お兄ちゃんがお母さんで、妹が甘えん坊なお話
ただのものかき
第1話 え?…ごめん、もう一回言ってくれるかな?
「え?」
今、自分の耳を通った言葉。
それは果たして目の前にいる人物から聞こえたということは当然なのだろうか。
この目の前にいる少女は、今、なんと言ったのだろうか。
今、この空間に響く音となった言葉は、彼の思考を混乱させるには十分すぎるほどの効果があった。
「あー…ご、ごめん。なんか俺、今すごく変なこと聞いたような気がするんだけど…もう一回言ってくれない?」
どうにか意識のピントを目の前にいる少女に合わせるも、思考は混乱から抜けきっていない。
それほどに、先ほどの言葉は衝撃的だったようだ。
17年間生きてきて、いろいろと世間一般の常識をそれなりにその身と心に積み重ね、刻み込んではきたが…。
その目に見えない財産となるものの中には、今の言葉が至極当然などいうことはない。
自らが通う高校の異性の心を密かに惹き付ける、どちらかと言えば女性的な柔和な作りで、それでいて幼げな顔に呆けた表情を貼り付ける。
「だ、だから…」
丸みを帯びた幼げな輪郭に、同じく丸く大きな瞳を少年から逸らし、つつくとぷにぷにしそうな頬を真っ赤に染めながらも言葉を発する少女。
自身が通う中学ではその儚さと愛らしさゆえ、男女問わず人気のあるこの少女。
今、同じ屋根の中にあるひとつの部屋――――少年の部屋――――で、二人は対峙している。
「お……お兄ちゃんの……おっぱい……吸わせて……欲しいの……」
燃え盛るような羞恥の炎が自身の中から体の隅々まで広がっていくのを自覚しつつも、同じ部屋の中にいる少年の顔を見据えながら放たれた少女の言葉。
同じ屋根の下で暮らす実の兄妹である二人。
その片割れである妹の口から改めて放たれた言葉に、兄である少年は――――
「(え?…あ、あーやっぱりさっき聞いたのは聞き間違いなんかじゃ…って!!な、なんだよそれ!?)」
再度同じ内容で放たれた妹の言葉――――
――――――――やはり自分の耳がおかしくなかったことを確認し、そして混乱する――――――――
目の前にある妙に艶を含んだ、それでいて幼さの抜けない可愛らしい妹の顔も目に入らず。
ただ、3つ年下の実の妹が自分に向けて放った言葉に思考を混沌の渦に落とされている。
少年の名は、高宮 涼羽(たかみや りょう)。
この家の長子であり、長男。
当年とって17歳の高校3年生。
大きめのやや丸みを帯びた瞳にツンとした鼻、瑞々しく柔らかな唇に肌。
身長もさほど高くなく、細身で華奢。
飛びぬけて際立つものはなく目立たないが、整っていて中性的な美しさを秘めた容姿。
成績、運動神経は平凡で性格自体も目立つこと、つるむことが嫌いな一匹狼タイプ。
ぶっきらぼうでつっけんどんだが、根は優しく、常識派。
と、性格はともかくいい意味で「平均的」な少年だ。
「な、なあ…羽月(はづき)。な、なんだってそんなこと俺に言うんだ?」
混乱しきっている自分をどうにか隠し、平静を装いながら妹に問いかける。
涼羽の妹である少女の名は、高宮 羽月(たかみや はづき)。
当年とって14歳の中学3年生。
肩過ぎまでの綺麗に切り揃えられた艶のいい黒髪、宝石を思わせる大きな丸い瞳、ツンとした鼻に控えめな印象の唇。
クラスの中でも小柄で男性としてそれほど大きくはない兄の涼羽とも結構身長差がある。
しかし、小柄な割に女性らしさを強調するボディラインで、胸も大きい方ではある。
成績は優秀だが運動は苦手、性格も大人しくお淑やかで人見知りと、典型的な文芸少女である。
「………」
「…?…羽月?…」
自分の問いに答えることもなく、ただその可愛らしい顔を羞恥の朱に染めて押し黙ったままの羽月。
そんな妹が気になり、優しく声をかける。
「………わ、笑わないでくれる?……」
「ん?…あ、ああ…」
「あのね……うちのお母さんって…私が生まれてすぐに死んじゃったでしょ?……」
「あ、ああ」
この兄妹の母親は、もともと体が弱く、持病を抱えていたため、第二子である羽月の出産と引き換えに、その儚い命を落とした。
そのため、生まれたばかりの羽月はもちろんのこと、涼羽にしても物心つく前だったため、この家では母親というものの記憶がなかったのだ。
また、父親は愛する妻が残してくれた二人の子供を時には厳しくも目一杯可愛がり、残りの生涯を亡き妻と子供達に捧げることを決意したため、再婚することもなく、単身赴任を繰り返しながらも必死で息子と娘のために仕事に励んでいる。
余談だが、仕事に追われる父のこともあり、母親がいない環境で生まれたばかりの羽月の面倒を涼羽が幼い砌で懸命に見てきた。
小さい頃からずっと妹である羽月の面倒も見、また物心ついてからは主婦よろしくで家事もしてきたため、家事全般はプロ級とまでなっている。
「だ…だから…おっぱいを吸う…っていうのを…ど…どうしてもしてみたくなって…」
「………(そっか…うちの父さん結局再婚もしなかったから…羽月はお母さんていうのを全く知らずに育ってきたんだ…)」
父が仕事に励んでいるお陰で自分達は普通に生活できている。
でも、そのためにこの家に帰ってくることもままならない。
そこまでして自分達を懸命に護ろうと、育てようとしてくれる父に感謝こそすれ恨み言などかけらたりともない。
しかし、ゆえにこの家は兄妹ふたりっきりだったのも確か。
母親の代わりとなる存在もおらず、結局は母親に甘えるということを知らずに育ってきた羽月。
物心つく前に母を喪った涼羽も母に甘えるという記憶はないのだが、記憶にはなくても確かに母と触れ合えた日々、時間がある。
だからこそ、記憶になくても懸命に妹の面倒を見てきた。
自分から、少しでもそんな母の思い出を感じ取って欲しいと願って。
それでも自分は男であり、歳の近い兄。
決して母親にはなれないということを、今の羽月の言葉で実感させられた。
しかしそれでも涼羽は、そんな妹を不憫に感じ…
「…俺は男だから、絶対にお母さんにはなれない…だから、羽月が思ってるようないいものにはならないと思う。…それでも、いいか?」
「…いいの?お兄ちゃん?」
「…し、仕方ねーだろ!?今この家には俺と羽月しかいないんだから!!」
頬を真っ赤に染めながらぶっきらぼうに返す涼羽。
しかし、そんな兄の態度が照れくささの裏返しであることも羽月は知っている。
「ありがとう…お兄ちゃん」
だから、そんな兄に目一杯の花開かんがごとくの笑顔を。
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