第12話 新型ヴィオラの出航
出航前日に陸港のA-103会議室に集合する。
その入口の受付でボーナスを受取る事が出来た。どうやら全員が均等らしく、俺とフレイヤとも同じ額の52,000Lになる。教会カードを提示してカードの残高を更新する。ついでに余った硬貨も預金しておいた。手元にはフレイヤから貰ったサイフの硬貨ケースに金貨が1枚と銀貨が数枚あるから問題ないだろう。
会場ではドミニクの短い挨拶があって、新人の紹介がある。単に勢揃いして名を名乗るだけだからこれも短時間だ。
最後に、グラスが配られ皆で新しいヴィオラの船出を祝う。温いシャンパンだが、これだけが船出の祝典に合ってる気がするな。
部局毎に新しいヴィオラに乗り込んでいく。
俺達は最後に乗り込んだのだが、俺達の前にはにゃぁにゃぁと賑やかに話し声を上げながら乗り込んでいくネコ族の女の子達がいた。
思わず笑みがこぼれてしまう。再び彼女達をこの港へ安全に戻すことが、俺達の仕事になるのだ。
部屋に戻ると、直ぐにフレイヤが部屋を出て行く。新人に火器管制のレクチャーをしなければならないそうだ。
1人ソファーに座って、のんびりとスクリーンを見ながらビールを飲む。
ニュースを見ていると、騎士団の動きが少しは見えてくる。
この間の出来事で高緯度へ出掛ける騎士団が減ったようだ。全体的に北緯50度以下で活動している。
俺達はどこに出掛けるのだろうか?
前回はかなり西に向かったが、あの先を行くというのもありそうだ。西に向かって進む騎士団の数は少ないように見える。
トントンと軽く扉が叩かれる。
スクリーンの一部に扉の外の光景が映し出され、白衣を着た女性が見えた。
「どうぞ」という俺の声に反応して扉のロックが解除される。席を立って出迎えると、気を失った俺の治療をしてくれたドミニク団長のお母さんだった。
「以前はだいぶご迷惑をお掛けしました」
「今日は、乗船したので挨拶に来たわ。貴方1人なの?」
とりあえず部屋の中に案内してソファーに案内する。
冷蔵庫からビールを取り出してグラスに注いで手渡した。
「ありがとう。ドミニクは忙しそうだし、医局も今は暇なのよ。貴方のその後の検診に来たんだけど邪魔じゃなかったかしら?」
「俺も退屈してたところです。やはり乗員が増えたからですか?」
俺の言葉に微笑みながらビールを飲むと、タバコのケースを取り出した。
直ぐに近くの灰皿を取ると、俺もバッグから1本取り出してライターで火を点けてあげる。
「一応、法律があって乗員数によって船医の数が決まるのよ。私の所の子を出す予定だったけど気が変わって私が乗船したわ。もっと、貴方を知る為にね」
「あれだけ、検査したじゃないですか。それで終わりじゃないんですか?」
「まだまだ分らないことだらけ。フレイヤやドミニクには一応断わってはあるけど、渋々了承ってことかしら?」
そう言って、おもしろそうに紫煙を燻らす。
「たぶん、今の貴方はどんな検査をしても私達と変わらないわ。そこまで巧妙な擬態を行なうのが第一の疑問。そして、その状況下でも貴方の脳内にあるプローブがどうして消えないのかが第二の疑問ね。仮説は色々立ててみたけど、どの仮説も現在の科学では到達できないことばかり。王立病院の研究室よりも遥かに貴方と一緒にいるほうが私の興味が尽きないわ」
そう言って俺の傍に寄ってくると、Tシャツを脱がして触診を始める。
タブレットをかざしながら俺の体を見てるって事は、簡易なスキャナーなのだろうか?
「やはりね……。血液サンプルが欲しいんだけど?」
「沢山は嫌ですよ」
「だいじょうぶ、ほんのちょっとだから」
でも、取り出した注射器みたいなものは結構な大きさだぞ。
腕を押さえてピストル型の注射器を俺の腕に当てるとトリガーを引く。
バス! っと小さな音がして、注射器の中のアンプルに数ccの血液が採取された。
と同時に眠くなる……。
採取と同時に薬剤を注入したのか?
俺の顔を至近距離から見ているカテリナさんの笑顔が記憶の最後だった。
再び意識が戻ると何時の間にかベッドに寝かされている。
シーツを捲ると裸だぞ。
「あのう、これはどういうことでしょうか?」
「治療の成果を確認するためよ。一応、医者でしょう。最後まで責任があります」
仮想スクリーンを目の前に展開しながら、俺の話を耳だけで聞いている。
スクリーンに見入った目は真剣そのものだ。
「患者の意見は聞かないんでしょうか?」
「聞いたら協力してもらえそうもないし、ここは実力行使をしないとね」
ふーっと深くため息をついて、仮想スクリーンを閉じると、今度は俺に顔を向けたのだが、どう見ても患者を見る目じゃないな。
ネズミを前にしたネコの目に見える。
「現状では正常な青年男子と変わらないわ。こんな事例は、誰も本気にしないでしょうけど、仮説を実証するには、どうしても貴方の協力が必要だわ」
「協力はできると思いますが、俺の任務には影響ないんでしょうね?」
一応確認しておいた方が良さそうだ。
騎士としてヴィオラ騎士団に所属している以上、任務放棄は厳罰ものだからな。騎士団から放り出されたら、たちまち路頭に迷いそうだ。
「影響は無いようにしたいわねぇ。娘に怒られそうだし……」
笑い顔で言ってるから、信用なんてできないのかもしれない。
「またね!」と片手を振って俺の部屋から出て行ったけど、いったい何が目的だったのだろう?
