ベイビートーク

叶 遥斗

最初のおはなし、ベイビートーク

第1話 オレと君の噛み合わない日常




 オレが彼女に初めて出会ったのは、高校に入学した時。


 同じクラスだったから自己紹介の時にみつけた。あっけらかんとしたオレの挨拶とは対照的で、彼女の短い自己紹介はボソボソと呟かれただけで何を言ってるかわからなかった。


 中学でもずっとそうしてきたのだろう、ガッチリ編み込んだみつあみには一部の隙もなくて、パッと見は真面目で根暗と形容するのがたやすくて。友達はいないか作らないのか、一人でクラスの輪から離れていくようなタイプに見えた。


 でも気が弱いかと言えばたぶん違う。言葉であれこれ言わない分、ずっと何かを溜め込んでいるのか目力が強い。頑なな意志を感じるあの半開きの目。目が合うとこっちがドキッとする。



 そしてオレはその日のうちに気付いた。いつも彼女を気にして目で追う癖を自覚した。目が合うたび後ろめたさから慌てて逸らす。バクバクと緊張する心臓をなだめるうちにやっと。


 オレ、君に恋しちゃったみたい。



 不器用でバカで幼稚で何の取り柄もなくて。誰かを好きになるってどうしていいかわからないのにじっともしてられなくて。

 彼女に近付きたい一心で、オレは。前代未聞の告白をした。






「結婚してください!」



 クラス中に聞こえるような大きな声を受けて、一瞬驚いた彼女の目は、でも次第に冷ややかになっていく。



「……からかうの、やめて」



 心底迷惑そうな不機嫌な声も、くぐもった舌ったらずな鼻声がオレにはすごくチャーミングに聞こえた。


 ふざけたり照れたりしないクールビューティだ。からかわれていると怒っていても、彼女はヒステリックにもならない。


 オレの知る限り、女子とは小うるさい生き物で、とかくキーキーガーガー集団でオレを責めてくる。あるいはうちの姉ちゃんのように暴力に満ちた鬼だ。


 対して彼女はどうだ。まるで、のそのそとゆったり歩き回るフワフワの小さなテディベア。可愛いオレのくまちゃんだ。



「からかってないよ。超かわいい。大好き」



 満面の笑みでニヤけてダラけた顔のまま、彼女の机にしがみつく勢いで縁側の猫のようにゴロゴロとなつくオレ、全開。ほんとは机じゃなく本人に抱きつきたい。



「……そう。からかってるわけじゃ……ないの、ね」


「うん。結婚して?」





 彼女は息を吸い込みいつもより少しだけ大きめの強い呟きを返した。



「めいわく。」



 バッサリと。






 あの告白から半年以上が経った今も彼女との関係は進展していない。


 あくまでも肩書きは『同じクラスの早瀬琉依ちゃん』。



 ストレートの髪が少し色素薄めの栗色でさ、染めてはいないらしいけどすげぇ綺麗。みつあみをやめた今も他人を寄せ付けないオーラがある。



「琉依ちゃんてさ、ハーフ?クォーター?かっこいいよね」


「…うざい…」



 冷たいながらもいつもぼーっとしてるとこが神秘的だったり。



「泉谷さぁ、琉依は男嫌いなんだからいい加減諦めたらいいのに」


「えー。やだよう。なんで諦めなきゃなんないのさ」



 オレがわーわーと口説いて彼女が冷たくかわす、その繰り返しは端から見たらただのコントでクラスの連中は笑っていた。


 皆笑ってる。オレも笑ってた。


 でも琉依ちゃんだけどうでもよさそうにつまんない顔して。



 琉依ちゃんはいつも笑わない。感情の起伏がないんだ。オレはすげぇ泣いたり怒ったり笑ったりするのに。


 まるでそこにいないみたいに琉依ちゃんは何にも心を動かされない。



 それが悪いことだとは言わないけど知りたいんだよ、もっとさ。


 だって……好きになっちゃったんだからね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る