第102話 本当に最強なのは…

「えへへ…ちっちゃな子供達を相手にしてる涼羽ちゃん…す~っごく可愛いんだろな~♪」


「ひ、柊さん…あんまりじろじろ見てたら、不審者に思われちゃうわよ?…」


「え~…小宮さんったら、可愛い涼羽ちゃん、見たくないの~?」


「!そ、それは…その…み…見たいって…いうか…そ…その…」


「うん、つまりは、小宮さんも可愛い涼羽ちゃん、見たくて見たくてたまんないんだ♪」


「ひ、柊さん!」




放課後の校舎を出て、街中を歩く…


実に対照的なタイプの、同じ制服を着た二人の美少女。




片方は、典型的な可愛い系で、その顔立ちや言動にも幼さが見られる…


正統派可愛い系美少女の、柊 美鈴。




もう片方は、いかにもといった感じのクール系の、大人びた容姿の美人タイプで…


融通の利かない苦労性であるということが、その言動や仕草からも見られる…


正統派美人系美少女の、小宮 愛理。




人の目を惹く容姿の二人が、こうして仲のいい(?)やりとりをしながら…


ゆるりと街中を歩いている光景は、すでに通りがかりの男性の視線を…


まさに我が物とせんがごとくに、欲しいがままにしている。




「へへへ…可愛いねえ。お嬢ちゃん達」


「どうだい?俺等と、楽しいことしねえか?」




当然のごとく、こういった…


美鈴と愛理を狙う狩人(ハンター)のごとくに…


彼女達をナンパしてくる男共が、後を絶たない。




校舎を出てから、これですでに五度目となるこのナンパ。


しかも、今回のは明らかに欲望に満ち溢れた…


二人まとめて手篭めにしようという意図しか見えない、典型的な不良タイプ。




短めに切り揃えた、暗めの金色に染めた髪を逆立て…


耳には、ジャラジャラとした無駄に装飾の多いピアスを付けている。




当然のことながら、美鈴や愛理にとっては相手する価値もない男達である。




美鈴はもともと、年頃の男子特有のねちっこい視線が嫌いということもあり…


そもそもが男嫌いの傾向にあるため、こんなにも露骨に不快感を突きつけてくる異性は問題外。




愛理にしても、異性そのものに興味がなく…


ましてや、自分がとことん嫌いなルールに無頓着なタイプは、完全に問題外。




そもそも、二人共、今となっては一人の特定の男の子に夢中と言える状態であるため…


他の異性など、眼中にない、と言える状態なのだ。




「すみません。私達、これから用事がありますので」


「そうそう。これから用事あるから、ごめんね」




にべもなく、ばっさりとナンパ男達のお誘いを断る二人の美少女。




愛理は、普段の怜悧冷徹な、風紀委員としての地がもろに出てしまっており…


美鈴にしても、表面上は笑顔ではあるが、内心はそのいやらしい感じの視線に対して嫌悪感でいっぱいの状態となっている。




ゆえに、とっととどこかに行ってもらいたい…


そんな心境なのだ。




「おいおい、つれねえなあ」


「そんな用事なんか放っておいてさ、俺等といいことして遊ぼうぜ」




自らの下卑た欲望を隠そうともしないいやらしい笑い。


そして、美鈴と愛理を品定めする、まるでなめ回すかのような視線。




さらには、一人は美鈴の…


もう一人は愛理の腕を無理やり掴んで、その場から逃がさないようにしてしまう。




「!ちょ、離して!」


「!や!離して!」




いきなり腕を掴まれて、その不快感を隠しきれなくなった二人。


まるで汚らわしいものを見る目で、自分達を無理やり拘束してくるナンパ男達を睨みつけながら…


目一杯の抵抗を、言葉でも行動でも行う。




「ひひひ、いきがよくていいねえ」


「おまけに体つきも…最近の女子高生は発育がいいねえ」




もう、男としての欲望をまるで隠そうともしないその発言。


さらには、ニヤニヤといやらしさに満ち溢れた、下卑た笑い。




自分達の身体が、男達の欲望のはけ口になってしまう…


そんな想像に、美鈴と愛理の二人の身体が、思わずびくりと震えてしまう。




「は、離して!」


「あ、あなた達!いい加減にしなさいよ!」




美鈴自身、異性である男子からの、思春期特有とも言える興味本位の視線に晒されたりすることは多いものの…


それでも、こうまで直接的な行為に出られたことは、一度もなかった。




やはり、社交的で同性の友達が多く…


