蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス- 第一部

星里有乃

第1話 異世界は人気スマホRPG

 みなさん、こんにちは。

 俺の名前は結崎ゆうざきイクト。東京都の多摩地域立川市在住。

 ある特殊なアレルギーを持っていること以外は、どこにでもいる普通の高校生だ。

 

 その日はテスト最終日という事もあり、学校も早めに終わった。

 学校帰りにJR立川駅周辺の馴染みのファーストフードで、ゲーム仲間とランチ兼ゲーム会。


 オレは、好物の白身魚フライのバーガーセットを注文。サイドメニューのポテトをつまみながら、ドリンクのコーラで喉の渇きを癒しつつのんびり談笑し、テスト明けの景気付けに何か新しいゲームアプリでも探そう……という話になった。


 みんなで一緒に、最近ネットで話題だという某ゲーム記事オススメアプリゲームをスマホにダウンロード。


 ゲームのタイトルは【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】だ。


 いわゆるファンタジーRPGで、可愛い女の子キャラが数多く登場する事から、美少女ハーレムRPGなどと揶揄されているらしいが、れっきとした正統派冒険RPGだそうだ。

 主人公は選ばれし勇者という設定で、パートナーとともに、魔王グランディアの手によって闇に包まれた異世界アースプラネットを救う旅に出る。


 いかにもファンタジー! といった感じの(だけど美少女がやたら出てくる)オープニングムービーが終わると『冒険の世界へようこそ』というメッセージ。

 楽しい音楽が流れる中、サクサクとアバターを作り冒険の準備を始めるオレ達。


 オレが選んだアバターの髪の色は栗色、前髪はやや斜めに流して眼はグリーンカラー。蒼穹色のマントに濃紺の衣装で、爽やかな勇者っぽい装備を選択する。


 名前は……イクトでいいか……。


 順調に準備をこなしていたオレ達だが、最初のパートナーを選ぶ画面でみんなの手が止まった。

 パートナーになる美少女達数人が、画面の外にいるオレ達に向かって手を振ったり、笑顔で呼びかける仕草をしてくる。

 容姿が様々なだけでなく、職業もバラバラだ。誰を最初の冒険の仲間にするかどうかで、攻略スピードが違いそうだな……どうしよう?


 すると、オレの隣に座るゲーム仲間の1人が、早速お気に入りのキャラを見つけたようだ。


「俺、この白魔法使いのマリアちゃんが好みかなぁ? 露出度控えめのローブに黒髪ロングヘア……いかにも清純そうで旅の途中癒されそう……」


 すかさず、オレの向かいに座っているゲーム仲間が反論する。


「いやいや、やっぱり女エルフ剣士のアズサちゃんでしょ? ちょっぴり強気そうな表情にショートパンツから覗くスラリとした生足……エルフ! 剣士 ! 金髪美女! ファンタジーの三大要素兼ね備えているし……」


 おいおい結局外見か? 

 もう1人超可愛い女の子がいるのに、何故か話題に出そうとしないな……不思議に思い、ピンク髪のツインテール格闘家少女をよく見ると、偶然オレの妹と同じ《アイラ》という名前のキャラだった。


 ゲーム仲間はオレのことをチラリと見て、

「何ていうか、イクトの手前アイラちゃんをそういう目で見るのは悪いかなあって……超可愛いけどさ」


 このゲームキャラは、オレの妹アイラと同じ名前だが本人という訳じゃないぞ! 似てるけど。といいつつ、妹に激似のアイラをなんとなくパートナーに選ぶオレ。


 そんなこんなで、パートナー選択も終えゲームスタート! と思ったところで、


『システムエラー』


 せっかく作ったデータ画面が落ちてしまう。

 残念なことに画面は真っ暗だ。ゲームのシステム管理の通知ホームページには、大人気のためシステムがエラーし現在メンテナンス中です……とのこと。


「何だよー! せっかくマリアちゃんと楽しい冒険が始まると思ったのに……」

「まあ、最近急に人気が出たゲームだし仕方がないか……」


 そんなこんなでゲーム会は中断となり、JR立川駅周辺のビルでスマホケースや文具やらを購入した後、解散となった。


「ゲームのメンテナンスが終わったらオフ会な!」


 次の約束をして帰宅するオレ。

 テスト疲れかゲーム疲れか……? 通い慣れた道のはずなのに、何故か普段使わない小径に迷い込んでしまった。

 もう夕方で道も暗いのに……早く帰らないと。夕闇が異様に赤く赤く染まり、黒い羽をパタつかせながらコウモリの群れがキィキィとオレに迫る。


「イテテ! 止めろって」


 コウモリの攻撃を避けながら、追いやられるようにふらふらと見慣れないトンネルに駆け込む。

 トンネルの中はジメジメして暗く、不自然な程誰もいない。

 車も通らない。

 コウモリ達のナワバリなのだろうか?


