第94話 あ、ありがとうございます!!部長!!
「ほ、本当にあの子…部長の息子さんなんですか!?」
すでに定時も過ぎた、とある企業オフィスの会議室の中。
マンツーマンミーティングを主とした使用のため、会議室としては狭いであろうその空間にいる、二人の男達。
一人は、この会社ではトップクラスの実力を持つやり手の部長、高宮 翔羽。
もう一人は、その翔羽の部下で、高い処理能力を持つ佐々木 修介。
鬼気迫る、というに相応しい厳しい表情で、修介に視線を向けながら仁王立ち状態の翔羽に対し…
あまりの驚愕度に、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまい、ようやく上半身を起こしただけの状態の修介。
そして、先程の翔羽から飛び出た言葉…
――――涼羽は…俺の息子はずえ~~~~~~~ったいに嫁にはやらんからなあ!!!!!!!!!!――――
高宮 涼羽。
とても可愛らしい美少女な容姿に、女神のような包容力と母性を兼ね備えた…
本人曰く、ただの男子高校生であり…
男子だと本人に言われながらも、修介が思わずプロポーズなんてことをやらかしてしまった相手。
その涼羽の父親が…
今、自分の目の前にいる上司である、高宮 翔羽。
涼羽が、その翔羽の、息子だということ。
それが、修介を椅子からひっくり返させるほどに驚かせたことなのだ。
まさか、意中の相手の父親が、自身が普段から同じ職場でお世話になっている上司の子供だなんて…
椅子ごとひっくり返った状態から、どうにか上半身だけを起こし…
その事実を確認しようと、目の前の翔羽に問いかけの言葉をぶつける。
「………………」
その問いかけに対し、翔羽はその表情を崩すことなく、まるで言葉も発さず…
何を思ったのか、自身のスマホを手にしたかと思えば…
それを慣れた手つきで操作し、その操作が完了したかと思えば…
そのディスプレイに映っている何かを見せようと、画面を修介の方に無言で向けた。
「!!」
そこに映っていたものを見て、修介の顔にまたしても驚愕の表情が浮かぶ。
なぜなら、そこに映っていたのは、つい先日、自身が翔羽に語った通りの一目惚れをしてしまい…
自分の娘の母親として…
また、自身の新しい人生のパートナーとして迎えたいと、本気で思っているその相手である…
高宮 涼羽その人だったからである。
その涼羽にそっくりな、幼げな少女にべったりと抱きつかれて…
あの時、自分の娘に向けてくれた、母性と慈愛に満ち溢れた笑顔を惜しげもなく晒しているその姿。
自分が、本当に欲しいとさえ思ったその笑顔。
それが、小さな画面の中で眩いと言えるほどに綺麗に、映し出されていた。
「……可愛い……」
思わず、そんな言葉が漏れ出てしまう。
写真であるにも関わらず、その想いを表すかのような、熱い眼差しを向けてしまう。
見てるだけで、自身の左胸にある…
生命の根幹となるものの動きが、ひたすらに激しくなっていくのが分かる。
一体どれほどに、自分があの少年に想いを寄せているのか…
一体どれほどに、自分があの少年を娘の母親として迎えたがっているのか…
自分では、もはやどうすることもできないこの想い。
それが、表情にも如実に表れている。
「………お前の言っていた子というのは、やはりこの子のことか………」
まるで何かに陶酔するかのようにうっとりとした表情で…
自らが見せた写真を見つめる修介に対し…
静かで、それでいてゾッとするような凄みを含んだ声で…
まるで、吐き捨てるかのように、翔羽がぽつりとつぶやく。
「!そ、そうです!その子が、私の言っていた子です!」
そんな、独り言にも聞こえる翔羽の問いかけに、修介はその想いを表すかのようにはっきりと答える。
その修介の答えに、ますます翔羽の表情が険しくなっていく。
「お、お願いします!部長!その子を…涼羽君を…私に…」
「だめだ!俺の可愛い涼羽をくれだと!?そんなふざけたことができるか!」
もはやどうすることもできない想いがそうさせるのだろう。
まさに、『娘さんを、僕にください!!』と言わんばかりに、転んでいたままの体勢を整え…
きっちりとした正座から、三つ指をついた、折り目正しい土下座に以降。
