第229話 な、なんで!?私そんなに嫌われるようなことしたの!?

「ねえ~、涼羽ちゃ~ん…ちょっとでいいから、私のところでモデルやって欲しいな~」


「嫌です」


「なんで!!??」


「俺、目立つこと嫌いなんです。それに、あなたの会社がやってるのって、綺麗な女性向けのファッションのモデルですよね?男の俺にそんなの、無理です」


「ち、違うの!!今まではそうだったけど、これからは可愛い女の子向けのファッションも…」


「おんなじです。俺、男だって言ってるじゃないですか。だから女の子のファッションのモデルなんてできないです。すみません」




ここ最近、町内の総合病院の中ではもはや名物となっているこの光景。


執拗に涼羽のことを追い掛け回して、ひたすらに自分のところのモデルとしてスカウトしようと声をかけまくっている女社長――――鳴宮 千茅(なるみや ちがや)。




そんな千茅に心底うんざりしたかのような表情を浮かべながら、心底嫌そうにばっさりと断りの言葉を発する涼羽。




そんな二人のやりとりは、千茅がここで念願の再会を果たしてから、執拗に行なわれることとなっている。




最初のうちは、とことんまで自分の意見を主張し、自身の勝利が確定するまでその手を緩めない千茅であるがゆえに、この病院で再会した時のような高圧的な態度で涼羽を口説き落とそうとしていた。


しかし、そうすればするほどに不機嫌な表情になっていく涼羽を見て、一度涼羽に聞いてみたことがあるのだ。








――――ね、ねえ…なんでそんなに私のこと嫌い、みたいな表情で見るのよ?――――








いつも自信満々な千茅を知っている人間が見れば、普段からは想像もつかないような不安げな表情と態度での問いかけに、涼羽はただ一言。








――――嫌いみたいな、じゃなくて、嫌いなんです――――








もう取り付く島もないと言わんばかりに、ばっさりと切り捨てるかのような一言が、涼羽の口から発せられる。








――――な、なんで!?私そんなに嫌われるようなことしたの!?――――








自身にとって、理想が服着て歩いているかのような存在である涼羽に、一言冷え切った拒絶の言葉を叩きつけられて、なんでなんでと、千茅は涼羽にすがるかのように問いかける。


そんな千茅に、涼羽はまたしても、普段の涼羽を知っている人間が見ればその目を疑ってしまうような冷たい態度で、ばっさりと一言。








――――俺にとっての恩人を馬鹿にするし、俺のこと、男でいちゃいけないみたいな言い方するし、おまけに自分がこの世で一番正しいみたいな態度だし…好きになれる要素がありません――――








その一言に、千茅はもはや何も言うことなど出来ず、ただただ、自分を拒絶するかのようにその場から離れていく涼羽の後ろ姿を見つめることしかできなかった。


そんなやりとりがあったのだ。




涼羽からすれば、自分にとって恩人以外の何者でもない明洋のことを、まるでこの世にいちゃいけない存在であるかのように罵声を浴びせたことが一番の怒りポイントとなっている。


その次に、男である自分のことを全力で否定するかのような言い回しがまた、その怒りを煽ってしまったということ。


そして、人見知りなのに周囲との協調性を大切にしようとする涼羽にとって、自分以外は全て間違いなどと言い出しても不思議ではないその尊大な態度が、もうどうやっても受け入れられないと言えるほどに、生理的に受け付けなかったのだ。




初めてお互いに会話をしてから、もうそれなりに関係を構築できている明洋から見れば、あの天使のように優しくて、包容力と母性の塊のような涼羽が、ここまで人を拒絶する姿に驚きを隠せないでいる。


自分が罵られたことに対して、ものすごく怒ってくれていることには本当に涼羽に対して喜びと感謝の思いしかないのだが。


それでも、それを差し引いてもそこまで怒って、徹底的に拒絶しようとする涼羽の姿は、自分を罵ってきた千茅を気の毒に思ってしまうほどに怜悧冷徹で、普段の天使のような性格が嘘のように思えてしまう。




物心つく頃には、父親の浮気によって植えつけられてしまった男性不信をずっと今の今まで抱えて生きてきて、もはや完全に同性愛者としての自分が構築されてしまっている千茅。


この日本と言う国では、同性愛者という存在が拒絶されても仕方のない存在であるということを痛感させられる出来事にも、多く直面してきている。


ゆえに、気に入った女性を見かけて、モノにしようとしても、そんな自分の性癖が受け入れられなくて拒絶されることは、もう仕方のないことだと言う割り切りは、千茅の中にはちゃんとある。




