で、幽霊は頭の三角の布と黒いかつらと白い服をまとめて脱ぎ捨てた。

 彼女がその下に着ていたのは白と赤の巫女服。取り去った黒いかつらの下からはきらめくような金色の髪が溢れ出ていた。


「幽霊だと思った? 残念、ミーでした!」


 エイミーは自慢たっぷりのドヤ顔で親指を立てた。

 有栖の久しぶりに見るエイミーの姿がそこにあった。


「エイミーさん、辞めたんじゃなかったんですか?」

「ミーは辞めませんよ、有栖。ニッポンには敵を騙すにはまず味方からという格言があります。そこでミーは辞めた振りをして敵の出方を伺っていたのですよ」

「そうだったんですか。わたしはてっきり」

「でかしたわ、エイミー」

「味方を騙せたかどうかは別にしてね」


 舞火と天子は後輩をねぎらい、敵と向かい合った。

 どうやら騙されたのは有栖だけのようだった。


「あとは」

「先輩の見せ場よね」


 自信に溢れる二人を見て、巫女さんキラーは怒りに身を震わせていた。


「お前達、わたしの気を引くためにわざと演技をしていたのか」

「そういうこと」

「何を当たり前のことを」


 さも当然のことのように言う二人に巫女さんキラーはうろたえているようだった。


「だが、いつ打ち合わせをしていた? そんな素振りは見えなかったぞ」

「そんなことを……」

「言わなきゃ分からない関係じゃないのよ!」


 舞火と天子は同時に足を踏み出し、巫女さんキラーに向かって飛びかかった。

 黄金の錫杖は奪っている。もう恐れる物はなかった。


「おお」


 その錫杖を胸にエイミーは感嘆の声を上げた。

 先輩達の姿は強く、美しかった。

 有栖も戦いを見守る。今は二人に任せておくべき場面だ。余計な横槍は二人の連携を乱してしまう。

 同時に振るわれる箒を、巫女さんキラーはお札で張った結界で防御した。


「甘くみるなよ。お前達のような素人に負けるわたしではないのだ!」


 結界で弾かれる。離れる二人にお札が投げつけられる。


「爆発しろ!」


 二人を巻き込み、爆炎が上がる。


「舞火さん! 天子さん!」


 有栖が叫ぶ。巫女さんキラーは勝利を確信した笑みを浮かべ、すぐにその笑みを消した。


「その技はもう見切った!」

「当たらなければどうってことはない!」


 爆炎の中から二人の巫女が飛び出し、攻撃を叩きつけてきた。

 巫女さんキラーは再びそれを結界で防御する。だが、今回は爆発の分、勢いが強い。二人はそれを利用してきたのだ。

 受け止める巫女さんキラーの顔に苦しさが湧いた。


「お前達のような未熟な巫女に……わたしの結界が破れるものか!」

「いい気になっていられるのも今のうちよ!」

「お前をぶっ飛ばすのはこのあたし!」


 二人の意思と強い力が、巫女さんキラーの結界を押していく。想定外のその強さに巫女さんキラーの目が見開かれた。


「なぜ、わたしの術がこんな素人巫女なんかに……だが、舐めるな!」


 巫女さんキラーが両手を打ち鳴らすとともに、その手元の空中にお祓い棒が現れる。彼女はそれを手に取り、結界の向こうから勢いまかせに振りぬいてきた。

 舞火と天子の攻撃を結界ごとまとめて吹き飛ばす。二人は飛ばされつつも空中で身を翻して着地した。

 巫女さんキラーを睨む。


「しつこい奴!」

「おとなしく殴らせなさいよ!」

「甘く見るなよ。小娘ども!」


 巫女さんキラーの手にお札の束が広げられる。


「くらえ、雷撃札!」


 投げられるそれらが雷を帯びて飛んでくる。


「こんなもの!」

「避ければいいだけよ!」


 舞火と天子はそれを避ける。前に札が爆発したことがあるのでうかつに防いだりはしなかった。

 だが、避けられても巫女さんキラーの顔には笑みがあった。嫌な笑みだった。


「それで避けたつもりか?」