そして、そのまま、お決まりであろう台詞を、その想いの対象の父である翔羽に向けて放つ修介。
しかし、その言葉が終わるよりも先に…
『貴様なんぞに可愛い娘をやれるか!!』という、まさに娘に首っ丈な父親の定番の台詞を、そのまま目の前の修介に叩きつける翔羽。
翔羽にとっては、目に入れても痛くないと豪語できるほどに可愛い息子である涼羽。
その涼羽を、こともあろうに嫁に出すなど、できるはずもなく…
まさに全身全霊で、父親として全力で可愛い息子である涼羽を護ろうと…
もう、二の口を告げさせない勢いで、修介の懇願を一刀両断してしまう。
「そ、そんな…お願いします!お願いします!」
「だめだだめだ!俺の命よりも大事な可愛い息子の涼羽は、誰にもやらん!」
「お願いです!必ず…必ず幸せにしてみせますから!」
「ええい!しつこいやつ!やらんったらやらん!涼羽は、嫁になど行かんのだ!」
全力で懇願する修介に対し、全力で拒絶の姿勢を崩さない翔羽。
涼羽は、どんなに可愛らしい美少女に見えても、実際には男の子。
嫁になど行かない、という台詞は、本来は当たり前すぎるほどにそうだと言えるのだが…
やはり、涼羽の普段からの美少女っぷりと、お母さんっぷりが…
ここにいる二人を、狂わせているのかも知れない。
まるでコントのようなやりとりを繰り広げている上司と部下の二人。
その二人のやりとりは、まだまだエスカレートしていく。
「お願いします!涼羽君は、娘の香澄にとっても必要な人なんです!」
「!ぐ……」
ここで、娘である香澄のことを持ち出してくる修介。
この世に生を受けたその瞬間から、母親というものを永遠に失ってしまった香澄。
男手一つでどうにかここまで育ててきたのだが…
やはり、本能的に母親を恋しがるのだろう。
たまに寝言で、『まま……』という言葉が漏れ出てくる娘の姿に、修介はやり場のない切なさとふがいなさを感じてしまう。
どんなに頑張ったとしても、自分では母親にはなれない。
どんなに頑張ったとしても、娘の望みを叶えてあげることはできない。
それでも、純真無垢で天使のように愛らしく…
決してひねくれることもなく、かといって、過ぎたわがままをいうこともなく…
本当に、その存在そのもので自分を癒してくれる、愛しい愛しい娘、香澄。
その香澄が、あんなにも幸せそうな表情で懐いている存在である涼羽。
それを見て、修介は思ってしまったのだ。
――――香澄に、母親というものを与えてあげられる――――
――――香澄の母親には、この子しかいない――――
無論、自分としても、失った妻である香織以外に、これほどこの心を奪われたのは、涼羽が初めてなのである。
本人の自己申告のみとはいえ、涼羽が男の子であることは先に聞いていた。
でも、それでも止まらなかった。
この子と一緒なら、絶対に香澄も自分も幸せになれる。
そして、一緒に幸せにしてみせる。
自分達親子に、涼羽を加えた三人での家族の団欒…
そんな光景を思い浮かべただけで、言いようの無い幸福感に、満ち溢れてくる。
だからこそ、止められない。
相手が、自分より一回り近くも年下の高校生で…
それも、同じ性を持つ男子高校生であったとしても。
翔羽も、早くに最愛の妻に先立たれ、遺された子供達とも満足に触れ合えなかったということもあり…
ここまで真剣に子供の幸せを想って、ここまで必死になってくる修介に、やはり共感を覚えてしまう。
もし、自分が彼の立場だったらと思うと…
もし、自分もこんな風に子供達の母親としても相応しい、自分自身も全力で愛することができるであろう人に巡り会えたのなら、と思うと…
たとえそれがどんなに想ってはいけない人だったとしても、目の前の修介と同じように、必死になって手に入れようとしていたのでは、ないだろうか。
同じような境遇であるがゆえに、嫌と言うほどに分かってしまう。
修介が、どれほどに涼羽のことを欲しているのか。
修介が、どれほどに娘のことを想っているのか。
だからこそ、こうも思ってしまう。
――――だからって、なんでそれがウチの子なんだ――――
と。
その対象が、自分の子供以外の人間であったのなら、心から祝福できていたし…
自分でも、可能な限りの手助けはしていたに違いない。