あるのだが、なぜかこうして涼羽に拒絶されることは、どうしても許容できないでいる。


もはや涼羽が男か女かということには意識がいかず、ただただ、涼羽に拒絶されてしまっていることに、まるでこの世の人間全てに拒絶されてしまっていると思うほどの、どうすることもできない孤独感を感じてしまう。


そして、涼羽に拒絶されることが、今はもうこの世にいない、自身の母親にまで拒絶されているかのような…


そんな、我が身を切り刻まれるかと思うほどの痛みや苦しみを、その心に感じてしまう。




自分にとっては、この世から消えてしまえばいいと思える存在である明洋が、涼羽のことを呼ぶ時に聞こえたその名前。


それだけが、今の自分と涼羽を結ぶつながりだと、千茅は思っている。




自分には、この子しかいない、と。


この子に拒絶されてしまったら、自分はもう、誰にも心を許せない。




強気なキャリアウーマンであるその顔の裏側には、まるで家族を全て失って、膝を抱えながら泣いている子供のような、誰かの愛情を求め続ける寂しがりやな顔が存在している。


もちろん、モデルとして自分のところでその容姿を活かして欲しいというのは本音であり、本心なのだが、何よりも涼羽との関わりを持ちたい、そして、どうせ持つなら自分を受け入れてほしいと、何故だか分からないままに、千茅は涼羽にどれだけ拒絶されても、涼羽に声をかけることをやめない。




明洋と他愛もないやりとりをしている時の、あの優しげで無邪気な笑顔。


あの表情を、自分にも向けて欲しい。


自分にも、見せて欲しい。




それゆえに、自分には見せてもらえない表情を、当然であるかのように見せてもらえている明洋に対して、もはや憎悪というほどの悪感情を抱いてしまっているのだが、もしそれをそのまま明洋にぶつけてしまったならば、間違いなく自分のことを『嫌い』ですらなくなってしまうと、千茅は本能的に感じ取り、確信してしまっている。




今はまだ、嫌いと言いながらも会話はしてくれているから、ここからどうにかすれば、まだ望みはあると思っている。


それが、もはや路傍の石ころを見るかのように何の関心もない目で涼羽に見られてしまうこと。


そうなってしまったら、もはやどうすることもできなくなってしまう。




一番恐ろしいのは、嫌われることではなく、自分への関心をなくされてしまうことなのだ。




だからこそ、千茅は日に日に膨れ上がっていく明洋への悪感情を懸命に抑え込み、涼羽に対して最初の頃のような高圧的な態度を改め、まるで気に入った子を懸命に口説こうとするナンパ男のように猫なで声で、とにかく涼羽の機嫌を伺うかのように涼羽に接している。




そうして何日も、ひたすらに涼羽のご機嫌取りをしているのだが、いつまで経っても涼羽の態度は軟化する気配すら見られず、ただただ、拒絶を繰り返されている。




「あ、あの…涼羽君」


「?なんですか?明洋さん?」


「…僕がこういうこと言うのも、なんだけど…」


「?…」


「…いくらなんでも、あの女社長さんに対して…冷たすぎないかな、って思って…」


「なんでですか?あの人、明洋さんのことこの世にいちゃいけない、みたいな言い方で侮辱してたんですよ?」


「…そ、それはそうなんだけど…」


「…明洋さん、優しいんですね。だから僕、明洋さんのこと、好きなんです」


「!…そ、そうかい?…そ、それは、嬉しいなあ…」




たまたま涼羽と千茅がおなじみとなりつつあるやりとりをしているところに、いつもの自主的なリハビリに取り組んでいたため、そこを通りかかった明洋が、恐る恐ると言った感じで涼羽に声をかける。


明洋に声をかけられて、それまでの冷え切った表情が嘘のように穏やかに、優しい笑顔になっている涼羽。




いつもそのやりとりを見ていることもあり、そして自分と涼羽のやりとりを千茅が見る度に、自分のことを恐ろしいほどの憎しみをこめた目で睨んでくることにもさすがに気づいている明洋であるため、涼羽に対して千茅への態度はいくらなんでも、ということを意見として伝える。


自分がこのことで千茅の憎悪のターゲットになっていることが恐ろしくあり、加えて、あんなにも天使のように優しい涼羽にあんな冷たい表情をして欲しくないというのが、明洋の中にはある。


それを見ているからこその、明洋にしてみれば思い切った意見だったのだが…




当の涼羽は、自分の態度が当然と言わんばかりに、決して自分の主張を曲げず、明洋のことを心の底から侮辱していたことを理由に逆に明洋になんでそんなことを言うのか、と聞き返してしまう。