しかも、その友達が美鈴を可愛がって、男子から護るようにしていた為…




こういった、直接的な行動に出られないような状況になっていたのだ。




ところが、今この場においては、そのように自分を護ってくれていた防護壁もなく…


さらには、嫌悪の対象としかならないナンパ男のごつごつとした手で…


無理やり自分の腕を掴まれて拘束されているこの状況に…


美鈴の中の恐怖が、どんどん大きくなっていく。




愛理の方は、もともと相手が誰であろうと自分の主張を貫くタイプであることもあり…


この場においても気丈に振舞えてはいるものの…




それでも、志郎との時のように暴力を振るわれそうになったあの時を除いては…


ここまでの直接的な行動に出られたのは、今この時が初めてであったりする。




ましてや、そのような行動で自分を拘束してくる相手が…


自分にとっては存在すら認めたくないような、下卑た欲望に満ち溢れたナンパ男であるのなら…




普段は気丈で、非常に強気な愛理であっても…


やはり、自身の心に染みを広げるように大きくなっていく恐怖を、抑えることができないでいる。




「ひひひ…いいねえ、その表情」


「そんな強気な表情も、やり甲斐があっていいなあ」




もはや、美鈴と愛理を手篭めにすることしか頭にない二人のナンパ男達。


力の差を駆使して、無理やりその辺の路地裏に引きずり込もうとしていた、まさにその時だった。








「おいおい…俺の連れに、一体何してんだ?」








まるで周囲の空気を、一瞬で凍てつかせるかのような…


それを聞いた者の心を、一瞬で底冷えさせてしまうかのような声が響いたのは。




「あ?」


「ああ?」




その声に、内心すくみ上がるような恐怖を覚えながらも…


精一杯の虚勢を張って、声のした方向に睨みつけながら、振り返る。




そして、その声の主が自分達の視界に映った瞬間…








「!!!!!!!!」


「!!!!!!!!」








まさにその身体そのものを凍てつかされてしまったかのように、動きが止まってしまう。




「!ああ…よかった…」


「大丈夫だった?柊さん」


「うん。小宮さんは?」


「ええ。私も大丈夫よ」


「えへへ、よかった」


「ふふ」




その機能が止まってしまったかのように、力の抜けたナンパ男達の手を…


まるで、自分の腕についてしまった埃やゴミを払いのけるかのように振りほどく二人。




そして、お互いの無事を確認し合い…


共に無事だったことに、安堵の笑みを浮かべる。




「で?」




少しばかり用があると言って、遅れて合流してきた志郎。


かつての恐ろしいほどの冷徹さと冷酷さを思わせる、その能面のような表情。




そして、その表情から発せられる、物理的な重圧さえ感じさせられるほどの殺気。




今ここにいるナンパ男達も、元は喧嘩に明け暮れていた不良学生だったため…


その当時、この町で決して逆らってはならない、最強の不良と称されていた志郎のことは…


嫌と言うほどに知っていた。




そして、一度だけ、志郎が喧嘩をしているその場に出くわすことがあった。




たった一人で、自分達よりも遥かに強いであろう精鋭の不良達を…


まるで、腕についたゴミでも払うかのように叩きのめす、その鬼神のごとき圧倒的な強さ。




気がつけば、十分も持たずに、十数人はいた精鋭の不良達が…


ボロボロに叩き伏せられた状態で、地面に投げ出されていたのだ。




ましてや、喧嘩をしている最中でも決して変わることのない、その凍てつくかのような無表情。




それを見た時から、このナンパ男達の心に固く決められたことができた。








――――この男…鷺宮 志郎という男には、決して関わってはいけない――――








逆らえば、殺される。




そう思わせるほどに、その時見た二人が見た志郎は、恐ろしかったのだ。




それからは、志郎と出くわすことなく…


そのまま、学生を卒業して、しがないフリーターとして堕落した毎日を過ごすこととなった。




目を付けた女性を無理やりに手篭めにして、己の欲望を発散させることを中心とした生活。




今もその欲望に忠実に、対照的なタイプの美少女達を手篭めにしようとしていたところ…




まさか、そこでこの最強の不良と出くわしてしまうなんて。




