第27話 クロネルさんの天気予報


「今のは何じゃ? 一瞬で、離れた場所に移動したぞ!」


 王女様が俺に振り返って聞いてきた。驚きと言うよりも、呆気に取られた顔をしているな。


「アリスの裏技みたいなものです。空間を捻じ曲げてその隙間を移動するみたいです」

「フム、ジャンプした訳ではないのじゃな。確かに景色がぐにゃりと一瞬歪んだように見えたのじゃ」


 俺達はヴィオラからの帰艦指令を受けて、荒地を滑走している。

 まだ、採掘は終っていないようだ。バージ1台に積み込むとは結構な鉱脈だな。

 

「我の戦姫バルキリーもこのような機動が出来れば良いのじゃが……。あれでは精々、移動砲台に過ぎぬ」

「動力に問題は無いのですか?」


「有り余っておる。騎士では全く動かす事も出来ぬ。我がどうにか動かせるのじゃが……、この戦姫バルキリーを見ては、動かせるとは言えんのう」

「だったら、円盤機のシステムを取り入れてはどうですか? リフティングボードを作って、それを操縦するのも手ですよ。丁度、サーフィンをするような感じで戦姫バルキリーを駆れば良いんです。その上に乗って巨獣に向かってトリガーを引くのは容易だと思うのですが」


戦姫バルキリーでサーフィンをするのじゃな! それはおもしろそうじゃ。帰ったら、カテリナ博士に相談してみるぞ」


 カテリナさんって、何でも屋だったんだな。確か出来ないのは料理と育児って言ってた気がする。

 王女様はそのアイデアを気に入ったようだ。それ位なら戦姫バルキリーを動かせると思っているのかな?


 アリスがヴィオラの甲板に飛び乗って、カーゴ区域に帰って来たには、出掛ける前と違ってどこかはしゃいだ感じが伝わって来る。

 カーゴ区域からエレベータで待機所に行くと、2人の護衛を連れてブリッジへ王女様は出掛けて行った。


「どうしたんだ? 出掛ける時とは雰囲気がまるで違うぞ」

「ちょっとアドバイスをしたら、あんな感じになったんです」


 アレクの問いにそう答えて、ベラスコが渡してくれた炭酸飲料を飲む。

 

「まあ、尖った感じよりは良くなった。気が張った状態では持たんからな」

 

 そう言って、飲んでいるのは酒じゃないか!

 

「イエロー警報は終了ですか?」

「ええ、1時間程前にね。リオも着替えた方が良いわよ。そしたら、皆で食事に出かけましょう」

 

 結構遅い時間なんだが、俺を待っててくれたみたいだ。着替えを済ませると、皆で食堂に下りていく。

 遅い時間でもあって、メニューは限定されてるな。

 それでも、量のある暖かい食事を皆で食べるのも良いものだ。そんな中、話題となったのはメガドラムの存在だ。


「そんな巨獣がいるんですか?」

「ああ、北の大山脈にはもっと凄いのがいるぞ。メガドラムは比較的低地にいるんだ。後で画像を見ておくんだな」


「それでも、大きいだけですよ。移動速度はどう考えても時速10kmは出せません。のんびり北に向かってましたが、イグナッソスはあれを狩れるんでしょうかねぇ」

「狩れないまでも、向かっては行くでしょうね。自分達の狩場にメガドラムがいれば他の草食巨獣は近付かないわ」


 巨獣達の間にも縄張りはあるんだろう。その縄張りをかき乱してるのは俺達のような気がするぞ。

 食事を終えると、自室に引き上げる。

 部屋の扉を開けると、ソファーにフレイヤとドミニクがワインを飲んでいた。

 

