第5話 巫女の仕事

「巫女さんツーショット」


 二人着替え終わると、舞火は有栖と並んで肩を組んで携帯を掲げて写真を撮った。

 彼女はそれを気分良さそうに眺めて確認している。

 有栖は舞火から離れて言った。


「あの、わたしはこれから用事があるので」


 まだ人を雇わないといけないのだ。

 舞火は頼りになりそうだが、もう一人ぐらいは人手を増やしたいと有栖は思っていた。

 昔から三本の矢という逸話がある。

 二人では折れても三人では折れないのだ。

 有栖は折れないように自分も含めて三人は欲しいと思っていた。こまいぬ太は勘定には入れていない。

 それに舞火もいつ急用が出来たり風邪を引いたり天気が悪かったりして来られなくなることがあるか分からない。

 最悪辞められた時のことも考えないといけない。

 仕事の日取りは父によってすでに数週間の先まで決められている。

 霊的な物を扱う有栖達の仕事では日取りというものは重要な意味を持つのだ。

 優秀な父の決めた予定を変えるつもりは有栖にはなかった。


「さっそく有栖ちゃんと仕事なのね。何をするの?」


 舞火が嬉しそうに訊いてくる。

 有栖は考え、彼女は連れていかないことに決めた。

 誰かと歩くことに慣れていないし、誰も誘えなくて困っている恥ずかしいところを見られたくないと思ったからだ。

 一人だとまだ気楽でいられる。


「いえ、これは外の用事なのでわたし一人で行きます。舞火さんにはその間に中のことをお願いしたいんですけど」

「分かったわ。で、何やるの? 巫女さんの仕事って」


 舞火は乗り気で訊いてくる。

 有栖は戸惑ってしまった。

 有栖にとっては巫女の仕事とは父に言われた時に言われたことをするだけで、自分で考えてやるものではなかったのだ。

 いろいろやることはあるが、どれを指示すればいいのだろうか。

 そもそも自分が人に偉そうに物を言える立場なのだろうか。

 舞火のやる気になんと答えれば良いのだろうか。

 有栖が迷っていると舞火が助け舟を出してくれた。


「そうかしこまらなくてもいいわよ。わたし何でもやるから」

「何でもですか……」

「うん、有栖ちゃんの言うことだったら何でもね」

「では……」


 有栖は考え、今日はまだしてなかったことを思い出した。


「境内の掃除を……お願いしたいのですが……」


 これなら誰でも出来る簡単な仕事だ。

 でも、舞火ほどの年上の美少女にやらせることなのだろうか。

 彼女ならもっと良い働き口がいくらでもあると思うのだが。

 有栖が今更のようにそう思い、自分の言葉に迷っていると、


「おお、境内の掃除か。巫女さんぽいね。いいね、やるー」


 舞火は笑顔で答えてくれた。

 見る者を安心させてくれるお姉さんの笑顔に有栖も肩の緊張が抜けていた。

 有栖にはよく分からなかったが、舞火は巫女の仕事に何か情熱を持っているようだった。




 舞火と一緒に神社の裏口から外に出て、有栖は建物の横にある物置に向かった。

 一般家庭の物置とは違って、仕事に使う物もいろいろ置いてあるので、それなりの広さを持っている。

 そこにはいろんな道具が置いてある。

 箒や塵取りはもちろんのこと、土を運ぶ一輪車や鍬やショベルや園芸用品なんかもいろいろと取り揃えてあった。

 その物置から出した一本の箒を渡すと、舞火は機嫌良さそうにそれを手に持った。


「おお、これが巫女さんの箒。霊験あらかたそう」

「いえ、普通の箒ですけど」


 有栖が言うと舞火はその柄を両手で握って言った。


「でも、これで毎日有栖ちゃん達は神社を掃いているのよね」

「はい、まあ」

「じゃあ、これはやっぱり特別な箒だ」


 舞火は箒で地面をさっと一掃きした。地面の小石がちょっと移動して、ささやかな土煙を上げた。

 それを見届け、彼女は顔を上げて訊いてくる。


「どう? こんな感じでいい? わたし、巫女さんぽく見える?」

「はい、とっても」

「それはよかった」


 舞火は再び手を動かしてみる。その姿はこういうことに慣れているようで、有栖の思っている以上に綺麗な巫女さんぽかった。


「こんな感じで神社の周りを掃除すればいいのよね?」

「はい」


 これなら任せても大丈夫そうだ。有栖は自分の目的のために出かけることにする。


「では、わたしは出かけてくるので」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 その呼び方はどうかと思ったが、笑顔で見送られて悪い気はしなかった。




 境内にもう人の姿はなかったので、有栖は散歩したそうに走り寄って来たこまいぬ太を連れて階段を下りて町に出ることにした。

 巫女服の姿で町を歩くのはどうかと思ったが、舞火の目があるので恥ずかしくて神社に戻ることは出来なかった。

 山を下りてすぐの場所では人の姿はなかった。

 有栖は決心して足を伸ばすことにする。こまいぬ太もついてくる。

 木々や田畑に囲まれた細い道を歩き、少し離れた国道まで出てくると左右に行きかう車があった。

 車が止まって誰かが降りてきて声を掛けてくるなんてこともないので、有栖は国道を渡り、もう少し賑やかな場所へ行こうと足を進めることにする。

 駅前の商店街のある通りが近づいてくると人の姿も増えてきた。

 だが、困ったことになったと思った。

 有栖は立ち止まってしまう。

 こまいぬ太もその足元で止まった。

 行きかう人達はみんな忙しそうで誰にどう声を掛けていいのか分からないのだ。

 それに誰を雇ったらいいのだろう。

 通り過ぎていく人達はみんな仕事が出来そうで……

 それでいて、有栖とは何の接点も無さそうに見えた。


「舞火さんみたいな良い人がいればいいんだけど」


 彼女に声を掛けることが出来たのは本当にラッキーだったのだ。

 今更のようにそう噛みしめる。

 考えても分からないので、有栖は足元にいる相棒に訊くことにした。


「こまいぬ太は誰がいいと思う?」


 何か答えを期待したわけではない独り言のようなつもりだったのだが、こまいぬ太はいきなり「ワンワン!」と鳴いて走り出した。


「ちょ! こまいぬ太!?」


 有栖は慌てて後を追いかけた。

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