しかも、自分達が手篭めにしようとした二人が、まさか志郎の連れだったなんて。




「俺の連れに、何しようとしてたんだ?てめえら…」




もはや物理的な攻撃力さえ持っていると錯覚してしまうほどの殺意が、二人のナンパ男に向けられる。


数多の不良、そしてチンピラやヤクザにいたるまで…


目の前に立ちふさがる敵を、抵抗らしい抵抗すら許さないほどに叩きのめしてきたその拳が…


二人のナンパ男達にまで音が聞こえるほどに、力強く握りこまれている。




逃げたい。


今すぐここから逃げ出したい。




否、逃げ出さないと。




そうしないと、殺される。




「あ…」


「ああ…」




なのに、身体がまるでその自由を奪われたかのように…


どうしても、言うことを聞いてくれない。




目の前の、決して逆らってはいけない男の、強烈なほどの殺意。


その殺意を帯びた、冷酷で無慈悲な視線。




それが、身体の自由を奪ってしまう。


まさに、逃げることすら許されない。




口の中からこみ上げてきそうなほどに、膨れ上がる恐怖。


もはや、恐怖に震えることすら許されない。




それほどまでに、目の前の男が…


絶望的なほどに、勝ち目のない相手であることを、本能が感じ取っているのだ。




蛇に睨まれた蛙とは、まさにこのことを言うのだろう。




まるで動こうとしない…


否、動くことのできないほどの恐怖に、身体を支配されている二人に…


その恐怖の象徴とも言える志郎が、無慈悲にゆっくりと、近づいていく。




「…とりあえず聞いておく」


「!!……」


「!!……」




もう、その凶器と言える拳が届く距離まで近づかれている。


その距離で、底冷えがする、なんて言葉では生温い…


まさに、絶対零度と呼べるほどの冷酷さ。




そんな冷酷さをそのまま音にしたかのような、志郎の声。


その声に、過剰なほどにナンパ男達が反応する。




「てめえら…まさか、俺の連れを手篭めにしようとか、思ってたんじゃねえだろうな?」


「!!そ、そんなまさか!!」


「!!め、めっそうもございません!!」


「ほお?俺の目には、無理やりあいつらの腕掴んで、そのままどっか引きずり込もうとしてたように見えたが?」


「!!あ、あれは…」


「!!そ、その…」




とにかくこの場から逃れようと、懸命に言い逃れをしようとするナンパ男達。


だが、決定的な瞬間を志郎に見られており、しかもそれを指摘されたことで…


もう、言い逃れをする言葉も出せなくなってしまう。




「確か、こんな風だったよな?」




志郎の両手が、震えて動けない男達のそれぞれの腕を掴む。


そして、拳を握りこむのと同じように…


その手に、力を込めていく。




「!!ぎゃ、ぎゃああああああああっ!!!!!!」


「!!ぐ、ぐひいいいいいいいいっ!!!!!!」




万力に腕を挟まれて、そのまま押しつぶされていくかのような、すさまじい圧力。


およそ、人間の握力とは思えないほどの力が、ナンパ男達の腕にかかってくる。




生半可な鍛え方の筋肉では、その力に抵抗できるはずもなく…


骨ごと握りつぶされるような錯覚すら感じてしまう。




むしろ、本当に骨ごと握りつぶされてもおかしくない…


それほどの圧倒的な力。




「どうした?まだそんなに力入れてないんだがな?」




にも関わらず、能面のような無表情で、さらりとそんなことを言う志郎。




実際、まだそこそこ程度の力しか入れておらず…


もっと力を込めれば、本当に男達の腕を握りつぶすこともできてしまうだろう。




「ぎゃああああああああああああっ!!!!!!!」


「ひぎいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!」




逃げることすら許されない、その凄まじい程の力。


その拘束を振りほどくどころか、動くことすらままならない。




骨まで押しつぶそうとする力が、容赦なく男達の腕を締め付ける。




「…てめえら、あそこの女子達に、こんなことして…」


「ぎゃひいいいいいい!!!!!」


「ゆ、許して…ふぎゃあああああああああ!!!!!!」


「しかも、手篭めにしようとしてたなんてな…」


「す、すみませんでしたあああああああああああ!!!!!!!」


