第2章 アクト=ファリアナの心友(5)
その夜、パレスハレスの五階は賑やかに華やいでいた。
首都キルバレスのパレスハレス五階は、政治的社交の場として。時折、有力な諸侯や、各地の元・領主などを招き入れては、今晩のような催しを行っている。
豪華な食べ物、高級な各地の酒なども取り揃え並び。その中央では、この場の雰囲気を盛り上げる為に奏でられている音楽に合わせ、艶やかに異性を誘っては踊る者も居た。
今夜開かれているこの会場内には、招待された者か、このパレスハレスの衛兵しか入るのを許されていない。衛兵といっても、この日のために選ばれた一部の信頼ある衛兵のみである。そしてアヴァインは今、その一部の選ばれた衛兵の責任者として、偶々ここに居た。
衛兵長官の手回しによる、人選の結果だ。
アヴァインは、着慣れない赤い衛兵の正装で身を包み。適当に見回っては、軽く摘まんで食事をしていた。
一応仕事中なので、酒は飲まないでいる……というより、そもそも彼は飲めないのだが。
「それにしても……退屈だ」
ここの五階までの入り口や、今日のパレスハレスを中心とした周辺は、普段の数倍もの数の衛兵が警備をしているので。ここに居て、この会場内で何かが起こるのは考え難い。ここへ招待された者同士の、些細な喧嘩くらいなら考えられそうだが。大きな事件は無いだろう。
そうした意味で、緊張感はこの場に居る限りにおいて余りなかった。
「何かあるとしたら、先ずはこのパレスハレスの外で起こるだろうからなぁ……」
アヴァインは窓越しに外を眺め、そう思う。
普段は女性が立ち入ることが殆どないこのパレスハレスも、この日に限っては違っていた。
各有力な諸侯の娘なども、この日だけは〝お披露目〟とばかりに来ているからだ。もちろん、娘ばかりではない。息子たちも来ている。つまりここは、政治的意味合いばかりではなく、そうした出会いの場でもあった。
色目を使う若い男が居れば、それを見て澄すま顔を見せている娘も居る。逆に、それを快く受けている娘も居る。
そうしたやり取りを、アヴァインは遠目に見てため息をつく。
いつもならば、そうしたものも気にならないのだが。今日ばかりはいつもと違っていた。今回は自分も、その〝やり取り〟とやらに参加しなければならない当事者だったからだ。
とは言え、流れも段取りも既に決まっているので、自分はその通りにやるだけなのだが。しかし、どうにも気乗りがしない。
今更だけど……こんな感じで、自分の生涯の相手を決めてしまってもいいのだろうか……?
アヴァインは、そんな事をふと思ってしまう。
肖像画で、どんな外見の人なのかは確認したものの。どんなことに興味を持ち、どんなことに喜怒哀楽を感じる人なのか。まだ会ったこともないので、正直なことをいうと少しばかり不安がある。
例えば、この前出逢ったケイリングとかいう女の子みたいな性格の人なら、最悪だ。
見た目がいくら良くても、あれは遠慮しておきたいもんなぁ? 精々、友達までがいいところだろうさ。
アヴァインは軽く肩をすくながらそう思い、吐息をつく。
と、そこへ。衛兵長官がやって来た。
「ベンゼル衛兵長官、お疲れ様です」
「おお、アヴァインか。お前もそういう格好をすると、なかなかそれなりに様になって見えるもんだなぁー、ワッハッハ♪」
「それは一体、どういう意味なんでしょうかぁ……? 長官」
「まあ、気にするな」
「気にしますよ……」
「それよりも、今日はちゃんと段取り通りうまくやるんだぞ、アヴァイン。分かっているな?」
「はい……分かっています」
「ならばよし。相手から断られるならば、仕方がないが。下手を打って、相手の不興を買うことだけは、最低でも避けろよ。いいな」
「相手が断る、って……そんなことも有り得るのですかぁ?」
「そりゃあー、そうだ。お前が誘って、それで相手のリリア様がお前を気に入らなければ、それまでだ」
「なんだか……自分ばっかり恥かく感じで、損した気分ですね」
「それはそうだが……損得なんか言ってると、色恋沙汰なんて出来やしないぞ、アヴァイン」
「はぁ……」
「ではな。頑張ってこい!」
長官はそういうと、移動をし。近くに居た有力な諸侯の一人に声を掛けていた。
「あれ、あの人って……」
