第20話 遺伝子配列


「拠点を持つのは、アデルの夢だったわ。良く私達に話してくれたものよ。『拠点を持つと言うのは、国を持つようなものだ』ってね。この周辺の探索はしていたんでしょうけど、戦機ナイト4機でイグナスの巣に近付くなんて、出来なかったんでしょうね」


 カテリナさんは窓を見ているけど、その瞳に写っているのは遥か昔の思い出なんだろう。静かにグラスの酒を飲んでいる。

 改めて、酒をグラスに注いであげると、小さな声でお礼を言ってくれた。


「こんなことを聞いては失礼なんでしょうけど……、ドミニクの父親の死因って、何なんですか? いまだに教えてくれないんです」

「一応、話してあげたほうが良さそうね。アデルの死因は、遺伝子再生不良と呼ばれる騎士特有の病気よ。戦機ナイトの操者である騎士は、ある特定の遺伝子配列を持つの。その遺を持つ者は極めて少ない事は聞いているでしょう? 騎士の遺伝子配列は本来の配列では無いんでしょうね。細胞分裂の過程で本来の遺伝子配列に戻ろうとするのよ。普段の生活なら寿命まで問題は無いんだけど、それを加速するのが戦機の操縦なの。実年齢で35歳。これを過ぎて戦機を操れば、一気に遺伝子が暴走を始めるわ。……後には肉の塊が残るだけ」


 驚いてカテリナさんを見つめた。悟ったような覇気のない表情で、グラスの酒を飲んでいる。


「アレク達はそんな宿命を持っているんですか……」

「だから、30を過ぎれば騎士団を退団して他の職業を始める者が多いわ。王国に農園を買って暮らしている者や、獣機コングに乗り換える者もいるみたい。獣機コングなら何時までも乗っていられるしね」

 

 そういえば、フレイヤの母親達は元騎士だと言っていた。華やかに見えるが、その活動期間は短いんだな。


「でも、リオ君はそうならないわ。ある意味、一生を戦機ナイト……いえ、戦姫バルキリーと共に暮らせるのよ。今のテクノロジーでは不可能だわ。少しは、理解したつもりでも、直ぐに私の手の平から零れてしまうような技術なのよねぇ。興味は尽きないし、娘の頼みだからずっと貴方の傍にいられるのも嬉しい限りね。全く良い娘を持ったと自分を褒めてあげたいくらいだわ」


 ひょっとして、ずっと俺の近くにいるって事なのか?

 確かに姿体は、20代なんだけどね。……何となく、気になるのは俺の倫理感がそう告げるだけなんだろうか?

 

 ふらりとカテリナさんがソファーから腰を上げると、テーブルを挟んでタバコを吸っていた俺の隣に移動して俺の肩に体を預ける。

 

「私には未知の技術でも、将来の指標となるものは出来そうだわ。私の生きた証が残せそうな……」

 

 小さな呟きは最後まで続かずに、俺に体を預けて眠ってしまった。

 改めてウイスキーのボトルを見てみると、三分の一位しか残っていない。俺が部屋に来る前から飲んでたみたいだから、このまま寝かせてしまおう。

 カテリナさんをベッドに運ぶと、ソファーに寝そべってカテリナさんの話を振りかえる。


 騎士の寿命は、実年齢で18から30前後の約10年前後と言うことになる。

 アレク達も、後数年で進路を変えねばならないってことになるな。その時はどうするんだろう?

 この拠点を管理運営する仕事もあるだろうし、あの農園で母親達と暮らす事も出来る。

 さらに、問題となるのはアレク達が同年代だという事だ。ヴィオラの騎士が半減する事態が生じることになる。更にカリオンもいなくなると言う事態が最悪だな。俺とベラスコの2人になってしまうぞ。

 緩やかな世代交代をすることを考えなくちゃならないが、……まあ、そんな事はドミニクに考えさせとけば良いのかも知れない。

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 次の早朝。ヴィオラとガリナムがゆっくりと拠点を出て鉱石採取に向かう。

