生徒会長は冷たくてお堅い人?

【パラダイス・ロスト】【NGシーン】【紋切型】

 

 

 

「……これは本来、僕達の仕事では無い筈だがな」

 

 溜め息の理由は目の前に積まれた嘆願書の山だ。……全く。下らないことで時間を潰したくはないというのに。

 安物の古いオフィスチェアにもたれかかれば、きいと小うるさい音が鳴る。まるで誰かの鬱陶しい声のようだ。

 などと詮無いことを考えていれば、その『誰か』が猫なで声で僕へと語りかける。

 

「んなこと言わずにさぁ、かいちょー? ガッコーセイカツのカダイをカイケツするのがあたしらの仕事でしょぉ?」

 

 ちゃらついた言葉遣いに苛立ちを覚えつつ声の主へと向き直れば、浮付いた髪色の女生徒が机に突っ伏しながら媚びるような目つきを向けている。

 人工的な金色の髪はくるくるとカールしており、非常に見た目が鬱陶しい。多少見目が良いとはいえど、その態度と風貌が僕には許せなかった。

 ……全く。これが生徒会副会長だと言うのだから世も末だ。憎むべきは信任投票か。

 眼鏡の位置を直しつつ僕は、存在全てがその地位に相応しくない名ばかり副会長へ向けて言葉を放る。

 

「課題といってもこれは畑違いだ。部内のローカルな規定は各部活動の顧問に任せてある。僕達が何かをすべき問題じゃない」

 

「でもさぁ、ジッサイ困ってる子がいる訳じゃん? だったら助けんのがニンジョー? ってやつじゃないの?」

 

 生徒会室には、応接用のソファに座って俯いている二人の男女。並ぶ距離の近さがその関係性を物語っているようで。

 ……状況が切羽詰まっているのは分かるが、陰気くささを此方にまで放つなと言いたい。全くもって不愉快だ。

 

「だから言っているだろう。そういう問題じゃない。そもそもの話――――一生徒の恋愛事情に口を出すなど、そんなものは生徒会の仕事じゃない」

 

 ――――発端は、俯いている二人の生徒であった。

 

 彼らは多分に俗な言い方をすれば『付き合いたてのカップル』というものであり、休日には仲睦まじく映画館で逢瀬を楽しむような間柄だったそうだ。

 その逢瀬の様子を同級生に目撃されたことが、今回の騒動におけるそもそもの原因である。

 ……一見すれば何も問題が無いように見えるが、ここにひとつ要素を加えることによって問題は途端に複雑さを帯びてくる。

 

 彼と彼女は演劇部。――――恋愛禁止のルールがある部活動に所属していたのだ。

 

 さらに厄介なのは、演劇部が数々の学生コンクールにおいて受賞成績のある由緒正しい部活動であるということ。

 加えて、問題になった二人は主役級の役を任されることの多い『主力』の部員であるということも難儀な要素だ。

 

 規律に厳しい演劇部顧問は怒髪天。しかしながらそこに副顧問が待ったを掛ける。

 ――――今ここで主役の二人を辞めさせてしまうと、次のコンクールに間に合わない、と。 

 

 彼らが辞めれば演劇部の箔に傷が付く。とはいえ在籍させ続けるのは体面としてよろしくない。強豪の部活には付き物と言って良いOB・OG会からの顰蹙も予想される。

 だったら別れさせればいい、と言葉では簡単に言えるものの、当の二人が『別れたくない』と強く反発しているのが現状であり。

 

 つまりは泥沼。厄介なことこの上ない。出来ることならば触れることすら避けたいトラブルであった。

 だというのに……演劇部メンバーが「別れさせないで、辞めさせないで」などという意味の分からない主旨の嘆願書を何故か生徒会宛てに送り付けてくると言う始末である。

 加えて当人達が生徒会に助けを求めるなどと……全くもって度し難い。先ほどから溜め息が口を突いて出て仕方が無かった。

 

「うわぁ、かいちょー冷たーい。この人でなしぃ。そんなんじゃろくなオトナになんないぞー?」

 

「黙れ。そして最後のその言葉、そっくりお前に返してやる」

 

「もー、相変わらず堅いなぁ、かいちょーは。……ていうかさぁ、可哀そうじゃん?」

 

