第4章 輝かしくも楽しい思い出と……別れ (4)

 馬車は沈む夕陽を背に走り抜け、次第に辺りは暗くなり始め、状況が状況なだけに、ケイリングは不安そうにその身を寄せて来た。

 アヴァインはそれを拒むことなく受け入れ、優しくその頭を撫で、安心をさせる。


 やがてルナ様の屋敷へ近付いて来ると、

その空が何故か赤く染まっている事に気づく。

 夕焼けとか、そういうのでは有り得ない。

日が沈む方角と、フォスター将軍の邸宅はほぼ真反対に位置しているからだ。


 馬車から身を乗り出して見ると、屋敷が姿を現し始める。そして直ぐに異変に気付いた。その建物の所々から赤く燃え上がる火の手が上がっていたのだ。

 空が赤いのは、その為だ。

「クソッ! なんて事を……」

 屋敷の手前で馬車を止めて貰い、アヴァインは直ぐに降りた。

 それに合せ、ケイリングも降りて来ようとしたが、アヴァインはそんなケイリングを止め、馬車の中へと戻す。


「悪いけど、ケイ。先に帰ってて! これ以上、関わるのは危険だから。お願い!」

「なんでよ? 私は、ルナ様と約束をしたのよ!! だから、一緒に行くわ! さっきもそう言ったばかりでしょう。アヴァインは私の気持ち、認めてくれてなかったの?」


「いや、駄目だ!! ケイ、君は。メルキメデス家をも背負っている身である事を忘れている」

「──!!」


「その自覚を、ちゃんと持ってなくちゃならない立場だ。

この意味、聡明な君なら分かってくれるよね?」

「ン……でも! じゃあ、せめて。ここに居させてよ!」


「ごめん、ケイ……。騎手の人、今直ぐに帰って!」

 そう言うと同時に、アヴァインは馬車のお尻を叩いた。それで馬車は元来た道を戻ってゆく──。


 これで良い。これで……あとは、だ。


 屋敷の敷地内へと入ると、間もなく指揮官クラスらしい男が一人腰を抜かした様にしてその場で座り込んでいて、その表情は蒼白で、体をガタガタと震わせていた。


「ち、ちがう……こんな筈ではなかったんだ……私じゃない……私じゃ……!」

「……」

 事情は分からないが、この屋敷の火災は、この男の命令によるものではなかった、という事なのか?

 では一体、誰が……。


 その男のことは構わず、アヴァインは急いでその者の横を通り過ぎ屋敷内へと入る。


 間もなく、辺りから血の臭いがして来た。

 アヴァインは緊張し、そこで静かに剣をスッ──と抜く。

 フォスター将軍の妻ルナを探し、いつものリビングをと思い、入って直ぐの左手へ行くと。執事とメイドの二人が、無惨にもそこで切り殺されていた……。

 それは実に、目を背けたくなるほどの姿だった。


 他に、この屋敷の警護の男と、見知らぬ男が一人……。恐らくは、切り合いとなってのことだろう。

 リビングは、つい数時間前まで談笑して居たあの時とはまるで別世界の部屋の様な変わり様で、ここで相当揉め逃げ惑い、そして切り殺されたのが想像出来る程に生々しかった。


 ここで倒れている男一人の仕業だとは、とても思えない。外に居た男以外がこれに加わって居たとすると、少なくともあと3人はこの屋敷内に居る筈だ。

 ここの奥も警戒しながら覗き込み確認したが、ルナ様の姿は見当たらなかった。


 アヴァインは一旦戻り、普段、余り立ち入ることのない屋敷の反対側へと行ってみることにした。

 そうこうしている間にも、火の手が回り、危険な状態が増している。これは急がないといけない。

 が、その途中の中央会談の踊り場に、あるモノがその瞳に飛び込んで来た。


 アヴァインは、『まさか……』と思いながらも、恐る恐るその中央階段の踊り場を改めて見つめ、そこで息が詰まった。


「ル……ルナ……さま?」


 信じたくもない思いで中央階段を一段、一段登り……上がり切った所で、アヴァインはその場にて、余りの事に膝を崩してしまう。


 ルナは、中央階段の踊り場にて、その背後の壁に腹部ごと長剣にて突き刺され、宙を浮く様にしてその場で目を見開いたまま口からも血を流し絶命していたのだ。


 あの温かかったルナ様の笑顔……その気持ちの優しい温かいまでの心……そうした、いつものルナ様の方から感じられていた何もかもが、既に、今ではただの抜け殻であるかの様に。その場で静かに……何もかもが、最早感じられることのないただの抜け殻のモノの様に、そこにあったのだ。


 アヴァインは震える手で、そのルナ様の頬をそっと触り……そして、涙を幾つもポロポロと流し。ルナ様の開いたままの瞳を口惜しくも震えるその手指で、そっと優しく閉じさせた。