「あら、お帰りなさい。ごくろう掛けたわね」

「王女様と一緒だったんだって? 狙ってるわけじゃないでしょうね?」


 そんな事を言いながらもフライヤが俺にワインのグラスを渡してくれた。


「あれは、沈んでいたからな。それに一度乗せてあげると約束したし……。だいたい、まだ14歳だぞ。手を出す訳が無いじゃないか」

「とは、思っていたけどねぇ。リオにその気が無くても相手がどうかは分らないわよ。中規模の騎士団の騎士で終るより、国を治める方がおもしろいかも!」


 ドミニクが小さく笑ってる。

 そんな事は微塵にも考えてないぞ。疲れるだけだろうし、俺の器ではない。


「あまり、干渉されたくないんで、ちょっとアドバイスをしてみたんだ。帰ったらすぐにブリッジに向かったけど?」

「長距離通信で拠点の母さんと話をしていたわ。母さんも楽しそうな口調だったし、微笑んでいたけど……、何をアドバイスしたの?」


 ドミニクの質問に、戦姫を使った高速移動砲台の話をはじめた。フレイヤも火器管制官の立場だから興味深そうに俺の話を聞いている。


「サーフィンしながら、レールガンを撃つって事!」

「そんな感じかな。練習は必要だけれど、戦姫バルキリーの体重移動が出来れば何とかなりそうな気がするんだ」

「母さんが喜ぶ訳が分ったわ。でも、戦機ナイトでは出力が足りないわね」

 

 直ぐに戦機ナイトのリアクター出力と、反重力場の形成に必要なエナジーを計算したようだ。暗算できるんだからドミニクは頭が良いんだろうな? 王都の学府を優秀な成績で卒業したらしいとアレクが教えてくれたけど、どうやら本当の事らしい。

 

「だけど、それが出来たならウエリントン王国の戦姫バルキリーは、戦艦並みの火力を持つ高速陸上移動砲台として機能するのね」

 

 フレイヤはそれが出来た時には、脅威的な存在になることを暗に心配しているようだな。

 だが、それを動かすことが出来るのは王女様ただ1人だ。俺達に敵対する存在ではなく、どちらかと言うと中継点の防衛の要になる存在だから問題はないと思うな。


「ところで、何で2人で俺の部屋にいるの?」

 

 俺の素朴な疑問に2人が微笑んで俺を見た。

 

「私は、元々この部屋に乗船登録をしてあるわ」

「私は、部屋を副官達の部屋に提供することにしたの。だから、今日からこの部屋の住人だわ。でもたまに来るだけだからフレイヤの邪魔はしないつもりよ」

 

 それって、元からの住人に断わる必要って無いのかな?

 確かに騎士団長の決断なら、団員は従うものなのだろうけど……。俺にも一応断わって欲しかった……、ってそんな問題じゃないような気がするな。未婚の男女が3人ってどんな関係になるんだ!

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 翌朝、隣のベッドに寝ていたのはフレイヤだけだった。

 ドミニクはレイドラの部屋にあれから向かったのだが、それなら俺の部屋に住所を移動する必要もないんじゃないかな?

 フレイヤに言わせると、唾を付けたと言う事らしい。この世界は一夫多妻らしいがそれを選ぶのは女性って事なんだろうか?

 嫁さんを1人も貰えないと甲斐性無しと見なされそうでちょっと怖くなる。


 ベッドから起き出して、フレイヤを起こさないように着替えを済ませると、窓際のソファーに腰を下ろす。

 端末を手に取って、仮想スクリーンを展開する。どうやら、採掘を終了したようだ。低い振動がかすかに伝わってくるから、鉱石探査をしながら進んでいるようだな。

 スクリーンに映し出されたナビシステムを確認すると、拠点からの移動距離は700kmというところだ。前回の航路からやや南3km程のところを真直ぐ西に移動している。

 

「もうすぐ、前回の採掘場所に近付くわ。鉱床自体は小さくとも、ある程度まとまっているみたいね。その結果は午前中に分るわ」


 俺の耳元でフレイヤが囁いた。何時の間にか起きてたようだ。

 直ぐにシャワー室に向かったから、フレイヤの準備ができたところで食事に行こう。

 

