【-第三章-「“HEG”<ホロコースト・エンゲージギルティ>編」】

Fragment(-1).「 Reverse-end」~ディスペア・フェイト・エンドレス~

 “ここから逃げよう”とチカは言った。


……それは、約束の新月の夜だった。


 病室を飛びだし、あたし達は手を繋いで逃げた。


 絡みつく運命の糸から、逃れるように。


 あたしは、手を引かれながら、空を見つめていた。


 新月は、死を孕(はら)む月だと、聞いたことがあったのだ。


 新月の日に願い事をすると、叶うという。

 だが、同時に、この日には、たくさんの死人が出ると。



――それならば、今日はどんな日になる?


 あたしは、引きずられるように駆けていた足を止めて、チカに言った。


「――戻らなきゃ。」


 チカが、不思議そうに振り向いた。


 その瞳に、決意するように、唇を引き結んだ、あたしがうつっているのを確認して、あたしは、口を開いた。


「……チカ、お前が、あたしを心配してくれるのはわかる。でも、戻らないと、進藤が心配するんだ。あいつは、あたしの体のことばかり心配するんだ。――だから、チカ、お前と共には行けない」


「――千夜、お前……」


 チカが捨てられた子犬みたいに、くしゃり、と顔を歪めた。


「――ごめん。あたし、お前のことが好きだ。だけど、進藤のこと、ほっておけないんだ。……もう、二度と、裏切らないって、決めたから」


「――進藤?」


チカが、変な顔をした。


「そういえばさっきも……“進藤”……?」


「進藤のこと、知ってるのか?」


「まさか……、いや……」


 チカは、困惑したように顎(あご)に手を当て、考えこむような仕草をした。


「――いたぞ!」


 降ってわいた声と共に、懐中電灯の光に照らされたのは、その時だった。


「――千夜!」


 チカが手を引く。


 あたしは、そんなチカの手を柔らかく離すと、チカを隠すように立った。

 そして、こう呟いた。



「……チカ。なにがなんだかわかんねーけど、お前、逃げてるんだろ。うまく逃げろよ。あたしもそのうち、追い付くから」


「――千夜」


 不満そうなその声にかぶせるように、あたしは言った。


「――必ず、見つけてみせるから」


 あたしはチカの返事を待たず、駆け出した。

 裏門から、まっすぐ反対に。チカとは、真逆の方向に。


 この時、あたし達は、違う道を選んだ。


 今思えば、別の選択肢もあったのかもしれない。

 でも、今のあたしにできる精一杯を、あたしはまっとうした。


――たとえ、その先に待っているのが、よくあるバッドエンドだとしても、あたしはもう、悔やまないと決めたんだ――……。




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・・・



「チカ……」


 あたしはただ、息を吐いた。


 目の前の体は冷たくて、おびただしい血が、ねっとり、とあたしの手に絡み付いた。


 その体は、めった刺しをされたように、穴だらけで、その瞳はもう、なにもうつさなかった。


――チカは、死んだ。


 あたしが、チカを裏切って、進藤に会いに行かなければ。


 あたしが記憶を取り戻し、もっと早く、チカのことが大切だと、特別だと、気づいていれば。


 そんなifは、朝靄(あやもや)にとけていった。


 今、夜が終わり、朝がやってこようとしていた。



――もう一度。


 あたしは、拳を握った。


……「もう一度」があったなら。もう一度、やり直せるなら。


 この運命を、すべてを、裏切ってみせる。


――神様。


 もし、あんたがこの世界のどこかにいるなら、この身も魂もすべて、捧げたっていい。


――取り返してやる。


 チカを、あの希望を、あの憧れを――……あの、〈失われた夏〉を!


 一回? 十回? 百回? いや、“何度でも”だ。


 あたしは、何回だって、やり直してやる!!


 たとえ、その事によって、どんなに世界の理(ことわり)が歪もうとも。

 どんなに、あたしが、「あたし」でなくなったとしても。



 あたしは、もう諦めない。


――“さあ、失われた夏を、取り戻せ”。



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Fragment1. リバースエンド ~ディスペア・フェイト・エンドレス~


“Fragment”~フラグメント~


「破片、断片、かけら」「断章、未完遺稿、残存断片物」

「ばらばらになる、砕ける、~をばらばらに壊す」


reverse ~リバース~


「逆、反対」

「裏、背面、開いた本の左ページ、裏ページ」「不運、失敗、損失、敗北」


「逆転、逆転装置、置き換える、転換する」「破棄する、取り消す」


~ディスペア・フェイト・エンドレス~


「終わりなき絶望の運命」

「果てしない絶望の運命」「無数の絶望の運命」

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