 頬を膨らませながら、副会長は目を伏せてぽつりと零す。

 

「人を好きになるのって嬉しいし楽しいし、さいこーな訳じゃん? なのにこんな妙なインネン付けられてさぁ……こんなんゼッタイ、嫌な思い出になっちゃうじゃん」

 

 どこか寂しさをにじませながら彼女は言う。なにやら多分に感傷的になっているらしく、その辺り非常に鬱陶しい。

 結局のところ当事者の言い分も、演劇部の嘆願書も、副会長の想いも、ただの感情論に過ぎないというのに。それで納得する人間など居るものか。全くもって度し難い。

 

「……はっきり言おうか。こんなものは全て当事者二人の責任だ。

 禁止事項と分かっていても恋愛をしてしまう。それは仕方のないことだと納得もしてやれるが、以降は全くもって話にならない。下の下だよ。

 休日に二人でシネコンへ行く? その時点で隠す気など無いことは明白だ。危機意識が無さ過ぎる。……それはつまりルールを破ったという自覚も足りていないということだろう?」

 

 先ほどから黙って下を向いているだけの二人へ、敢えて刺々しく言葉を突き刺す。男子生徒は唇を噛み、女子生徒は小さく息を呑んだ。

 僕の言葉に慌てたのは副会長だ。突っ伏していた体を勢いよく起こし、僕へと視線を投げかける。――言い過ぎだと? 馬鹿馬鹿しいな。

 

「そ、それは……あれじゃない? 燃え上がった気持ちで周りが見えなかった、とかさ?」

 

「無論そういった理由もあるだろう。何せ二人ともが『別れたくない、別れてやるものか』と泣き喚いたそうだからな。

 ――――そういう部分が一番馬鹿馬鹿しい。部活が抜け切れていないのか? 悲劇の主役でも張っているつもりかと言いたいな」

 

 挑発的にそう言えば火に油、男子生徒が耐え切れず立ち上がり僕を睨む。「お前に何が分かる!」というその言葉が余りに台詞臭く、僕は嘲笑を隠しきれなかった。

 

「分かるさ。十分理解している。――――自分達の状況に酔っているだけなんだよ、君達は。

 別れさせられればロミオとジュリエット、部から追い出されれば失楽園か? テンプレートも極まればただの喜劇だな。

 周りの状況を恋愛を飾る大道具程度にしか思っていないんだよ。だから恥も外聞も無く喚き立てられる。傍から見ていれば台詞に詰まり倒した三門芝居だ、評価にすら値しない」

 

「この、言わせておけば――――!」

 

 握り拳を作ってこちらに迫ろうとした男子生徒に縋りつき「やめて!」と叫ぶ女子生徒。ああ、典型的過ぎて笑いすら込み上げる。

 本当に三門芝居を見せ付けれられているかのようだった。馬鹿馬鹿しくて話にならない。溜め息交じりに鼻で嗤えば、男子生徒はさらに顔を赤らめる。

 

「もういい、あんたらに頼ろうとした俺が馬鹿だった! こんなところ二度と来るかよ! 亜里抄、帰るぞ!」

 

「待ってよ周吾、話はまだ――――」

 

「もういいって言ってるだろ! こいつらは何にも分かってねえんだ、これ以上話しても無駄なんだよ! 行くぞ!」

 

 喚き立てながら二人は生徒会室を後にする。ばたん、と乱暴に閉められた扉に副会長がびくりと肩を跳ねさせた。

 そして、数瞬の沈黙があって。力無く机に突っ伏した副会長が、溜め息と共に言葉を漏らした。

 

「あーあ、行っちゃった……これでよかったの?」

 

「構わない。これで十分な理由も出来たことだしな」

 

「理由? ……何のこと?」

 

「彼らを辞めさせる理由だよ。――――さあ、僕達も行くぞ。ぼさっとするな」

 

