第六章 白き仮面の商人
第6章 仮面の商人 (1)
ケイリングがアクト=ファリアナへ着いて、もう2ヵ月が過ぎ様としていた。
城の中で、一番に見晴らしの良い客間をシャリルの部屋とし。少しでも気晴らしとなって元気になれば……と思っていたが。シャリルは、なかなかケイリングに心を開いてはくれなかった。
今日も綺麗な花を摘み、シャリルの部屋に飾りながら一言二言と笑顔を向け話しかけるが、シャリルの方はただ黙って静かにコクコクと頷くばかりであった。
そして時折、
「お母さんは……?」
「アヴァインは……?」
と聞かれ、困ってしまう。
ケイリングはシャリルの部屋を出て、吐息をついた。
正直、これ以上、適当なコトを言って誤魔化すのにも限界があった。だけど、シャリルももう直ぐ10歳になるとはいえ、まだまだ全てを話すには年齢的にも精神的にも幼い。シャリルの事を思えば、早過ぎる気がしてならない。
せめて、アヴァインの消息がハッキリとすれば、まだ救いだけれど。父であるオルブライトでさえも、その後の消息については把握出来ずに居たのだ。
「アヴァイン……」
その名を聞くだけで、ケイリングも胸が苦しくなり、泣きそうになる。
生きてさえ居てくれたら、今はそれだけで良い……。
そう思う。
だけど直ぐに、いつものあの笑顔をまた見たい。今のこの思いを伝えたい、今の自分が感じている悩みを聞いて貰いたい。と、そう次第に思い始める自分に、間もなく気が付き。それでまた、泣きそうになる。
そんなケイリングを見兼ねて、オルブライトは気晴らしにケイリングの為にと社交界を開くが。言い寄って来る男の人達を通し、ケイリングは首都キルバレスのパレスハレス4階でアヴァインと過ごしたあの夜の事を思い出し。思わず懐かしんで、ふと笑い。そして……間もなく、涙を零す──。
言い寄っていた男達も、そんなケイリングの様子に困り果て、やがて皆離れていった。
そんなケイリングの様子を遠目に見つめ、オルブライトはため息をつく。
そこへ、一つの知らせが入った。
「只今、ファー・リングス衛兵隊長が戻られました!」
「──!!」
その報告は、ケイリングの耳にも届いていたらしく。ケイリングは、こちらを緊張した面持ちで見つめていた。
◇ ◇ ◇
ファーは、広さ20畳ほどの部屋に通されていた。今晩は社交界というのもあり、殆どの大広間は使われていたという理由もあったが。これは、ファー自身が望んだ事でもあった。
カルロス技師長の息子であるルーベン・アナズウェルの手紙を、オルブライト・メルキメデスに直接渡したいが為だ。
そのオルブライトの隣には、ケイリングも立っていた。そして、その他に3人の旧臣も控えている。
「これを、オルブライト様に……」
旧臣の一人にファーはそれを渡し、その者はオルブライトに対し礼を尽くし手渡していた。
オルブライトはその手紙を受け取ると、間もなく開き。その手紙に書かれてある内容を途中から目を光らせる様にして読み始め。そして読み終えると、静かに考え深気に目を閉じた。
「あの、お父様……」
ケイリングは、その手紙の中にアヴァインの事について何か書かれてあるのか? と暗に聞いていたのだ。
オルブライトはそれを察し、頭を軽く左右に振る。
ケイリングは、ほぅと残念そうに小さくため息をついた。
それにしても……久しぶりに見るファーは、以前とは見違える程に逞しくなっていた。アヴァインも、このファーと共に居たのだとすれば、同じ様に逞しくなっているのだろうか……?
