第14話 エイミーは語る
一人になって有栖はしばらく静かな時を過ごしていた。
働く人も増えたし、この機会に部屋の道具を整理しておこうと、棚の中身を確認していると、三人が戻って来た。
「ただいま、有栖ちゃん」
「待たせたわね」
二人は平気な顔をしていた。だが、彼女達の間にいたエイミーは無言でうつむいていた。
下を向いたままふらふらと歩みを進め、手紙を読んでいた時に座っていた座布団に糸が切れたかのようにすとんと座り込んでしまう。
無言でうつむくエイミーの姿にさすがの有栖も心配になってしまった。
「もしかしていじめがあったんじゃ」
その呟きに、エイミーはぱっと顔を上げた。その顔は少し汚れていたが元気だった。そして、笑顔だった。
「そんなことはないです。お二人ともミーをしっかりと指導してくださいました。これがニッポンの熱血的教育なのですね!」
エイミーはニコニコしている。その太陽のような笑顔と前向きな意見に、教育者の務めを果たした舞火と天子はうんうんとうなずいている。
エイミーは出て行った時よりも元気そうだった。
「舞火先輩、天子先輩、ミス有栖。今までナマ言ってすみませんでした。このエイミー・ネヴィル、深く反省し、精神誠意を持ってこの神社のために尽くすことをここに誓います」
エイミーは深々と両手をついて頭を下げてきた。
そこまでされたらさすがに困ってしまうが、仲良くやっていけそうならそれでいいかと有栖は思ったのだった。
賑やかな一日が終わって、夜になった。
父の紹介で家に来たエイミーはそのまま有栖の家にホームステイすることになった。
「家の警備は任せたわよ」
「お世話になるんだから、ちゃんとするのよ」
「ラジャーです、先輩。有栖」
エイミーは先輩達から有栖の方に向き直る。
相変わらず綺麗な少女だったが、この景観にも随分と馴染んできたように有栖には思えた。
エイミーはフッと息をついて言う。
「いえ、お世話になるんですからこの呼び方では失礼ですね。これからは敬意をこめてこう呼ばせてください」
「いや、そう気を使わなくても」
有栖は同年代なんだから気にしなくていいと思ったのだが。
続くエイミーの言葉を聞いて別の意味で遠慮したくなった。
「提督と!」
「何で提督!?」
有栖はびっくりして声を上げてしまった。そう呼ばれている光景を想像してみる。
「提督、提督~♪」
とても恥ずかしかった。
周囲の人達がクスクスと笑っている姿まで容易に思い描くことが出来た。
有栖が驚いたのを見てエイミーも驚いた様子だった。
綺麗な青い瞳をパチクリとさせて首を傾げている。
「日本では偉い人のことをこう呼ぶのが今流行っているのではないのですか?」
「流行ってないよ。どこ情報なのそれ?」
流行っているどころかずっと昔の呼び方だと思う。
エイミーは真面目ぶった顔で言った。
「ネットでそう見たのですが」
「ネットはネット。現実は現実だよ」
その場所には何とも不可思議なことが書かれているものだと有栖は思った。
エイミーはうなづいた。
「なるほど。真実の日本というのは奥が深いものなのですね」
「そうだね。わたしのことは普通に」
「普通にマスターとお呼びすればいいのですね!」
「何でやねーん!」
有栖は思わず突っ込みを入れてしまった。エイミーは感動に打ち震えている様子だった。ジャパニーズ突っ込みを見れて嬉しいのかもしれない。
有栖は気恥ずかしく思いながら居住まいを正して言った。
「わたしのことは気楽に有栖と呼んでくれていいからね」
半ばやけになってそう言うと、エイミーは納得してくれたようだった。
「無礼講というものですね。分かりました、有栖」
「無礼講というのも少し違うと思うけど」
外国人だから仕方がないのかもしれないがどうにも噛み合わない会話に有栖が困惑していると、黙って状況を見ていた舞火と天子が声を掛けてきた。
「エイミー、無礼講と言ってもハメを外しては駄目よ」
「日本では礼儀知らずは一番嫌われるからね」
「分かっています、先輩。日本もイギリスも礼儀作法を重んじる精神に変わりはありませんから」
傍若無人になりがちなエイミーにそう釘を刺してくれるのは有栖にとってはありがたかった。
「じゃあ、わたし達はこれで帰るから」
「またね、有栖」
「はい、今日もお疲れさまでした」
自分の家へと帰っていく二人を有栖とエイミーは見送った。
父が出かけてから静かになった家だったが、エイミーが来てからまた活気が戻ったようだった。
「エイミーさんはいつまで日本にいるんですか?」
有栖が訊ねると、
「特に期限は決めていませんが、しばらくはいるつもりで来ました」
と、エイミーは答えた。
いつぐらいかは分からないが、父の紹介で来たのなら自分が心配することではないだろう。上の方で手続きはしてくれているはずだ。
困惑させられるのは困るが賑やかなのは嫌いではない。
有栖はエイミーには長くここにいて欲しいと思っていた。
その夜、寝る時間になってもこの家の警備を任されたから起きていると言うエイミーを有栖は寝てくれないと困るからと説得して蒲団を用意させることにした。
「これがニッポンの蒲団なのですね。ミーは初めてです」
「外国ではベッドで寝るんですか?」
有栖は普通の家にあるようなベッドを想像して言ったのだが、
「イエス、豪華な天蓋付きのふかふかのベッドにふかふかの枕。外国に比べると日本の蒲団は随分と質素です。質素倹約こそが日本の美徳なのですね」
そう言えばエイミーは名門貴族のお嬢さんだと言ってたっけ。
有栖は誤解を解くのも面倒なので日本は質素だということにしておいた。
隣に敷いた蒲団に入って、エイミーは話しかけてきた。
「では、ミス有栖。怪談をしましょうか」
「なんで?」
有栖はちょっと震えて答えてしまった。
二人っきりの家で怪談とは穏やかではない。
だが、エイミーの顔に悪気はなく、ただ好奇心だけがあった。
「日本の夏の夜は怪談を話すものらしいです。ミーは知らないので有栖から日本の怪談を聞きたいです」
「うーん」
そう言われても、有栖は怪談をよく知らない。
しばらく考えて、のっぺら坊の話でもしようかと思った時、隣から寝息が聞こえてきた。
「スヤスヤ……」
エイミーは怪談を聞くこともなく眠っていた。これが蒲団の魔力というものなのだろう。
今日はいろいろと困らされたが、彼女は可愛い寝顔をしていた。
「おやすみ、エイミー」
有栖も電気を消して、寝ることにした。
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