第3章 キルバレスの大地より生まれ出でし……イモたち(4)

「いきなり、なにをするんだよ。ファー?!」

「なにをするんだよ、じゃないッ!! 

ついさっき言ったばかりだろう──?!」


「なにを、『さっき言った』のよ、ファー?」


 ケイリングだ。どうにもこうにも、その表情は見るからに不愉快そうで参る。


「二人して、なぁ~にコソコソとやってんのよ? まさか、アンタ達……最近流行の、『BL』って奴じゃないでしょうねぇ~??」


「…………」

「…………」


 BLとは……ボーイズラブのこと。

 つまり、同性愛。少年愛?


 アヴァインとファーは互いに顔を見合わせ、赤面し、一気に数メートルも離れた。


「──そ、そ、そ、そんな訳はッ!!」

「違う! 絶対に、違うからなぁーっ! ケイッ!!」


 そんな慌てふためく二人の様子を、ケイリングは両腕を胸の辺りで組み、怪しんだ目つきで半眼の遠目で見つめる。


「──それでぇ~? なんの話をやっていたのよ?

言っとくけど、ここで素直に言わなかったら。アンタ達二人、BL確定だからねぇーっ♪ 

噂にして広めちゃうけど、OK?」


「あ、いや……」

「B……L、って……それだけは…」


 そんな訳で、ケイリングには事情を全部、スッキリと洗いざらい素直に話すことに決めた。



「そう……それで、キルバレスへ……」

「うん。カルロス技師長の件、凄く気になるから。出来たら一度、戻りたいな、と……」


 湖がよく見える広いテラスにあるテーブルに、見合う形でケイリングとアヴァインは座り話をしていたのだ。

 間もなくファーも紅茶を持って来て、二人の前にそれぞれ置くと。自分も同じテーブルに座る。


「いいけど……さ。戻って、どうする気? 今更、取り決められたことをくつがえすことなんて出来やしないのよ」


 ケイリングは、特に感情というものを見せることもなく、淡々とそう言い。ファーが淹れてくれたお茶を、一口飲み。アヴァインをそれとなく伺(うかが)い見る。


「それは分かっているけどさ……。だからって、放っても置けないし」

「ケイ様が言う通り、行くだけ無駄なんだ。だからな、アヴァイン!」


「でも──!」

「ファーは、黙ってて!」


 ファーの言葉に対し、アヴァインが言い返そうとすると。当の本人よりも先にそれを制したのは、意外にもケイリングの方だった。


 その強烈な言葉のアッパーを受けたファーは、このテラスの隅の方へと寂しげにトボトボと歩いて行き……その場で、のの字を書きながらブツブツとイジケている。


「あれ……いいのかぁ? 放っといても??」

「いいのよ、全然。いつものコトなの。

私がちょっと強く言うと、直ぐにねるんだから、アイツ。子供なのよ。

それよりも、アヴァイン。今のキルバレスへ……それを目的として行くのは、ちょっと危険なコトよ。ちゃんと分かって、理解した上でそう言ってる?」


「うん、解ってる。だから、注意はするし。何があっても、ケイやオルブライト様に迷惑を掛けるようなことだけはしないよ!」

「……」


 ケイリングは、それには直ぐに答えず。ファーが淹れてくれたお茶を一口飲むと、軽くため息をつき。そっぽを向いて言う。


「……いいわ、分かった。だったら、勝手にそうなさいよ」

「本当にいいのか? ありがとう、ケイ!」


「別にお礼を言われる程のコトじゃないわよ……。

実を言うとね。明日の朝から、お父様も急遽きゅうきょキルバレスへ行くことになったの。

なんでも、緊急招集が掛かった、ってコトでさ。だからアヴァインも、それにくっついて行くと良いわ。その方が、何かと安心だし。そうなさいよ」


「え? オルブライト様が、キルバレスに……そうだったんだ……」

「うん。私もついさっき、聞いたばかりなのよ。お父様本人から」


 それまでそっぽ向いたように話していたケイリングが、そこでアヴァインの方を横目でチラリと見る。


 それから、何かを思い出したようにパッと笑顔を見せ、口を開いた。


「──あ、そうだぁー♪ 私もそろそろ、ここでの生活に退屈して来ちゃったしぃ~。キルバレスの《セントラル科学アカデミー》にでも、ちょっとだけ行ってみようかしらぁ~? 

なぁあ~~んてさ、思ったりしてぇ~っ♪」


 最後の辺りからティーカップの角を撫で回し、そう言い。ケラケラと楽しそうにして笑っている。


「うん。別にそうしても良いんじゃない? そこは、ケイの自由だし」


「……………」

 アヴァインのあんまりな反応の薄さに、ケイリングは瞬間、残念な思いのあと呆れ顔を思わず見せてしまう。そのあと、肩の力も抜ける思いで長く深いため息を「ハアぁア~~」とついた。


「あー……でも、そうか!!」

「───え? えっ、えっ?? 『そうか』って、何があーッ??!」


 ケイリングは全身を真っ赤に染め、目も泳ぎ、焦っている。

 アヴァインはそんなケイリングを「急にどうしたんだろう?」って表情で見つめつつも、素っ気なく言った。


「大丈夫だとは思うけど。キルバレス内の政情次第では、危ないかもしれないし。

うん。今は、あまり近づかない方が懸命かも知れないよ?」


「……………。ふん! なによっ!! 

だったら、アヴァインがキルバレスへ行くって話しも、無しね! さっきの、きゃあ~~っか(却下)!!」

「え?! なんでぇー!!?」


「なんでぇー、じゃないわよっ! 

わたしがダメで、アヴァインはOKとか、意味が分かんないもの!! 

そんなの不公平でしょ! 理不尽、ってモンよっ」

「不公平とか理不尽とか……コレってさ、そういう問題??」


「そういう問題なのっ!」

 ケイリングは両腕を組み、フン! とばかりにそう言い切った。



 その夜、オルブライト様からも、アヴァインから言われたことと同じ様なことをケイリングは言われていたが。


「お父様が行くのに、わたしが行くのはダメとか。そんなのは不公平だし、理不尽よ!」


 と言い切り倒し、オルブライト様を散々困らせた挙句、結局のところ一緒に行くことになった。


 もちろん、不満気だったファーも一緒にだ。

 ファーはまたしてもその場で、のの字を書いていたのである。



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