だが、その対象が自分にとって最愛である、息子の涼羽となると、話は違ってきてしまう。
娘に、母親というものを与えてあげたい。
娘に、母親というものを知ってもらいたい。
娘に、母親がいる幸せを感じてもらいたい。
父親ながら、涼羽という息子は…
男子でありながら、その母親というものを、これでもかというくらいに感じさせてくれる存在である、と。
そう、思っている。
それは、常日頃から嫌と言うほどに感じ…
そして、それに多大な幸福感を感じさせてもらっている。
ゆえに、修介が娘の母親として涼羽を欲しがるという気持ちは、すごく分かってしまう。
だからといって、素直に最愛の息子である涼羽をほいと渡すなんてこと、できるはずもない。
これまで、ずっと離れ離れだった分を…
これまで、ずっと苦労をかけてきた分を…
これまで、ずっと愛してあげられなかった分を…
これから、それを取り戻すくらいに与えてあげたいのだ。
もう、取り戻すなんてものではなく、これからずっと…
たとえ息子に愛想をつかされたとしても、ずっとずっと、可愛がってあげたいのだ。
それほどまでに愛している可愛い息子を…
よりにもよって嫁としてどこぞの男に出すなどと…
決してできるはずもないことである。
「……だ、だめだだめだ!涼羽は…俺の可愛い息子は嫁になどやれん!!」
修介の娘を想う気持ちを無視するようで、本当に気が引けてしまうのだが…
これだけは、譲れない。
あの天使のような愛らしさと、女神のような母性、包容力を併せ持っている最愛の息子。
何があろうと、自分の手元から離したくなど、ない。
ゆえに、何があろうと、修介のこの懇願に首を縦に振るなど、できるはずもないのだ。
仮に首を縦に振ったところで、肝心の当人である涼羽が…
修介のその求愛に応じるかと言えば、否、であるのだが。
ここにいる二人がお互いに、そのことを全く考慮しないまま…
二人だけで、話が勝手に進んでいっている。
そのことに、二人が全く気づいていない。
修介は、想い人の父親である翔羽の許可さえ取れれば、はれて涼羽を自分の元に迎えられる、と思い込んでいるし…
翔羽は、自分が修介の懇願に首を縦に振ってしまったら、最愛の息子である涼羽が、自分の元から離れて、嫁に行ってしまう、などと思い込んでいる。
一見非常に真面目で真剣な様子の二人なのだが…
中身はかなりお間抜けな状態になってしまっていた。
「お、お願いします!お願いします!!僕のいい人に…まではいいません!!せめて、せめて娘とあの子の触れ合いだけでも!!」
娘のために、何が何でも、と思っている修介の言葉。
もともと、相手は男の子なのだ。
できれば、自身のいい人に…
などという想いはあったのだが…
それでも、第一は娘のため、なのだ。
あの、『お母さん』という言葉が非常に似合う男子高校生に、娘である香澄と触れ合ってもらえたら…
あの子なら、きっと香澄を大切にしてくれる。
あの子なら、きっと香澄に、『お母さん』を教えてくれる。
先日、涼羽と触れ合ってた時の香澄のあの幸せで一杯の表情。
あれが、忘れられない。
あの表情を、もっともっと出させてあげたい。
それだけで、ひたすらに土下座を繰り返す修介。
ひたすらに、涼羽の父親であり、自分にとっては上司である翔羽の目の前で。
「!…………」
これには、さすがに翔羽も迷ってしまう。
子供に母親のいない生活をさせてしまっているのは、翔羽も同じだから。
羽月の方は、兄である涼羽のおかげで、母親というものに触れることができてはいる。
しかし、肝心の涼羽は自らが母親として妹に接してはいるものの…
自分自身が、母親に包まれる、ということができないでいるのだ。
だからこそ、せめて父親として目一杯の愛情を注いでいく。
それしか、自分にはできないと、翔羽は思っている。
日々の、傍から見れば度を越えたスキンシップ。
それに対し、涼羽はものすごく恥ずかしそうに俯いてしまうのだが…
でも、それを嬉しく思ってくれているのか…
恥ずかしそうな表情の中に、うっすらと嬉しそうな表情を見せてくれる。
それが、可愛すぎて可愛すぎてたまらない。
母親がいなくて、子供に寂しい思いをさせてしまっているというやるせなさ。
目の前の部下も、その自分と全く同じ想いを抱いている。