「気を付けてください!」


 有栖の声を聞き、二人は気づいた。雷を帯びた札が鋭角の軌跡を描き曲がってくる。

 それを何とか避けようとするが、舞火の手をかすった。

 そこが痺れる。


「なるほどね。前に食らったのはこれか」


 神社で襲撃を受けた時、舞火は動きを封じられてしまっていた。

 爆発だけならそうはならなかったはずだ。

 それは爆発の影でこの電撃を食らったからだったのだ。

 雷撃の札は巫女さんキラーの元へ戻り、その周囲を回った。

 天子は舞火に声を掛けた。


「舞火、大丈夫なの?」

「直撃じゃないならたいしたことはないわ」


 舞火は手を振って、箒を構え直した。痺れはもう収まっている。

 だが、やっかいだ。

 雷の札が邪魔をして二人は敵を攻めあぐねてしまった。

 巫女退散ビームほどではないが、あれも相当面倒だ。

 敵から引き離さないとうかつに攻めることも出来ない。

 敵は今度は待ちはしなかった。

 お祓い棒を振る。それは霊を払うためでなく、


「現れよ! わたしの友達!」


 霊を召喚するためだった。周囲に悪霊達が現れて、舞火も天子も有栖もエイミーもまとめて包囲されてしまう。

 巫女さんキラーといえどこの地にいない霊を召喚することは出来ないらしく、霊は全て下級霊だった。

 強さだけならたいしたことはないが、数が多い。今のような接戦ならただいるだけでも不利だった。

 舞火の顔にも焦りが出てきていた。


「こんな奴らが友達なんてどんだけひねくれてるのよ」

「お前達よりマシさ。かかれ!」


 悪霊達が飛びかかってくる。標的にされたのは舞火と天子だ。

 それだけなら容易く撃破出来るが、


「雷撃札!」


 隙間を縫うように雷をまとった札が飛んでくる。それは直進するだけでなく、曲がってくる。

 すでに雷の霊力が込められた札は炎の爆発を警戒する必要こそ無かったが、直撃だけは避けないと行動不能にされてしまう。


「これってやばいんじゃないの?」

「あなたらしくないわね」


 舞火と天子は押されてきていた。戦いが巫女さんキラーの優位に傾いてきている。

 霊は払っても次々と湧いてくる。その隙間を縦横無尽に飛び交う雷の札が二人を追い詰めていく。

 もう限界かもしれない。

 舞火と天子は強かったが、やはり霊力の勝負になると初心者の巫女に過ぎない二人では不利だ。

 有栖は切り札のために温存しようと思っていた霊力を使って参戦するべきかと思ったが、その前にエイミーが動いた。


「先輩達! ここはミーが突破口を開きます!」


 みんなはぎょっとした顔をしてエイミーを見た。なぜならエイミーは黄金の錫杖を構えていたからだ。

 それが巫女さんキラーに向けられている。さすがの彼女も驚きを隠せなかった。


「馬鹿め、それをお前が使えると」

「巫女退散!」


 だが、何も起こらなかった。エイミーはもう一度試みた。


「巫女退散!」


 だが、何も起こらない。巫女さんキラーはビームを警戒して構えていた防御を解いて笑った。


「馬鹿め。それは熟練した霊力を持つ者にしか扱えない祭器なのだ。お前のような巫女服を着ただけで巫女になったつもりでいるにわかに扱えるものではない!」

「ミーはにわかじゃないです! ゴンゾーに任されて神社に来て先輩達にも認められた、伏木乃神社の正式な巫女です!」


 その時、不思議なことが起こった。

 エイミーの持つ錫杖の先端からビームが迸ったのだ。


「うわっ」


 巫女さんキラーは慌ててそれを避け、頭上を通り過ぎたビームはその背後のハムスタワーを昇っていく。

 エイミーはうろたえていた。


「なんです、これ。上手く扱えないです!」


 彼女は錫杖に振り回されていた。力が強すぎて制御出来ないのだ。

 その危ない動きに舞火と天子は注意を飛ばした。