 小走りに暗いトンネルを靴音を響かせながら、ようやく出口に辿り着く。出口からはすでに、青白い大きな満月が見え隠れしていた。


 生まれて初めて見る輝くばかりの満月……《ブルームーン》と呼ばれる現象だ。


 その満月のあまりの巨大なオーラに気を取られていると「おいっ危ないぞ!」と、誰かに声を掛けられたその時、何が起きたのかはオレは覚えていない。


 きっと声を掛けられた直後には俺の意識は飛んでいて、その日を境に永い永い眠りについたのである。



 * * *



「おにーちゃん! 起きてよぉ、もう朝だよ!」


 いかにもアニオタが喜びそうな、萌え萌えしたラブリーボイスが聴こえる。何処かで聴いたことがあるような……誰だっけ?


 目をパチリと開けると、カントリー風の家具で揃えられた見慣れない部屋。

 ベッドサイドには、ステンドグラスのランプが光を柔らかく灯している。

 そして、挽きたての珈琲の良い香りと朝食特有のカチャカチャとした食器を並べる音がして……思わずオレは、ふかふかしたベッドからゆっくりと身体を起こす。


 ふと見ると、目の前にはツインテピンク髪のロリっぽい美少女と黒髪ロングの清楚系の美少女がいる。


 ツインテピンクの美少女は、オレンジ色のリボン付きのシャツとダークブラウンのジャンパースカートを着ている。

 学生か? まあ普通にあるファッションだ。そして超が付くほど可愛い顔をしているが、不思議と親近感がある……が、その親近感の正体をオレは思い出せずにいる。


 問題は、黒髪ロング清楚系の美少女の方だ。


 まるで、ファンタジー世界のキャラクターのような、淡い水色のローブを着ていてコスプレイヤーか何かですか? と言った風貌だ。

 だが、絹のような黒髪に飾られた飴色の天然石は、ごく普通の一般人には揃えられないような高級ヘアアクセサリーに見えるし、只者ではなさそう。


 ふと、目が合う。


 青い瞳が澄んでいて美しい……。


「ふふっ 起きたんですね。朝食、出来てますよ」


 声まで清楚で綺麗だな。

 もしかしてこの人、新人の女優さんか何かなのか? 撮影? でもオレそんなバイトしていないし?


 いかにも清楚系ヒロインっぽい方が、俺のことを甲斐甲斐しく世話し始めた。イマイチ状況が飲み込めない。勧められるまま、隣の部屋のダイニングテーブルで朝食を取ることとなった。

 3人でテーブルを囲み、清楚系の方が神に感謝の祈りを捧げる。


 挽きたて珈琲にミルクをたっぷり入れてもらい、飲みやすく……スクランブルエッグはケチャップが少しだけ添えてある。ベーコンはカリッと焼かれてこんがり、丸いパンはライ麦パンだ。三角形の大きなチーズが極上に美味い。


 食事中の会話で分かったこと……この場所は修道院兼孤児院で、他の人たちは皆教会のお祈りに向かっているため今はいない……ということ。この2人はオレの世話をする為に、朝のお祈りには行かずに部屋に残ったということくらいだ。


「あの……ちょっと伺っていいですか? オレ、どうしてこの修道院にいるんだろう? 」


 2人は顔を見合わせた。


「もしかして、覚えていらっしゃらないんですか? 勇者様……」

「お兄ちゃん、あたし達をモンスターから助けてくれて……気絶しちゃったから、こうやってマリアお姉ちゃんと看病しているんだよ」

「覚えていないの? 私達のこと……」と、ピンク髪の方はちょっと涙目だ。


 お兄ちゃん……とピンク髪に呼ばれ、激しい罪悪感がオレを襲う。理由はよく分からない。


 それに、あまりにも用語が現実世界とかけ離れている。

 勇者様? まるでゲームか何かのような……。


「これも、魔王グランディアの仕業なのかもしれませんね……アースプラネットはもうダメなのかしら?」


『アースプラネット』

『魔王グランディア』


 オレは、テスト最終日にゲーム仲間とスマホにダウンロードし、エラーとシステムメンテナンスのためプレイし損ねた、美少女ハーレムRPGを思い出した。


 あのスマホゲーム、タイトルは……【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】だ。


 この女の子達は、そのゲームに出てくるヒロイン達にそっくりだ。

 この現象は……オレにはそんな願望はないはずだが、よくライトノベルやアニメに出てくる《異世界転生》とか《異世界転移》というものだろうか?


「魔王の呪いにより、街から男達が消えた。女達は神に勇者イクトスの復活を願う。やがて、異世界から選ばれし若者がやって来て、アースプラネットを救うのだ……。そう族長が仰っていました。祈りを捧げて数時間後……あなた様が本当に月夜の晩に空から舞い降りてきて、私達を魔物の魔の手から守って下さったのです」


 白魔法使いマリアがオレに語る。

 そんなことあったのか?

 まるっきり覚えていないや。


「勇者様……」と涙を目に浮かべながら、マリアがオレに抱きついてきた。マリアからは清楚な花の香りが僅かにし、暖かな体温と胸の膨らみの柔らかな感触が布ごしに伝わってきた。


 そういえばこのゲームって、噂に名高い美少女ハーレムRPGじゃん? マズイよ、この展開……!