長官が声を掛けた人物は、先日、アヴァインが会った貴族員の男だった。なんとも相変わらず威厳漂う、風格のある人だ。
そう思ってるアヴァインの背中を、誰かがトントンと指先で軽く数度突いて来た。
振り返り見ると。そこには、昨日のあのケイリングとかいう女の子がイタズラっぽく『ニッ♪』とした笑顔で立っている。
今晩はまた、見事に飾られたドレスの衣装を身に着け、アクセサリーがこれまた豪華なものだ。
流石に、貴族員の娘だけのことはあるよなぁー。
そんなケイリングを困り顔ながらも正面見据えていると、近くの若者たちはみんな遠目に自分の方を羨まし気に見つめていた。
まあ、外見的な見た目は確かにいいのは認めるけど。ちょっと話せば、そんな恋心もあっという間に冷めてしまうことだろうさ……。
アヴァインは密かにそう思い、そんな羨む若者たちを哀あわれに感じ、遠目に見渡す。
「こんばんは、アヴァイン♪ 調子はどう?」
「はい、こんばんは。今のところは何事もなく、平和で順調ですよ、ケイリング様」
アヴァインはケイリングの質問に対し、あくまでも儀礼的な言葉遣いで返した。
好き嫌い以前に、相手はあの貴族員の娘だ。下手に不興を買うようなことだけは避けなければならないだろうからなぁ。少なくとも、失礼なことだけは言えないし、出来ない相手であるのは間違いない。
それなりに相手をして、それ以上は無闇に近づかず。距離を置いて、離れているのが懸命だろうさ。馬も合いそうにないしね?
アヴァインはそう思い、判断したのだ。
そういうアヴァインの様子に気付いたのか。ケイリングの方は、なんだか不愉快そうな表情をムッと見せている。
それから半眼の澄まし顔をして、上体をこちらの方へとずらし、横目にも顔をアヴァインの傍まで近づけ、嫌味ったらしくこう言った。
「昨日はイキナリ、私の胸を〝掴んでさわって〟来た男にしては、随分と礼儀正しい言葉使いだこと♪」
──ブふぅ──ッ!!
思わずアヴァインは、途中まで飲んでいた水を全部、吹いてしまった!
しかも、見事なまでにケイリングの全身へ勢いよくぶちまけ、ぐっしょり。
──ぶわきゃあッツ☆!!
み……見事な、右ストレート!?
これは、避け切れねぇ──っ!!
「あ、あなたって! 本当に、つくづく最低な男ねえーッ!!」
「お前がそこで、〝変なコト〟言ってくるからだろうー!」
「あなたが先に、〝変なコト〟して来たからでしょうーっ?!
それよりも見てよ、コレ! あなたのおかげで、この日の為に用意したドレスも髪も、濡れちゃったじゃないっ。もうビショビショよ。どうしてくれるのよぉっ!?」
「そんなモン、その内、勝手に乾くだろ!」
「──ぬ、ぬわあああぁあーーッ!?」
「それを言うなら、私のこの顔のアザはどうなんだよ?! これから、大事な人と逢うことになっているんだぞっ!」
そう言うと、途端にケイリングはそこで何かハッとした表情をし、次に困り顔を見せ、
「それについては……まあ、ちょっと悪いコトをしたかな? とは、思っているわよ…」
と意外にも素直に謝り言う。が、
「でも、ホラ! 男の人の場合はさぁ~。そういうのだって、勲章ってことで済むんだから。別にいいじゃない♪ あはは!」
「よくあるかよ! 相手は事情も知らないんだから、一目見て、びっくりしちゃうだろ。『普段から、そういう素行に問題のある人』なんて思われたら、どうするんだよっ?!」
それを聞いて、ケイリングは『プイッ!』と横を向き、「実際、イキナリ人の胸を〝つかんで揉んで触ってくる〟ような人間なんだから。そこは、そう思われても仕方がない、ってモンでしょー?」とイジワルに言う。
「…………」
アヴァインは昨日のことを、それで思い出し、その相手の胸辺りを一度見て頭を抱えた。
言い返しようもない件だからだ。
「あーあ! リリアが可愛そうよ。まさかこんな男の人と、だなんてさぁ~。きっと、がっかりするわね」
「え? リリア様とお前、知り合いなのかぁ?」
「知り合い、というか……友達よ」
「…………」
あまりにも当然、という感じで言われたので、思わず呆然としてしまった。
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