第7話 準備

 

 ふわふわと宙を飛んでる。


 私は、お月様から落ちてきて、夜空の中を落ちている。


 しばらくすれば5本の塔。


 あれはみんなお月様を目指して、ゆっくりゆっくり伸びてい…………

「おい、おい! ヒナミ起きろ、時間だ、朝だぞ」


「うぁー?」

 あれ? 夢から覚めた。……変なの、起きたけど夢で見たような、真ん丸なお月様のような瞳。その瞳がおでこにあるヤマトが目の前に立っている。 


「うー。おはよーヤマト。あれ、お外暗い?」


 私は家の窓から外を見て見たけど、まだ夜だ。お月様も出てる。なんだよー。まだ夜じゃん。なら寝よう。


「おやすみなさいー」 

「待て、何故寝ようとする?」

「ぐええ」 

 パジャマの襟をつかんで布団から引きづりだされた。乱暴なやつだ。コウギしなければ。


「何するのー!? まだ夜じゃん! 寝かせてよー」

「ヒナミ、何を言っている? 朝だ。そら、時計を見よ」

 ヤマトが持っている時計を見せてくる。……これは、えーとおじいちゃんが持っている時計で確か、カイチュウ時計とかいうやつだ。

 時計の針は7時を指してる。 

「夜の7時でしょうー? 眠いんだけどー」

「時計の見方も知らんのか。日付が変わっているだろう?」

「うーん?」

 日付? ヤマトの持ってる時計にそんな数字はない。時計の下の方に三日月のお月様のマークがあるくらい。

「日付なんて書いてないよー」

「まったく、愚か者め。ほら、ここだ。この月のしるしは分かるな? 日付が変わるごとにこのしるしが変わる、今日は三日月の日だ」  

 お月様のマークで日付を表すのか。変なの。

「ふーん、なんかオシャレだねー。でも、今は夜だから私は寝ますー」

「待て、だから何故そうなる? 今は朝の7時だ。月のしるしもわずかに満ちてくるし、間違いない。なぜ朝を夜と勘違いをする? 阿呆なのか」

「あほって言うなー。あほー。あのねー。なんで今が夜か、あほなヤマトに教えてあげるよ? 今はねー暗いし、お月様も出るでしょう? ほら、わかるよねー?」


 私は窓の外のお月様を指さしながら、ヤマトに教えてやる。


「無知で阿呆なガキの言うことは、わからんな。それがどうした? 朝でも夜でも、月は常に出ているだろう?」 

「ふえ?」

「ん?」


 お互いに顔を見合わす。

「えーと、ヤマト。朝は太陽が出るよね?」

「タイヨウ? なんだそれは?」

「え! ヤマト、太陽知らないの? お月様よりおっきくて、お月様は太陽の鏡で、二人は追っかけっこしてて……」

「無礼者!?」

「ひゃ!」

 ヤマトに怒鳴られた。急にひどい。

「我らが目指す月は唯一無二。そして、空に月より大きいものなど存在せぬ!」

「あほー。太陽のほうがお月様より大きいの。それにね、月は自分で光ってるんじゃないんだよ? 知らなかったー、あほだなーヤマトはー。けっこうお月様ってしょぼいんだよー」

「痴れ者が!?」

「うわああ?」

 いきなりヤマトに摑まれる。そのままヤマトの膝の上にうつ伏せに乗せられた。


 __パンッパンッパン


「うひゃああ!? ちょ! 痛い痛い!!」

「この愚か者め!」

 何ということでしょう。私は今お尻ぺんぺんされている!?


