第5話「友情と恋とガンダム」

 帰宅した日陽ヒヨウいづるを待っていたのは、温かな夕食と幼馴染だった。

 出迎えてくれた楞川翔子カドカワショウコは、いつものゆるい笑みを向けてくれる。


「あ、おかえりー! どだった? 阿室アムロ先輩との実家デート。ご両親に挨拶とか、した?」

「いや、ないから。そういうのじゃないから」

「クッキー、喜んでもらえたかなあ。頑張ってハロそっくりに焼いてみました!」

「うん、喜んでたよ。あれ、ガンダムに出てくるマスコットなのな」


 翔子はいづるの家に、さも当たり前のようにあがりこんでいる。

 当然だ、彼女はいづるの家の合鍵を持っている。不在の両親に代わって、いづるの家で家事全般を手伝ってくれるのだ。

 これも、十年来の幼馴染として世話を焼く翔子の一面だ。

 そのことを誰もが羨ましがるが、いづるにはただただ感謝しかない。


「で、どぉだった? ガンダム。ねね、どのガンダム? キラ×アス? ロックオン×ティエリア? それとも……」

「えっと、一番最初のガンダムだって。お前が言ってた、アムロとシャアのやつ」

1stファーストガンダムかあ! わたしもね、今日は暇だったからバンダイチャンネルでみてたんだ。ふふ、一緒だねっ」


 靴を脱いでリビングへと向かういづるの、その周囲を回りながら翔子が声を弾ませる。

 いづるは漠然とだが、断片的にしか覚えていないガンダムを思い出した。

 それよりも鮮明に記憶に残るのは、誰にも見せたことがないであろう阿室玲奈アムロレイナの笑顔だ。普段からの穏やかな、誰にも向けられる笑顔じゃない。声を弾ませ身を乗り出して、いづるにだけ見せてくれる無邪気な笑顔だった。

 そのことをこっそり翔子には黙って、いづるは手を洗い食卓につく。

 割烹着かっぽうぎ姿の翔子がすぐに、ごはんをよそってくれた。


「結構面白かったよぉ、ガンダム」

「あ、うん。僕もそうかな……思ってたよりずっと大人っぽい話だった」


 温めた味噌汁ももってきて、当然のように翔子はいづるの向かいに座った。

 二人での夕食は頻繁で、ともすれば毎日毎晩二人は一緒に夕餉をともにしている。おかげでいづるは、どこか味気ないコンビニ弁当とは無縁の存在でいられるのだ。

 二人で「いただきます」と手を合わせて、箸を持つなり翔子が喋り出す。


「そうそう、映画みたいなアニメだった!」

「はは、僕が見たのは映画のガンダムだったけどね」

「これは、シャア×アムロとかってありだと思いました! リバ、ありです!」

「……いつも思うんだけど、なんの話? それ」


 苦笑しつつも、いづるは翔子お手製の唐揚げにかじりつく。さくさくとした衣の歯ごたえの奥から、ジューシーな肉汁が湧き出てきた。白米をかっこみ味噌汁を飲みながら、口の中で広がる味覚のジェットストリームアタックを味わう。

 ちょっと気取って、ガノタ的な思考をしてみるいづるだった。

 普段から玲奈が見てる世界が、ちょっとでも見えればいいなと思った。


「それでね、塩! 塩が足りなくなるの!」

「ああ、阿室先輩も言ってたよ。……そんなシーン、あったかな?」

「あと、ガンダムにね、爆弾が取り付けられちゃうの! なんか、ガンダムが大きく見えたっけ。それでアムロが、必死でそれを外そうとして」

「いや、どうだったかな」

「それと、島! 島編ですよ! ふしぎの海のナディアを思い出しちゃった。島……ククルス・ドアンの島。アニメ界でよく言われる島編って、多分あれからきてるんだね!」

「……ま、待って翔子。少し記憶が……あ、あれ?」

「わたし、一番のお気に入りはマ・クベ様。ギャン? だっけ? 最後はモビルスーツに乗ってガンダムと対決、あれはいいものだー! って」

「……ホントに同じガンダム、みたんだよね?」


 なんだかよくわからないが、ちょっと翔子は興奮気味だ。

 昔からアニメにハマると、自制が効かなくなるのが翔子の困ったちゃんな性格だ。だが、子供のように喋り続ける翔子に、不思議と玲奈の面影が重なった。

 そう思ったらなんか、見慣れた翔子の顔がかわいく見えてきたのだった。


「ねね、いづちゃん! 次はどのガンダムみるの?」

「え? そうだなあ……阿室先輩と相談しようかな」

「ぶー! わたしともガンダムみてよ! ちょっと今、ハマりそうです!」

「わかったわかった、わかったから。……ガンダムって、そんなに沢山あるの?」

「んとね、ZゼータとかZZダブルゼータとか、沢山あるらしいよ? あと、ドラグナーとかエルガイムとかダンバインとか!」


 そういうもんかと、いづるは加熱してる翔子に目を細める。

 もっともっと、ガンダムのことを知りたい。

 ガンダムを知ることで、玲奈に近付きたい。

 身も心もお近付きになりたいのだ。


「あ、それよりさ。翔子、お前も考えてくれよ」

「ん? なに、どしたの?」

「阿室先輩、普通の高校生の生活に憧れてるんだってさ。それで、僕はまあ……と、友達? そう、友達としてそれを教えてあげたいんだ」

「なるほどー! いわゆる『私、普通の女の子になりたいの!』ってやつだね」

「そゆこと」

「もー、いづちゃん? 箸で人をささないの!」


 翔子に向けてた箸を下げつつ、いづるは食事を続けた。

 普通の高校生活……いづるにとってそれは、当たり前過ぎて実感が湧かない。玲奈が普通ではないのは知っているが、それは普通では望めないような素晴らしいものばかりに見えるからだ。

 いづるにとって非日常といえば、目の前にいる翔子くらいのものだ。

 それ以外はいたって平凡で、平凡過ぎて玲奈との普通な過ごし方がわからない。


「な、なあ翔子……お前さ。阿室先輩のこと、どう思う?」

「んー? 好きかなあ。なんか、格好いいよね! 女の子だってみんな、阿室先輩に憧れてるんだよ? わたしとしてはこう、セイラさんみたいな感じ」

「そっか」

「女子にも男子にも人気だからねー、阿室先輩」


 さも当然のように翔子が手を伸べてくるので、二杯目を求めていづるは茶碗を差し出す。電子ジャーへと振り向く翔子の背を眺めながら、いづるは改めて玲奈の存在の大きさに驚いた。

 だが、それはもう遠くから眺めるだけの存在ではない。

 玲奈は今、共に語らい触れ合える仲なのだ。

 ――あくまで、友達として。

 それを肝にめいじるも、どこかで逆らいたい気持ちもある。

 いづるはまだ、玲奈へのくすぶる想いを抱えたままなのだった。

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