ましてや、修介の娘はまだ三歳だと聞いている。
そんなにも小さな娘のために、ここまでなりふり構わずでどうにかしようとする修介の姿。
そんな修介の、娘に対する必死な想いが、嫌と言うほどに分かってしまう翔羽。
せめて、娘と涼羽との触れ合いを許して欲しい。
自分の涼羽へと想いを差し置いて、そこまで言ってくる修介。
仕方ない。
翔羽は、非常に淡々とした印象が強いため…
周囲からはクレバーなイメージをもたれてはいるが…
実際には、人情派なのだ。
娘のために、ここまで自分を捨てられる修介の姿を見て、それを袖にできるような男では、決して無い。
だからといって、事が最愛の子供達に絡むようなことであれば、また話は別になってはくるのだが。
それでも、彼の娘を不憫に思ってしまうこともあり…
これ以上は、無碍にはできないと、思ってしまう。
目の前で、地に頭を擦り付けて、ひたすらに懇願してくる修介から視線を切り…
左手に持っていたスマホの操作を始める翔羽。
そして、最愛の息子である涼羽の携帯の電話番号を電話帳から呼び出すと…
その番号に対して、コールを発信させる。
三回ほど、いかにもといった感じのノーマルな呼び出し音が翔羽の耳に鳴り響く。
四回目のコールが鳴り響こうとしたところで、コール音が途切れ…
最愛の息子である、涼羽の可愛らしい声が、聞こえてきた。
「もしもし。どうしたの?お父さん?」
少しきょとんとした感じの反応。
声も、疑問符まじりとなっている。
そんな涼羽の声に、思わず頬を緩めながらも、本題に入ろうとする。
「おお、涼羽。もう家には、帰ってるのか?」
今日から、保育園でのアルバイトを始めることになった息子、涼羽。
現在の時刻は十八時半を過ぎているため…
もう家に帰っているのかを、確認してみる。
「うん。もう家で、ご飯の準備始めてるところ。お父さんは、今日は残業なの?」
今現在、背中に妹、羽月をべったりと抱きつかせながら、夕食の準備にかかっている涼羽。
いつもなら、この時間帯にはすでに帰ってきているはずの父に、残業かどうかを確認してくる。
「おお、そうか。まあ、今日は少し仕事が長引いてな。だが、もう終わるから」
「そうなんだ。じゃあ、もうすぐ帰ってこれるの?」
「ああ、あと十分もしたら、会社を出るところだ」
「そっか、じゃあ。ご飯の用意はもう少し待ってるね」
父の帰りが遅くなっているようなので、先に妹と食事を済ませておこうとしていた涼羽だが…
もうすぐ帰る、という父の言葉に、夕食は父と一緒に、と思い直したようだ。
「で、涼羽。すまんが、ちょっとお願いがあるんだ」
「?お願い?」
「実は、今日は会社の部下を、ウチに連れて行こうと思ってな」
最愛の息子、涼羽と幸せそうな笑顔で電話で話す翔羽のことを何気なく見ていた修介。
その翔羽の、こんな思いがけない一言に、驚愕の表情が浮かんでくる。
翔羽は、飲みや食事の誘いに基本乗らない性質なのだが…
それと同時に、自分の家に会社の人間を呼ぼうともしないのだ。
理由は、自分だけの可愛い可愛い息子と娘を独り占めしたい、というのと…
親子三人で水入らずで過ごしたい、という思いが強いからなのだが。
そんな翔羽が、自ら部下を自宅に連れて行く、などと言う事態に…
修介は、驚きを隠すことなどできずに、地に擦り付けていた頭をガバッっと上げて、翔羽の方をじっと見つめる。
「!え、そうなの?」
「ああ、で…そいつに三歳の娘さんが一人いてな…その子も一緒に連れて行こうと思ってるんだ」
「そうなんだ…てことは、その人達の分の食事も、用意した方がいいの?」
「さすがに話が早いな、涼羽は。今から二人分追加になるんだが…できるか?」
「うん。それは大丈夫……でも、珍しいね、お父さん」
「?ん?何がだ?」
「だって、こっちに帰ってきてから、お父さんが会社の人をウチに呼ぶなんて、初めてだし」
「そうだな、そういえば、初めてだな」
「その人、お父さんと何かあったの?」
「ん?いや、なに…日頃から仕事を一生懸命頑張ってくれてるから、たまには労おうと思ってな」
「!え…それだったら、俺の料理なんかじゃ…」
「何を言ってるんだ、涼羽。お前の料理はどこに行っても通用する美味さなんだ。俺が保証する」
「で、でも…」