仮説の内容が気になるな。確かカテリナさんって、バイオテクノロジーの権威者って聞いたぞ。
俺と、どう関係するんだろう?
そんな事を考えながら、シャワーを浴びてベッドの傍にキチンと畳まれた服に着替える。
ソファーのテーブルを片付けて、今度はコーヒーを入れるとアリスに連絡を取った。
応答が返ってきたところで、一連の出来事をアリスに伝えてアリスの推論を聞く。
『マスターの体の構造に興味を持ったと推測します。マスターの体の秘密に気が付いています。それを知った上で仮説を組み立てていると思われます』
「問題はないんだろうか?」
『現状では判断できません。それより、私は何時まで隠れていれば宜しいのでしょうか?』
「ドミニク団長と相談してみるよ。今は出航で忙しそうだから明日の夜にでもね」
『了解です』と俺に返事をして通話を切ってしまった。
アリスの推論機能は俺の思考の上を行く。
アリスにも判断できないとなれば、現状のままとする外に無さそうだな。
次の朝早く館内放送が出航を告げた。
出航の瞬間軽い振動が感じられたが、直ぐに小さな振動に変化した。
ベッドサイドのスクリーンを展開すると、周囲の建築物が見える。少し視点が高くなったような気がするな。
しばらくはベッドで横になりながら周囲の摩天楼の風景に見入っていた。
2時間もすると周囲の建物の高さが低くなり、それが疎らになると農園が広がってきた。もう直ぐ防壁を超えることになるな。
衣服を整え、食堂に行こうとしたところ、扉を叩く音がした。
ロックを外すと、現れたのはフレイヤだ。時刻は丁度0900時だから当直が終わってやって来たのかも知れない。
「防壁の門を潜るのは午後になりそうね」
「俺の方には特に指示は無いな。今度は周辺監視用の円盤機があるから俺の出番って何になるんだろう?」
「でも、先行探査は出来るから遊んでる暇は無いかもよ」
「まあ、ドミニク次第だな」
部屋を出て、出航の話をしながら、食堂に出掛ける。
朝食には遅い時間だから、食堂は予想通り閑散としていた。
船首付近の席に座ると、真新しい制服にぎごちない動きでネコ族の娘さんが注文を取りにやって来た。新人なんだろうな。
「いまだと簡単なものになってしまうにゃ」
「それで良いよ」
運ばれてきた物は、サンドイッチに濃い目のスープと言う取り合わせだ。マグカップのコーヒーも付いている。
運ばれてきた食事の代金を、携帯通信機を通してタブレットに送ると、前方の風景を見ながら食事を始めた。
まだ、防壁は遠くに見えているだけだ。あれを越えるには2時間以上掛かりそうだな。
「アレクのところの新人を見て来て。お母さんにも頼まれてるの」
「女性とは限らないだろ」
「一応、念のためだけどね」
確かに現在2人だからな。母親も気懸かりなんだろう。
食事が終ると、フレイヤはコーヒーを急いで飲み終えて食堂を出て行った。
だいぶ前方の防壁が大きく見えてきた。
フレイヤの仕事は防壁を超えてだからな。
今度は夜間当直もあると言っていた。人数も増えたし、それなりの地位に付いたという事だろう。
食事を終えると、待機所に向かう。
そこには、何時ものメンバー以外にもう1人の男性が座っている。
俺を見つけたアレクが手招きしている。
「こいつがもう1人の騎士、リオだ。リオ、こっちが、新しい騎士のベラスコだ。3代続いた騎士の家柄だ。お前より若いが腕は確かだ」
急いでソファーに腰を下ろした俺に、少し年下に見える若い男を紹介してくれた。
「ベレスコです。よろしく」
「こっちこそ、よろしくな」
そう言って互いに握手を交わす。
これならフレイヤの心配は少し緩和されそうだ。
「アレクさん。カーゴには
「それは心配するな。ベラスコには俺乗っていた
「それで、噂ではどこに向かうと?」
「かえって、リオに聞きたい位だ。一応、北緯40度以北が狙い目ではあるだろう。場所は
そんなアレクの言葉に3人が頷く。
ベラスコは何処でも良いようだな。
「フレイヤの情報網を期待しましょう。もうすぐ防壁を出ますから、フレイヤは早速出掛けましたよ」
そんな話をしていると、艦内放送が始まった。
『円盤機発信準備。1号機、2号機搭乗員は至急発着場に集合せよ。繰り返す……』
待機所の端の方のソファーから数人が立ち上がると待機室を走り去った。
そんな彼らを首を回しながら見ていると、端の方の連中と視線が合う。互いに小さく頷いて視線を外した。
「早速、周回させる気だな。航法の連中も、先の事件を気にしてるんだろう」
「念入りな監視は良いことだと思いますが?」
「そうでもないぞ。たぶんランダムな動きをこれからしていく筈だ。だが、そんな早くから監視部隊を使うという事は、監視部隊の運用訓練を直ぐにする必要があるという事だろう。ひょっとしたら、北緯50度を越える気でいるのかもしれん」
それは、かなりな冒険だ。
俺達は互いの顔を見合わせた。皆固い表情をしている。それだけ今度の採掘が過酷な旅になると考えているのだろう。
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