それだけでも嬉しくて、その顔が緩んでしまいそうなのを懸命に堪えながら、明洋はつたない言葉を紡いでいくものの…


自分を侮辱してくる人間を気遣う明洋の姿に、涼羽がいたく感動して、明洋のことを好きだとさらっと言ってくる始末。


千茅のことなど、会話にも出したくないと言わんばかりに。




見た目は明洋にとっても理想が服を着て歩いているような美少女である涼羽に、嬉しそうな表情でそんなことを言われて、もはや堪え切れなかったのか、明洋の表情が思わずデレデレと緩んでしまう。




しかし、それも一瞬のことで、頬を緩めた瞬間、とある方向からまさに真剣を喉元に突きつけられたかのような殺気を、明洋は感じてしまう。


それを感じた瞬間、思わず緩んでしまった明洋の表情は、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、恐怖に青ざめたものとなってしまう。




「(あのブ男…私の涼羽ちゃんにあんなにも懐いてもらえて…しかも好きだなんていってもらえて…ふざけんじゃないわよ…クソ醜い脂肪細工のくせに…)」




涼羽の背後から、涼羽に見えないように明洋のことを、それだけで殺せてしまいそうなほどの強烈な視線で射抜くように睨み付ける千茅。


自分がこんなにも袖にされているのに、その自分に見せ付けるように涼羽と仲良くしている明洋に、千茅の憎悪を膨れ上がるばかりとなっている。


しかも、何があってもそれを涼羽に見られるわけにはいかないため、なんとしてもそれを隠し通さなければならないことも、千茅のストレスを増長させるばかりとなる。




千茅は、明洋と涼羽の馴れ初めを知らないため、余計になんで明洋のような人間が、涼羽のような人間に懐いてもらえているのかが全く分からない。


分からないから、余計に自分が涼羽に懐いてもらえない理由が分からない。


それが分かれば、もう少し千茅自身でも納得できるのかも知れないが、それでもやはり涼羽に懐いてもらえているということが気に入らない、というのが真っ先に出てしまうだろう。




「(こ…怖い…あの人、僕と涼羽君が仲良くしてるのを見て…めっちゃ僕のこと睨んでる…下手したら、殺されるんじゃないかな…僕…)」




物理的な圧力すら感じさせるほどの、千茅の殺気に満ちた睨みに、明洋は心底恐怖を感じている。


涼羽に好きと言ってもらえたのが、自分と涼羽の二人だけの状況なら、何も気兼ねすることなくその顔を緩めて、盛大に喜んでいたところなのだが…


それを見て、自分をその殺気の対象にする人物がそばにいることもあって、どうにか笑顔は保てているものの、ぎこちなさがどうしても出てしまう。




「?どうしたんですか?明洋さん?」




明洋の、そんなぎこちない表情に涼羽が気づいてしまい…


心底、明洋のことを心配している、そんな表情で涼羽は明洋に問いかける。




「え?…い、いや…何も…ないよ…」


「そうですか?なんだかすっごく顔色悪いですよ?」


「だ、大丈夫だから…気にしないで…」


「そうですか?ならいいんですけど…」




そんな涼羽の問いかけに、心底嬉しくなりながらも、明洋は何もないと伝える。


決して、涼羽と仲良くできてる自分に嫉妬している千茅が、恐ろしい視線で睨んできていることを伝えることなく。




自分のことを本当に純粋に心配してくれる涼羽が本当に可愛いと思いながらも、その涼羽の背後から自分を睨んでいる千茅のことを懸命に隠そうとしている。


そのことを涼羽が知ってしまったら、涼羽は本当に千茅のことを自分の認識から排除してしまうかもしれない。


そうなると、千茅はその憎悪を全て、明洋の方に向けてくるだろう。


そんな確信が明洋にあるため、千茅のそんな視線のことを、明洋は決して涼羽に知られるわけにはいかないと、ひた隠しにしている。




せっかく涼羽がお見舞いに来てくれて、楽しくも幸せな気分に浸ることができていたのだが、そこに千茅が入ってきたために、涼羽の知らない中で胃の痛い思いをすることになってしまった明洋。


一体どうすればいいんだろうと思いながらも、明確な解決策など浮かぶはずもなく、明洋は自分に懐いてくれる涼羽と、自分を親の仇のように睨んでくる千茅との間に挟まれ、今この時も胃の痛い思いをするはめになってしまうので、あった。

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