第176話 わしの会社に来てくれんかね?

「し、しかし…信じられんな…こんなにも可愛らしい美少女なのに、男の子とは…」


「ははは…驚いただろう?」




涼羽の本当の性別が男だと聞かされ、この世の天変地異を目の当たりにしたかのような驚きを見せていた誠一。


しかし、それもようやくと言った感じで落ち着きを取り戻すと、改めてまじまじと、その驚愕の原因となった涼羽と無遠慮に見つめている。




そんな親友をそばで見ていた幸介から、まるで渾身のどっきりがうまくいったかのような、いたずら小僧のような笑顔と、その驚愕具合を確認するかのような声が向けられる。




「幸介…お前も人が悪い。どうせなら、最初に言っておいてくれればいいのに…」


「はは。何も知らないお前が、涼羽君と会った時に、一体どんな顔をするのか、見てみたくてな」


「…ったく、意地の悪い…しかし、幸介らしい…」




幸介は仕事の面に置いては、誰よりも真面目で勤勉で、目的のためなら自身をいとわない程にアグレッシブであるため、部下、そして周囲からはまさに社会人のお手本として、尊敬の眼差しを向けられている。


純粋な能力の面においては、翔羽と比べると格段に見劣りはしてしまうものの、それまで培ってきた経験、そしてそれを十二分に活かした立ち回り、取り組みはむしろ翔羽をもってしてもかなわない、とまで言わしめる程。




ゆえに、普段は真面目一辺倒な姿しか見せないのだが、こうして気を許せる親友の前では、本来のいたずら好きな面を、割と気軽に見せてしまったりする。


そして、それも普通に相手が笑い事で済ませてしまうものであり、むしろ幸介のそんな一面が、相手からすれば妙に幸介を楽しい人物に見せてしまうので、却って好意的に受け止められることの方が多い。




もちろん、誠一もその一人であり、小学校の頃から、という非常に長い付き合いもあり、その親しみの度合いは、そのかけてきた年数以上のものがある。


だから、こんな風に毒気を抜かれたような顔で、ついつい許してしまうのだ。




「ちなみに、高宮君はもう本当にこの涼羽君のことを溺愛して、可愛がっているからな?」


「!そ、そうなのか?」


「ああ、お前も仕事の時の彼を知っているだろう?」


「ああ…もう誰が見ても莫大だと言えるほどの量の仕事を前にしても、ひるむどころか能面のような表情で淡々と、それでいて見事としか言いようがないほどの手際と処理能力でさばいていく様は、いつ見ても驚かされるよ」


「だろう?」


「ああ、むしろ恐ろしい程に怜悧冷徹な様子に、見ていて寒気がするほどの凄さを感じてしまうほどだ」


「うむ、それはこの私もなんだがな」


「お前…本当によかったな。あんなにも優秀な部下が、お前の下でその手腕を遺憾なく発揮してくれて…正直、ここに応援にきてくれる時の安心感と言ったら、形容のしようがないほどだ」


「ああ…だが、そんな高宮君も、涼羽君の前では普段の能面のような表情と、淡々とした動作が嘘のように、デレデレとだらしない顔をしながら、目一杯涼羽君のことを可愛がったりしているからな」


「!!あ、あの高宮君がか!?」


「ああ」


「…それは、ぜひこの目で見てみたいものだな」




そして、幸介からさりげなく出された一言。


こと、仕事に取り組んでいる最中の翔羽を、誠一も最近はずっと見ており、そして、その圧倒的とも言えるほどの処理能力、自分達では間違いなく溺れてしまうであろうほどの作業量を前にしても、表情一つ揺らさず、淡々とした様子で驚くほどの早さでこなしていくその様に、常日頃驚愕と敬意の心を向けている。


そして、その処理能力と冷静さに、寒気すら感じてしまうほど。




そんな翔羽が、涼羽の前では普段の様子がまるで嘘のようにデレデレとだらしない顔をしてしまうこと、さらには、そんな顔のまま、涼羽のことをこれでもかと言わんばかりに可愛がっていることを聞かされ、涼羽が本当は男だと聞かされた時に負けないほどの驚愕を見せてしまう。