 それからルナ様に突き立てられた剣を引き抜こうと、それに手を掛けたその時だ。


「何だ、貴様。衛兵の様だが……この屋敷の者ではなさそうだな?」

「……」

 男は二階から降りて来ながら話していた。

その右手には、長剣が握られていて、血が生々しく染み付いている。


 まさか、この男がルナ様を……。


 アヴァインの表情はそう悟った途端、厳しく険しいものへと変わる。


「まあ、心配するな。こんな結果になっちまったが、俺たちはな、大人しくついて来る様にと言っただけなんだよ。それなのにこの女がよ、それを拒みやがってなぁ~。しかも、抵抗までして来やがった。それで、この様だ。自業自得って奴さ。

まあ……この女は、あの謀反人だっていうフォスターって奴の妻。つまりは、逆賊なんだろう? となりゃ、当然の報いだろうぜ。

ディステランテ評議員も、この結果にはさぞや大喜びして、俺たちに特別ボーナスをくれるんじゃねぇーのかぁ? ワッハッハッハ♪」

「ディステランテ……評議員…」

 あの男が、これを命じたのか。そういえば、衛兵長官もそんな事を言っていたな……。


 大きな体躯のこの男は、見るからに正規の兵士ではない。恐らくは、今回雇われた傭兵なのだろう。

 それからその男は、アヴァインの右肩に馴れ馴れしく手を置いてくる。


「それとも何かい? お前も俺たちに、歯向かおうってのかい? ───ングッ?!」


 アヴァインは無表情に短剣を男の左足に刺し、捻じり込み。さらに、手首を回した。

「うごお───ッ?!」

 男の手が離れ、2・3歩ほど相手が退いた所へ、ルナ様と同じ位置の腹部へ長剣を突き刺した。


「お……おま……」

「分かるのか……? お前にも…この痛みが……」

 男は口から吐血しながらも、それでも抵抗しようとアヴァインの両肩へ手を置き掴んで来る。

 が、アヴァインはその長剣を空かさず、そのまま上へゴリゴリと骨に当たる感触を感じながらもそれすら切る勢いで怒りにまかせ突き上げ、男の心臓辺りで更に手首を捻り加える。

 その返り血で、アヴァインの全身は真っ赤に染まった。


 それで男は、絶命する。心臓ごと、内臓が抉り切られ、大量出血死したのだ。


 アヴァインは剣をその男の体から無表情のまま引き抜き、何事もなかったかのように、再びルナ様の方を向き。それからルナ様の腹部に刺さっている剣を抜くと、その場に優しく、横に寝かせてあげた。

 そして、顔などに付いていた血を綺麗に拭き取り、その穏やかな表情の彼女を静かに見つめた。

「ルナ様……」

 と、その時だ。2階の方から、物音が聞こえて来る。


「シャリル様……シャリル様か!?」

 そうだ。2階には、シャリル様が居る筈だ。

 既に屋敷全体に火が燃え移り、至る所で燃え盛っていたが。アヴァインはその事を思い出し、直ぐに2階へと駆け上がる。

 そして2階へ上がって間もなく、アヴァインの背後から、一人の身の細い男が切り掛かって来た。


 アヴァインは長剣でそれを払い除け交わし、転がりながら相手から離れる。


 正直、今のは危なかった。


 ホッとするのもつかの間、相手の間合いの詰めが想像以上に早く、慌ててアヴァインは退いたが。身の細い男は、その動きを読んでいたかの様に更に踏み込み。上段の構えから、切り下ろして来た。

 アヴァインは咄嗟に、横へ転がることで何とかそれを避け切った。

 しかし相手は、それで勝負は決まる、と思っていたのだろうか? 勢い余って、床に長剣を突き刺していた。

 それを見て、アヴァインは素早く体勢を整え構えることが出来た。

 その間に、慌てて突き刺さっていた長剣を引き抜きいた相手は、慌てた様子で剣先をこちらへ突き出してくる。

 アヴァインはその相手の攻撃を軽く剣で左側へ受け流し、それにより相手の体勢を崩す。そしてその返し手で剣を振るい、相手の右手を下から上へと斜めに切り払う!


 それで、身の細い男の右手首から先が飛び、そのままクルクルと屋敷の天井に剣を握ったまま突き刺さっていた。

 その天井の手首から、血がボトボトと滴り落ちてくる。

 身の細い男はその場でのた打ち回り、「手が、俺様の手がぁー!!?」と泣き叫んでいた。

 結果として勝ったが、運が悪ければ、自分が彼の立場だったのかもしれない。


 アヴァインはその事を思い、ほぅと吐息をつき。再び、シャリルを探すことにした。


「シャリル様! シャリル様―!!」

 微かにだが、右手の方からシャリル様の声が聞こえた気がした。



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