第10話 新しいヴィオラ


 ノックの音と共に入ってきたドミニクとフレイヤに、拉致されるようにして部屋を後にした。

 俺が世話になっていたのは大きな病院のような建物だった。ドミニクの母親は高名な医者でもあるらしい。


「私の部屋を用意しておくのよ!」

 

 俺達が部屋を出る際に、カテリナさんがそう言ったんだけど、小さく頷く事でドミニクは応えていたな。

 

 建物の屋上にある小型機の発着場から、フライヤの操縦で飛立つ。

 数人乗りの垂直離着陸機はまるで空飛ぶ円盤のようだ。アダムスキー型みたいだな。

 摩天楼の間を縫うように飛んでいくと、都心の外れに大きな直方体の建物が見えてきた。


「あれが第1陸港よ。新しいヴィオラは一番右端にあるの」

 

 円盤機は、高さ100mはありそうな入口から暗い建物の中に入って行く。

 ラウンドシップのブリッジ横にあるロゴでこれが俺達の住処だと分るけど、2回りほど大きくなっている。

 直径は25m近いし、長さも200mはありそうだ。

 ブリッジの高さも30mは越えているから、巨大な戦艦に見える。

 ブリッジを取り囲むように砲座を被うドームがあるから尚更だ。


「フレイヤに部屋を教えて貰いなさい。私達は艦内調整があるから、しばらくは1人になるわ。夕食は、まだ生活部の連中が乗船してこないから簡単なお弁当よ。かなり大きくなったから艦内で迷わないように注意してね。これを渡しておくわ」


 円盤機から降りる際に、ドミニクが小さな携帯端末を渡してくれた。

 

「通信機能だけじゃなくて、画像も出るのよ。これが無いと、艦内で迷ってしまうわ。通行可能な区画や扉の施錠開錠も出来るし、食堂や酒場の支払いも出来るの」


 便利な代物だけど、無くしたら大変だな。ベルトに付いたバッグに直ぐに仕舞いこんだ。


 円盤機専用の駐機場でドミニクと別れ、フレイヤの後を付いて行く。

 他に2機の円盤機が待機しているから、これも新しい装備なのだろう。

 駐機場の端にあるエレベーターで居住区に下りると、通路を通って部屋に向かった。


「今度の部屋は少し大きいわよ。やはり大型だけのことはあるわね」


 そんな言葉を聞きながら歩いて行くとA-10の扉を開けた。

 中に入ると、確かに広い。20畳はあるんじゃないか? 窓も大きいし、窓際にテーブルセットまで付いている。

 カーテンで区切られたベッドは前よりも大きいのだが、俺一人なのにツインベッドだ。

 ベッドの間を抜けた奥にシャワールームが付いている。


「騎士と言う事で、リオには士官室が与えられるわ。私の部屋より格段に大きいわね。クローゼットが2つあるから、こっちは私に貸して頂戴。リオの荷物はこのクローゼットに入ってるわ」

「俺はまだ独身だぞ!」

「こっちは、私のベッドだからね。母さんの許可は得てるし、兄さんも賛成してくれたわ」


 そんな事を言ってるけど、俺の意見は無視してるんだよな……。

 とりあえずルームメイトと考えておこう。部屋をシェアしていると思えば良いのかも知れない。


 持ってきた荷物を大型のクローゼットに押し込んでテーブルセットのソファーに腰を下ろす。

 直ぐ傍に窓がある。今度の窓は1m四方位の四角い窓になっていたけど、前の丸い窓の方が何となく風情があったな。

 

「冷蔵庫の傍にダストシュートが付いてるわ。生ゴミは袋に入れて出せばだいじょうぶみたい。専用の袋がこのクローゼットに入ってるわ」


フレイヤが開けた小さな扉には、調理が出来そうな簡単な器具が揃っている。

 

「夜にお弁当を持って帰ってくるから、ゆっくりしててね。貴方のおかげでソフィーは助かったわ。ありがとう」


 俺にキスしながらそう言うと部屋を出て行った。

 1人残った俺は冷蔵庫の中からビールを取り出すと、ソファーに腰を下ろして端末を使ってスクリーンを展開する。

 部屋の中央に50インチ位のスクリーンが現れ、幾つかのファイルが現れる。

 ビール缶のプルタブをパチンと開けると、一口飲んで、艦内案内のファイルを選び出した。

 更にファイルが細分化する。

 概要、生活、火器、動力、カーゴ、戦機、バージ……。


 とりあえずは概要だな。

 端末で概要を選択すると、軽快な音楽が流れて可愛らしいネコ族の女の子が3Dモデルのラウンドシップを指揮棒で指し示しながら説明を始めた。


「新しいヴィオラは初代ヴィオラから3隻目になります。前のラウンドシップはダモス級陸上貨物船を改造しておりましたが、今回のヴィオレは……、何と! 陸上巡洋艦を改造したものなのです。通常のクラス分類は出来ませんが、タナトス級以上、グラナス級以下と言うところでしょうか? そんなヴィオレの特徴は……」


 船体を正面から見ると、まん丸ではなくて少し楕円形だ。走行用の多脚の列が左右に2対付いている。

 船体重量を反重力装置で相殺しているとは言え、それを走らせる足にはそれだけの重量を移動させる負荷が掛かってしまう。

 前のヴィオラよりも足回りは強化しているということだろう。

 リアクターは重力アシスト核融合炉が2機。コンバーターは流体磁気発電機(MHD)が2台セットになっている。

 引張るバージも大型だ。500t積載パージが5台。それらの反重力装置も母船であるヴィオラから電力を供給するのだから、リアクターは大型化してしまうな。

 大型カーゴスペースを改造して、戦鬼オーガが入れるようにしてある。更に戦機ナイトが6機に獣機コングを20機搭載出来るようだ。獣機コングの機数を減らせばさらに2機の戦機ナイトを搭載できそうだな。