さらには、自分も本当に一目置いている存在である、あの高宮 翔羽のそんな姿を、ぜひ自分の目で見てみたいと、思ってしまう。




「さらにちなみにだが、ここにいる涼羽君は、高宮君に負けないくらい能力の高い子だぞ」


「!!ほ、本当か!?幸介!!」


「ああ、本当だとも」




まるで自分にとっての本当の孫を自慢する祖父のように、涼羽のことまでも語りだす幸介。


幸介は、涼羽の普段の生活、そして取り組んでいることについて、他でもない父親の翔羽から聞かされている。


翔羽から聞かされただけで、まだ実際には涼羽の能力というものを実際に目の当たりにしたことはないのだが、いくら親馬鹿な翔羽であっても、そういう人の能力を評価する際には、父親である、などといった余計なフィルターは外して評価することを、幸介は良く知っているため、その評価は至って正当なものだと、認識している。




そして、その翔羽から聞かされた涼羽の優れた点…


家事万能で、料理の腕もかなりのものだということ、趣味で取り組んでいるコンピュータに関しては、すでに並の技術者では相手にならないほどの技術力を持っていること、学校の成績は日に日に向上しており、学年全体でも上から数えた方が早いくらいだということ、アルバイトで保育園の保父さんをしており、非常に園児達やその保護者達の受けがいいこと、さらにその片手間で給食の仕込みに事務用コンピュータの改善、さらには専用ツールの組み込みや発注手順のルーチン化までこなしていることなど、余すことなく、誠一にまるで自分のことを自慢するかのように、語っていく。




それに加えて、あの高宮 翔羽が本当に頼りにしている存在であることも語っていく。




「お、おいおい…話に聞いているだけでも、とんでもない子じゃないか」


「そうだろう?さすがは高宮君の息子だと、常に思っているんだよ」


「いや、それはわしもそう思わざるを得ないな」




涼羽の父親である翔羽の図抜けた能力を知っている二人からすれば、その翔羽のお墨付きである涼羽の能力はまさに驚きの一言。


そして、まさに喉から手が出るほどに欲しい、即戦力クラスの存在であると言える。




実際、一度翔羽に釘を刺されている幸介ですら、今でも涼羽の進路を自分の会社に決めて欲しいと思っているのだから。


むろん、そう思っているだけで、それを実際に涼羽本人に伝えるようなことはしないのだが。




「あ…あの…僕、そんなに凄くなんか…」




そんな二人の会話をすぐそばで聞かされていた涼羽の口から、いつものように謙遜の言葉が飛び出てくる。


一人で淡々と、地道に向上に取り組んでいて、常に上を目指している涼羽からすれば、自分はまだまだだと思っている今の時点で、こんなにも褒められるのは居心地の悪さを覚えてしまうからだ。




「お、おいおい…マジか…」


「あの高宮さんが、頼りにしてる、なんて言い切る、だと?」


「あのめちゃくちゃ可愛い容姿だけでも羨ましいのに、そんなにも凄い能力持ちだなんて…」


「あ~もう、私がお嫁さんに欲しいわ!あの子」




しかし、幸介と誠一の会話を聞いていた周囲の人間は、あの高宮 翔羽が頼りにしている、という点だけでも涼羽のことを本当に凄いと思ってしまう。


さらには、絶対に今回の花嫁役がピッタリハマるであろうその容姿に加えて、話に聞いているだけでも驚いてしまうほどの能力の高さ。


涼羽のことをとにかく可愛がっていたスタイリストの女性から、自分がお嫁さんにしたい、などという言葉まで出てしまう事態と、なっている。




「…………」




そして、周囲の人間と同じように、幸介と誠一に会話にじっと聞き耳を立てていた光仁は、涼羽という人間が自分と違って本当に能力の高い人間であり、同時に本当に人に愛される存在であることを知り、羨望の眼差しを向けている。




そして、そんな人間が、聞いているだけで何もかもが自分より上だと思ってしまうような人間が、自分のことを本当の意味で認めてくれただけでなく、こんな自分のような人間の胡散臭い懇願に対し、本気で今の状況をどうにかしようと立ち上がってくれたということ。


