現在の科学では対応できない(Tileの敗北)

 月曜日、酔って帰った。んで、これは書いてなかったが、地下労働施設に届け物をしなきゃあならなかったので、しょうがねえからしに行った。それで家を出たのもあって「腹減ったな~」と思ってカップ麺を買って帰って啜って寝た、というのは昨日短く書いたとおりである。

 えー、で、そのー、もちろん飲酒運転になるので乗ってはないが、自転車が共にあった。


 なんでですか? 邪魔じゃないですか??

 やめろ! 無垢なまなざしを俺に向けるなッ!!


 で、届け物は届け物なので、届けたら手からは無くなる。ということで、カップ麺を買った瞬間には、袋に該当するものを何一つ持っていなかった。と別に袋の3円ぽっち、払ったっていいんだが、この3円は別にその、誰かが得する3円ではなくて、俺たちが小泉進次郎と共にあることの証明としての3円である。って言って誰に真意が伝わると思うんだ?

 あのだから、環境的には袋使わなくていい時は使わない方がいいよねって話なんですよね。それに意識を向けさせるための「3円」。ってことは、無駄に使わなくて済むなら使わない方が環境にいいはず。サステナビリティ。SDGs。そう思ったって意味です。それで、袋いりませんつって、自転車のカゴにカップ麺を放りこんで、もちろん押して帰った。


 で、家に着いて、自転車を停める。カゴからカップ麺を取り出す。家に入る。カップ麺食ってフー満腹じゃい、余は満足じゃ、って歯を磨いて寝る。


 翌朝。家を出ようと思ったら自転車のカギがない。

 で、すぐ思ったのが、昨日その、自転車停める・カゴからカップ麺取り出すってやってしまったので、その時に鍵掛けるの忘れたんではないかということ。それでまあ、外に出てみたが、鍵はしっかりかかっている。かかってるんかい、と思って、しかし、部屋に戻って探している時間もないかなと思ってそのまま出勤した。で、帰宅して、オートミール食いながら部屋を探した。が、全然出てこない。結局、「自転車に乗れたら間に合う時間」まで探してしまって、自転車には乗れなかったので間に合わなかった。


 今朝も実は探したのだが全然出てこねえ。なんなんだ。


 まあ、時々こういうことをやる。というわけで、鍵束にはTileという、Bluetoothでスマホと接続する失くしもの防止タグをつけている。ただ、自転車の鍵というのは、基本的に走行中は自転車についているわけで、束ごと自転車につけて走るってわけにゃあいかんでしょう。また、自転車の鍵そのものにストラップかなんか付けて、そこにTileをつけるというのも考えはしたんだが、実際やってみるとTileがそれなりにデカいのと、走行時に落ちてなくなったりするかなあって感じだったので、結局、鍵束の方にナスカンを取り付けて、このナスカンに自転車の鍵を都度取り付けるようにしていた。それを怠るとこうなる。現代の科学では解決できない、Tileの敗北である。もっとこう、ナノチップとか埋め込みたいところですよね。なんだったら身体にも埋め込みたい。指先とかにこう、バーコード決済とかのやつ入れたいですよね。


 体重:100.3 kg、体脂肪率:31.9%、筋肉量:64.8 kg、体内年齢:47歳


「ピピピピッ! コレ以上食品ヲ摂取スルトかろりーおーばーデス。運動ヲ制限サセテイタダキマス」

 指先に埋め込んだチップが言う。そして指がうまく動かなくなる。逆五行膳かおのれは。ムカつくし、もっと食べたいのはやまやまだが、しかし、こうなると、解除はすげえ面倒くさいし、警告を無視しすぎると【配給】も途絶えてしまう。仕方なく俺は、満腹になり切らない腹を抑えて、ノンカロリーのお茶を飲んでごまかそうとする。と、真っ青な顔をして、口の中にいっぱい何かを頬張った人間と目が合う。

「もしかして」

 俺が言うと、そいつは、左手で自分の右手の指をさす。どうやらそういうことらしい。つまりだから、これは「順」五行膳である。本人が食いたくなくても、一日の、あるいは一食の摂取カロリーに到達するまで、【指】は許してくれない。でも腹がいっぱいで苦しいから、口の中に飯を溜めるが、それだって限界がある。【指】が次の食事を口に運ぼうとしている。


 いつもだったら、「俺だって我慢しているんだ、お前らだって」とか思うところだが、その日はなんだかそういう気持ちにならなかった。どっちかというと、この【指】へのムカつきが上回った。科学バンザイ。誰もが健康な社会バンザイ。それはそうだ。確かにその通り。そうやって深く納得すると同時に、なぜだか沸き上がる、糞食らえの気持ち。いつか科学はこういう気持ちもキレイに消し去っていくんだろうか?


 そんなことを思いながら、俺は自然とそいつの前に座っていた。そして口を開けていた。驚いたように目を見開いながら、どこかほっとしたようにそいつは俺に食事を運んだ。


「あの……その。ありがとう……ございます」

 かぼそい声でそいつは言った。ただ、礼を言われる気分にはなれなかった。俺がしたのはただ自分の欲を充たしただけで、なんなら二人分不健康になっている。こいつは明日もまたどうせ【指】に飯を食わされ続けるし、それに付き合い続けることなどできない。こんなのはただの気まぐれだ。

 

 そう思って俺は無言で立ち上がった。何年振りかに「いっぱい」になった腹の感覚は、心地よい重さを湛えていた。





「地獄では、長い箸しか渡されないので、誰も口に食べ物を持っていくことはできません。それで、地獄に堕ちた人は、いつもお腹を空かせているんですよ。

 でもね。天国では、同じ箸でも、みんなお腹いっぱいになるんです。どうしてだかわかりますか? その長い箸を使って、お互いの口にご飯を運んであげるからですね」


 "非科学的"思想の持主ということで、矯正施設に送られた爺さんがいた。あの爺さんの笑顔が、俺の脳裏に張り付いて、なぜだかずっと離れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る