第213話 ねえ~、莉奈ちゃん早く聞かせて~

「ねえねえ、早く聞かせてよ~」


「あたし達、すっごく楽しみで楽しみでたまらないの~」




涼羽が美鈴の家に遊びに行っていたその日の昼頃のこと。


どちらかと言えば、自然が多く閑静で美しい風景が多い反面、懐古的で今時のショップや娯楽に欠ける町中から、少し足を伸ばしてきた駅前。




都心や郊外に出るには欠かせない、公共交通機関である私鉄の駅。


日本国内でも最大手となるその鉄道会社が運営、管理する駅の周辺は、そんな自然物の多い町中と比べると、一目瞭然と言えるほどに都会的。


この町の学生や若い世代の人間が特に足を運ぶことの多い、いわば遊びのメッカとなっている。




その品質に反比例する低価格と、品揃え、そして一品ごとのバリエーションの多さで全国的に大人気のブティックの店舗。


昔ながらの専門的で懐古的な店舗ばかりの商店街に、真っ向から対抗すると言わんばかりの百貨店に、業務用スーパー。


建売の一軒家がほとんどとなる町中には見られない、駅近くの高層マンション。


駅の周辺だけで、各フランチャイズがしのぎを削ろうとせんがごとくに所狭しと展開している、コンビニの店舗は、周囲を見ればすぐにある、という状態。


専用駐輪場に、駐車場も駅から徒歩一分ほど、というところにあり、非常に利便性は高いといえる。


駅ビルの中も、今の若い世代向けの店舗が多く展開されており、休日を楽しむには申し分ないと言えるほどには、充実したラインナップとなっている。




それでも、都心の駅周辺と比べると、まだそれほど開発が進んでいないという感じなのだが。




最寄り駅、と言うには結構な距離があり、自転車で約二十分ほど、徒歩では五十分から、歩きの速度が遅い人だと一時間はゆうにかかってしまうのが、難点といえば難点。




そんな少し遠出となる、五階まである駅ビルの二階に、休日の学生が多く来る場所となっているカフェスペース。


TVでも日頃からCMが流れており、最近はインターネット上の情報媒体、SNSなども駆使して宣伝を強化しており、宣伝媒体に一切の妥協も存在しない。


しかし、だからといって量産品的な『安ければいい』といった類の商品は置いておらず、しっかりと味でも勝負している。


その商品のラインナップも多く、幅広い世代に親しまれており、休日にこのカフェスペースに足を運ぶ人間は後を絶たない。


もちろん、平日にも多くの人間が足を運んでおり、リピーターも必然的に多く、その口コミをあてに遠方から足を運んでくる人間もかなりの数にのぼる。




当然、町の人間も休日にはその多くが、このカフェスペースに足を運び、自分の好みに合わせた、最上と言えるコーヒーや紅茶に舌鼓を打ちながら、ほうっと一息をついたりしている。




店内の装飾、物の配置に至るまで細やかに気を配られており、当然ながら常に清掃は欠かさないため、いつ来ても清潔感と清涼感に満ち溢れており、それがまた憩いの空間としての高い評価を生んでいる。


そんなカフェスペースの、隅っことなる四人席のテーブル。




そこには、そのテーブルを埋めるように羽月が通っている中学校の女子生徒四人が、まるで身を寄せ合うかのように、その中の一人の女の子に視線を集中させるように顔を近づけて座っており、それぞれが注文したドリンクにはまるで目もくれない様子で、その女の子の話を聞こうとしている。




「えへへ…じゃあ、何から話そっかな~」




他の三人から、視線を向けられている女の子は、その幼げで可愛らしい顔に、無邪気な笑顔を浮かべながら、自分の中にあるはずの、他の女の子が聞きたがっていることを引き出そうとしている。


頭の左側でまとめているサイドテールが、その少女の可愛らしさをより引き立たせており、少し幼げでありながらも整った顔立ちであることもあって、このカフェスペースに来るまでも、道端ですれ違う異性の目を惹いていた。


このカフェスペースに来てからも、勉学のために一人テキストを開いたりしている大学生や、読書に耽ろうとお気に入りの小説を片手に、この日選んだコーヒーを口に含んでいる独身サラリーマンなどが、その少女にちらちらと視線を送ったりしている。




その少女は、以前に涼羽がアルバイトに行く最中に涼羽と出会うことができ、そのおかげで以降、ちょくちょくとアルバイトに向かう途中の涼羽と狙って鉢合わせ、涼羽に時間の許す限り思う存分甘えたりしている、牧瀬 莉奈。


涼羽に甘えられるようになってからの莉奈は、日々本当に幸せそうな笑顔を常に浮かべており、勉強も遊びも何もかもが楽しくて楽しくてたまらない状態となっている。




涼羽のおかげでずっと仲が悪かった妹とも、今ではご近所でも評判の仲良し姉妹となることができ、それが家庭の円満をも生み出していて、本当に一日一日、そんな幸せを噛み締めている。