「も、もうしませんんんんんんんんんんんっ!!!!!!!!」




もう完全に涙目になって…


その絶え間なく襲い掛かる激痛から逃れようと、必死になって…


無様に謝罪と懇願を繰り返す二人の男達。




その激痛に対して、絶叫が止まらない。




にも関わらず、目の前の恐怖の象徴は…


その手を離すどころか…


逆に、本気でその腕を骨ごと握りつぶそうと、さらに力を込め始めている。




めきめきと、ナンパ男達の腕が軋む。


握りこまれた皮膚の部分が、その圧力に耐え切れず、破れて血が見え始めている。




「てめえら…その獣と同じ程度の脳みその中に、よーく叩き込んどけ」


「ぎゃひいいいいいいいいいいい!!!!!!」


「ぐぎゅううううううううううう!!!!!!」


「…男の強さってのはな、周囲の人間を傷つけたり、ましてや女子を手篭めにしたりするためのもんじゃ、ねえんだよ――――」








「――――男の強さってのは、女子を…自分の大切な人間を護るために、あるんだよ――――」








それまで、怜悧冷徹で、まるで能面のように無表情だった志郎の顔に…


この瞬間、本当に熱を持った人間の顔が浮かんでくる。




かつて、自分と戦い…


目の前のナンパ男と同じように、周囲を傷つけ…


さらには、護るべき対象の女子にすら、その凶器の拳を向けようとしていた…


確実に破滅の道を歩いていた自分を救ってくれた…


今となっては、かけがえのない親友が教えてくれたもの。




それが、志郎の中に強固な信念として、強く根付いている。




「あ………」




その台詞を聞いた愛理から、驚きの声が漏れ出てしまう。




それは、かつてその場にいた愛理も聞いた…


今では自分の想い人となっている、可愛い男の子の言葉。




それが、これほどまでに志郎の心に根強く…


絶対のものとして残っていること。




かつての志郎からは、とても考えられないその変化。




「(あの時…高宮君が言ってくれたこと…鷺宮君には、本当に本当に…大きすぎるくらい大きいものになってるのね……)」




かつて、涼羽が志郎に対して、まるで母親が子供を包み込むようにしながら言った言葉。


それが、志郎にとって本当に大切なものとなっていること。




何より、それが二人のかけがえのない絆となっていること。




それが、何故だか凄く嬉しくなって…


思わず、愛理の顔に優しい笑顔が、浮かんでくる。




「ふふ………」


「?どうしたの?小宮さん?」


「え?」


「なんか、すっごく嬉しそうな顔してるから」


「…うん、ちょっと前にあった、すっごく嬉しかったこと…思い出してたの」


「そうなんだ…それって、どんなこと?」


「そうね…高宮君にも関係あること…ってだけ言っておくわ」


「!え?え?涼羽ちゃんにも?どんなこと?どんなこと?」


「ふふふ…な~いしょ♪」


「え~!教えてよ~!」




そんな愛理の嬉しそうで、優しい笑顔が気になったのか…


すぐそばにいた美鈴が、興味津々と言った顔で、愛理に問いかけてくる。




美鈴のそんな問いかけに、愛理はその嬉しそうな表情を崩さず…


あの時、涼羽がその身を挺して自分を護ってくれたこと…


そして、壮絶な殴り合いまでやりあった志郎に対し、涼羽が温かく包み込んで…


今の志郎にとって、本当に大切になっている言葉を贈ったこと…




それら全てを集約し、『嬉しかったこと』と話す。




その『嬉しかったこと』が気になったのか、さらに食いついて、もっと具体的に掘り下げようと聞いてくる美鈴。




だが、それ以上は自分と当事者である志郎、そして涼羽の三人だけの秘密にしておきたいのか…


少しいたずらっ子のような感じが含まれた表情で、はぐらかすような言い方をする愛理。




当然、それが気になって、さらに食い入るように迫ってくる美鈴なのだが…


そんな美鈴に対し、どこまでもするりするりとはぐらかす愛理。




周囲から見れば、タイプの違う美少女達がきゃっきゃうふふと、じゃれあっているようにしか見えないその光景。




愛理自身、かつては鬼の風紀委員として周囲からずっと敬遠されてきた身であり…


こんな風に、気心の知れた友達と言える存在と、こんな風なやりとりができるなんて…


以前までは、本当に思えるはずもなかったのだ。




