ちょっとおかしな物語

よろしくま・ぺこり

犬も歩けば……

 ポチが立った。二本足で立った。家族中びっくりした。そして、ソファにドシンと座ると、父さんの煙草、ヘブンスターを吸って、母さんに向かって、

「女将、ビールとつまみ」

 とほざいた。どうもチンピラの霊にとりつかれたらしい。

「はいどうぞ」

 呆れた母さんが、ビールと枝豆を持ってくると、

「女将さん、ここは『ほねっこ』でしょう」

と犬っぽいことを言った。犬の心もまだ残っているようだ。

 ひとしきり飲み食いするとポチは、

「坊ちゃん、散歩でも行きましょ」

と僕を誘った。

「シマが他の犬に奪われちゃ、親分に申し訳ない」

 ポチが言うので、僕は、

「親分って誰?」

と聞いた。するとポチは、

「清水の親分だ。知らないとは言わせねえ」

と僕に凄んだ。

「じゃあ、ポチは誰なの?」

 僕は聞いた。

「ポチってのはよく分からねえ呼び方だが、俺は森の石松だ」

 ポチは答えた。

「寿司くいねえの石松さんだね」

「まあ、そういうこと」

 というとポチこと森の石松は散歩の準備を始めた。三度笠に外套、長脇差ながどすを佩いての出入りだ。そんなものどこに隠してたんだ?

 散歩をしながら僕はポチの石松さんにいろいろ聞いた。

「石松さんて、もう死んでるんだよね」

「ああ、金比羅さまに代参に言った帰り、都鳥の兄弟に騙されて斬り死によ。悔しいぜ」

「でもさ、清水の親分も、大政、小政も、死んでいるでしょう」

「そうさ、みんな死んで畜生に生まれ変わったんだ。親分は牛。大政は俺と同じ犬、小政は猫だ。桶屋の鬼吉はネズミになりやがった。桶をかじって喜んでるぜ」

「じゃあ、喧嘩の相手は?」

「ども安が豚。黒駒勝蔵はカラスだよ」

「そうするとさ、ネズミの鬼吉さんを猫の小政さんが追っかけて、犬の石松さんが小政さんをいじめる構図になるね」

「馬鹿野郎。生きる道は変わっても清水一家の結束は固いんだ」

 ポチの石松は啖呵を切った。

「それより縄張りが心配だ」

 ポチの石松は電信柱を入念にチェクし、小便をかけた。敵は出てこなかった。


 夕食はすき焼きだった。ご馳走だ。ポチの石松もお裾分けを狙って椅子に座った。すると、突然、

「石松よ」

と牛肉が喋り出した。

「親分!」

 叫ぶ、石松。

「俺はまた死んだ。今度は再び、人間になってまっとうな暮らしがしたい。その時はお前たちも人間に戻ってこいよ」

 すき焼き用牛肉になった清水次郎長が喋る。涙を流す、ポチの石松を尻目に、僕ら一家はすき焼きを楽しんだんだ。

 

あれ以来石松は出てこない。ポチは四つ足で歩いている。たぶん、親分を亡くしたせいで引きこもりになったんだな。石松はポチを早く死なせたいと思うけど、僕ら一家はそんなことさせない。体にいいエサを与え、散歩も欠かさない。でも、犬も歩けば棒に当たるっていうけれど、本当に当たるとは思わなかったよ。ああ、思い出したくない。電信柱が突然倒れて……そんなことってあるかい。僕が下敷きになって死んじゃうなんて。今度は何に生まれ変わるんだ?

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