 普通の男なら、突然の美少女とのフラグに役得とばかり喜ぶのだろう。実際、このゲームが人気なのは普通のRPGの体裁でありながら、ハーレム展開が乱立する所為だという。


 だが、俺はそんなハーレム展開にまったく興味がない。

 むしろ苦痛だ。


 オレがこのゲームをダウンロードしたのは、アクマでもごく普通のファンタジーRPGをプレイする為だったのに……。


 オレには、秘密がある。


 オレは《女アレルギー》だ。


 どういう訳か、女と接近すると気絶したりジンマシンが出たりする。


 さっき、ツインテピンクの美少女が話していたオレが気絶したという話も、オレの女アレルギーの発作が起きたんだろう。


 オレが女と接触出来る限界なんて、せいぜい二次元の仮想現実のキャラを画面越しに眺めるくらいだ。

 だが、この世界は二次元ではない。三次元である。

 今、オレはオレと同じ三次元のリアルな人間として、ゲームのキャラ達と接触している。


 その後、強制イベントなのか修道院のマリアやアイラとは引き離され、族長に招かれる。勇者復活の宴が、村の中心にある族長の屋敷の庭で開かれ、オレは豪華な食事とともに、露出度の高い踊り子や可愛らしい衣装に身を包んだ美少女達に囲まれていた。


「オレ、魔王を倒してきます」


 こんな、美少女だらけのハーレム空間に長居するなんてゴメンだ。

 早く街を出て魔王とやらを倒し、現実世界に戻るんだ。


 すると、一族の族長が俺を引き止めてきた。


「お待ちくだされ、勇者どの。この山奥の村で男はお主ひとり……。私達は魔物から身を守る為に、滅多なことではよその村には行けませぬ。せめて、この街の若い娘達と子供を作ってから魔王討伐に行って欲しいのじゃ。でなければ、わしら一族は滅んでしまう」


 やたら露出した美少女達が、頬を赤らめながら見つめてくる。


 冗談じゃない! よく知らない複数の女と子供を作るなんて! 死ぬ前に1度は運命の女性と大恋愛したいと密かに願っているオレのポリシーに反するし、それ以前に発作を起こしすぎて大変危険な気がしてならない。


 逃亡だ!


 オレは族長や女達の制止を振り切って、全速力で村の出口を探して駆け出した。


 だが、しかし……。

 街を出ようとしても、ゲームのシナリオに逆らう事になるからなのか、気がつくと修道院のベッドで目を覚ますイベントに逆戻りしてしまう。現在、何回目かの族長の屋敷にある大きな庭での勇者の宴イベントである。


 おそろしいループシステムだ。こうなったら口から出任せで切り抜けてやる。


「族長……俺は勇者であり、聖職者でもあります。異性とそういう関係になってしまうと、魔王を倒す聖なる力も失われてしまうのです。ご理解下さい。必ずや、この村の男達を再びこの地に連れ戻してまいりましょう」


 女達は皆、驚いている。そして、何故か涙を流し始めた。


「なんという強い心の持ち主、なんて清いお方なの⁈」

「勇者様よ! この汚れない魂、このお方は本物の勇者イクトス様だわ!」


 ただ単に、女アレルギーなだけなんだけど……。

 まぁ、いいや。

 すると、さっきのセリフで次のイベントでのフラグを建てることができたのか、空が暗くなり、銀髪ロングヘアの黒衣を身に纏った超美形の姿が上空に映し出された。


「我は魔王グランディア……異世界より現れし勇者よ……我を倒したければ冥界まで来い……辿り着ければ……な」


 ……なんだか、綺麗すぎて女みたいな見た目の魔王だな……苦手なタイプだ。



 * * *



 次の日の朝、オレが冒険の旅に出ようとすると、修道院で世話になった白魔法使いマリアと格闘家アイラが一緒について行くと言い始めた。


 そういえば、このゲームってパートナーを選んで旅に出るんだったな。アプリの方では最初のパートナーは1人しか選べなかった気がするが、実は仲間がどんどん増えるシナリオなようで、2人とも着いてくるという。


 白魔法使いと格闘家か……ゲームシステム上、回復係と攻撃役がいるのは有難い。バランスの取れたパーティーだろう。


「勇者どの、旅立ちのアイテムじゃお使いくだされ」

 族長が旅立ちの餞別に……と冒険者用のアイテムを渡してくれた。


 『冒険者用スマホ』

 『冒険者用電子マネーカード』

 『アースプラネット西地区観光マップ』の3点だ。

 なんか、ずいぶん現代的なRPGだな。想像していたよりずっと文明が進んでいる。元がスマホゲームな所為か、スマホでシステム管理し、冒険の記録を管理センターにスマホからメールで報告するそうだ。

 よく考えてみると、修道院で泊めてもらった時、電気もガスもバリバリ使ったもんな……。


「では参りましょう、勇者様!」

「早く行こう! お兄ちゃん」



 日差しの穏やかな青空の下、山奥の村を出ると道沿いには花々が咲き、白い蝶々がひらりひらりと追いかけっこ。仲間達に手を引かれ、オレは女アレルギーであるにも関わらず、美少女ハーレムRPGテイストの異世界で冒険する事になったのである。

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