第3話 やってきたのは綺麗なお姉さん


 有栖の住んでいる家と伏木乃神社は同じ敷地の中の隣り合う近い場所に建っている。

 町へ出ようと山からふもとの道路へと下りる階段へ向かうと、神社の正面の境内に向かう形になる。

 いつもは人気のない神社。今日も人はいないだろうと有栖は思っていた。

 だが、神社の正面で鈴を揺らして立つ女性の姿を珍しく見つけて有栖は声をかけようと思った。

 彼女は何かを祈っているようだ。

 もしかしたら巫女の手伝いをしてくれるかもしれないと有栖は都合よく思いながら、彼女に近づいていった。



 その人は有栖と同い年か少し年上ぐらいの少女だった。

 つまり高校生ぐらいの少女だった。

 他人から見ると子供っぽく見えるかもしれないが有栖も一応高校生だ。大人っぽい相手とも同年代といえた。

 相手は長い黒髪が印象的な綺麗で優しそうなお姉さんといったような感じを受けた。

 両手を合わせて目を瞑って何かを熱心に祈っているようだ。

 気づかれていないことを良いことに、有栖がのんびりと様子を伺っていると彼女が呟く声が聞こえた。


「良いバイトが見つかりますように」


 有栖は目を輝かせた。自分はまさにその良いバイトを雇いたいと願っていたのだ。

 声を掛けて彼女を誘わないといけない。

 でも、見ず知らずの他人にどう声を掛けていいのか有栖には分からなかった。

 仕事ではいつも父が相手と話していて、有栖はじっと見ているだけだった。

 学校でも友達から声を掛けられることがほとんどで、自分から話しかけることは滅多に無かった。

 先生からは知らない人に声を掛けてはいけませんと言われた気がする。

 掛けられたら近くの人に助けを求めなさいだった気もするが。

 有栖が考えを巡らせていると、こまいぬ太が「ワン!」と鳴いた。

 その少女が「うわ!」と驚いて振り返った。


「なんだ犬か」


 彼女は吠えたのがおとなしそうな犬だと気づいて安心したようだった。こまいぬ太は犬じゃなくて式神なんだけど。

 そんなことは今はたいした問題じゃない。犬か式神かなどバイトを雇う上では何の関係もない。

 有栖が緊張して見つめていると、少女が犬から視線を移して話しかけてきた。


「あなたの飼っている犬?」


 その少女は優しい瞳をして、暖かい笑みを浮かべていた。

 初対面の緊張に固まる有栖とは違って、世間慣れしているようだった。

 有栖は綺麗なお姉さんを前にした子供のように固まりながらぎこちなく無言で頷く。

 だが、黙っているだけではいけない。

 早く誘わないと彼女は離れて去っていってしまうだろう。

 有栖は何とか言葉を探して、とりあえずさっきの返事をすることにした。


「こまいぬ太っていうの」


 犬の話題だ。こまいぬ太は犬じゃなくて式神だけど。そんなことはどうでもいい。犬のことを振り払い本題に意識を戻そうと有栖は思った。

 相手は乗ってきてくれた。


「へえ、何かそれっぽい。よろしくね、こまいぬ太」

「ワワン!」


 少女は笑顔で話しかけるが、こまいぬ太は不機嫌そうだった。


「おお、吠えた」


 少女は気を悪くするでもなく、面白がっているようだった。


「犬って言われたのが不満みたい」


 有栖にはその理由が分かったが、少女は不思議そうだった。


「犬なのに?」

「そう、犬なのに」


 こまいぬ太は式神なのに犬と呼ばれたことが不満なのだ。そうと知っているが、有栖が今知りたいのは相手を雇う方法だ。

 有栖は何と言って彼女を誘おうかと考える。

 よっぽど上手いことを言わないとこの人を誘うのは無理だろう。そう思える。ハードルが高い。

 父なら軽い世間話をして相手を楽しませながら仕事の話も出来るだろうが、有栖にそのような話術も話題のネタも無かった。

 どういえば相手は喜んでくれるのか。

 有栖は考えながら式神の頭を撫でて宥めた。

 なんとか早くこの人を雇う方法を考えなければならない。

 優しいだけでなく、式神に吠えられても物怖じしない神経の太さも持っている。

 まさしく求めていた人材だ。

 有栖は何とか誘いをかけようと試みる。


「あの……その……」


 その態度で少女は感じ取ったようだった。


「あ、ごめん。あなたも何かをお祈りしに来たのよね。それじゃ」

「そうじゃなくて!」


 有栖は別に神社にお祈りをするためにここへ来たわけではない。

 彼女を雇いに来たのだ。

 慌てて呼び止めるその声が予期せずに大きな物になってしまう。

 そんな有栖の声に少女は去ろうとした足を止めて振り返った。


「なに?」


 彼女が待ってくれている。

 その黒い瞳は興味を持ってくれている瞳だ。

 有栖は口をもごもごとさせながらも何とか口に出して言おうとする。

 父のように、自分の言いたいことを言うのだ。


「うちで……バイトして欲しいんです」


 言えた。その声は小さかったが、彼女には確かに届いたようだった。

 体を震わせて目を輝かせて、彼女はなぜか飛びかかって来た。


「神様、来たあああああ!」

「ええええええ!」


 有栖は少女に抱きしめられてしまった。

 自分の言葉がこんな反応を呼ぶなんて全く思っていなかった。

 何だか分からないうちに巻き付いてきた力強い腕に困惑し、抱きしめられるなんて親以外では初めてだと思い、この人とならやっていけると思った。

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