繁華街-3
「!」
琴子は視界の端に映った何かに思わず気を取られた。
(あれって………)
まるで漫画かアニメのキャラクターのように動物の耳を頭に生やした人がいる。一瞬コスプレかと思ったが、そんな文化がここにあるとは思えないし、何よりも違和感がほとんどなかった。
一回気づいてしまえば同じような人はたくさんいた。
猫や犬のような耳の人、尖った鼻を持っている人、口から大きな牙が出ている人。びっくりして見とれているうちにロウの姿を見失ってしまった。
「やばっ」
青くなって周囲を探すが見当たらない。
(どどどどうしよう……!)
「馬鹿かっ!お前は!大通りも渡れないで、どこの子どもだ!」
ハッと気づいた時には背後からロウに強く腕を引っ張られていた。どうやら気が付かないうちに方向まで見失っていたらしい。
琴子を捕まえたロウはその腕を引きながらどんどん歩いていく。とてもじゃないが慣れない琴子では追いつけない速さだ。結局ロウが目指していた横道に入る頃には琴子は肩で息をしていた。
「こんなに買わなきゃいけないなんて……」
ロウのお金を借りてだいたいの身の回りのものをそろえた。こっちの服は凝った刺繍が施されているものが多かった。民族衣装というか、独特な模様だ。それでも基本はシンプルなので琴子も出来るだけ着やすそうなものを二・三着選らんだ。その他ロウに言われるまま必要になりそうなものを買っていく。
ロウは思ったよりケチではなかった。人のお金を借りているので遠慮がちに選んでいると琴子の脇からどんどん必要なものを籠の中に入れていってしまう。おかげで帰ろうとした頃には大荷物になっていた。
「もう充分だろ。帰るぞ」
色んなものが目一杯入っている紙袋を抱えながらロウがそう言う。
「うん。ありがとう」
琴子も琴子で衣服が入っている大きな荷物を両手に持っている。
空を見上げるとだいぶオレンジ色になっていた。
「帰ったらさっさと部屋を調べないと。何か手がかりが残ってるといいが……お前もこのままは困るだろ」
「それは、勿論そうなんだけど、……帰ったところで……」
「ああ、心配するな。シャンに上手くやっとけって言っておいたから」
「え?」
「お前をシャンの知り合いの娘ってことにしておいて、なんとか学院の中においてもらえないか交渉させてる」
「ええっ」
「俺もお前も黒髪だし俺の親戚にした方がわかりやすいかとも思ったんだが、俺は評判が悪いからな。まだシャンの方が教授からの受けもいいだろう」
「あ、ありがとう……」
「保護するって言ったろ?」
ニヤリとロウが笑った。悪そうな笑みだ。不敵という言葉が似合う。
「でも、そんなこと出来るの?」
いきなり現れた見知らぬ他人を受け入れてくれることなんてあるんだろうか。
しかしロウは不敵な笑みを浮かべたまま動じない。
「シャンはこの国で有力な軍人一族の跡取りだ。大抵のことは何とかなる」
「え、シャンてそんな坊ちゃんだったの?」
「生粋のお坊ちゃまだ、あいつは。まあ、学院もそこまで甘くはないからお前には何かしらの雑用が押し付けられるだろうが」
「だ、大丈夫だよ!何とかなるって!それぐらいやるよ!」
「なら問題ないな」
話しているうちに細い路地を抜け、あの大通りに戻ってきた。喧騒がまた琴子を威嚇する。この大通りの雰囲気に慣れるにはしばらくかかりそうで、琴子は小さくため息をついた。
そんな彼女の様子をロウが盗み見る。
繁華街を見たときの反応や、今この大通りにびびっている様子を見ていると、本当にコトコはこの世界のことを何も知らないのだと思う。ただの田舎者だと捉えることもできるが、それにしては着ているものは奇妙だし、言っていることも奇妙だ。
(やっぱりこいつは蒼の世界の………)
「ロウ?渡らないの?」
「いや、渡る。今度こそはぐれないようちゃんとついて来いよ」
「わかってるよ」
歩き出したロウの速度はさっきよりもだいぶゆっくりだった。時折後ろを振り返って琴子がいるかどうか確認している。琴子はすぐにロウの様子が行きとはだいぶ違うのに気付いた。変わった理由は分からないがおかげでだいぶ渡りやすかったのでありがたい限りだ。
無事に大通りを過ぎ、繁華街に降りてきた階段を上っていく。
思っていたよりも時間がかかってしまったので二人は家路を急いだ。追いかけるように夕暮れの色が濃くなっていく。
続く階段につかれてきて、二人の距離が離れていった。先を行くロウを見上げたとき、橙色に染まった世界が目の前に飛び込んできた。
(あ………)
ふいに琴子は二日目が終わろうとしているのに気付いた。
夕暮れはあと三十分もしないうちに夜の世界に変わってしまうだろう。今はあたたかいこの空気も、だんだん冷えて、冷たくなっていく。
随分とあっけなく時間は過ぎていくもんだ。
「お願いがあるの」
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