こんな風なやりとりをできることそのものが、嬉しくて…


楽しくてたまらない、といった表情の愛理。




その表情は、普段の怜悧冷徹な彼女からは想像もつかないほどのギャップがあり…


そのギャップが、誰の目をも惹いてしまうであろうほどの…


本当に、垢抜けたとびっきりの可愛らしさに、満ち溢れている。




「……ふん…そんな顔も、できんじゃねえか」




そんな愛理の表情に、志郎の顔にも思わず笑みがこぼれてしまう。


これも、今となっては、自分にとってかけがえのない親友である、涼羽の影響が大きいのだろう。




そう思うと、ますます志郎の中で高宮 涼羽という存在が誇らしく思え…


何より、そんな存在と親友であることが、ありがたくてたまらなかった。




「…ほらよ」




万力のごとき圧倒的な力で、握りつぶさんとばかりに掴んでいたナンパ男達の腕を、放り出すように解放する志郎。




「!!ああ…」


「!!いてえ…いてえよお…」




ようやくその腕を解放された安堵感により…


思わず腰が抜けて、地べたにぺたんと座り込んでしまう二人。




ひたすらにその圧倒的な力で掴まれていた腕には…


ドス黒い感じの紫に変色した痕が残されており…


未だに握りつぶされるかのように掴まれている感じが抜けず…


当分は、まともに動かせそうにないような状態に、なってしまっている。




「おい、てめえら」


「!!は、はい!!」


「!!な、なんでしょう!!」




その凍てつく絶対零度の声で、二人に呼びかける志郎。


その声に過剰なほどに反応してしまい、ものすごい勢いで志郎の方へと振り返る二人。




「とりあえず、今日のところはこれで終わりにしてやる」


「!!は、はい!!」


「!!はい!!」


「だがな…覚えておけ」


「!!な、何をでしょう!!」


「!!はい、なんでしょう!!」


「もし、次またこんなふざけた真似しやがったら…」


「し、しやがったら?…」


「しやがったら?…」








「…その時は、今回みてえに掴まれんのは腕じゃなくて、その首だってことをな」








「!!!!!!」


「!!!!!!」








「…で、その時は今回みてえに手加減なんぞしねえ…容赦なく握りつぶしてやっからな」








静かに、地を這うかのような低い声で…


それも、聞く者を凍らせてしまうかのような絶対零度の声で…




さらりと、恐ろしいことを二人のナンパ男に突きつける志郎。




目の前の、恐怖の対象そのものという認識になってしまっている志郎からは、冗談で言っている感じが全くない。


本気で、この男はそう言っているのだと。




そう思うのに、時間はかからなかった。




そして、その圧倒的な恐怖に負けてしまうのも、時間はかからなかった。




「ご、ごめんなさいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」


「す、すみませんでしたああああああああ!!!!!!!!」




まさに脱兎のごとく、恥も外聞もなく…


もう、一瞬たりとて、あの男と関わりたくはない。




その思い一つで、その場から全力で逃げ出していくナンパ男達。




「けっ…情けねえ」




そんなナンパ男達を、本当につまらなそうな表情で睨むように見つめる志郎。


少しは抵抗して、自分とやり合ってくれるものかという期待があったのか…


ここまで情けなく、ただただ怯えて逃げるだけの展開に、心底呆れてしまったようだ。




まあ、志郎には、自身がこの界隈では誰も逆らうことすら許されない…


文字通り、最強の不良であるという自覚が、まるでないのだから。




この展開に不満そうな顔を出してしまっても無理のないことなのだろう。




「ありがとう、鷺宮君」


「ありがとう!鷺宮君!」




そんな志郎に、愛理と美鈴からのお礼の言葉が贈られる。


愛理の方は、大人びて落ち着いた口調で。


美鈴の方は、元気一杯の少し幼げな口調で。




「あ?」




そんな二人の言葉に、意外そうな表情を向けて、少し間の抜けた反応になってしまう志郎。




「あのしつこい男達を追っ払ってくれて、ありがとう、っていったの」


「そうそう!あの人達、本当にうっとうしくてたまらなかったの!」


「…ふん…まあ、お前らが無事なら、それでよかった」