その自然な笑顔が本当に可愛らしく、羽月にばかり目が行っていたクラスの男子達も、じょじょにだが莉奈の方にも目が行くようになってきている。




「ねえ~、莉奈ちゃん早く聞かせて~」


「莉奈ちゃんだけだよ~?羽月ちゃんのお兄ちゃんと会えてるのって~?」


「わたし達、せめてお話だけでも聞かせてほしいもん~」




そんな莉奈に、早く早くと急かしてくる、莉奈の友達の女子達。


この女子達が聞きたいのは、以前一度だけ、自分達の通う中学校の前でその姿を見せたことがあり、その一度で、そこにいた女子達の心を奪っていった存在である涼羽のこと。




その後すぐに結成された、涼羽のファンクラブである『羽月ちゃんのお兄ちゃんに甘え隊』。


そのクラブの中で、涼羽に関することをメンバー全員で共有はしてはいる。


だが、本当に貴重と言える、涼羽に直結するような情報は、それを手に入れることのできたメンバーに独占権があり、決して他のメンバーには知らされていない状態となっている。




莉奈にしても、涼羽と交換できた連絡先はもちろんのこと、どこに何時ごろに行けば、涼羽に会えるのか、という具体的な情報も、全て他のメンバーには伝えず、自分自身で独り占めにしている状態だ。


以前一度だけ、涼羽と羽月の自宅にお邪魔することのできた佐倉姉妹も、結局その住所や、莉奈と同じようにその時交換した連絡先についても、一切メンバーに開示することなく、独占してしまっている。




だが、涼羽との触れあいに直結する情報をまるで教えてもらえないまま、涼羽との触れあいがいかに幸せで楽しくてたまらないものなのか、さらには涼羽本人の人となりや、世の中の女子や女性達が本心から羨むであろうその容姿のことについて、実際にその目で見てきた人間の口から、嬉々として語られるそれそのものに関しては聞いているだけで幸せな気分になれるものの、いつまでもそれ止まりというもの非常にもどかしくなってしまう。




やっぱり、自分も羽月ちゃんのお兄ちゃんに実際に会ってみたい。


やっぱり、自分も羽月ちゃんのお兄ちゃんに思いっきり甘えてみたい。


やっぱり、自分も羽月ちゃんのお兄ちゃんのこと、めっちゃくちゃに可愛がってみたい。




メンバーの女子達は、今常にそんな悶々とした思いでいっぱいになってしまっている。




ゆえに、自ら行動を起こしては涼羽と実際に会えるようにと願いながら町中を散策するものの…


やはり明確なヒントとなる情報も何もなく、ただただしらみつぶしに探しているだけの状態となってしまっている。


それでも、決して広いとはいえない町中であり、そうしているだけでも偶然、涼羽に会えたりする確立は結構あるはずなのに、見事なまでに空振りし続けてしまっている彼女達。




今目の前にいる莉奈は、涼羽と触れ合うようになってからは見違えるほどに幸せ一杯な雰囲気になっていることからも、羽月の兄である高宮 涼羽が、どれほどに会って触れ合うだけで幸せな気持ちにさせてくれる人物なのか、というのを嫌でも想像してしまい、そしてそれを想像する度に、涼羽に会いたいという思いが強くなっていってしまう。




ましてや、実の妹である羽月などはその莉奈以上に実の兄である涼羽にめいっぱい甘えており、さらには無理やり愛しては恥ずかしがらせて、その顔も堪能しながら可愛がったりしており、そんな兄のことを誰にも渡さない、と言わんばかりに独占していて、いつも兄、涼羽とのそんな触れあいのことを思う度に、周囲が思わず目を向けてしまうような幸せいっぱいな笑顔を、惜しげもなく浮かべている。


さらにそれだけでなく、そんな笑顔だけで分かってしまうほどの幸せを、他の誰にも渡さないといわんばかりに独り占めしており、涼羽のことを自分以外の女子が知ろうとしていることを知ると、途端に機嫌が悪くなってしまっている。




以前までは、そんな様子を見せることなどなかったのに、あの時…


涼羽があの中学校に姿を現したあの時以来、目に見えて分かるほどにお兄ちゃん大好きで、お兄ちゃん至上主義な超がつくほどのブラコンな女の子に、羽月がなっていっているのを、ここにいる女子達も目の当たりにしている。




莉奈はまだ、自分と涼羽とのやりとりに関してはすんなりとしゃべってはくれるので、そのお話で幸せな気分に浸ることはできる。


もちろん、その話の中の莉奈を、自分に置き換えて。




羽月の方は、そんな話すらしてくれない状態となっており、それを聞こうとしただけでご機嫌斜めになってしまい、何もしゃべってくれない状態なので、羽月から聞き出そうとするのは、もう無理だと半ばあきらめてしまっている。




「先週もね、お兄ちゃんと会うことができたんだよ~」


「!ええ~!?」


「!莉奈ちゃん、なんでそんなに羽月ちゃんのお兄ちゃんと会うことができるの~?」


「!莉奈ちゃん、ほんとに羨ましい~!」




自分達はもう、あの時以来一度も涼羽の姿を目にすることができずに、ずっと悶々としている状態なのに、莉奈はつい先週も涼羽に会えた、ということを聞いて、友達の女子達は羨ましくて羨ましくてたまらなくなってしまっている。




