素人フレスの鑑定作法


「ルーク、競売品は来たか?」

「おー、ウェイルか。よく来たな。さっき届いたところだ」


 オークションハウスに入るなり、ルークの姿を発見したので声を掛けた。

 気持ちの良い返事のルークであったが、彼の視線は自然と隣に引っ付いていたフレスの方へ向く。


「それよりもお前、その女の子は誰なんだ?」

「……こいつはな……」

 

 しばらくは知り合いに会うたびに、この質問が繰り返されることになるのだろう。

 なんて言い訳をしようかと、そう考えた時である。


「こんにちは! ボク、フレスっていいます! ウェイルのお嫁さんです!」

「は!? 嫁!? おい、ウェイル、いつの間に!?」


 フレスが大声で、そんな挨拶をした。

 突然の嫁宣言に周囲の客達も驚き、一気に注目を浴びることに。

 そればかりか昨日の宿同様に「この幼女好きロリコンが!」という声まで聞こえてくる始末。  

 ウェイルは釈明しようと思ったが、それよりも早くルークがフレスと会話を続けていた。


「へー、まさかウェイルに嫁が出来るとはなぁ。昨日は何も言ってくれなかったのに」

「そりゃそうだよ。だってボクとウェイルは昨日の夜に出会ったんだもん」

「昨日の夜だと!? ……おいおい、ウェイル。いくら何でも手を出すのが早すぎやしないか!? 出会って即婚姻したってことか!? お前、昨日の夜一体何があったってんだ!?」

「色々あったんだよ。それに嫁ってのはこいつの冗談だ。フレスは俺の弟子になったんだ」

「ほう、弟子とな。それもまた珍しい」

「ボク、昨日はウェイルと一緒の布団で寝たんだよ!」

「お前が勝手に俺の布団に入って来ただけだろ!? おい、勘違いするなよ、ルーク!」


 そんな二人のやり取りを見て、ルークは腹を抱えて笑っていた。


「アーッハハハハハハ!! 分かってる分かってる。ウェイルにそんな甲斐性はないからな。大方、奴隷商人の連中からその子を助けてやったとか、そんなところだろ。普段は愛想悪いくせに正義感だけは強いもんな」