 洞窟ホールから出口までの長い洞窟は、操船を担うブリッジの連中の腕の見せどころだ。

 俺達はいつものように待機所に集まって、ブリッジから見える前方の風景をスクリーンに映してその腕を見ている。


「確かにヴィオラ騎士団のブリッジ要員は一級揃いだな」

「洞窟直径に比べてヴィオラは半分ですから操船が容易なのは当たり前だと思いますが……」


 珍しくコーヒーを飲んでいたベラスコが呟いた。そんな彼を面白そうにアレクが見て、その訳を説明しだす。


「ヴィオラ単体なら簡単だろうな。だが、考えてもみろ。ヴィオラの後ろには500tバージを5台も曳いているんだぞ。パージ1つが40mはあるから接続具込みで50mとすれば250mが加わる。それも5つの関節があるようなものだ。壁面に接触させずに制御してるんだから大したものさ」


 尻尾を壁にこすらないで進むネズミみたいな感じだな。

 そんな事を考えていると、突然前方が明るくなって俺達は外に飛び出したようだ。

 

 円盤機が2機発進して上空からの監視を始める。

 ヴィオラは2つの尾根に挟まれた場所を抜け出すと西に向かって2時間程走ると、ブームを展開して地中を探り始める。直ぐ隣にガリナムが並んでいる。2隻のラウンドシップが並走して進むことによって鉱石探査の幅が150mになるらしい。少しでもサーベイ範囲が広げて鉱石探査を優位に行なうつもりのようだ。


 探査時の巡航速度は時速20km程だから、巨獣の移動速度に近い。採掘時以上に巨獣に習われやすいとフレイヤが教えてくれた。

 俺達の方が遥かに大きいのだけれど、彼らには縄張りを荒らす他の巨獣か、動きの遅い大型の草食獣に見えるらしい。


 そんなことだから、現在はイエローⅠの待機状態になっている。

 昼食は食堂からの出前になるのだが、カツ丼が無いのが寂しいな。パスタに似た料理を薄味のスープと一緒に食べ終えると、食後のコーヒーはカップにストローが付いていた。


「第2巡航時なら食堂を使えるが、第1ではな……。獣機コングの連中のようにイエローⅢよりはマシだと思う外ないな」

「鉱脈が見付かれば直ぐに採取ですからね。実際、一番苦労してると思います」

 

「そういうことだ。だから、獣機コングの騎士は俺達よりも少しだが給与は上だ」

「あまり、俺達は働いていませんからね。でも、それだけ危機が訪れなかったんだと思えば良いわけですね」

「ああ、出来れば騎士団のお荷物に徹したいな」

 

 そう言いながら、タバコに火を点けた。コーヒーにタバコは合うからな。


 突然ヴィオラの速度が落ちてゆっくりと周回を始めた。

 獣機士達が立ち上がると待機所を駆け出していく。

 

「どうやら、鉱脈を見付けたようだぞ」

『ヴィオラ騎士団員に連絡。鉱脈を発見。獣騎士は至急ハンガーに集合せよ。戦騎士はイエローⅢで待機。繰り返す……』


 急いで更衣室に飛び込んでコンバットスーツに着替える。

 レッドⅠの連絡でハンガーに行けば良い。レッドⅡならば戦姫バルキリーのコクピットで待機だ。


「まあ、どうなるかだな。例の騎士団が襲撃されたのも北緯50度以北だ。この辺りはそれを越えてるからな」


 そう言って、円盤機からの映像をスクリーンに映して見ている。

 2機の偵察用円盤機が周囲を監視しているから、巨獣の接近は早期に分かる筈だ。

 隣にもう1枚のスクリーンを展開して獣機コングの作業を見守る。

 ヴィオラの18機とガリナムの10機が協力し合って鉱石の掘り出しと運搬を始めている。

 役割分担を決めていたのかな。混乱も無く順調に作業が行なわれているようだ。

 