「こっちに向けないでよ!」

「敵はあっちよ! あっち!」

「分かってるです!」


 エイミーは何とか錫杖を制御しようとする。光が空を走っていく。


「もう無駄だ!」


 その隙に巫女さんキラーは自分の前面に霊を集めて壁を作っていた。

 それは舞火と天子が相談していた壁を作る作戦が実行された形だった。

 その行動に立案者の舞火と天子は抗議した。


「酷い! 人の作戦を横取りして!」

「友達を犠牲にするなんて、ひとでなし!」


 二人の抗議を受けても、巫女さんキラーは涼しい顔だった。


「わたしは友達を犠牲にはしないさ。忘れたのか? 巫女退散は巫女にしか通用しない」


 そう言えばそうだった。そのことに気が付いた時、


「うわっぷ」


 エイミーがこけた。握ったまま地に叩き付けられた錫杖が向けられた先には、


「ちょっと、なんでこっちなのよ!?」


 天子がいた。

 錫杖が倒れるのに遅れて、ビームが天から振り下ろされてくる。その先には天子がいる。


「天子先輩! 避けてください!」


 エイミーは叫ぶ。


「避けろって言われても」


 右か左か、どっちに避けるか。慌てた時、人は動けなくなってしまう。


「うわああああ!」

「エイミーさん、力を抜いてください!」

「え」


 直撃するかと思われたその時、エイミーの手から錫杖が蹴り飛ばされた。

 機転を利かして蹴ったのは有栖だった。

 蹴られた錫杖は遠く地面の闇へと転がっていった。

 有栖もどうしたらいいか分からず、手を出しあぐねていたのだが、結果的に足を出す形になった。

 エイミーの手を離れた錫杖は、巫女からの霊力供給を断たれたその瞬間に力を停止させ、伸びていた光も弱まっていくのだが……

 発射されていた光はすぐには消えない。急速に光を薄れさせながらも天子に命中する、


「あれー!」

「ワンワン!」


 と思った時、飛び出してきた影があった。光はその影に命中して消えた。


「くうーん」

「お前、ついて来てたの?」


 それはこまいぬ太だった。天子の腕の中でぐったりしている。


「ワンワン!」


 と思ったら元気に鳴いた。どうやら構ってほしいようだ。


「今忙しいから後でね」

「式神か!」


 みんなには見慣れた犬だが、巫女さんキラーは強く警戒したようだった。

 注意がそちらへ向いた、その隙を舞火は見逃さなかった。


「ナイスアシスト!」


 巫女さんキラーの前面に固まっていた悪霊達をまとめて吹き飛ばし、箒を叩き付ける。

 結界とぶつかり合う衝撃に、周囲を舞っていた雷の札がまとめて吹き飛んだ。


「よくもわたしの友達を!」


 不意を突かれたとはいえ、巫女さんキラーも甘くない。結界とお祓い棒で防御する。


「あたしだって借りがあるのよ!」


 天子の箒も叩きつけられる。

 その威力は想像以上で巫女さんキラーは攻撃に回す余力を無くしてしまった。

 二本の箒と一つの結界がせめぎ合う。

 その光景をこまいぬ太はつぶらな瞳で見つめている。

 有栖とエイミーも見守っていた。

 舞火と天子は同時に箒を振りぬいた。ありったけの霊力で巫女さんキラーの結界を打ち破った。


「馬鹿な!!」


 未熟な巫女に術を破られるなどありえないことだった。

 相手が自分より上の霊力を持っているはずがなかった。

 そう思い込んでいた隙が決定的となった。


「術は力で打ち破るもの!」

「悪霊退散!!」


 二人の箒が同時に巫女さんキラーの顔面へとヒットした。


「ぐわああああ!!」


 彼女は吹っ飛び、タワーの壁面に体を打ち付け、崩れる瓦礫と舞い上がる土煙の中に沈んでいった。

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