笑顔を向けて感謝の言葉を紡いでくる二人の美少女に対し…


少し照れくさいのか、視線を二人から逸らしたまま、ぶっきらぼうに応える志郎。




「…それにしても、あなたって本当に最強なのね」


「あ?なんでだ?」


「だって、あの男達、あなたを見ただけで、分かりやすいくらいに怯えてたわよ」


「そうそう!見ててかわいそうになってくるくらい、びくびくしてたもん!」




愛理や美鈴から見れば、あのナンパ男達の方が屈強そうに見えるのに…


そんな男達が、見た目線の細い、スリムな感じの志郎にあそこまで怯えていたことに…


二人は、相当に驚いていたようだ。




「…本当に最強なのは、俺なんかじゃねえよ」


「え?」


「え?」


「俺みてえなのは、ただ腕っ節が強いだけなんだよ。本当に最強なのは――――」








「――――涼羽みてえに、その腕っ節を正しい、真っ当なことに使える奴のことを言うんだよ」








涼羽と戦って敗北した、あの日以来…


涼羽のその母性と包容力に包み込まれた、あの日以来…


志郎の中で、本当の強さとはなんなのか…


その本当の強さ、というものの理想形を、他ならぬ涼羽に見せてもらえた。




志郎は、そう思っているのだ。




あの日、自分がどれほどに手の付けられない癇癪持ちの危険人物だったのか…


自分がどれほどに人を傷つけるしか能のない男だったのか…




それを、知ることができた。


そして、その破滅への道から、救い出してもらえた。




だからこそ、志郎は自分が最強などとは、髪の毛の先程も思ってはいない。




どれほど腕っ節が強くとも、自分は心の強さがまるで伴っていない。




だからこそ、自分にとっての最強は、今となっては唯一無二の親友である、高宮 涼羽…


彼こそが、本当の意味での最強なんだと…




志郎は、常にそう思っている。




「ふふ…そうね」


「だろ?あいつ、あんなナリしてバケモンみてえな力持ってっからな~」


「私も初めて見た時は、正直自分の目を疑ったもの」


「しかも、一撃でのされたのなんて、初めてだったんだぜ?俺」


「つい今さっきまでのあなたを見てたら、今でもあの時の光景が本当なのか疑わしくなってくるもの」


「だから、俺の中では、誰がなんと言おうと、涼羽が最強なんだよ」


「高宮君本人は、そんなこと気にも留めていないでしょうけどね」




その志郎に同調するように、笑顔を見せながら応える愛理。


そして、あの日のあの時の当事者であった二人の…


あの時を振り返っての話が盛り上がる。




「ね~、なになに?何の話~?」




自分だけが蚊帳の外、というのが気に食わないのか…


美鈴が、構ってもらえなくて非常に不満、という感じで二人に声をかけてくる。




志郎、愛理、そして涼羽の三人の間であった、あの時のことは…


結局のところ、当事者である三人共自分達だけの中で収めておこうとしており…


この三人以外で、あの時のことを知る者は、いないのだ。




当然、美鈴もそのことを知らないまま。




だから、二人が何について話しているのか、全く分からない。


それが、仲間はずれにされているようで、気に食わなかったようだ。




「え?ああ、ちょっとした思い出話よ」


「そうそう、俺といいんちょと…涼羽だけの、な」




そんな美鈴に、少し意地悪したくなったのか…


二人して、少し意地の悪さを含んだ笑顔で、お茶を濁すような言葉を紡ぐ。




「!涼羽ちゃんも絡んでるの?そのお話」


「ああ」


「ええ」


「教えて!教えて!気になるの!」


「ふふふ…な~いしょ♪」


「じゃあ俺も、な~いしょ♪」


「ええ~!!ずるいずる~い!!」




自分がこの世で最も大好きと言える存在である涼羽が絡んでいるということで…


兎にも角にも教えて欲しい、と目一杯詰め寄ってくる美鈴。




そんな美鈴に、結局は教えないスタンスを取る愛理と志郎。




交流をするようになってからまだ日が浅いのにも関わらず…


まるで、幼い頃からの顔なじみであるかのように…


仲良く笑いあっている三人。




そんな三人が、涼羽のいる秋月保育園を目指して歩きながら…


楽しそうなやりとりを、繰り広げていく。

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