第2章 アクト=ファリアナの心友(3)

「如何なさいましたか、ケイリング様!!」


 そんな女の子の背後から、四人の衛兵が走りやってきた。明らかに、このパレスハレス内の警備衛兵ではない。そして、更にその背後から、体躯の良い衛兵達に守られながら、四十代半ば程の見るからに権威がありそうな紳士が姿を現し、口を開いた。


「どうしたのだ? ケイリング」


 見た目にもだが、その声色というのが実に落ち着きがあり貫禄を感じさせる。そしてよく見ると、その胸には《貴族員》のバッチが付けられていた。



 通常、制圧した場合には、そのキルバレスの武力によってその国を《属国》として統治するのが普通だが。その相手国が大国であった場合には、その後の反乱を抑えるが為に、その元・領主に対して『貴族員』という特別階級を与える場合がある。


 《貴族員》は評議会議員とは違い、選挙を必要とはせず。その権威によって、その地位が保障されている。そして、このパレスハレス内で定期的に行われている《最高評議会》への参加権も有しているのだ。


 その貴族員の娘と思われる女の子の胸を、つまりは……アレしてコレしてしまった訳で……。



 うわああ~~! これはもう下手をすれば、単に飛ばされるなんてものでは済みそうにないぞぉー! 参ったなぁ、こりゃあぁ……。



 しかも、ケイリングっていうと……確か、オルブライト・メルキメデス貴族員のご息女の名前がそうだったよなぁ?

 となると、貴族員でも筆頭株じゃないか。余計にヤバイよなぁ、これは……。なんとか気の利いた言い訳をしないと。


 自分がそうこう思い頭を抱えていると間もなく、例のケイリングとかいう女の子は眉間にしわを寄せたまま、唐突にこちらへと指を『びっ!』と差して来るなり口を開き言ってきた。



「この男っ! いきなり、私の胸を触ってきたのよ! お父様!!」

「──いやっ! 何も好き好んで、触りたくて触ったんじゃなくってですね!!」


「さわりたくて……触ったんじゃない、ですってぇー? それって、どういう意味よぉっ!? 汚いモンでもさわった──って意味ぃーっ?!!」

「いや! それはモチロン、触り心地も感触もバッチリ、もう最高でしたよッ!!」



  ───ゴンンッツ☆!!



 再び、何度も蹴り踏んで来た挙句に、『このヘンタイがあああー!!』と指差してくる!



 この私に、どうしろ……と?



 その様子を見て、貴族員である紳士な風格の人は「ぶっ!」と唐突に噴出し笑い、ケイリングとかいう娘の腕をぐっと掴むと、「ケイ。もう、そのくらいにしておきなさい」と言い、去って行こうとする。


 た……助かったのか? よかった。


 その間もなくのことだった。

「アヴァイン隊長! 衛兵長官がまた、お呼びです。直ぐに来て下さい」

「え? あ……ぁあ、分かった。いま直ぐに行くよ」


 自分はそれで立ち上がり、やれやれと再び長官室へ戻ることにする。


 そして……そんな自分の後ろ姿を、ケイリングという女の子は驚いた表情で振り返りみつめていたが。その理由は解らない。何にしても、これ以上からまれては困るから、ここは気付かないふりをして逃げることにするさ。

 


 一方、

「いま……確か、アヴァインって……言ったよね?」


 アヴァインが立ち去るのを見送る中。ケイリングは、昔の記憶を辿り、ようやく二年ほど前の最初の出逢いを思い出していた。

 それと同時に、自然と心臓の鼓動が早くなるのを感じる。そして、頬が染まるのも……。


 どこかで見た覚えはあった。

 直ぐには気付かなかったけれど、見覚えのある人だなぁ……とは、思っていた。


 だけど次の瞬間、イキナリ私の胸を掴んで来て……あれは一言でいえば、ただの変態よっ!

 普通だったら、絶対に許せない奴!


 だけど、それがあのアヴァイン・ルクシード……。

 どこか『相変わらずだな』、って気がして。思わず、微笑み吹き出し笑ってしまいそうになるんだから、とても不思議な人。


 彼と出会ったのは、今から二年も前。フォスター将軍の妻、ルナ様の誕生会で始めて遠目ではあったけれど、知り合えた人。

 結局は、一言も話すことがなかったけど。私は不思議なほど、鮮明に当時のことをよく覚えている。

 心の中で、ずっと引っかかり続けていた記憶だったから。 


 あの日は結局、《運命の人ではなかった》と、そう思い。一度は諦めもついた。

 それなのに、今頃になって、また出逢うことが叶った。



 だとすれば、もしかすると……。


 ケイリング・メルキメデスは、そのことを意識し。そんなアヴァインの後ろ姿を、虚ろに見送っていた──。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る