 アレクの場合はいつでも2人の女性が一緒だと思うと尊敬したくなるな。

 タバコを一服しながら、窓の外を見る。相変わらず荒地が続いているが、果たして午前中に鉱床が見付かるんだろうか。

 

 フレイヤが再び俺の前に現れた時にはメイクまで終わっていた。素顔も綺麗だけど、メイクすると更に美人に磨きが掛かる。ドミニクも美人だけど、フレイヤは野性的な感じがするな。

 2人揃って食堂に向かう。まだ時間が7時と言う事もあり、俺達が食堂に入った時には6割程の客の入りだ。

 ちょうど空いた窓際の席で、朝食セットをネコ族の少女に頼んだ。

 その代金は俺が支払うことになったけど、結構な出費になりそうだな。

 ちょっと腹にたまりそうなハンバーグを頂いて、マグカップのコーヒーにたっぷりとスプーン2杯の砂糖を入れる。

 

「良くそんなに甘いコーヒーが飲めるわね」

 

 そう言って俺を見るフレイヤだって、マグカップから零れそうになるまでミルクを入れている。

 ドミニクは、何も入れずにそのままだし、カテリナさんはブランデーを入れるのが良いと言っていたな。

 人様々だから、個人の好みに文句を言うのはどうかと思うけど、フレイヤにはそんなところがあるんだよな。

 面倒見が良いという事なんだろうけどね。


 食事が終わったところで、フレイヤは当直の為に火器管制所に向かう。俺はいつものように俺達の溜まり場である待機所に向かった。

 待機所にはだいぶ人が集まってる。

 円盤機の連中は、交替シフトを組んでいるようで、ここにはあまり来ていないが、獣騎士の連中は、半数程が集まってカードをしながらコーヒーを飲んでいた。

 彼らに軽く手を上げて、いつものソファーに歩いて行く。

 

「おはようございます。まだ俺だけですよ」

「おはよう。まあ、警報も出ていないから問題はないよ。俺達は鉱床が見付かれば直ぐに出動だから半数は待機してるけどね」


 ソファーに倒れこむように腰を下ろすと、タバコを取り出して一服しながらスクリーンを展開する。


『……次のニュースです。大陸北東部に集まった騎士団の2つが戦機ナイトを発掘した模様です。発見した騎士団には戦機ナイトが無かったようですから、その喜びも想像できますね。次ぎは本日の天気予報です。ネコ族の生活部長であるクロネルさんの話では荒れ模様になる可能性が無いとはいえないとの事でした……』


 戦機ナイトの発掘は嬉しかったろうな。

 俺達の僚艦もそのニュースを知って、私達もと考えているに違いない。

 ところで、天気予報だが……、当るのか?

 どうとでも取れる内容だから、嵐が来ても来なくても当ったことになるのだろうか?

 気休めにもならないような天気予報だが、ネコ族の天気予報は科学的な解析による予報よりも当ると聞いている。この場合は悪い方に考えておけば問題ないだろう。

 ある意味、レクリエーション的な館内番組だから、これで十分なんだろうが、この放送を聞いている団員は俺以外にもいるんだろうか?

 

 そんな事を考えながらタバコを吸っていると、ヴィオラの進行方向が突然変化した。

 鉱脈を見つけた時のようなぐるりと旋回するような動きではない。明らかに前方の異常を回避する為の動きだ。


『どうやら、クロネルさんの予報が当ったようです。ヴィオラとその僚艦は、近くの高台に緊急避難を行なうとのことです。嵐の規模は不明ですが、場合によってはいきなりレッド警報が発令される事も予想されます。お酒を飲まずにこのまま番組をご覧下さい……』


 スクリーンの遠くに黒い雲が広がっている。急速に近付いているような気もするが、荒地にはあまり起伏が無い。高台と言っても数m程のなだらかな丘になるんだろうが、そんな場所が近くにあるんだろうか?

 ヴィオラの振動が何時の間にか大きくなっている。最大速度で高台を目指しているんだろうな。

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