 広域探査と上空からの攻撃用に円盤型垂直離着陸機を3機装備している。

 フレイヤと一緒に乗ってきた機体だが、攻撃にも使えるらしい。

 火器は、一回り大型化したようだ。

 長距離防衛用75mm速射砲に変えて88mm砲に変わっている。数も単装3基から連装3基に増えている。

 近接防御用25mm機関砲は、30mmに変わって数も増えたようだ。これらはブリッジ付近に集中配置されている。

 軍用ならば大型の火器が使われても良いような気がするが、騎士団は民間組織だ。巨獣対策用に武装は認められているが、その最大口径は100mm以下という事らしい。

 地中探査レーダーと分析装置の性能も向上している。

 横幅80m深さ20mの範囲が第一巡航速度である時速20kmで調査出来るようだ。調査時には、船体の左右に20m程の探査用ブームを展開するらしい。

 調査深度を15mにするならば、第二巡航速度である時速30kmで走行出来るし、パージを牽引しての最大速度は40kmにもなる。さらに、パージを切り離せば短時間ではあるが45kmで走行できるということだ。だが、1時間程度で多脚の爪が損傷してしまうらしい。


 ビールを飲みながらも、つい見入ってしまうな。

 約30分程度の概要説明は意外と説明する女の子の舌足らずなところに微笑んでしまう所もあって退屈せずに見ることが出来た。


 後は各部の説明を一度見ておけば良いだろう。

 休暇の残りはどれ位あるか判らないけど、本来は休暇を終えてから各自が部屋で確認するんだろうな。

 

 今度は、スクリーンを切り替えてこの世界を再度確認することにした。

 この惑星の名はライデンと言うらしい。

 1つの大陸と2つの海があるのだが、その比率は5.5対4.5の割合で少し陸が大きい。

 海は南緯5度から90度の広さだ。南緯5度から10度にかけて、直径20kmに満たない島が無数にあるけれど、大陸に近い島がレジャー用に開発されている程度であまり利用はされていない。

 更に、北緯80度を越えて海が広がっている。殆ど氷の海だから大陸周辺の氷河と一体になっている。

 その北海と南海を幅200kmの大海峡が繋いでいる。


 北緯10度から60度にかけては広大な荒地が広がっている。60度から70度の範囲は起伏の多い丘陵地帯だ。

 北緯70度から80度は大山脈帯になっており、その山脈から数本の大河が荒地を横切っている。この大河沿いに幾つかの湖があるのだが、俺はまだ1つも見ていない。


 俺達騎士団の活躍場所は、荒地と丘陵地帯の一部だから、東西約4万km、南北数千kmの範囲になる。

 この範囲に1千を越える騎士団が活躍しているのだ。


 低軌道でライデンを廻る大型探査衛星の画像データは一般公開されているし、GPS衛星のおかげでラウンドシップの現在地は何時でも把握できる。

 主に、画像データは巨獣の監視に使われ、GPSは大規模な鉱脈を発見した時の位置情報と権利を主張するために用いられることが多いそうだ。

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 どれ位時間が経ったのか、扉が開いてフレイヤが入ってきた。

 手に大きな包みを抱えている。


「お待たせ! 夕食を持ってきたわ。そんなのは何時でも見れるでしょ。このニュースを見て!」

 

 俺の隣に腰を下ろすと包みを開きながら、俺から端末を取り上げるとスクリーンを切り替える。

 

『……繰り返します。先程入った情報によりますと、レイドラル騎士団が巨獣と戦闘状態に入った模様です。周辺の騎士団が救援に向かいましたが……』


 交戦地帯を探査衛星からの画像で示しながら、ネコミミ姿の少女が状況説明をしている。

 たしか、レイドラル騎士団といえばクルージングツアーで出会った騎士がそう言っていたな。12騎士団の1つと言っていたぞ。


「北緯50度近くだから、あのツアーが終った後直ぐに出掛けたのね。50度を越えると騎士団はそれ程いないはずよ。いたとしても数百kmは離れている筈だから騎士団が到着するころには壊滅してるわ」

戦機ナイトが10機以上あると言っていたぞ。それでも防げないのか?」

「食事をしながら見ていれば分ると思うわ。襲ってきたのはたぶんトリケラだと思う」

 

 紙製の器に入ったスープはまだ暖かい。

 サラダはフルーツ主体だ。それに大きなチーズと焼肉が挟んであるパンが添えられている。

 コーヒーは小さなポット風の容器に入っていた。

 

 そんな食事をしていると、スクリーンの女の子がレイドラル騎士団を襲った巨獣の解説を始めた。


『画像解析によりますと、レイドラル騎士団を襲った巨獣はトリケラと呼ばれる種類の巨獣のようです。通常のトリケラの大きさは体長約20m、重量20t程度なのですが、今回画像で確認された大きさは体長30m推定重量30tを越えるものです。この大きさの巨獣が数百頭の群れでラウンドシップに襲い掛かったものと推察しています……』


「大型トリケラは北緯55度以上でたまに確認されるものよ。北緯50度でそんな群れが現れるなんて……」

「移動がどうして起こったかが問題だな。ヴィオラに空中偵察機が導入されて良かったと思うよ。ラウンドシップの周辺を周回すればある程度危険を回避出来るだろうし、さっき見たけどブリッジも高くなってるからそれだけ視認範囲も広がる筈だ」


 戦機ナイトを10機以上も持っているような騎士団が、簡単に壊滅してしまうんだからな。

 巨獣と戦った事は無いけど、かなりやばそうな相手なんだろう。

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