ケイリングはファーを見つめながら、そんな事をふと考えていた。
「オルブライト様、その手紙は一体……」
いつまでも何もいわない主に対し、旧臣の一人が口を開き、そう問うていたのだ。
オルブライトは、その手紙を黙って旧臣達に向け差し出した。旧臣3人はそれを受け取り、数歩ほど下がって読み合い、なにやらヒソヒソと話し合っている。
その手紙の内容は、メルキメデス家の復権を何よりも願う彼らからすれば、願ったり叶ったりな内容であったろう。事実、それを読む彼らの表情がそれを伺わせる。
一方、それまで黙ってその様子を見つめていただけのケイリングは、流石に焦れ始めていた。
この部屋へ入るのを父であるオルブライトに許して貰う際、『政務に関わる事だ。一切、横から口を挟まない、という約束が出来るのならば、ついて来るが良い……』と言われていたからだ。だからずっと黙ってそれに従っていたのだが。ここに来て、一向に話が進まないし、終わりそうにもないので、もうガマンならなくなっていた。
「ファー! ……アヴァインは? アヴァインは今、どこでどうしているの?!」
旧臣3人は、そんなケイリングを驚いた表情で見。オルブライトは、ただただそんなケイリングを見て、苦笑する。
そんなオルブライトの様子を見て、返答に困り顔を見せるファーに対し、オルブライトは言った。
「ファー、構わない。アヴァインの事について何か知っている事があれば、この娘に教えてやってくれ」
「はい……わかりました」
その返答に期待し、胸を膨らませるケイリングとは対照的に、ファーはため息をつき、口を開く。
「ケイリング様……。アヴァインはもう、このアクト=ファリアナを既に発ちました」
「──!?」
ファーのその一言を聞き、ケイリングは思わず半歩ほど後ろへと退がっていた。
◇ ◇ ◇
ルーベン・アナズウェルの手紙の件は、後日、話し合う事とされ。この日は、社交界ということもあり、再び会場へ戻ることになった。
ケイリングはファー・リングスをテラスへと誘い出し、先程の話について改めて詳しく聞く。
「アヴァインがこのアクト=ファリアナを発った、とは一体どういうことなのよ? ファー!」
ファーは正直、困ってしまう。
アヴァインから『ケイにだけは、事情を話すなよ』と、口止めされていたからだ。
「あー……なんだか、旅に出たい、とかで……ハハ♪」
「旅? 旅って、どこへよ??」
「えーと……カルタゴ……とか、だったかなぁ~……?」
勿論、嘘である。
カルタゴは、自分達が通って来た街の一つだ。しかもあの1ヵ月もの道のりを再び戻るなんて、有り得ない話だ。それは幾ら何でもM《マゾ》過ぎる。
所がそれを聞くなり、こちらの心境なんぞ知りもしないケイリングは、表情を真剣なものに変え、口を開いた。
「分かったわ! じゃあ、ファー。今直ぐにカルタゴへ行くから、準備をして!!」
「今直ぐに、って……」
冗談でしょ? オレは今、ようやく帰って来たばかりなんだぞ。
そう思うファーを真っ直ぐに見て、ケイリングは不機嫌顔に腕を組み更に言う。
「私に挨拶もなく、そのまま旅立っちゃうなんてさ。絶対にアイツ、許せない!」
こりゃあ~選ぶ言葉を間違えたかなぁ~?とファーは頭を抱えてしまう。
そんな中、ケイリングはなかなか反応の悪いファーを見て苛立ち、近くに居た執事のハインヒルの方をクルリと向き直り言った。
「ハインヒル! 今直ぐにカルタゴへ向かうから、馬車の用意をしてください!」
「え? 今直ぐに、で御座いますか? しかも、カルタゴへ……」
「そうよ!! 早く、急ぎなさい!!」
「ハ、ハイッ!」
そんな事を頼まれる執事のハインヒルもいい迷惑だな、こりゃあ……。
悪いなぁー、アヴァイン……これ以上、他の者に迷惑は掛けられないよ、流石に。
ファーは観念し、全てをケイリングに話すことに決めた。
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