第41話 私の居場所

夏のサマーセールは、今年はお預けかなと思っていたが見ると買わずには居られない。胸部分にパットが入ったマキシ丈のパンジー柄のワンピースを購入。この夏は、授乳もしやすいのでこればかり着ていた。


私が、夏のサマーセールを楽しんでいる頃、夫は夏休み前のテスト期間に入っていた。春馬が産まれ、夫は大学3年生になると週末は製図の課題に追われるようになった。午前中は、私が寝溜めするためベビーシッター。午後は、黙々と課題に取り組んだ。


ただし、不穏な空気が漂う。はじめのうち、リビングの隣にある和室で作業をしていたが、締め切りに追われるとイライラ感がこちらにも波及し、家族の雰囲気はどんよりとしたものになっていた。悩んだ挙句、実家の自室に籠もって作業して貰うことに決まった。二世帯住宅ではないので、みんなが快適に暮らすためには試行錯誤が必要なのだ。テスト期間中も、実家に帰って貰うことでやり過ごすことに決まった。


そんな中でも、春馬は順調に成長していた。4ヶ月に入ると寝返りに成功。3ヶ月検診で心配されていた股関節脱臼の件も、整骨院でレントゲンなどで検査をしても問題なし。「なるべく、縦抱きにしてあげてね。あとは、歩き出しの時に痛がったりしなければ問題ないから。」

と、割りとあっさりと片付いた。


夫は忙しいようなので、春馬の予防接種に行ったり、幼なじみの男の子ママに体験談を聞きに行ったり、庭に自生した赤じそでジュースを作ったりと私なりに充実した日々を送っていた。


4ヶ月になると、母乳も飲み貯めて、夜間もわりとよく眠ってくれたので私も余裕が出てきていたのだ。テストが終われば、夫とたくさんおしゃべり出来る。それまでは、自分の時間を楽しめばいい。前向きに捉えていた。


しかし、テストが終わっても夫の顔は冴えない。去年も、妊娠発覚直前、夏祭りの後「学校ついていけないから、辞めたい。」

とナーバスになっていた。私は、「附属の高校から、楽に進学したツケだよ。今が、勉強し時なんじゃない?」

と自分が短大を中退したことは棚に上げ、一蹴した。


今年も、何だか黙りこくっておかしな感じ。面倒だとは思ったが、「どうしたの?」と聞くと、「誰かのお金で生活するのは、本当はよくないことだと思うんだ。」

と真面目腐っていうのだ。「俺の実家で暮らさない?」

静かに言う。私は、怒っていた。


「逃げるのは勝手だけど、春馬を養うために大学は卒業しようって決めたんでしょ。うちのお父さんも、酷いところいっぱいあるけど、あなたのお母さんほどじゃないよ。私は、自分のお父さんのいい時を知ってるから我慢できるけど、あなたのお母さんのいい時は知らないから無理。」

私の口は、止まることを知らなかった。常日頃からの鬱憤が、雪崩のように押し寄せてくるのだ。


あれ程までに、私に言いたいことをぶちまけられたにも関わらず、夫は清々しい表情をしていた。ただ、問題はこれで終わらない。2階の廊下にあるPCコーナーと、リビングの天井は窓で結ばれている。「もう、面倒だからあっちの家へ行っちゃえ!」



なぜか、父がこのタイミングで手のひらを返してきたのだ。私は、いくら父がここ最近おかしくても心のどこかで期待していた。涙で、世界が歪んでいく。「やっぱり、私には居場所がない。」

そう言うと、「ごめん。がんばるから。居場所は、俺の腕の中にあるよ。」

と夫が強く強く抱きしめてくれた。


私は、この手を離さなければ幸せになれるのだろうか?まだ、確信は持てていなかった。






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