それそのものが、本当に嬉しくて嬉しくてたまらなくなってしまっていた。




実は光仁も、涼羽の父である翔羽とは面識があり、その仕事に取り組む姿を見たことがあるだけに、余計に幸介が我が子のことを自慢するかのように話す涼羽のことが本当であると思え、そして、その涼羽が自分のような人間を認め、手を差し伸べてくれたことの喜びが大きくなってしまう。




写真撮影以外に何もない、とさえ思っている光仁には、涼羽は一回りほども年下ではあるものの、自分にとって本当に憧れや尊敬すら抱いてしまう、そんな存在となりつつある。




「…は~…やっぱ涼羽の奴、本当にすげえなあ…」




今となっては涼羽のことを本当によく知っている志郎も、一企業の代表格とも言えるほどの立場の人間にあそこまで認められていることに、思わず感嘆の声があがってしまう。


同い年で同学年である自分から見ると、本人は認めないものの、涼羽が本当に極めて優秀で人間もできた存在であり、同世代の中では本当に飛びぬけているとさえ、思っている。


だが、それはあくまで同じ年代の人間との比較であるため、そこからさらに上のステージの人間から比べた場合は、さすがにそこまでの評価になるかどうかは、分からなかった。


無論、自分が常に尊敬の対象としている秋月 祥吾が、あれほどに涼羽のことを称賛し、一目置いてすらいるということを日々、祥吾から聞かされているのだから、結構な評価をもらえるのではないか、とは思ってはいたのだが。




ところが、すでに社会人として日々を生きている人間はもちろんのこと、一企業を経営する立場の人間にまで、あれほどの評価をされているということが、本当に凄いと思えて仕方がない。


同時に、普段から親友として気軽に接している相手が、自分が思っていたよりも高い評価を得られていることに、誇らしさと同時に悔しさも覚えるという、非常に複雑な心境に陥ってしまう。




だが、だからと言って今の志郎が涼羽に対して悪感情を抱くことなどなく、むしろそれほどに高い目標となって自分の前に立ちふさがってくれていることが、本当に有難く思えてしまう。




実際、涼羽と殴り合い、倒されてからは、まるで人間そのものが変わった、とさえ評される志郎。


本人は気づいていないが、周囲の志郎に対する評価は、実際のところうなぎ上りの状態なのだ。


決していいわけではなく、だからと言ってそこまで悪いわけでもなかった成績は、涼羽と同じように少しずつではあるが良くなっていっており、今では真ん中よりも上、と言えるくらいにはなってきている。


そして、普段から孤児院の手伝いに、将来を見据えて経営の勉強、さらにはこれまでの日課となっているトレーニングまでこなしている。


それでいて、人見知りな涼羽と違って、人懐っこい性格であるゆえ、クラスはもちろん、他のクラスの生徒とも、これまで最強の不良としてひたすら避け続けられてきたのが嘘のように打ち解けていっている。




そういう評価を面と向かってされることも多い志郎なのだが、それでも増長するどころか、自分よりずっと凄い人間を何人も見ているから、と、非常に謙虚に自己の向上に努め続けている。


そして、それがさらに周囲の評価を上げる要因とも、なっている。




その謙虚な姿勢を忘れない心を持てるのは、一つは涼羽のおかげである、と、志郎は本気で思っている。


だから、ずっと先を行かれていることに悔しさを感じることはあっても、それが悪感情を向ける要因になることは、決してないと言える状態なのだ。




「いや~…涼羽君」


「は、はい?」


「高校卒業したら、わしの会社に来てくれんかね?」


「!え、え!?」


「いや、話に聞いているだけでも素晴らしいほどの能力に、そのモデルとして映える容姿…君がウチに来てくれるだけで、どれほど我が社に貢献してもらえるか…」


「あ、あの…それは…」


「どうじゃろう?ウチは働く者にとって良き環境を常に心がけておるし、雰囲気もいい。もし来てくれるのなら、絶対に嫌な職場だと思わせないだけの自信は、あるがのう?」




幸介の会社から、翔羽を応援として派遣している状況であるがゆえに、この誠一の会社も、やはり慢性的な人材不足に陥っている。


質の方は他の会社から見ても、専門的ではあるが、かなり高いのだが、それゆえに数が少ない。


加えて、それぞれがそれぞれの専門分野を持っていて、それに従事していることもあり、いざとなったら他のところを補う、ということのできる人材がいないのが、非常に大きな懸念点となっている。