 __パンッパンッパン


「やめてやめて! やめろー!!」

 ジタバタと暴れてみたけど、馬鹿力のヤマトに抑え込まれて動けない。


 __パンッパンッパン


「反省するまでやめるか」

「お母さんにもお尻ぺんぺんされたことないのにー!!?」



 ____私は反省しなかった。だからしばらくお尻を叩かれた。死ね、死んでしまえ鬼畜ヤマト。


「うう。ひどい」

 お尻痛い。


「まったく強情なやつめ」

「朝は太陽が出るのー」

「ほう? 俺は今までタイヨウとやらを見たことはないがな」

「そんなー」


 太陽が出ない? そんなことがあり得るのかな。もし本当なら、私が知っている世界と全然違う。私一体どこに来ちゃったんだろう? こんなことで家に帰れるのかな? 急に不安になって来た。……お母さん、会いたいよー。


「ううううう」

「……お、おい泣くな」

「うわあああーーん。うわああああん」

「おいおい、泣くなというに。おいヒナミ、すまん。……ちょっと叩きすぎたか?」

「うわああああん!」


 ん? 私が悲しくなっていると、なんだかヤマトが慌てているみたいだ。……よし、しばらく泣いててやろう。

「うわあああーーん! びやあああああん!」

 おらおら。涙なんていくらでも出るよ? 実際、悲しいし。


「な、泣くな。おいヒナミ。朝っぱらからそんな大声で……ただでさえ俺には悪評があるというのに。世間体が悪いだろう。……おい、おい!」

 それは良いことを聞きました。

 私は畳の上を寝転がりながら、できるだけ窓の方に寄っていく。


「びええーーーん!? ヤマトがいじめる―!!!」

「おいいいいい!?」

 ふふふ。女の涙はいろいろと高いのだ。ヤマトの評判を落としまくってやる。


「くそ。ちょっと待ってろ!」

「びえええーーん?」

 ん? ヤマトが何処かに行った。んー。結構大声出したから、疲れたなー。帰ってくるまで小さめの声で泣いてよう。……窓の方に向かって。


「うわああーーん」「うわああーーん」「うわああーーん」


「……おい、ヒナミ。これをやる。これで泣き止め」

「ふえええーーん?」

 ヤマトが何か持ってきた。でも、下らないモノなら私は泣き止まない。怒りを悲しみに変えて泣きまくるつもりだ。

 えーと。ヤマトが持ってきたのは木の棒? いや、これは、カンザシだ。黒い棒の先に小さな赤い花が垂れ下がるように4輪ついている。この花って確か彼岸花だ。不吉な花だった気もするけど、黒いカンザシと、赤い彼岸花の色が見事にチョウワしてる。黒いカンザシもよく見ると金粉みたいのがちょっとくっ付いてる。…………うん、気に入った!


「わーー! くれるのコレ!?」

「…………ああ」

「やたー!」

 さっそく髪に挿してみる。あれ? うーん、挿さんない。スカスカする。


「……髪をねじれ。そうせんと挿さらんだろう?」

「ふーん」

 なるほど、確かにそのままだと挿さらない。失敗失敗。


 でも、カンザシなんて初めてつけるのでかなり時間が掛かった。……1時間くらい。

 私が頑張ってカンザシを挿している間、ヤマトは何も言わず見ていた。うん、うん。礼儀正しくてよろしい。


「どう! ヤマト?」

 やっと、出来たのでヤマトに見せてやる。


「……ああ。似合ってるぞ」

 うわーい。嬉しい。ふふふ。あ、でも私、パジャマだ。服もほしいなー。

「ねえ、ヤマト? 私、お外で着る服も欲しーんだけど。何かない?」

「……子供用の着物など置いておらん」

「ううううう」

「お、おい! 待て待て待て! 何故泣きそうになる? ……これから買いに行くつもりだったのだ」

「ホント?」

「……ああ。お前のせいでだいぶ時間を食ったが。塔に行く前に露店通りで不足品を買う予定だったのだ」

「えー。それまでパジャマのままー?」

「服がないのは仕方なかろう。そのパジャマというのが嫌なら裸で行くか?」

「死ね! 変態!!」

 私はヤマトの変態発言に怒った。飛び上がってヤマトの額の目をグーパンチで狙うけど、避けられてしまった。……残念。


「待て待て、月待の露店通りまではそんなに歩かない。それまでの辛抱だろう。それに何着か余分に買ってやる。そう怒るな」


 そういうことなら我慢しよう。

「はーい」

 

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