「それに、そいつも家庭の味に餓えててな。だから、とびきり美味い家庭料理を、と思ってな」
「もう…お父さんたら…」
本当に可愛らしい反応と声の涼羽に、もうその整った顔は盛大に緩んでおり…
デレデレとしか言いようの無い子煩悩ぶりを遺憾なく発揮しながら、会話を続ける。
「だから、今から会社を一緒に出て…そいつの自宅にいる娘さんを連れて、その二人と一緒に家に帰るから…まあ、あと三~四十分後くらいには、帰れると思う」
「うん、分かった。じゃあ、それまでに二人分、追加しておくね」
「ああ、よろしく頼む」
「はい。じゃあ、待ってるね、お父さん」
「ああ、俺も早く涼羽と羽月に会いたいから、早く帰るからな」
「!ふふふ…じゃあ、早く帰ってきてね、お父さん」
「!ああ、待っててくれな」
本当にほのぼのとした、仲良しで幸せな親子の会話。
早く帰ってきてね、という息子の言葉が、本当に嬉しくて、内心小躍りしてしまっている翔羽。
もう、声を聞いているだけで、今すぐにでも会いたくて会いたくてたまらなくなってしまう。
それほどに、翔羽にとって涼羽は、可愛くて可愛くてたまらない、子供の一人なのだ。
「あ、あの…部長…」
今の会話を聞いていた修介が、驚きと疑問をその表情に浮かべたまま…
おそるおそる、翔羽の方へと声をかける。
「…いいか、佐々木」
「!は、はい!?」
「…お前が俺と同じで、この世で一番愛していた女性(ひと)を早くに失ったことは知ってるし、それがどういうものなのかも、俺はよく分かっているつもりだ」
「は、はい…」
「だからといって、俺の命より大事な息子の涼羽を、お前にやるつもりは、微塵もない!」
「!!は、はい…」
「…だけど、生まれてからずっと母親がいないというお前の娘さんに、母親というもののよさを教えてあげたいとは、思うんだ」
「!!部長!!」
「涼羽は俺の息子で男だが、本当にお母さんみたいでな…あの子は実の妹――――俺の娘―――にも母のように接していて、そのおかげで娘は息子のことが大好きで大好きでたまらなくてな~」
「!!はい!!」
「だから、お前の娘さんにも、絶対にいい影響を与えてくれると思うんだ」
「!!はい!!」
「あくまで、お前のためじゃあない…ないが、お前の娘さんのために、特別に誰も招待したことのない、俺の家にお前とお前の娘さんを、ご招待しようと思う」
先程までの鬼気迫る表情がウソのような、穏やかな表情の翔羽。
その翔羽の口から出てくる言葉の一つ一つに、心を震わされる修介。
会ったことすらないはずの自分の娘のために、自らが最も尊く、大事にしているであろう親子水入らずの時間、そして空間に、自分達親子を迎えてくれる。
まさに、目の前の上司はそういっているのだ。
「あ…あ…」
「………」
「ありがとう、ございます!!」
目に涙を浮かべながら、まさに地に頭を擦り付けるという表現が相応しいほどに、土下座しながら翔羽に頭を下げる修介。
自分は、この人の部下で本当によかった。
心の底から、本気でそう思えるほどに、翔羽の言葉が嬉しかった。
「ありがとうございます!!ありがとうございます!!部長!!」
「ほら、もういいから頭を上げて、な?」
「は、はい!」
「ほら、今頃は涼羽が今日の夕食を用意してくれているから、早くウチに帰らないといけないし…その前に、お前の娘さんを迎えにいかないと、いけないしな」
「!はい!」
「確かお前の家は、俺の家から結構近かったはず…だから、すぐに娘さんを迎えに行って、すぐにウチに行くことができるはずだ」
「はい!」
「さあ、そうと決まったら、すぐにここを出て、すぐに行くぞ?」
「は、はい!!」
土下座したままの修介に、その手を差し伸べ…
修介が手を取るのを、穏やかな表情で見つめながら待つ翔羽。
そして、すぐさまその手を取り…
その身を起こす修介。
翔羽は、息子である涼羽のお母さんっぷりを想像してついつい頬を緩めてしまい…
修介は、これから訪問することとなる高宮家に、最愛の娘である香澄と一緒に行くということに…
まるで遠足前の子供のようなワクワクした期待感を、抱いていた。
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