「なんで会えるの、って?えへへ♪それはひ・み・つ♪」


「もお~!莉奈ちゃんずるい~!」


「あたしも、羽月ちゃんのお兄ちゃんに会いたい~!」


「それに莉奈ちゃん、羽月ちゃんのお兄ちゃんのこと、『お兄ちゃん』って呼んでるの?」


「!えへへ…うん、そうなの」


「ええ~!それっていいの~!?」


「羽月ちゃんのお兄ちゃんなのに~?」


「うん。だって、お兄ちゃんが『いいよ』って言ってくれたんだもん♪」


「ええ~!?いいないいな~!」


「わたしも、あんなお兄ちゃん欲しい~!」




莉奈から、今自分達が最も聞きたい話を実際にしてもらい、それを耳にすることで、ますます羨ましいという思いが強くなっていく女子達。


しかも、莉奈が涼羽のことを『お兄ちゃん』と呼んでいること、しかもそれを他でもない涼羽本人から『いいよ』と言ってもらえていることに、涼羽が本当に優しくて、自分達にとって理想的なお兄ちゃんだということを、ますます実感してしまう。




「でね、お兄ちゃんって、本当にお母さんみたいに優しくて…あたしが甘えたくなってぎゅ~って抱きついたら、最初は驚いた顔するんだけど…すぐに優しい笑顔になって、思いっきり包み込んで優しく甘えさせてくれるの♪」


「!いいな~!いいな~!」


「!わたしも、羽月ちゃんのお兄ちゃんにそんなことしてほしいよ~!」


「!あたしも、そんな風にしてほしい~!」


「えへへ♪でね、お兄ちゃん、あたしがすっごく幸せでにこにこしてるのを見て、本当に嬉しそうにしてくれるの。でね、もっともっと優しく包み込んでくれるんだよ?」


「!なにそれなにそれ~!?」


「!羽月ちゃんのお兄ちゃん、ほんとにお母さんみたい~!」


「お兄ちゃん、女の子のあたしが羨ましくなっちゃうくらい、可愛すぎで美少女って感じで…ぜ~んぜん男の子って感じしないし、下心みたいなのもぜ~んぜんなくて…だから、もっともっとお兄ちゃんのこと、大好きになっちゃうの♪」


「!もう、聞いてるだけでたまんないよ~!」


「!羽月ちゃんのお兄ちゃん、可愛すぎだよ~!」


「!羽月ちゃんのお兄ちゃんに、会いたいよ~!」




莉奈の口から、ひとつひとつ語られる涼羽とのやりとりのこと、そして涼羽自身の人となりのことを聞かされて、もう周囲に人がいることなど、忘れてしまっているかのように黄色い声をあげて悶えるようにその発展途上中の身体をくねくねとさせてしまう女子たち。




莉奈自身も、自分でその時のことを言葉にしているだけで、その時の幸せで楽しいやりとりのことが鮮明に思い返せてしまうのか、もともと幸せいっぱいです、と言わんばかりの笑顔がますます幸せの色が濃くなっていっている。




「でね、お兄ちゃんあたしがぎゅ~って抱きついて甘えてたら、あたしの頭い~っぱい優しくなでなでしてくれてね…すっごく優しくて、嬉しそうな笑顔で『莉奈ちゃん可愛い』って言ってくれるの。でね、あたしが『もっとぎゅってして、なでなでして?』っておねだりしたら、ちょっと困ったような笑顔で、『ふふ…莉奈ちゃんはほんとに甘えん坊さんだね』って言って、もっと甘えさせてくれるの♪」


「!もうなになに~!なにそれ~!」


「!羽月ちゃんのお兄ちゃん、めっちゃ優しくて、めっちゃ可愛い~!」


「!あ~ん!わたしもそんな風にしてほしい~!」


「お兄ちゃんの身体、普通の女の子よりもずっと細くて、柔らかくて…それに、すっごくいい匂いするし、抱き心地めっちゃくちゃいいから、もう離れたくなくなくなっちゃうんだもん」


「!それほんとに男の子なの~?」


「!あたしも、羽月ちゃんのお兄ちゃんぎゅってしてみたい~!」


「!もう聞いてるだけで、幸せいっぱいになっちゃいそうだよ~!」


「えへへ♪あたし、お兄ちゃんだあ~い好き♪」




休日の昼下がりに、傍から見れば和気藹々とおしゃべりをしている女子中学生達。


それも、一人ひとりが将来を期待できる、整った顔立ちであるならば、自然と同じ空間にいる異性の目を惹いてしまうのも無理はないこと。




そんな彼女達が、一人の可愛すぎるほどに可愛らしく、お母さんみたいな男の子の話をしているなどとは知る由もなく、ただただ、莉奈を始めとする女子中学生達の楽しそうな、和気藹々としたおしゃべりの光景を、まるでそのまま切り取るかのように、周囲の男達は自分の脳内にその一コマ一コマを納めていくので、あった。

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