だからこそ、これまでの経験を存分に活かし、多方面にその能力を惜しみなく発揮してくれている翔羽は非常にこの会社からすれば魅力的で、喉から手が出るほど欲しい人材となっている。


すでに管理職に携わっていることもあり、あの管理能力と指揮能力、さらには処理能力を併せ持つのだから、なおさらのことである。




ところが、その翔羽が頼りにしている、などと言える存在が今、自分の目の前にいるということ、そして、その存在が来年には高校を卒業ということもあり、ついつい、気が急いてしまい、思わずスカウトのようなことをしてしまった誠一。


家事全般を得意とし、さらにはこの会社には外からの力に頼るしかない分野であるコンピュータの技術力もすでに学生のレベルを超えているとまで、称賛されている。


さらには、今のアルバイト先である保育園では、園児の保育に清掃、給食の仕込み、さらには事務のコンピュータ面でのサポートまでたった一人でこなすなど、非常に多方面での活躍が期待できそうな人材なのだ。


加えて、モデルとして映えるこの容姿まで持っているのだから、誠一にしても、何が何でも欲しいと思って当然と、言えるだろう。




周囲で誠一の発言を聞いていた周囲の社員達も、涼羽のような、話に聞いたとおりの人材が自分の会社に来てくれるのなら、本当に心強い存在となってくれるだろうと、そう確信めいた思いを抱いてしまっている。


さらには、こんなにも可愛らしい容姿、加えてそれをより可愛らしく見せる性格までしているのだから、職場の雰囲気もさらによくしてくれるだろうという思いまである。


下手な横槍となるような発言こそはしないものの、涼羽に対して、ぜひうちの会社に来て欲しい、という期待に満ちた眼差しを向けてしまっている。




「おいおい、誠一。いくらなんでも今日会ったばかりの涼羽君に対して、いきなりすぎるだろう」




そんな誠一の行為をいさめるように、口を挟んできたのは、その誠一の親友である幸介。


ただ、幸介も涼羽と初めて出会った時に全く同じことをしているので、あまり説得力はないのだが。




「むむ…だが幸介よ!お前だって、こんなにも将来有望な子が目の前にいたら、社を預かる経営者としては、こうしてしまうのも仕方のないことだろう?」


「もちろんだ、誠一。そこは私も同意する」


「む、ならなぜそんなことを言う?」


「…実は私も同じことを初めて会った涼羽君にしてしまったんだが…」


「!なんだ、お前も結局同じじゃないか…」


「まあそうなんだが…それをして、高宮君に釘を刺されてしまったからな」


「!おいおい…さすがにそれは…」


「ああ…涼羽君のことを溺愛してる彼からすれば、やはりこういうことは好ましくないようでな」


「そ、そうか…なら、今度高宮君と顔を合わせた時に、彼に直球で頼んでみることにしよう」


「!お前という奴は…」




経営者の観点からすれば、涼羽のような将来有望な人材を目の前にして、こうしてスカウトしたくなってしまうのは当然だと言い切りながら、非難めいた声をあげる誠一。


当然ながら、幸介も今の誠一と全く同じ事をしてしまっているので、そこに関しては全面的に同意してしまう。




だが、涼羽の父親である翔羽に、そのことに対して釘を刺されているなどと言われては、さすがに誠一もぐいぐいと涼羽に対して事を進めるわけには行かないと、思ってしまう。


しかし、だからと言ってそれで諦めるわけではなく、親の目を盗んで涼羽に対して、ということをせず、父親である翔羽の方を攻める方向に切り替えることにする誠一。




そんな誠一の言葉を聞いて、あきれたような声を出してしまうも、内心ではその手があったか、と感心し、自分もそうしてみようと、心に決めてしまう。




そんな、自分のことで盛り上がっている二人のやりとりを、涼羽は何が何だか分からず、きょとんとした表情を浮かべながら、見つめているので、あった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る