 勢いよく立ち上がればきいぃ、と小うるさくオフィスチェアが軋む。まるで今「え、なに? 辞めさせるって、ちょっとどゆこと!?」と騒ぐ誰かの鬱陶しい声のようだ。

 不平を漏らして溜め息をついていても仕方がない。僕は僕の仕事をしなければならないのだから。

 材料は揃った。あとはやり通すだけの話だ。……全くもって気が進まないが、自分の仕事は果たさせて貰う。

 済まないな。と、心の中の謝罪は誰に向けたものなのか、それは僕自身にも分からなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……何というか、ムチャクチャだね、かいちょー」

 

「合理的と言え。正答としてこれ以上のものは無いんだからな」

 

「いや、そうかもだけどさぁ……うん、やっぱムチャクチャだわ」

 

 あの後、全ての会話を録音していた僕は副会長を連れて真直ぐ演劇部顧問の元へと向かった。

 そしてあることないこと洗い浚いをぶちまけて顧問を怒鳴りつけたのだ。『由緒ある演劇部に、こんな二人をいつまで置いておくつもりなのか』と。

 嘘として出し得る最高レベルの怒りの感情を放ち、考え得る悪態は全て吐いた。

 自分で言うのもなんだが、普段冷静で通している僕があれだけ怒るというのは、客観的に見てかなりの異常事態だと言って良い。

 

 ――――そんな僕の様子に、顧問が『引いた』。その瞬間に僕は勝利を確信する。

 

 そこまで言う必要はないんじゃないか、と。その言葉を引き出した時点で成功は必然だった。

 人間、自分より怒っている誰かを見れば冷静な思考を取り戻すものだ。そして顧問の教師は元々、あの二人に好感情を持っていた筈。

 であればそう――――怒りを抑えてしまいさえすれば、顧問は少なくとも二人の敵にはならない。

 考えても見て欲しい。彼らを弾劾する人間が居ない場合、『別れたということにしておけば』、今回のことは何も問題は無いのだ。故にそう。

 

 事態に於いて敵対者に見えていた彼を、外部から明確な『敵』を出現させることで相対的な『味方』に置く。

 

 そうして現れた明確な『敵』――つまり生徒会――を例の二人が説き伏せた『ということにしておく』。

 

 二人は表向き別れた『ということ』となり、晴れて問題は何もなくなるわけだ。

 

 そして生徒会長としての僕は、規律に反した生徒を弾劾しただけ。管轄外のことは何もしていない。

 

 ああ、全くもって美しい――――これこそが僕が導き出した唯一の正答であった。

 

「不備無し無駄無し、誰もが損をしない完璧かつスマートな解決だったな」

 

「いや、結構強引だったし。つーかあたしムダに冷や汗掻いたし。……なんつーかさ、たまぁーにかいちょー、ムチャクチャだよね。

 今回も最初は乗り気じゃなかったのに、急にやる気出してさぁ?」

 

「は? 何を言っている。僕は初めから彼らの味方をしていたつもりだ」

 

「ええ……? それこそ何言ってんの? 生徒会の仕事じゃないとかってさんざん言ってたじゃん?」

 

「そうだ。今回の件は生徒会の仕事では無かった。……だから困っていたんだ、手を出すには少々策を練らないと駄目だな、と」

 

「ええ………………なぁにそれぇ、意味わかんないぃー」

 

 言ってへなへなと机に突っ伏す副会長。その芯の無い態度はやはり役職に似合っておらず鬱陶しい。

 生徒会副会長たる者、ちゃらついた格好や浮付いた振る舞いは正してもらわないと困るのだが。それをコレに言っても仕方がないということは重々承知していた。

 

「つーかさ、何でなの?」

 

「何がだ」

 

「味方した理由。正直なとこ、よく分かんなかったから」

 

「ああ、その点か。……何、簡単な話だ」 

 

 副会長としてこれ以上相応しくない人間は居ないであろう彼女であるが、かといってそれが人物的な好悪に直接繋がるかと言えばそんなことは無く。

 共感、とでも言うのだろうか。そういった感性の近さが無ければ僕は彼女とこうして話す仲にはならなかっただろう。

 彼女の不真面目さが副会長として頂けないのは事実だが、それはそれとして認めなければならない部分が多くあるのもまた事実であり。

 ああ、つまりはそう、そんなものは非常に簡単な話であったのだ。

 

 

「――――人を好きになるのは嬉しいし楽しいし、最高だからだ」

 

 

 

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