第七十八話 撤退

「い……ま…ち」(いまのうち)

 

「あっうん」


 俺の視線と、つたなくも口から発した言葉を本能的に理解した六花が、陰陽師たちのもとに走り出した。


「玲ねぇも早く! 手を貸して!」


「いや、しかし……」


 六花の声を耳にしながらも、悪鬼である俺が、自分たちのために餓鬼どもの足止めをしたのが信じられなかったようで、玲子は軽い放心状態に陥っていた。


「いいから玲ねぇ! 今はあたしの言うことを聞いてっ!」


 珍しく声を荒らげる六花に、玲子が気迫で押されたのか。何とか軽い放心状態から立ち直ると、六花の後を追って陰陽師たちの元へと駆けていった。


 とりあえず時間は稼いだ。あとはあいつら次第だろ。


 そう思いながらも俺は、俺のご飯になる以外では、百害あって一利なしの餓鬼の群れを容赦なく殲滅するために、地面についたままの手から再び『火線』を走らせる。


 今度の狙いは、餓鬼の体や死骸と共に燃え盛る火柱の中にいる餓鬼たちだ。


 俺の両手から放たれた火線はクロスするように、前方を炎の壁に阻まれた餓鬼の群れの中を十字に突き進むと、先ほど同様。火線の上にいる餓鬼の群れを巻き込みながら、幾つもの火柱を上げた。


 もちろん餓鬼の群れの中でいくつもの火柱が上がったということは、燃えやすい餓鬼たちにもそれなりに引火しているはずだ。


 俺は念のために気配探知の範囲を広げ、火柱に蹂躙されている餓鬼たちの群れの中の気配探知を行った。


 気配探知の結果としては、生きている餓鬼たちの気配がかなりの速度で減っていることから推測して、やはり俺の予想通り、火柱によって引火して、火達磨(ひだるま)になった餓鬼たちが、その周辺にいる餓鬼たちをも巻き込んで、餓鬼の群れの中の火の勢いを増しているようだった。


 そしてそれと同時に、炎に巻かれた餓鬼たちの命の灯火が次々に燃え尽きていっているようで、その証拠に俺の気配探知にひかかっていた餓鬼たちの群れの中の反応が、次々に消失していった。


 だが、それでも時間経過とともに、どんどんと後方から、どこかから湧き出した新たな餓鬼たちが、餓鬼の群れに加わってくる。


 そのせいで、群れの中にいた火達磨になった餓鬼や前方にいた餓鬼たちを押し出し始めたために、いつの間にか俺の作った炎の壁を乗り越える餓鬼が出始めたのだった。


 くそがっこれが数の暴力って奴かよっ俺は数の多さで、俺の作り出した巨大な炎の壁を乗り越えてきた餓鬼たちの姿を見るなり、集石で石を集めると、今度は石を集める集積の力を真逆にして、石礫(いしつぶて)として、餓鬼たちの頭や体をぶち抜いていった。


 というか、陰陽師たちの撤退はどうなってる? ふと背後の状況が気になった俺は、先ほどまで田んぼで身動きの取れなかった陰陽師たちを助け起こし、後方に下がらせていた六花たちへと視線を向けた。


 ここで、田んぼにいた陰陽師たちがいなくなってればよかったんだが、陰陽師としてはそれなりの実力を有している玲子がいるにもかかわらず、陰陽師たちの撤退は全くと言っていいほど進んでいなかった。


 どういうことだ? それなりに時間は稼いだはずだ。ある程度は撤退を終えてると思ったんだが? 俺が疑問の眼差しを向けて六花や玲子に肩を狩りながら移動をしていると、その理由がわかった。


 玲子は確かに陰陽師としての実力ならば相当なものだが、こと何かを運ぶという腕力に関しては、人より多少力が強い程度なようで、大の大人の男である陰陽師たちをすぐに運ぶことができないでいるようだった。


 そしてもちろんそれは、玲子よりも華奢な体つきで背丈が低く腕力のない六花にも当てはまっていたために、陰陽師たちの撤退は遅々として進んでいないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る