「重テラリウムらしいわ。動力炉の炉壁用に高値が付きそうよ」

「問題は量だな。パージ1つもあればありがたい話だが……」


 一か所で200tを超える鉱石は中々見つからないらしい。作業は12時間を越えたが、500tバージの四分の一を確保したようだ。

 採掘が終わると、俺達の艦隊は再び西に向かって動き出した。


 2日間は何も見つけられなかったが、4日目の夜に、突然館内放送が流れる。

 

『ヴィオラ騎士団員に連絡。鉱脈を発見。獣騎士は至急ハンガーに集合せよ。戦騎士はイエローⅢで待機。繰り返す……』

 

 俺とフレイヤはベッドから抜け出して急いで身支度を始めた。


戦機ナイトのイエローは火器も一緒なのよ。リオ達は待機所だけど、私達は管制室で待機よ」

 

 そう言って俺に手を振ると部屋を出て行った。

 真夜中だから、と言っていられない。探査装置で鉱脈を探している連中は4時間交替でシフトを組んでるようだし……。何時も見付かるのが昼間とは限らない。


 待機所に行くと、どうやら俺が最後だったようだ。

 皆に挨拶してソファーに腰を下ろすと、サンドラが濃いコーヒーを渡してくれる。

 ありがたく頂いて一口飲むと少しずつ眠気が冷めていくのが分った。


「俺達は待機だが、リオには特命が下りている。15分後にヴィオラを発進して、北に向かってくれ。距離は60kmで良いそうだ。円盤機のセンサーが故障したらしい。現在1機が周回している」

「急がないと不味いんじゃないですか?」

「まあ、そうなるな。だが、コーヒー位は飲んでいけ。居眠りでもされたら大変だからな」


 そんなことを言っているけど、良いんだろうか? とりあえず、早めに飲んだ方が良さそうだ。

 

「俺達は出動しなくて宜しいんですか?」

「巨獣の姿も見付からないのに出動は無意味だ。リオの機体は動きが早い。そして小さいながらも暗視野が確保されている。だから、夜間の偵察には都合が良いんだ」


 ベラスコは出撃したいようだな。

 それでも、アレクは許可を出さない。

 そんな連中に頭を下げると、コーヒーを半分ほど残して俺は立ち上がった。


「行って来ます!」

「おう、気を付けてな」


 軽い挨拶をかわして俺はハンガー区域へと急いだ。

 エレベーターを降りるとハンガー区域を駆けていく。何時もなら、ずらりと並んだ獣機コングがもぬけの空だ。

 

 弟子達を連れて戦機ナイトの整備をしていたベレッドじいさんに挨拶をして、素早くアリスに連絡を入れる。


「だいぶ急いでるようじゃな。話は聞いておる。弾丸クリップは腰に2個付いておるぞ」

「偵察ですから、問題はないと思うんですが、ありがとうございます」


 胸部装甲版とコントロールポッドが開いたアリスのコクピットに、隣接したタラップを駆け上がる。


 コクピットを収めたポッドが閉じると同時に、コンソールの照明が灯り、内部空間を明るく照らし出した。

 正面のスクリーンには、ゆっくりと胸部装甲版が閉じる姿が映し出されている。


「目的地は北60km。夜間だから、高度50mで探索しよう」

『目的地、ブリッジより修正が来ています。接近中の巨獣を調査のこと。方位340度、距離80となっています』

 

 アリスの操縦をアリスに委ねる。

 アリスは隣に立てかけられた40mmライフル砲を片手に取ると、ハンガー要員の赤と緑に光る2本の棒に誘導されてゆっくりと昇降装置に向かって歩きだした。


「ひょっとして、迎撃なのか?」

『それは、相手次第でしょう。このライフルを全弾使用しても無駄であれば、隠匿兵器を使用します』


 昇降装置を上っていく途中で、物騒な事をアリスは伝えてきた。

 相手がイグナス程度なら問題は無いだろう。ベラスコの初陣を皆で祝福してやるのも悪くない。

 ヴィオレの甲板に数歩歩いてブリッジに出発を告げると、アリスは地上にジャンプする。着地と同時に、北に向かって速度を上げていく。

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