 もうそれでいいよ、ということで敢えて返事はせず、苦い顔を浮かべるだけにした。

 相変わらずフレスはニコニコと笑顔を振りまいていたが。

 話を逸らすため、というより今日の目的の為に話を変える。


「それでラルガポットはどこにある?」

「あの木箱の中、全部がそうだ」


 ルークが指差した先にある部屋に、山の様に積み上げられていた木箱。

 この木箱の中全てにラルガポットが入っているそうだ。

 ラルガポットのサイズを考えれば、あの木箱全部となると、少なくとも二百個はある。


「こいつらが全て50万ハクロア以上で売れるんだ。いや、今日の客層にはラルガ教会信者の観光客が多い。それを考えたらもっともっと高騰するかもな」


 ルークは気づいていないのだろうか。


 ――この有り得ない数が、本当に有り得ないということに。


「なぁ、ルーク。こいつを一つ、鑑定させてくれないか?」

「ラルガポットをか? これらが全て公式鑑定書付きのラルガポットだぞ? 鑑定はすでに済んでいるよ」


 公式鑑定書付きの品を、信頼しない者はいない。

 このあり得ない状況をルークが不審に思わないのもそのせいだろう。


「少しおかしいとは思わないか?」

「ん? 一体何のことだ?」

「ラルガポットのことだ。そもそもラルガポットというのは量産が出来ないだろ。それなのにこれだけ大量にあるというのは、明らかに不自然だ。異様と言ってもいい」

「うーん、確かに俺も最初はおかしいとは思ったさ。だがな、これらには公式鑑定書が付いているんだ。オークショニアとしては鑑定書がある以上、信じざるを得ない」

「なら、もしその公式鑑定書自体が贋作だとしたら?」


 鑑定書が贋作フェイク

 そんな話は本来あり得ないが、今回に関してはあり得ない話じゃない。

 奴らなら、きっとそれくらいやってのける。


「はははは、冗談はよせよ、ウェイル。そんなこと出来るはずが無い」

「本当に無いと思っているか? 仮に『』が絡んでいたとしても?」


 ――『不完全』。


 そのキーワードを出した途端、ルークの笑い声は虚空に消えた。


「まさか……!! そんなことあり得ない……!! ……いや、あり得るはずが……!」


 何か心当たりがあったのか、言葉がしどろもどろになっている。


「今回に限ってはあり得ない話じゃない。知っているだろ。『不完全』という組織のことを」


 ルークはついに黙り込んだ。それも無理はない。


 ――贋作士集団組織『不完全』。

 金と希少な品のためなら、なんだってする悪しき連中だ。

 もしこの話に『不完全』が絡んでくるとなると、事態は複雑となる。

 競売や鑑定の世界で『不完全』に関わるということは、自分の命にも危険が及ぶということだ。

 さらにルークはこれまで知らなかったとはいえ、贋作のラルガポットをオークションハウスで取り扱ってきたことになる。

 オークションハウスの経営者として、今後の信用問題に大きく関わってくることは明白だ。


「しかし、何故だ!? ラルガポットなんて元々大した値段じゃなかっただろ!? 噂があって偶然高騰しただけだ!! そんな偶然の産物に頼って、ラルガ教会は贋作を作ったというのか!?」

「その噂自体、ラルガ教会が流したものだとしたらどうだ?」


 その時ルークは、ハッと何か気づいたような表情を浮かべていた。


 ――全ての糸が繋がった。まさにそんな顔だった。


「まさか……!? ……しかしそれなら全ての筋が通る。それにラルガ教会がどうやって儲けたのかも、ラルガポットの入手経路もある程度見当がつく……!!」

「ラルガポット、鑑定させてもらうぞ」

「……頼む」

「よし、フレス、出番だ」

「うん! ついに初鑑定!」

「お、おい、ウェイル、まさかとは思うがこのお嬢さんが鑑定するのか?」

「ああ。こいつは俺の弟子だって言っただろう?」

「だ、大丈夫なのか……?」


 ルークからすれば初対面の、それも少女にしか見えないフレスに鑑定を任せるのは不安のはず。

 当然ウェイルだって、何もかもフレスに任せるつもりはない。

 ただ今はフレスの神器に関する知識がどれほどのものか、それを確かめておきたい。


「心配するな、俺もついているから」

「さーて、ボクの鑑定! 特とご覧あれ!」


 意気揚々とフレスはラルガポットの入っている木箱を手に取る。

 箱を開けてラルガポットを手を取ろうとする前に、ウェイルはフレスの手を止めさせた。


「ちょっと待て、フレス、これをつけろ」

「うみゅ? なにこれ?」

「手袋だ。そのままだと指紋が付くだろう。手袋をするのは鑑定士として基本中の基本だ」

「おい、ウェイル!? 本当に大丈夫なのか!? 彼女、全くの素人じゃないか!?」

「まあ、大丈夫だ」


 フレスは鑑定に関してはがつく以上の素人である。

 とはいえフレスの鑑定作法については一切期待をしていないので、これは問題ない。

 ウェイルがフレスに求めているのは、神器についての知識だけなのだから。


「ウェイル、他にも鑑定中に気を付けること、教えてよ!」


 どうやら鑑定というものの基礎の基礎から教えねばならないようだ。

 一通りの基礎を語ると、フレスも納得したのか嬉々として手袋をする。


「これでよし! ではさっそく!」


 フレスは今度こそ箱からラルガポットを取り出し、じろじろと見定め始める。


「う~ん……」


 フレスがうんうん唸り始めてしばらく経つと。


「……あ、あの、ウェイル、ボクはこれを見て何をすればいいの……?」

「そいつが本物かどうか調べる。それが鑑定だ」

「……うう、意味が判らない……」

「まぁ、そうだよな」

 

 予想はしていたが、やはり判らないようだ。

 ラルガポットは人工神器であるし、何よりフレスにとって鑑定は初めての経験だ。

 何をしたらいいかも判らないわけで、この結果は当然といえば当然である。


「よし、貸してみろ」

「うう、是非参考にさせていただきます、師匠……」


 師匠なんて言われれば、下手な鑑定をする訳にもいかない。

 ウェイルは慎重に、ラルガポットを鑑定し始めた。

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